279 人質交換(2)
◇◇ 外務大臣執務室 一般軍大臣ハシム ◇◇
人質を交換しろという書状を持って、シーブルの使いと名乗る者がやって来た。
ヘイズ領の伯爵だったその者は、今では新しい国の国務大臣だという。
「ラレスト王国のシーブル陛下より、人質交換を求める書状をお持ちした。
私は使者の国務大臣ホントン。隣は従者の軍務副大臣のデレンスだ。2人とも伯爵である。
これより、書状を読み上げる」
2人の男は面会を許された部屋に入ると、深く頭を下げ礼をとる訳でもなく、堂々とした態度で面会理由を述べ、手に持っていた書状を声高らかに読み上げた。
読み上げた後、使者は書状を警備の者に渡し、用意されていた椅子に座った。
王宮警備隊副隊長は、危険がないか書状を確認し、一礼して部屋の主に書状を手渡すと、また後方に下がっていく。
こちらは人質など取っていないのに、なんという言い草だろうかと、書状の内容を見られた外務大臣は、怒りに支配されそうになる感情を懸命に抑えていらっしゃる。
念のため私とログドル王子も書状を確認する。
この部屋の主は深く息を吐きだすと、覇王様の立てた作戦を遂行するため口を開いていく。
「これはおかしなことを。ラレスト王国? コルランドル王国の貴族は皆、ヘイズ領とワートン領はコルランドル王国の領土だと認識しています。
勝手に独立だの国王だのと謀略をめぐらし、コルランドル王国の領土を占拠しているだけの者が言うことなど、耳を傾ける価値もないですわ」
存在感のある重厚な執務机の椅子に座って、外務大臣ミルフィーユ王妃は、扇で口元を隠し女性らしい柔らかな口調で使者に告げた。
コルランドル王国側のメンバーは、外務大臣ミルフィーユ王妃、建設大臣ログドル王子、一般軍大臣である私の合計3人だ。
私とログドル王子は、使者たちの対面に座っている。
「学生として普通に学院で学んでいるトーブルと、【覇王探求部会】の研究員として働いているジュールを、人質と考える愚か者がいるとは驚きですね。
人質という言葉の意味を知らないようだ。
そもそもジュールは、自分は伯爵家の三男であり、ワートン公爵とは関係ないと言っています。
王宮への届け出もその通りなのに、今になってワートン公爵は、己の虚偽報告を公にし、捨てた息子に親として認めて欲しいのだろうか?」
覇王様の信奉者だと公言しているログドル王子は、作戦に従い使者と従者を見下げて嘲笑った。
「な、何だと!」
使者は声を荒げ、ログドル王子を睨み付けて立ち上がった。
「この無礼者が! ただの使者に過ぎぬお前ごときが、大国の王子であるログドル様を睨み付けるとは何事だ!
どうやらこの男は、大国の王子に対し、わざと無礼な行動をとっているようだ。
恐らく開戦が目的でしょう王妃様、ログドル王子。
この場で不敬罪に問い斬り捨てますか? それとも王様に報告し、無礼者を使いに寄越した略奪者と、武力で戦うよう進言されますか?」
スッと立ち上がった私は、怒気を込めて言い終えると、室内に控えていた王宮警備隊副隊長に向かって目配せをした。
副隊長は頷くと、目にもとまらぬ速さで使者の首元に剣を突きつける。
戦争など望んでいない使者と従者は、一瞬で顔色をなくしヒィッと息を呑む。
元は同じ国の貴族であり、ログドル王子を見くびっていた2人は、正式な使者としての立場がどういうものなのかを全く理解していなかった。
「まあまあ副隊長、大国との外交をしたこともない簒奪者が治める領地の使者だもの、礼儀を知らないのは仕方ないでしょう?
そのくらいで斬り捨てていては、話し合いなどできないわ。
可哀想に、震えているではありませんか」
王妃は扇を口元から外し、憐みの視線を使者と従者に向け美しく微笑んだ。
戦争……などという事態になれば、間違いなくコルランドル王国が圧勝するだろう。
「ハシム殿、戦争はよくありません。コルランドル王国の民が命を落とします。
覇王様と勇者様にお願いすれば、奴等が占拠している屋敷など、一瞬で消滅させてくださいます」
「確かにそうですなログドル王子。
覇王様は民を大切にされますし、勇者様はコルランドル王国の勇者だ。
もしも大事な民を傷付けたりしたら、光のドラゴンで飛び、悪人を殲滅なさるでしょう」
ログドル王子と私は、光のドラゴンの炎のブレスから逃げることなど出来ないでしょうと、真面目な顔をして付け加える。
完全に面白がって脅しているのだが、言われた側は笑い事ではない。
「も、申し訳ありませんでした。け、決して戦争を望んでいる訳ではありません。無知ゆえの無礼な態度を、どうぞお許しください」
使者の男は首元から剣が離されると、土下座して謝罪を始めた。
領都ワートンに住んでいた従者も、光のドラゴンという言葉に恐怖し土下座していく。
新しい国で大臣という要職に就いた使者は、コルランドル王国の大臣とも対等に話し合いができると軽く思っていた。
だから甘く見られないようにと、初っ端から尊大な態度をとっていた。
だがその目論見は通用することなく、交渉は失敗してしまった。
外交の失敗が、王都殲滅という大惨事を引き起こしてしまうのだと、2人の頭に恐怖と共に摺り込まれていった。
「そうだわ、確かログドル王子はこの後、王立高学院に行く予定だったわよね。
人質にされていると名指しされた2人が、本当に牢に閉じ込められているのか、こちらの言い分が正しいのか、見せて差し上げなさい」
「承知しました王妃様。2人に会って、人質になっているかどうか直接尋ねさせましょう」
ログドル王子は心得ましたと会釈し、使者の2人を高学院に連れて行くことを了承する。
すっかり縮こまってしまった2人の男は、これでもかという程に何度も頭を下げながら部屋を出ていった。
その後ログドル王子に高学院に連れていかれた使者と従者は、思いもよらない話を2人から聞かされ、どうすればいいのだろうかと途方に暮れたという。
◇◇ アコルの契約妖精ロルフ ◇◇
『なんとも陰気臭い。なんじゃ此処は』
ワシはブツブツ文句を言いながら、元ヘイズ侯爵屋敷、今はラレスト王国の王宮となっている建物の地下に向かって移動している。
ワシの道案内をしてくれるのは、この屋敷の外にある樹齢450年の大樹を守っている、4色の美しい衣を着た女性の妖精じゃ。
なんでも大樹に魔力を注ぎ続け、衰弱死しそうになっていたところに、エクレア殿が現れ助けたらしく、今回ワシの手伝いを買って出てくれた。
昨日遅くにワートン領からここに連行されてきたらしいサナへ侯爵は、現在屋敷の地下牢に入れられているようじゃ。
がっくり項垂れているその男に、子供サイズの大きさで姿を現したワシは『サナへ侯爵か?』と問うた。
「貴方は確か覇王の……覇王様の契約妖精ロルフ殿でしたな」
顔を上げたサナへ侯爵は、生気のないしょぼくれた声で呟いた。
……相変わらずこの男は、主殿への敬いが足らんな。
手間暇かけて助けてやる価値もない奴じゃが、こやつの息子トゥーリスの契約妖精ローズと、トーブルの契約妖精セルビアから、『絶対に助けてくださいね』と頼まれては嫌とも言えん。
『主からの伝言じゃ。
鍵は開けてやるから、自力で王都まで戻ってこい。
あと3日で戻らなければ、サナへ侯爵はシーブルに寝返ったものと考える。以上だ』
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