288 同時襲撃の恐怖(4)
◇◇ 勇者ラリエス ◇◇
勝ち誇ったかのように町の上空で旋回するブラックドラゴンを、一旦町から離す必要がある。
町の上空で戦えば、きっと今以上の被害が出てしまうだろう。
……ここは一発勝負だ。
「エリス、アイツの前に出て、町から離れた場所に誘導するぞ。
町から離れたら攻撃開始だ。早く火を消すためにもギリギリまで接近し、一発勝負でいく」
『了解ラリエス』
私とマサルーノ先輩は命綱を装着し、高速飛行や乱高下に備える。
エリスの足手まといにならず、思い通りの戦いをさせるために、商業ギルドと鍛冶ギルドが気合を入れて、燃えない切れない、でも柔軟性がある命綱を作ってくれた。
こっちだって、冬の間遊んでいた訳ではない。
アイツの炎の攻撃から身を守るため、指定した範囲内に魔法障壁を展開できる魔法陣も考案済みだ。
ただ、この魔法陣は私しか使えないから、攻撃するのはエリスとマサルーノ先輩に任せることになる。
マサルーノ先輩は魔法陣作成の天才だから、既に空中で攻撃できる魔法陣の検証実験も終えている。
私は乗っている籠とエリスに魔法障壁を掛け、エリスに準備オッケイの合図を出した。
アイツの放つ炎の攻撃は、前回対峙した時と変わらず、B級魔術師が放つファイヤーボールと同程度の威力に見える。
それでも脅威には違いないが、アイツの炎はエリスの炎ほど高温ではない。
火災は起こせても、魔獣を炭にするほどでも金属を溶かすほどでもない。
……問題は飛行速度だが、後ろか真上につければ大丈夫だろう。
エリスがブラックドラゴン目掛けて高度を下げると、ブラックドラゴンはまるで金属音のようなギギィーという音の攻撃を開始した。
音の攻撃と同時に、4つある目のうち下の2つが赤くギラギラ輝き始める。
……エリスを洗脳する気だな!
私とマサルーノ先輩は直ぐに耳栓をして、覇王軍マントの魔法陣に魔力を流す。
「大丈夫かエリス?」
『大丈夫。光のドラゴンは、あんなヤツの洗脳なんか受けないから』
エリスは誇らしそうに念話でそう言うと、同じ位置で滞空しながら洗脳攻撃を続けているブラックドラゴンから、距離をとるように高度を下げ、町の上空から外れていく。
……もしかしたら、アイツは洗脳できたと思っただろうか?
ブラックドラゴンに洗脳されたグレードラゴンは、決してブラックドラゴンより高い場所を飛ぶことはなかった。
だがエリスは、町から少し離れた地点までくると、ブラックドラゴンより高度を上げていく。
ブラックドラゴンはまるで人間と同じように首を捻ると、洗脳できたかどうかを確認するように、真っ直ぐこっちに向かってくる。
エリスより上に位置取ろうとするが、エリスは負けじと高く飛ぶ。
エリスの行動が気に入らなかった様子のブラックドラゴンは、ギョェーと耳障りな声で威嚇するように鳴き、炎を口から吐き出した。
これが洗脳されていないグレードラゴンなら、炎に恐怖し逃げるだろうが、エリスは余裕で炎をかわし、ブラックドラゴンを誘うように町から離れていく。
高速で追ってくるブラックドラゴンは、再びギギィーと不快な金属音を響かせ、エリスを洗脳しようとする。
音の攻撃をしている時のブラックドラゴンは、同じ場所からあまり動かない。いや、きっと動けないのだろう。
「今だエリス!」
私が合図を出すのと、エリスが高速で移動を始めたのは同時だった。
ブラックドラゴンのほぼ真上にきたところで、エリスは最近覚えたばかりの炎を槍攻撃を開始する。
炎の大きさは私の頭の半分くらいで、炎の先端は尖っていて高温だ。その数は40くらい。
グレードラゴンの翼だと小さな穴が開く程度だが、ブラックドラゴンの翼はグレードラゴンの半分の大きさで4枚ある。
だから、より多くの穴を開ければ飛行困難になるはずだ。
エリスが高速飛行できると知らなかった様子のブラックドラゴンは、完全に移動が出遅れ、エリスの放った炎の槍に、4枚ある翼のうち後方2枚の翼が貫かれていく。
「やった!」とマサルーノ先輩が歓喜の声を上げ、私もガッツポーズをとる。
よく見ると、胴体にも一箇所炎の槍が貫通していた。
……さあ落ちろ! 早く落下して止めを刺させろ!
よろよろと降下していくブラックドラゴンだったが、ほんの50メートル降下したところで予想外の行動をとった。
なんと、体勢を持ち直しこちらに頭を向け、信じられないことに口から高速で炎を吐きだしたのだ。
その炎は、先程放った3メートル級のファイヤーボールとは違い、今度は1メートルほどの大きさで、速度は倍の速さだった。
……危ないなぁ、真の実力は隠していたということか?
魔法障壁がなければ、エリスの翼をかすっていたと思う。
「へえ、翼2枚でも問題なく飛べるんだな。
しかも、胴体に空いたはずの穴は塞がってる。
まだ攻撃する余裕があるとは驚きだが、このまま引き下がる俺じゃない」
マサルーノ先輩はそう言うと不敵に笑い、空中で展開できる魔法陣に魔力を流し始める。
空中に拳大の尖った石の矢尻が突如出現し、マサルーノ先輩は「行け―!」と叫んだ。
すると、100以上はある矢尻が一斉にブラックドラゴン目掛けて飛んでいく。
動きの速いブラックドラゴンを仕留めるため、飛んでいく方向はバラバラだ。
正面目掛けて飛ぶもの、上に向かうもの、左右に向かうものもあれば、わずかだが下に向かう石の矢尻もあった。
グレードラゴンなら、こういう危機的場面では上に逃げようとする。
下に逃げると、上から再び敵に攻撃されるので、飛行する魔獣の9割は上か左右に逃げていく。
「まさか下とは!」
マサルーノ先輩は忌々しそうに言いながら、次の魔法陣をマジックバッグから取り出そうとする。
ブラックドラゴンのグギャーッと耳障りな鳴き声が響くけど、石の矢じりが命中したのは2発くらいだ。
しかも、こちらを振り向くことなく北へと逃げていく。
「マサルーノ先輩、追うのは止めましょう。翼を2枚使用不能にしただけでも充分です。
ヤツの飛行速度はかなり落ちたし、石の矢じりは尾に当たりました。ほら、体が右に傾いています」
私は追いかけようとするエリスを止め、マサルーノ先輩の魔法陣攻撃も止めた。
「優先すべきは消火活動と住民の救済です」
私だって止めを刺したい。だが、消火活動は一刻を争う。
後ろ髪を引かれはするが、ブラックドラゴンに対し有効な攻撃ができたことを良しとしよう。
「そうだな。次に遭った時は必ず止めを刺してやる」
「はい、マサルーノ先輩。次こそは」
マサルーノ先輩と顔を見合わせ頷くと、もう一度ブラックドラゴンが飛び去った北に視線を向け、その姿が見えなくなったのを確認し被災した町へと取って返す。
町の上空に戻ると、火の手は7箇所から上がっていて、大人の男性を中心に懸命に火を消そうとしていた。
私は雨を降らせる広域魔法陣を取り出すと、契約妖精のトワを呼び出し肩に載せ、魔力を補充しながら魔法陣を発動させた。
できればピンポイントで消火したいところだが、まだ魔獣の討伐が残っている。
ここで魔力を使い果たすと、他が危険に曝される。
エリスで移動しながら、消えますようにと願いを込め、町全体に大粒の雨を降らせていく。
突然の雨に驚いた住民たちは空を見上げ、金色のドラゴンに気付くと、「ありがとう」と叫びながら手を振ってくれた。
一安心したその時、王都がブラックドラゴンに襲撃されていると、衝撃の知らせをエクレアちゃんが持ってきた。
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今月中にもう一回更新する予定です。




