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281 逃げるサナへ侯爵と追うモノたち(2)

 兵士は私に鋭い視線を向け、得意な攻撃は何か答えろと命令する。

 確かに服装は冒険者風だが、私は剣を携帯していないし、体型も冒険者のように精悍ではない。


「私は魔法が得意で火魔法や水魔法が使える。得意なのは氷魔法での攻撃だ」


 ここで疑われ兵士を呼ばれると不味い。

 私は慌てて掌の上に小さなファイヤーボールを作り、剣より魔法攻撃を得意としているよう繕った。


「おお、さすがCランク冒険者だ。魔獣と戦うには魔法攻撃が一番だからな」


疑いを向けていた兵士が、魔法に感動したのか嬉しそうに頷きながら言う。

 他の門番たちも感心しながら、町に魔法の使える冒険者が常駐していれば安心なのにと呟く。


「昨今、魔獣対策で冒険者を護衛に雇わないと、安心して商いの旅ができないんですよ」


流れに合わせるように、荷馬車の商人が私を護衛に雇った冒険者だと説明してくれる。


「間違いない。ここから南西に向かった町は、昨日の早朝、魔獣に襲われたらしい。安全に旅を続けるなら、南の街道を進んだ方が安全だぞ」


私たちの話を信じた門番は、聞きたくもなかった情報を教えてくれた。


「ありがとうございます。そういった情報が、商人にはとても重要なんです」


そう言って商人の男は、情報をくれた門番の右手をとり、握手でもするかのように偽装して、銀貨らしきものを握らせる。


「交代の時に、皆さんでお茶でも飲んでください」と小声で囁きながら。


 ……なるほど、これが商人の遣り方なのか。お陰ですんなりと町に入れる。


 町で軽く朝食をとった私と商人は、昼食となるパンや携行食を買って直ぐに次の町へと移動する。

 出口側の門番に、魔獣が出没した町や村の名前を詳しく訊いた商人は、今度はこっそり小銀貨を握らせていた。




 次の町に移動しながら、私は商人に最近の商売の状況やヘイズ領のことを訊いてみた。


「噂ですが、コルランドル王国のアルファス国王は、ヘイズ領……じゃなかったラレスト王国との国交は行わないそうで、ヘイズ領とワートン領の住民以外は、あと5日以内に退去しなければ、出国するのに金貨1枚が必要になるそうなんです。


 まあ私はヘイズ領との取引は少ないから構わないんですが、他領から仕入れて商売をしているヘイズ領の商人は大変でしょうね。 

 貴族の勝手な都合で苦しむ者は大勢いるんでしょうが、文句なんか言ったら、シーブル様とワートン公爵に、容赦なく捕えられるのがオチです」


 商人は王都ダージリンにある商会で働いており、今回は薬草の仕入れに来たのだと自己紹介した。

 確かに荷馬車の積荷は薬草だった。しかも高級なモノが多いようだ。


「コルランドル王国は、ラレスト王国との国交を行わないだと?」


「噂ですけど、私たちに退去命令が出ているので間違いないでしょう。

 でも、ラレスト王国は直ぐに立ち行かなくなるでしょう。自国で生産されているのは農産物が主で、貴族が望むような贅沢品は手に入りませんから」


 さすが商会の商会員だ。ラレスト王国の先を見通している。

 立ち行かなくなる……フッ、ちょっと胸がすく話ではないか。

 この私を地下牢に閉じ込めた恨みは、今に必ず晴らしてやる。待っていろシーブル、ワートン公爵。


「それにしても、貴族というのは、いや、腐った貴族というのは、恥を知らないんでしょうかね。

 荷台にある薬草、あれはワートン領でサナへ侯爵の下で働いていた、外務大臣だか産業大臣だったかがヘイズ領の商業ギルドに持ち込んだモノです。


 なんでも、王宮の薬草園から盗んできたようです。耳を疑う話ですが、薬草の値段など知らない間抜けから、しっかり買い叩いてやりましたがね。

 兵士たちはサナへ侯爵を追っているようでしたが、上司として何をしていたんでしょう? 薬草を育てた王立高学院の学生がかわいそうだ」


 商人の男はそう言うと溜息を吐き、世も末だと呟いた。

 この男は、サナへ侯爵であるこの私を批判している。


 ……腐った貴族? 王宮の薬草を盗んだ? サナへ侯爵は何をしていただと!


 私はギュッと手を握り、怒りをどうやって逃がそうかと考える。

 荷馬車は絶対に必要だ。もしもサナへ侯爵だとバレたら、兵士に知らせる可能性だってある。


 ……だから冷静になれ! 揉めるのは不味い。




「チッ、こっちに来ていたのか!」


 怒りを抑えながら商人の背中を睨んでいると、商人は視線を右に向け、忌々しそうに舌打ちした。

 そして馬に鞭を当てると、突然荷馬車を走らせ始めた。


 急に走り出した荷馬車はガタガタと大きく揺れ、私は慌てて荷車の縁を掴む。

 いったい何事だ? と視線を右に向け、目に飛び込んできた光景に息を呑んだ。


「な、なんだあれは! 魔獣の群だと」


 魔獣はスノーウルフで、数は7、いや9頭はいる。

 ん、少し後方から遅れてくるモノは何だ? は、はあ? まさか、あれは変異種というやつなのか?


 体長は5メートル近くあるだろう。毛色はシルバーウルフに近い銀色だ。

 完全にバケモノじゃないか・・・あんなヤツに遭遇するなんて、なんと運が悪いんだろう。

 

「アンタは冒険者なんだろう? だったらしっかり攻撃してくれよ。

 俺は馬を走らせるだけで精一杯だ! 魔獣を撃退してくれたら護衛料を払うよ」


商人は魔獣の群から懸命に逃げながら、私に魔獣を討伐しろと要求してきた。


 なんで侯爵である私が魔獣の討伐など! と一瞬だけ思ったが、他に手がないのだから当然の要求だろうと考え直した。


 ……くそっ! 逆賊シーブルに追われているだけでも面倒なのに、なんで魔獣にまで・・・



 そこからは文句を言う暇もなかった。

 私の放つ炎の攻撃は全く当たらず、切り替えた氷の魔法で、何とか2頭だけ動けないようにした。

 こうなったら国家認定魔法師らしく魔法陣を使うしかない。


 頭に中に使いたい魔法陣を思い描き、詠唱を開始する。

 だが、詠唱が終わるより早くスノーウルフが飛び掛かってくる。


「魔獣を前にして、作業魔法師が使うような魔法陣など、何の役にも立ちませんよ」


 突然、覇王の言葉が頭を過った。


 これでは私が無能のようではないか。

 認められない。そんなこと絶対に認めない!

 無我夢中で使える魔法攻撃を放つが、なかなか当たらない。


 動くモノに攻撃するのは、これ程難しいのか?

 いや、きっと荷馬車の上から攻撃しているせいだ。 


 ……クソ、このままでは変異種が来てしまう。


 右腕に痛みを感じてチラリと見れば、ダラダラと血が流れている。

 飛び掛かってきたスノーウルフを避けた時に、爪で傷付けられたようだ。

 馬が断末魔のような声をあげ、商人は勝手に手綱を引き荷馬車を止めた。


「何をしている! 早く走らせろ!」


勝手な行動をとる商人を、私は大声で怒鳴りつけた。


「黙れ! 覇王講座さえ真面目に受けない領主の指図など受けん!」


信じられないことに、商人は私に怒鳴り返した。


 あまりの大声と領主という言葉を聞き、私の攻撃の手は止まってしまう。

 そして冷静に回りを見ると、いつの間にか荷馬車はスノーウルフの群に囲まれていた。


 ……な、なんだこれは・・・このままじゃ殺される!


 生まれて初めて体験する、死の恐怖というものに私の体は震えてしまう。

 領都ワートンがドラゴンに襲撃される瞬間を目撃し、ショックで愕然としたが、あの時は自分の身が危険に曝されたわけではなかった。


 ……まさか、こんな所で私は死ぬのか?



「チッ、仕方ない」


商人は諦めたように言って荷馬車から降りると、何処からか大剣を取り出し、眼前に迫ってきた変異種に向かって剣を構えた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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