273 独立国への道(6)
メイリ救出の具体的な方法や時間などを話し合っていると、ジュールを尾行していた俺の契約妖精ユテが戻ってきて報告を始めた。
『アコル様、ジュールが会っていたのは、自分の部下の男でした。
その男は、ジュール様は養子に出されたとはいえ、ワートン公爵の四男なのに、義兄たちに使用人同様の扱いを受けることが許せないと言っていました。
今回は、先生が呼んでるよとメイリちゃんに声を掛ける役目だったようです』
「ワートン公爵の四男? なるほど」
俺は犯人をジュールの義兄と断定し、皆は目を細くして此処には居ない黒幕に敵意を向ける。
「使用人同然ということは庶子ですわね。
よくある話ですが、平民の奉公人が産んだ子でしょう。
貴族の娘の子であれば養子に出されず、母親の家で育てられるはずですから」
同じ公爵という身分の家に生まれたミレーヌ様は、無責任な貴族男性に対し嫌悪感を隠さない。
「俺も似た境遇だけど、認められず利用されて生きるより、捨てられて良かったのかもしれないな。今は家族に恵まれてるから」
俺は自分の境遇とジュールの境遇の違いを思い、ちょっとだけ自虐的な発言をする。
「本当に申し訳ありませんでした」
伯母でありレイム公爵令嬢でもあったフィナンシェ様が、辛そうな顔で深く頭を下げて謝罪する。
「こちらこそ申し訳ありません。伯母上に頭を下げさせてしまいました。
悪いのは祖父であり国王であり、俺を捨てた者たちです。
俺はレイム公爵家に対し、感謝することはあっても恨みなど抱いていませんよ。
どんな生い立ちであろうと、俺は自分の人生を歩むだけです。
そう思うと、ジュールに少し同情しますね。
今回の件も、きっと指示に従ったのでしょうから」
「アコル様、甘いですよ。指示通りに動いたのだとしても、メイリちゃんを攫った仲間です。俺なら絶対に許しません!」
ちょっとしんみりしていた雰囲気を、エイトがバッサリ斬った。
皆もウンウンと頷いて、必ず全員捕えて天罰を下してやる!って気合を入れ直していく。
特にうちの家族と深く関わっていたボンテンク親子は、必ず冒険者ギルドの前で晒してやる!って拳を握る。
……いやいや、俺は今回の件を公表する気はない。そんなことをしたら、真似る奴が出てくる可能性がある。
敵の目を欺くため、俺たちはトーブル先輩からではなく、俺の家や学校からの通報で、メイリが行方不明だと知った風に偽装している。
だから現在は、居なくなった経緯を調べたり、もしかしたら人攫いに遭ったのではと、懸命に行方を捜している最中だと思わせている。
今重要なのは、残った家族の警護を厳重にすることと、こちらが何も掴んでいないと思わせることだ。
そのため、家と学院の間をレイム公爵家の関係者に何度も往復させている。
もしかしたら金銭目的の犯行かも知れないと考え、ことを大きくせず犯人からの要求を待つ方がいいかもと模索しているようにも装う。
念入りに偽装することで、既にメイリの居場所を突き止めていることを覚られず、救出時の危険を減らせるのだ。
敵の目となる者は、学院の中にも外にもいるだろう。
俺は妹を攫われ焦り苦しむ兄であり、時々外に出ては星に祈りを捧げるしかない、哀れな無能を演じてみせる。
トーブル先輩はマリード領に発つ前、ワートン公爵と父親の関係者は、自分が親や祖父を裏切らないと思っているはずだと言っていた。
自分の祖父が覇王の妹を攫ったとは、絶対に言えないと考えているからこそ、祖父ワートン公爵が生きていることを手紙に書いたのだと推察していた。
マサルーノ先輩には、思い悩んで眠れぬ夜を過ごしているトーブル先輩の代役を、完璧にこなして貰うよう頼んである。
今夜は、トーブル先輩の部屋も覇王の執務室も、灯りが消されることはない。
◇◇ メイリ ◇◇
次の朝、日が昇る前に親切な見張りのおじさんに起こされて、トイレに行ってから元の倉庫に移動しました。
ガチャガチャと鍵が掛けられ一人になると、お兄ちゃんの契約妖精エクレアちゃんが子供サイズでスーッと・・・今日も七色にキラキラ輝いて綺麗です。
『メイリちゃん、犯人が朝食を持ってきて、メイリちゃんが食べ終わって少し経った頃に救出に来るから、静かに待っていてね。これはあたしからのプレゼント』
王都で大人気のフルーツタルトが載せられたお皿とフォークを差し出し、エクレアちゃんは笑いながら救出計画を話してくれます。
「ああ美味しい。ありがとうエクレアちゃん。ちゃんと静かに待ってるからってお兄ちゃんに伝えてね」
美味しいフルーツタルトを食べたら、なんだか元気になってきて、私は笑顔でエクレアちゃんにお礼を言います。
もちろん私の可愛い妖精のローゼリーにもお裾分けしたわよ。
『ええ分かったわ。それとね、二度と悪い奴等が家族に手出しできないよう、アコルは重要な任務を遂行しなきゃいけないから、救出には参加できないの』
エクレアちゃんは私の膝の上に降りて、衝撃的なことを告げました。
「えっ? お兄ちゃんは来てくれないの?」
……がっかりです。寂しいです。早くお兄ちゃんの顔が見たかったのに。
『ごめんね、ちょと遠くに行くみたい。でも、その代わりにメイリちゃんを王立高学院に招待するって。
覇王軍メンバーが、最先端の魔術具研究や、ポーション研究の現場を案内してくれるそうよ』
「ええぇーっ、本当に? ずっとずっと見学したかったけど、学生以外は学院に入っちゃダメだって言われてらから、すっごくすっごく嬉しい! やったー!」
大声で叫びたかったけど、今は囚われの身。小さな小さな声で言って、両手を万歳しぴょんぴょん飛びます。
……さすがアコルお兄ちゃん。ちゃんとご褒美を、私の喜ぶご褒美を用意してくれたんだ。
『アコルが学院に帰るまで、魔法攻撃を教えてもらったり、ポーション作りを体験させて貰えばいいわ。
元気な姿をアコルに見せてあげようね。大丈夫、救出されるまであたしが一緒にいてあげるわ』
そう言いながらエクレアちゃんは、小さな手で私の手を撫でてくれます。
ローゼリーも一緒に手を握ってくれます。
「ありがとうエクレアちゃん、ローゼリー。これで百人力ね。
あっ、今見張りをしている人は、とても親切にしてくれたし、攫われたのが覇王の家族だって知らなかったから、殺さないであげて欲しいの」
『了解よ。さあさあ、寒いから炎の魔法で暖まりましょう』
エクレアちゃんはニコニコ笑いながら、親切なおじさんは殺さないと約束してくれました。
そしてベッドの上で魔法陣を発動させると、暖かい空間が……すごーい!
朝日が完全に昇って、いつもの朝食時間を1時間くらい過ぎた頃、昨日のろくでなし男がやって来ました。
手には、あまり美味しくなさそうなパンが1個と、ただの水が入ったコップを入れた籠を持っています。
……小さなパン1個だけ? 食べ盛りのレディーに不味そうなパン1個って……よし、この男に容赦は必要ないわ。
「フン、次の飯は夕方だ。いいか、今度妙なうたを歌ったり喚いたら、顔が腫れるまでぶん殴るからな!」
大声で怒鳴ったろくでなし男は、悪人顔でへらりと笑うと、再びガチャガチャと鍵をかける。
『ハン! 人相が変わるくらい、あたしがボコボコにしてやるわ』
エクレアちゃんは腰に手を当て宣言してくれます。
20分後、増員されていたらしい敵を完膚なきまでに叩きのめし、救出に来たボンテンクお兄ちゃんが、泣きながら走ってきて私を抱きしめました。
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