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289 同時襲撃の恐怖(5)

◇◇ 国務大臣サナへ侯爵 ◇◇


 本当に魔獣やブラックドラゴンが襲撃してくるかどうかなんて分からないのに、国王は第一級警戒態勢を発令してしまった。

 そのせいで私は覇王の指示に従い、王宮で働く役人17人と王宮警備隊3人を率いて、北門に向かう羽目になった。


 ……忌々しいが、今の私は宰相ではないし、政治の中枢から外されている。


 覇王に逆らう発言権もないし、いつの間にか王様は私から離れてしまわれた。

 ワートン領の領主代行に任命された時点で、全ては覇王の企みだと気付くべきだった。


 自らを覇王だと名乗り、国王や領主を見下し、王子や学院の学生を使って国を意のままに操ろうとするなんて、私には認められない。

 魔力量が多いのは王族だからで、貴族と違う価値観を持っているのは、平民として育ったからだ。


 ……魔獣に対して役に立つ存在……ただそれだけだ。



 今回出された第一級警戒態勢が空振りに終われば、北門の守りに駆り出された役人たちの不満は覇王に向けられるだろう。

 もちろん王都民も同じで、無駄に避難させられたと怒るに違いない。


 昼過ぎに到着した北門の外は平和そのもので、同行している役人たちは散歩気分だ。

 覇王が大袈裟に用心しただけだと伝えてあるので、警戒態勢が解除されるまでのんびり過ごせばいいだろう。


「国務大臣、間もなく就業時間が終わりますが、まだ北門に居なければいけませんか?」


何もすることがない上に、緊張感もすっかり無くなった役人を纏めているケイパーが、面倒臭そうに質問してきた。


 ケイパーはサナへ領の伯爵家三男で、兄はシラミド男爵が治めるモカの町の救済に向かった時、私に同行していた。

 貴族と平民の価値観相違で、王立高学院特別部隊の怒りを買ってしまった。


 覇王講座を受講したケイパーの兄は、学生たちから【金貨1枚の人】と陰口を叩かれ、弟のケイパーは【金貨1枚の人の弟】と呼ばれた。

 受講した魔法攻撃講座では、他者よりも厳しい課題を出されたと理不尽を嘆いていた。


 ……まあ、27歳のケイパーが、成人したばかりの学生にバカにされれば腹も立つだろう。


「まだ解除の鐘は鳴っていない。せめて日暮れまで待て。

 ドラゴンも魔獣も日が暮れたら活動しないだろうから、日が沈んだら解除の鐘が鳴るはずだ」


私と同じで覇王をよく思っていないケイパーに、もう少しだけ待つよう指示を出す。


 今では王宮で働く役人の多くが、覇王を支持している。

 だから大きな声で不満を漏らすのもはばかられるが、流石に今回の指示については皆が懐疑的だ。


 ……同時襲撃など、所詮は覇王の妄想に過ぎなかったと証明されるだろう。



「おい、あ、あれは何だ! みんな空を見ろ!」


 ケイパーが役人たちを集め、日が暮れたら第一級警戒態勢は解除されるだろうと説明を始めた時、誰かが大声で叫んだ。


「あれは、あれはドラゴンだ!」


王宮警備隊から応援に来ていた、副隊長のダレンが空を指さしながら叫ぶ。


「早く非難しなければ食われるぞ!」と叫んだのはケイパーだ。


 その叫び声に被さるよう、第二級警戒態勢の警鐘がけたたましく鳴り始めた。


 皆は混乱し一斉に北門へと走り始める。

 まだ私は何も指示を出していないが、ケイパーが「北門を開けろ!」と、門番に向かって命令する。


 だが、北門を守っていた警備隊は門を開けようとしない。

 

「第二級警戒態勢の警鐘が鳴ったら、魔獣討伐専門部隊及び覇王軍の指揮官クラス、冒険者ギルドのサブギルマス以上の指示がなければ、門を開けることはできません。


 それに皆さんは、北門に来る魔獣を討伐する役目で来たはずです。

 よく見てください。

 もう直ぐ魔獣の群がやって来ます。我々は自分の任務を遂行します!」


北門の見張りをしていた隊長らしき者が、北を指しながら魔獣が来ていると言い、門を開けることを拒否した。


「なんだと生意気な奴め。いいから言うことを聞け!」


 ケイパーは再び叫ぶが、見張り塔の隊長はケイパーを無視して、魔獣の襲来を知らせる警鐘を鳴らし始めた。

 ドラゴンと魔獣では警鐘の鳴らし方が違うし、各門で鐘の音も違う。

 だから、どの門から魔獣が来たのか分かるようになっている。



「何をしている! お前たちは自分の任務を果たせ!

 今日の我々の任務は、魔獣の襲撃を此処で食い止めることだろう!

 もしも逃げたら職務違反。お前たちは何のために覇王講座を受講した!」


門の前でパニックになっている役人たちに、叱咤しながら指示を出すのは王宮警備隊から応援に来た副隊長だった。


 ……何故お前が指示を出す? この場を取り仕切るのは私だ。


 王宮警備隊副隊長の叱咤で、冷静になった者は半数の10人くらいで、残りの半数はまだ北門の前から動こうとしない。 


「Bランク冒険者の攻撃を学んだ者は前衛に出て、魔獣の群に遠距離攻撃を仕掛けろ!

 生き残るため、いや、王都の民を守るため責務を果たせ! 私が指揮を執る」


この場の指揮官が誰なのかを分からせるよう、私は大声で叫び皆に命令する。


 ラレスト王国から逃げる途中、スノーウルフの群や国境の魔獣を討伐した経験を、今こそ活かし皆に実力を見せつけるのだ。

 魔獣の群は30頭くらいだから、皆で攻撃すれば20分程度で討伐できるだろう。



「何をしている無能め! 右の魔獣を攻撃しろ! ケイパー、お前はレッドウルフを倒せと言っただろうが!」


 私の指示通りに攻撃できる者は半数もおらず、一度攻撃したら次の動作が全く取れない。既に5人は戦闘不能になっている。

 特に私が指名して連れてきた者は、私の指示が聞こえていないかのように動かないから、魔獣に突進され跳ね飛ばされてしまう。


「魔獣はブラックドラゴンに操られている。北門の壁を越えさせるな!」


王宮警備隊副隊長が指示を出し、その部下2人は壁を越えようとするレッドウルフを、指示通りに上手く倒している。

 あの2人はレイム領出身だ。覇王の崇拝者だけに魔法攻撃が上手い。


「侯爵様、わ、私はケガ人を、ケガ人を門の中に避難させます」


 レッドウルフを倒すよう命令したはずのケイパーが、倒れているサナへ領の役人を引き摺り門に向かって、勝手に戦線離脱していく。


「ケガ人など放っておけ! 魔獣を倒せと命令したはずだぞ!」


 私がレッドウルフの変異種と戦っているのが目に入らないのか?

 ようやく4人がかりで弱らせたというのに、お前が他のレッドウルフを抑えないと、我々が危険に曝されるではないか!


 私の声など聞こえていないのか、ケイパーは自分の部下にもケガ人を引き摺らせ、絶対に開かないと分かっている門を叩き始める。

 門の前に居るのは下級魔獣ばかりで、ケイパーはそれすら倒せていない。



「危ないサナへ侯爵!」


 変異種討伐中の役人の叫び声を聞き、私は意識を変異種に戻した。

 が、時すでに遅く、変異種の右腕の鋭い爪が私の眼前まで伸びていて、絶体絶命のピンチだった。


 ああ死んだなと思った瞬間、斜め上から炎の槍が降り注ぎ変異種の体に突き刺さった。

 ギャウと変異種は短く鳴き、2,3歩フラフラと前に進んでバタンと倒れた。


 どうやら助けてくれたのは、王宮警備隊副隊長のようだ。


 変異種を倒しホッとしたのも束の間、「止めろ馬鹿者が! そんなことをしたら魔獣が中に入るぞ!」と、王宮警備隊員の怒声が聞こえてきた。


 皆が視線を向けると、ケイパーと部下が土魔法を使って、北門の上に届く階段のようなモノを作っていた。

 そして、登り始めた二人の背を踏みつけて、生き残ったレッドウルフたちが城門を飛び越えていく。 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次週の更新は2回の予定です。

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