265 心理対抗戦(6)
◇◇ 侍女長リリアーヌ ◇◇
パーティーの主催者である王妃様の挨拶が終わり、ログドル王子が乾杯のグラスを掲げたら、今夜は無礼講。
立食形式のパーティーだから、グラスや料理を載せた皿を持って皆が移動を開始していく。
王妃様より派手なドレスで登場した王弟シーブル夫人と連れの娘は、夫人の取り巻きに囲まれ、まるで主役のように振る舞いご機嫌な様子。
……なんだか滑稽過ぎて笑える。
今夜は王宮で働く者のための慰労パーティー。
舞踏会と間違えている様子の二人は、完全に浮きまくっているわね。
出席者の多くは仕事終わりで参加しており、ちょといい平服なのに。
……あっちは、覇王様が登場されるまで放置でいいわね。
「さて、仕込みは上々のようね」
私はパーティー会場内をぐるりと見回し、噂ばら撒き担当者の仕事振りを見て呟く。
そして得意技である地獄耳を発動し、お手並みを拝見させていただきましょう。
「お聴きになりましてダリエル伯爵夫人?」
「何のお話かしら? もしかしてリーマス王子ご乱心のお話?」
話し掛けたのはマギ領出身で、サナへ領の伯爵家に嫁いだ王妃様の幼馴染だわ。
話し掛けられたのは、旧デミル公爵領、今はコルラド侯爵領の伯爵夫人ね。
あの家は確か【反国王派】。
自分たちのこれからが、さぞや気になっているはずだわ。
誰も彼もリーマス王子を犯人扱いして、楽し気にコソコソと噂を広めているようだけど、こちらはそれ以上の爆弾話を用意しているわ。
「いいえ、そんな不確かな情報ではありませんわ。絶対に内密にしてくださいね。
わたくし王妃様から直接お聞きしたのですが、2月の初旬に、旧デミル領とワートン領の貴族の不正を、一斉捜査するそうよ」
「えっ、2月の初旬に?」
「ええ、それで、少しでも不正が見つかれば爵位を落とされるそうよ。しかも、不正課税や納税額の偽装があれば、爵位を剝奪することもあるのですって」
「・・・・・」
あらあら可哀想に、すっかり顔色が悪くなっちゃったわ。
そんなに狼狽えたら、自分の家は不正をしてますって分かっちゃうじゃない。
貴族たる者、顔色を変えずに微笑んでみせなくてどうするの?
あら、あちらで活動されているのは、我がワイコリーム領の子爵家次男データル30歳だわ。
今は財務部で副事務官補佐の役職に就いているけど、彼は王宮内を担当している諜報部員のひとりよね。
何故急速に【反国王派】の動きが活発になったのか、いつの間に王弟シーブルと連携していたのかが分からず、王宮内の調査部は、今回、完全に面目を潰してしまった。
だから、主であるワイコリーム公爵と覇王様の信頼を取り戻すため、必死に任務を遂行し、有益な情報を得るためなら何でもやる気だって聞いているわ。
さあ、耳を澄ませましょう。
「どうやら王様は、今回こそ厳しく貴族を取り締まられるようだ。
そこで、我ら家督の継げない役人にもチャンスが巡ってくる。
特に旧デミル領、ワートン領、ヘイズ領の貴族の不正を告発したり、取り締まりに協力すれば、叙爵や陞爵できるらしいんだ」
「いや、でも、そんなに貴族を増やしたりできないだろう?」
胡散臭そうに反論するのは、旧サーシム領の役人ね。
今はレイトル王子が新しい領主で、リドミウム侯爵領になっているわ。
「そのための告発だよ。俺は次男だから、この機会に叙爵したいと思ってる。
準男爵からのスタートだろうけど、活躍次第では男爵だって可能かもしれないって話だ」
データルは余裕の笑みを浮かべて、実力が評価されるのなら賭けてみたいと思うだろう?って煽ってるわ。
「それって、他領の貴族を叩き落とし、自分が爵位を勝ち取るってこと?」
ちょっと不安気な感じで話に割って入ったのは、ワートン領の子爵家三男だわ。
確か、今は不要な部署だとバカにされている国防省で働いているはず。
ワートン領の役人にしては、真面目に働き優秀だと聞いたことがあるわ。
「いや、他領の貴族じゃなくても、自領の貴族を叩き落と……いや、告発してもいいらしい」
諜報部員であるデータルの下剋上話に、耳を澄ましてる役人は多いわね。
国王ではなく、王妃様主催のパーティーだし、堅苦しくない年末慰労パーティーだと言ってあるから、今夜は平民も下級貴族の役人も出席可能。
だから身分に関係なく話もできるし、部署の壁を越えての交流も可能よ。
これまでは、子爵家以上でなければ王宮主催のパーティーには、出席なんてできなかった。
プライドの高い大臣クラスや高位貴族は、平民との同席を嫌がり欠席しているから、今夜は妙な緊張感もない。
飛ぶ鳥を落とす勢いのあるワイコリーム公爵領の役人データルの話だもの、信憑性があると判断する者は多いでしょうね。
「では、不正を行う貴族の爵位を剝奪し、やる気のある者を叙爵するってことか?」
瞳を輝かせながら質問するのは、爵位を継承できない準男爵家の子息ね。
ヘイズ領の貴族だけど、真面目に働く良識的な貴族だと調査部の報告書に書いてあったわ。
準男爵家の子息は、何かで手柄を立てないと爵位を継続できないし、今のヘイズ領では将来は暗いから食いつきがいいわね。
「俺はそんな話、期待するだけ無駄だと思うがな。あの国王にそんなこと出来るものか」
いやーな感じでデータルを見下すのは、旧デミル領の若き子爵家当主だわ。
今は休眠状態の防護壁建設部の役人で、【反国王派】の一員だと記憶してる。
「フッ、知らないようだけど、実力のある者こそ評価されるべきだ……と、力説されているのは覇王様なんだよ。覇王様は完全実力主義だから。
【覇王探求部会】を立ち上げて、既に一部の協力者の叙爵申請をされたらしい」
「それじゃあ、今回の話を出されたのは覇王様なのか?」
データルの余裕の顔を見て、今まで遠巻きにしていた役人たちも参戦してきたわ。
覇王講座の強制受講によって、無能で高給取りだった貴族の子息たちが辞めたので、働きやすくなったと感謝していた事務官たちね。
……フフ、これなら上手くいきそうだわ。頑張ってねデータル。
◇◇ 王宮乗り込み隊責任者ノエル ◇◇
「トーブル様、今回の件、わたくしたちにお任せください。
女の戦いに男性が出ていくと、大変面倒なことになりますし、婚約者として認められるために、トーブル様を襲わせるような女性を近付けるのは危険ですわ」
王宮に到着した私たち乗り込み隊は、打ち合わせ通りに演じるため気合を入れ直します。
元々私とエリザーテは演じることが得意で、カイヤはスイッチが入った途端、それはそれは完璧に演じ切ります。
「ええノエル様。かなりおつむが弱いようですし、常識が通じる相手ではありませんわ。
でもきっと、私に負けたくないと思えば、本性をむき出しにしてくださるでしょう」
今夜、トーブル様の恋人として王宮に乗り込む学院一の美女エリザーテは、この役を意外と気に入っているようで、馬車が到着すると同時にトーブル様にエスコートされ、上品な笑みを浮かべてやる気満々です。
「エリザーテさん、私の恋人役を演じることで、これから先、貴女に危険が及ぶのではないかと心配です」
優しいトーブル様があまりにも心配するので、エリザーテがフフフと極上の笑顔を向け、問題ないと黙らせました。
……まあ、笑顔の種類にもいろいろあるわね。
「さあ、そろそろ出番だ。カッコよく乗り込もうか」
先頭に立たれたアコル様が、ドアの前に立って号令を掛けられました。
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