268 独立国への道(1)
新章スタートしました。
◇◇ 王弟シーブル ◇◇
「シーブル様、いえ陛下、賛同する貴族の数は、どんどん増えております」
新たに創る国の貴族になりたいと願う者の名簿を差し出しながら、義父ワートン公爵は、陛下などと気の早いことを言う。
「そうか、王宮に残した工作員は真面目に働いているようだな。
そろそろワートン領に残したご子息たちは、移動できるくらいに回復したのではないか義父殿、いや宰相?」
先月ドラゴンに襲撃された領都ワートンには、大ケガを負った次男と三男が残っている。
長男と夫人は亡くなったが、側室はヘイズ領に居たから無事だ。
私の義兄弟でもあるのだが、聞いているケガの様子では、今後、普通の生活をすることも厳しいようだ。
要職に就くまで回復するには、1年、いやそれ以上に時間が必要だろう。
それでもまだ、最も優秀で使える四男は残っている。
庶子である四男は、現在王立高学院に潜入中で、有用な情報を送ってくる。
覇王や国王の動向を上手く探り、元の職場である王宮内でも暗躍しているようだ。
王子や覇王を、いつでも殺せるようにしてあると義父は言っていた。
あの四男は便利に使えるからトーブルの側近に、いや、この私の従者として使ってみるのも面白いかもしれない。
「ようやく馬車で移動できるくらいには回復しました。
ワートン公爵家は取り潰されましたが、あのサナへ侯爵では、私の隠し財産や私邸を見付けることなどできないでしょう」
義父は自分の代わりに領主を務めているサナへ侯爵を、完全に下に見ているが、あれはなかなかの食わせ者だ。
無能な国王を補佐し、実質コルランドル王国を回していたのだから。
だが、国王は何故、片腕であるサナへ侯爵にワートン領を任せたのだろうか?
まさかの仲違い? いや、それはない。だとしたら別の目的があっての配置なのか?
「本来なら、王都となるのは領都ワートンの予定だったが、復興を待っている訳にはいかぬ。当面はここを王都とする。
ワートン領を含め国を25に分割し、新たに公爵を1、侯爵を1、伯爵を5、子爵を8、残り10を男爵の領地とする。
新しく我が国の貴族となる者のため、国王に従う邪魔な貴族を追い出さねばならぬな。
処分対象となる8貴族は、2月に入って直ぐ爵位を剝奪し追放しろ。
新たな国の爵位は、金と貢献度によって、宰相が決めてくれたらいい」
手渡された貴族名と領地名を見て、新たに爵位を授ける貴族を25にすると告げる。
少し多めの数だが、いずれは領土を広げていくのだから問題はないだろう。
「おや、そのような大事なことを、この私にお任せになるのですか?」
驚いた顔で訊く義父だが、当然ワートン領の貴族の協力がなければ独立できないのだから、任命権は自分に与えて欲しいと思っていたはずだ。
常に私をたてた発言をしているが、腹の底はどうなっているのか分かったものではない。
「私を王にしてくれるのは、義父殿とワートン領の貴族たちです。
ヘイズ領の貴族など、半分は使い物にならぬ無能ばかり。
何某かの罪をでっち上げ、デミル領から金を持って移動して来る者のため、2月10日までに屋敷を空けさせる。
義父殿には面倒な仕事を押し付けてしまうが、国王派の貴族を、きっちり処罰してくださると期待していますよ。
上位貴族の割合が、たとえワートン領の貴族に偏っても、私は構わないと思っていますから」
面倒な嫌われ役も、ついでにやってもらおう。
問題なのは、旧デミル領から流れてくる高位貴族だ。南に位置する旧デミル領と、北に位置するヘイズ領では、税収がかなり違ってしまう。
まあ最初の年は、税率を少し上げることで対処させるしかないだろう。
毎年各領地の貴族は、1月15日までに領主に税を納める。
そして領主は、1月末までに国に税を納めなければならない。
だからヘイズ領とワートン領の国王派の貴族を処分するのは、国に納税した直後の2月初旬でいいだろう。
……税を誤魔化したという罪で、爵位を剝奪し追放する。独立するタイミングにも都合がいい。
私の国に来る旧デミル領の貴族は、新領主である王弟モーマットに対し半分の税しか納めず、監査の入る2月中旬までに移動してくれば罰せられることもない。
不正がバレても、その時には既に他国の貴族だから問題ない。
この国の常識では、領地持ちの貴族が、領地を捨てて亡命するとは誰も考えていないだろうから、最小限の荷物で移動すればバレることはない。
春先に貴族が旅行するのは、よくあることだ。
邪魔な国王派の貴族を領地から追い出し、旧デミル領の貴族が全員到着したら、独立を宣言する。
国王は、領主代行である弟が、独立を企むなどと思ってもいないだろう。
仮にワイコリーム公爵やマギ公爵が気付いたとしても、クーデターを制圧するとも思えない。
今のコルランドル王国は、魔獣の氾濫に打ち勝つことを優先しているので、軍の兵士や魔法師を使った戦争をする余裕なんて無い。
そんなことをすれば、それこそあの覇王が黙っていないはずだ。
ヘイズ領に来た当初は、覇王の書いたシナリオに腹も立てたし、愚兄と共に必ず殺してやろうと考えていた。
だが、ワートン公爵の四男ジュールが発した何気ない話で、王になるために無駄な月日を過ごす必要などないと、意識を切り替えることができた。
「それほどに王の座を求められるのでしたら、国王の暗殺を計画したり、わざわざA級一般魔法師の資格取得をするより、確実に手に入るヘイズ領とワートン領で、新しい国を作ればいいじゃないですか」
最初は、庶子のくせになんと生意気な口をきくヤツなんだと、腹立たしく思った。
だが今ならば、王も軍も魔術師も全てが、魔獣に視線を向けているではないかと気付いた。
……王宮に居る者は、誰も私の行動など気にしていない。
なんの苦も無く、一滴の血を流すこともなく、独立できる絶好の好機かも知れない。
そう思うと、もうそれ以外のことが考えられなくなった。
国土面積は、ニルギリ公国と同じくらいに狭いが、立地的には悪くない。
隣国に侵攻し国土を拡大するなら、ヘイズ領はコッタリカ王国と隣接しており、ワートン領はアッサム帝国と隣接している。
魔術師の数を考えたら、戦争をしても負ける気がしない。
血で血を洗う内戦ではなく、国王がぼんやりしている間に、王弟が二つの領地を奪い、独立して新たな国をつくるだけだ。
他国から見たら、兄弟で国を分割した感じに見えるだろうが、そんなことは大して気にする必要もない。
……いずれは全て手に入れるのだから。
私もワートン公爵である義父も、ヘイズ領の魔獣の氾濫以降、全く王都に戻っていないが、国王はそれを容認してしまった。
おまけに国王が支出した復興資金を使って、独立資金も蓄えられ、必要な貴族の取り込みも完了間近だ。
……無能な国王や大臣のお陰で、下準備をする時間は十分にとれる。
ワートン領では義父殿が、魔獣対策に資金を一切使わず、賛同する貴族に根回しをしてくれた。
領都の貴族街がドラゴンによって壊滅したのは残念だったが、独立に協力してくれる貴族たちの領地にはほぼ被害は出ていない。
国王がデミル公爵家を取り潰したので、こちらに寝返る貴族も確保することができた。
これまでは義父に気を使い側室を持たなかったが、国王となれば政治的な観点から、旧デミル領とヘイズ領の貴族の娘を、側室にすることもできる。
……天は我に味方している。
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