274 独立国への道(7)
◇◇ ワートン公爵四男 ジュール ◇◇
翌朝、寮監の伝言通りカルタック教授の研究室に行くと、意味深に微笑む覇王が待っていた。
……まさか、もう誘拐犯人を突き止めたのか?
いや、そうじゃない。俺が中級学校に行ったから怪しんでいるんだ。
それにしても、従者や取り巻きではなく、自らお出ましとは相当焦っているに違いない。
……だが、俺は妹に声を掛けただけに過ぎない。大丈夫、問題ない。
「おはようございます覇王様、カルタック教授」
俺は平静を装いながら丁寧に挨拶する。
「ああ、おはようジュールくん、昨日、例の魔術具に関する君の仮説を覇王様にお話ししたら、いたく興味を持たれて協力を要請された。
今日一日、一緒に行動することはできるかね?」
「魔術具に関する協力ですか? はいカルタック教授、大丈夫です」
……しまった。つい欲を出してしまった。
王都を去る前に、1日でいいから魔術具研究がしたいと考えた私が甘かった。
学生も【覇王探求部会】のメンバーも殆どが冬期休暇に入ったから、正式な協力者でもない俺に煩く言う者もいないし、最後に1日くらいと・・・
妹を誘拐され焦っている覇王が、のんびり魔術具の研究などするはずがない。
これは俺を犯人の一味だと考えた覇王が、自白させるために俺を確保したんだ。教授を使った罠だ。
たった1日の贅沢さえ、俺には許されないのか?
……新しい国でのし上がり、絶対表舞台に立ってやると思っていたのに。
覇王の意味不明な微笑みを見て、俺の夢みる時間は終わったのだと理解した。
せめてトーブルがヘイズ領に向かう姿を確認したかったが、それは他の間者がやるだろう。下手に逃げ出したり抵抗すれば、今回の計画がダメになる。
妹の件を問い詰められても決して口を割るものかと構えていたら、何故か覇王専用馬車に乗せられてしまった。
馬車の中での会話は、何故か古代魔術具に関することばかりだ。
……いったいどこへ連れて行く気だ?
焦りを気取られないよう魔術具の話をしていたら、いつの間にか馬車は王宮に到着していた。
到着早々、前を歩く覇王と後ろを歩くカルタック教授に挟まれてしまった。
そしてごく当たり前のように、地下へと続く階段を歩かされている。
……この先にあるのは王宮の地下牢に違いない。何も問わず地下牢に連行するのは、何かを掴んでいるからなのか?
到着したのは、地下通路の先にあった妙に頑丈で重厚な扉の前だった。
覇王は鼻歌を歌いながら、特別だと分かる扉の鍵を開錠する。
開かれた扉の中に入ると、そこは目を見張る別世界だった。
……な、なんだここは! ここは王家の宝物庫じゃないか。
……ま、まさか俺を買収する気なのか・・・はあ?
棚という棚には、金製品や剣や盾、装飾された箱などが並べられている。
呆然とそれらを見ていると、カルタック教授が妖精を肩に載せ、床に手をつき魔法陣を発動させる。
すると、下に続く新たな階段が現れた。
「地下宝物庫は久し振りですね。めぼしい魔術具は持ち出していますが、何に使うのか分からないパーツは置いたままになっています。
この魔術具の部品が残っているかもと思い、二人を連れてきました」
階段を下りた場所で、覇王はマジックバッグから取り出した古代魔術具を持ち、子供のような顔をして笑いながら言う。
……訳が分からない。
上の宝物庫も、この古代宝物庫の場所も、国の機密事項、いや、俺みたいな一般人が立ち入っていい場所じゃないだろう!?
「覇王様、早く魔術具を此処に置いてください」
カルタック教授がそう言うと、覇王は両手でやっと抱えられる大きさの魔石に関する魔術具をテーブルの上に置く。
そこからは妹の誘拐事件のことなど忘れて、目の前の魔術具に足らないと思われるパーツ探しに夢中になった。
宝物庫の中には、大小様々な部品らしき物が残されており、意中のパーツを誰が早く見つけるか競争になった。
今度こそとパーツを嵌め込むが、なかなか一致する物がない。
ふと手に取った底辺が丸い尖り帽子のようなパーツを見て、俺はハッと閃いた。
すると直ぐ側に、尖がり帽子の底に嵌めればちょうどいい嵌め込み口のある、円錐のパーツが目に入った。
俺は駆け出すと、2つを繋げて大きくなった尖がり帽子を、置いてあった魔術具の底にセットしてみる。
カチリと音がして、寸分違わずぴたりと嵌った様を見て、間違いないと俺は確信した。
「なるほど、そういうことか!」
いつの間にか隣に立っていた覇王が、嬉しそうに声を上げる。
「どうやらジュールくんの仮説が、信憑性を帯びてきたな」
カルタック教授もやって来て、嬉しそうに俺の肩を叩いた。
「俺の目に狂いはなかったな。よし、ジュール、きみを今この時から正式な【覇王探求部会員】とする。
よろしいですよねカルタック教授?」
謎が解けたことを喜ぶ研究者と同じキラキラした瞳で、覇王はカルタック教授に問う。
「もちろんです覇王様。
ジュールくんの仮説が立証されれば、多くのカラ魔石に魔力を充填できます。
これは間違いなく叙爵ものの発見ですから」
良かったなジュールくんと、カルタック教授は俺の手を取り、心から嬉しそうにギュッと握った。
「いえ、まだ起動できるのかさえ分かりません。そのお話は、本当にカラ魔石に魔力が充填されてからにしてください」
俺はすっかり混乱していた。
飛び上がりたい程に嬉しい感情と、そんなことが叶うはずがないという諦めの感情と、騙されてはならないと戒める感情が入り混じり、どんな表情をしたらいいのか分からない。
きっと今、困った顔をしているに違いない。
俺が見つけたパーツを取り付けた魔術具をマジックに収納し、覇王は今から仮説が正しいかどうかを確認しに行くと言い出した。
しかも光のドラゴンを、既に学院に呼んであるから、一緒に行くぞと俺に命令する。
その前に、王都を離れる報告をしに宰相の執務室に行くことになり、俺とカルタック教授も同行する羽目になった。
……なんで一介の高学院事務職員が、宰相に会わなきゃいけないいんだ?
……そうか、俺を利用し魔術具の謎を解明したから、今度こそ捕えて妹の居場所を吐かせるつもりだな。
最悪なことに、宰相の執務室に行く途中、王宮勤務を辞めてヘイズ領やワートン領に戻る仲間たち……というかシーブル陛下に従う予定の貴族たちに出会ってしまった。
覇王や国王を失脚させる側の俺が、何故覇王と一緒に王宮内を歩いているんだろうと、仲間たちは不思議に思ったことだろう。
しかも上機嫌な覇王は足取りも軽く、何故か遠回りして執務棟全てのフロアを通って三階へと進んでいく。
「そういえば、魔獣と戦うため辞職する者が十数人いると聞いた。恐らく引継ぎやら何やらで忙しいのだろう」
宰相の執務室に到着する寸前、覇王はそう言って俺の顔を見た。
……まさか、この笑みは全てを知っているぞという意味では?
……いや、そんなはずはない。計画は完璧で漏れることなど有り得ない。
結局、俺の深読みは杞憂に終わり、重要な魔術具が起動できるかもしれないから、今からセイロン山に行くと宰相に報告しただけだった。
カルタック教授は、これまでの研究成果を報告するからと、宰相の執務室に残った。
そして今、信じられないけど俺は光のドラゴンに乗っている。
……妹はどうするんだ? 本当の妹じゃないから見捨てるのか?
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