27 宰相の苦悩(2)
執務室の中に重い空気が漂い、絶望とも諦めともつかない深いため息が漏れる。全員が頭を抱え、200という数字に暫く言葉も出なかった。
「王族以外で100を超えてS級魔法師の資格を持っているのは、ワイコリーム公爵、マギ公爵、病気療養中のマリード侯爵と私(サナへ侯爵)の四人だけだ。全員で力を合わせたとしても、王都ダージリンさえ守れないかもしれない」
私の言葉に、ワイコリーム公爵もマギ公爵も黙ったまま頷く。
「あとは、ブラックカードを持っているSランク冒険者と、シルバーカードを持っているS級魔法師を呼び寄せるしか方法がない」
確かに全く頼りにならない軍や魔法省より、ブラックカード持ちと、シルバーカード持ちの存在の方が頼りになるだろう。彼らには緊急招集が掛けられる。
「そうですねマギ公爵。時間稼ぎかもしれませんが、今は他に頼れる者もいません。領主である我々が直接変異種討伐に行くのは最終局面であり、その時はもう軍も魔法師も全滅した……という状況でしょう」
そうなることだけは避けたいと心から願うが、今からでも貴族が一丸となって魔力量を上げるしかないと私は付け加える。
「もしも第七王子が生きていらっしゃれば、まだ希望はあるかもしれません。10歳で魔力量が50を超える子供がいたら、何処かで人の目につくはずです。我がワイコリーム公爵家は、これからも諦めず王子を探します」
「そうしてくれ。もう時間はあまり残されてない」
これからまた旅立つであろうワイコリーム公爵を見て、頼むと頭を下げることくらいしかできない自分が情けない。でも、何もしない訳にもいかない。
明日は冒険者ギルド本部に行って、ブラックカード持ちの所在を確認しておこう。
「王様から、全貴族と全高学院に向け、魔力量を上げ魔獣と戦えるよう備えろと告示していただこう。軍や魔法省が当てにならない今、自分の領地を守れるよう、我々は自領の貴族を鍛えるしかない」
「それしかないなサナへ侯爵」
「そうですね宰相」
マギ公爵とワイコリーム公爵も私の意見に賛同し、三人で一緒に王様に結論を伝えるため席を立った。
◇◇ ワイコリーム公爵の苦悩 ◇◇
城を出た私は、王都の屋敷へと戻り、また旅に出ることを執事に伝えた。
今の王宮の在り様を見ていると、もどかしいと言うより絶望したくなる。
何かを期待すると虚しくなるし、国が亡びるかもしれない魔獣の大氾濫が迫っているというのに、何処か他人事で危機感がない。
実力もない腑抜けが軍と魔法省を掌握しているせいで、軍内部は崩壊寸前だし、魔法省に至っては、優秀な国家認定魔法師がどんどん王宮を離れていく。
つい最近も、我がワイコリーム公爵家のお抱え魔法師になりたいと、二人の国家認定A級魔法師が魔法省を辞め面接に来た。
このまま魔法省で働いていれば、ろくな策もなく、ろくな指揮も執れない無能なヘイズ侯爵に、変異種討伐に行かされ殺されてしまう。
こうなることは誰にでも予想はついていたのに、魔法省は何も手を打っていなかった。まさかエリートが働く魔法省を辞めるとは思っていなかったのだろう。
財務大臣であるレイム公爵に、今日になってA級魔法師以上の職員の給料を上げて欲しいと申請してきたらしい。
レイム公爵は、魔獣討伐に参加すると誓約した者にだけ、特別手当を付けると回答したようだ。
給料を上げても魔獣討伐に行かないような国の職員に、手当など出す必要はないと王様もきっぱりと断言されたので、ヘイズ侯爵は魔法師たちから益々嫌われるだろう。
あの太った強欲じじいは、確かに高学院を卒業してからA級魔法師の資格を取ったが、普通の領主は高学院卒業までにA級魔法師の資格を当然のように取る。
そもそも領主たちは皆、代々王族と婚姻を繰り返しているのだから、王族並みに魔力量は多いのだ。
強欲じじいのヘイズ侯爵家は、外務大臣や運輸大臣をしていた家系なのに、甥である第一王子を国王にするため、利権を動かし易い魔法省の大臣を狙い、王妃にごり押しさせ副大臣の職を得た。
……あの強欲じじいには、プライドというものが無いのだろう。恥ずかしい!
しかも、魔法省副大臣ともあろう者が、国家認定魔法師ではない、ただのA級魔法師程度の実力しか持っていないとは・・・常識では考えられない。
それなのに、プライドも誇りも高い超エリートの魔法師たちに向かって、威張り散らして訳のわからない命令をしている。エリートたちが面白くないのは当然だ。
だから国家認定S級魔法師の資格を持っている私やサナへ侯爵の所に、何とかしてくれと要望書が度々上がってくるのだ。
「父上、また旅に出られると聞きました。明日から中級学校は夏季休暇に入ります。どうか私も同行させてください」
考え事をしていたせいか、執務室に長男のラリエス(11歳)が入って来たことに気付かなかった。
「今回は王都から最も離れたサーシム領へ行く。サーシム領にはこの国で一番大きなリドミウムの森がある。昨年から魔獣の数が急激に増え、変異種に襲われた村もある。危険を伴う旅になるやもしれぬ。せめて成人し高学院に入り、魔術を学んでからでないと危険だ」
「いいえ父上、魔術の基礎なら家庭教師である魔法師の先生から合格を頂きました。私の魔力量は11歳になって55まで伸びました。既にⅮ級魔術師レベルの半分はマスターしています。ですから、魔力量を上げるためにも同伴させてください」
ラリエスは、D級魔術師レベルの魔術を使えると胸を張って言う。
確かにラリエスは魔力量が多い。このままいけば高学院に入学する頃には、75を超えているだろう。魔力量が多いと言われている第三王子のトーマス様でも、入学時の魔力量は65だった。
こんな時代だから、次世代の者には頑張って欲しいと思うが、天才と言われている我が子だからこそ、早ければ5年後に始まると言われている魔獣の大氾濫に、魔術師として参加させたくはない。
……いや、そんなことを考えるべきではない。次代の王をお支え出来るよう、国務大臣としては鍛えるべきだ。
「分かった。連れて行こう。ただし、護衛には魔法師ではなく冒険者を付ける。成人したら、冒険者や軍を率いて戦うことになる。冒険者との連携や戦い方を学んでおくことも必要だろう」
「ありがとうございます。父上は、第七王子が生きていると信じておられるのですね。
私の将来の目標は、覇王様にお仕えすることです。
私は王宮の謁見の間にある覇王様の肖像画を見て以来、覇王となられる方と共に戦い活躍したいと願っています。
魔獣の大氾濫が起こることが確実なら、必ず覇王様はお姿を現されるでしょう。
我が家秘蔵の魔法書に描かれている、【上級魔法と覇王の遺言】の魔法書を片手に、大魔法を放つ姿をこの目で見たいのです」
我がワイコリーム公爵家で生まれた男子は、物心つく頃から覇王の伝説を何度も何度も聞かされて育つ。
現在の王族の方はご存じではないが、いや、我が家とレイム公爵家以外の貴族は誰も知らないが、覇王となられる方は、市井で育つという口伝があるのだ。
だからこそ、代々国務大臣を勤めている我が家が果たすべき役割は大きい。
国務大臣は、王宮以外で生まれた王子や王女を探し出さねばならない。過去120年は、探し出せなかったという記録はない。
……今回も、いや今回こそ何が何でも探し出さねばならない。
……王子は必ず、【上級魔法と覇王の遺言】の魔法書を持っている。
「ラリエス、おそらく第七王子様は、ご自分が王子だとご存じない。
これまでの調査で分かっているのは、王子をお産みになった女性は、産後1ヶ月で亡くなられている。残された王子は、代理人によって産みの母を世話していた夫婦に預けられた。
だが、養育費として高額な金を受け取っておきながら、その夫婦は母親が亡くなった二週間後、王子を孤児院の前に捨てた。生まれた子が王子だと知らなかったからだ」
執事にお茶のおかわりを頼んで、私はラリエスに重要な話を伝えていく。
何故夫婦は生まれた子が王子だと知らなかったのか……それは、王子と知られれば命を狙われる可能性が高いからだ。だから国王は、自分を王だとは決して名乗らずに子を生す。
金持ちの貴族に見初められて子が産まれたと思っていた夫婦は、代理人から毎月充分な養育費を与えられると説明され、きちんとした教育を受けさせると約束し育ての親となった。しかし、10歳までは引き取れないと言われ、育てるのが面倒になり孤児院の前に捨て、10歳前になったら引き取ればいいと考えた。
何故ワイコリーム公爵家や王様がそのことに気付かなかったのか……それは、その夫婦が10年間ずっと金を受け取り続け、元気に育っていると虚偽の報告を代理人にしていたからだ。
代理人(後見人)にも問題があった。代理人となったのはサーシム領の男爵で、彼もまた生まれた子が王子だとは知らされていなかった。
代理人を選んだのは王宮の侍女長で、侍女長は高位貴族の子供の成長を見届ける、代理人になって欲しいと依頼していた。そういう決まりなので、そこに問題はない。
だが、代理人となった男爵は、半年に一度は必ず様子を見に行くという契約を守らず、これまで一度も確認せず、育てている夫婦に養育費だけを送り続け、代理人としての務めは果たさず謝礼は毎年受け取っていた。
そして昨年末、もう直ぐ10歳になる王子を迎えに行く準備のため、侍女長から我が家に、代理人の名と王子が住む町の名が伝えられた。
ワイコリーム公爵家の者が、代理人である男爵家を訪ねたら、王子の様子を全く確認していなかったことが発覚し、育てている夫婦の家を慌てて訪ねると、子供の姿はなく、赤子の時に孤児院の前に本と一緒に捨てたと白状した。
「許せません!その代理人の男爵と育ての夫婦はどうなったのですか?」
「もちろん捕らえてある。王子が生きて見付かるまでは生かしておき、相応の罰を与える。搾取した金は全額返済させ、返さなければ鉱山で死ぬまで働くことになる。男爵は当然爵位を剝奪されるだろう」
「では、第七王子はきちんとした教育も受けられず、孤児院で育てられたのですか?」
「いや、その孤児院は、王子が捨てられた半年後に火災で全焼し、孤児も職員も全員が焼死した。王子の命を狙った放火の可能性もある。
代理人を指名した侍女長は、ヘイズ侯爵領の出身だった。侍女長は代理人との連絡を怠り、情報をヘイズ侯爵に流したと思われる。代理人の管理を怠った罪で、侍女長は直ぐに罷免され、口封じのためか殺されている。
王子の命を狙っているヘイズ侯爵派は、きっと王子が死んだと思っているだろう。
でも私は、第七王子が覇王となられる運命なら、きっと生き残っておられると信じている。もしかしたら、火災の前に誰かに引き取られたかもしれない。
孤児院が焼失したので、何の資料も残っていないが、引き取られたとしたら、そう遠くない場所である可能性が高いだろう。だからサーシム領に探しに行くのだ」
現時点で知り得ている情報を、全て息子ラリエスに話して聞かせた。
本来なら成人もしていない息子に、国の重要機密事項を話すべきではないのだろうが、魔獣が溢れ、変異種が村を襲っている現状を考えると、自分の命の保証だってない。
重要な情報だからこそ、共有する者が必要だと判断した。
もしもの時は、自分に代わりワイコリーム公爵家が負うべき責務を、ラリエスが果たさねばならない。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話から新章スタートします。




