259 覇王、激流を生む(7)
◇◇ 王妃 ミルフィーユ ◇◇
王様から外務大臣に任命され、急に忙しくなった日々も、大変だとは思わない。
これまでの私は、元王妃ミモザから様々な嫌がらせを受け続け、毒殺などから息子トーマス、娘ニーナと自分を守るため、ずっと戦ってきたのだから。
まあ私は、第三側室のフィナンシェさん同様、女同士の醜い争いにも、着飾って華やかに社交をすることにも、全くと言っていい程に興味がなかった。
兄であるマギ公爵に拝み倒され、仕方なく王家に嫁いだくらいだもの、子供を産むという義務を果たせば、用済みって扱いにも然程腹は立たなかったわ。
「お兄さま、そんないい加減な計画で、覇王様のお役に立てるとでも思っているのかしら?
トーマス、貴方も詰めが甘いわよ。あの小ズルいシーブル夫人がその程度の脅しで怯むはずがないわ」
目の前に座っている兄マギ公爵と息子トーマスに、軽く怒りをぶつけながらダメ出しをする。
甥であるエイトくんから、覇王様が考えられた今回の計画を聞き、女の世界がまるで分かっていない男二人に、思わず厳しい口調になってしまうのよね。
……王妃らしい上品な態度や振る舞いなんて、気にしてる場合じゃないわ。
これから内乱が起ころうとしているのに、穏便に……とか、できるだけ危害を加えず……とか、何を甘えたことを言っているのか分からないわ。
「いや、ミルフィーユ、そこまでダメか?」
「はあ? それ、本気で言っていますの兄上?」
「フフ、叔母上と父上の会話が、姉のミレーヌとクルト兄さんの会話と全く同じで驚きました」
少しだけ顔を引き攣らせた可愛い甥のエイトが、苦笑しながら会話に入ってきました。
「当り前よエイト。マギ公爵家の女は、代々情けない兄弟の尻を叩く役目を負っているの。
これまでは表向きの政治に口出しできなかったけれど、これからは私も全力でいくつもりよ。
トーマス、覇王さまに揉まれて少しは男らしくなったのかと思ったら、貴族的な駆け引きの方は全然ダメね。
まあ、私も社交を本気で行っていなかったから強く言えないけど、次期国王を目指すのなら、少々のはったりや脅しなんて当たり前でしょう?」
トーマスの真面目で優しいところは長所でもあるけれど、小さい時からヘイズ侯爵派に押さえつけられてきたせいか、強い態度で迫る高位貴族に対し、その上をいく強さやしたたかさに欠けている。
……無意識に、嫌われたくない認められたいと、貴族の顔色を窺ってしまう。
……そういうところだけは、父親に似ちゃったのかしら・・・
「敵に気を遣う必要はないと、俺も思いますトーマス王子。
覇王アコル様は、入学した時から誰にも媚びず、権力者など見下していました。不敵に笑い、力で捻じ伏せてきた。その強さに学生は皆憧れているんです。
まあ、アコル様は別格なのでしょうが、あのくらい不遜な態度をとっても構わないと思います。
王になる者が、いちいち部下の機嫌を取っていたら、舐められるだけです」
エイトは、私が思っていたことを別の言い方でトーマスに助言しました。
さすが覇王様の従者に抜擢されるだけはあるわ。
エイトは国王に仕えているのではなく、覇王様に仕えているので、主の思考に似てきたのね。
「エイト、いくら従弟でもトーマス王子に向かってその言い草はないだろう」
「ハーッ、兄上、本来なら兄上が助言すべき立場でしょう?
これまで兄上は何をしていたのかしら。
トーマスを可愛いと思うなら、厳しい助言や態度をとって鍛えるべきでしょう?
ヘイズ侯爵派を抑えることを優先し、病床の王を正しく導けなかった。
私の意見など聞く耳を持たず、元王妃を排除しなかった。だから二度も王様は毒殺されかけたのよ。
フッ、結局全て、覇王様が解決されたではありませんか。情けない」
これまでのことを話すと、ふつふつと怒りが込み上げてくるわ。
女が政治に口出しするもんじゃないとか、私たちに任せておけば大丈夫だとか、もう聞き飽きて期待さえしなくなっていたのよ。
「伯父上、母上は同じ口調で王である父上に意見しています。
全く情けない……と、父上と私は何度言われたことか。今、この王宮で一番怖いのは母上です」
トーマスは肩をすぼめながら、情けない顔で兄マギ公爵に同情を求めます。
……やれやれ、トーマスが王として覇王様の前に立てるのは、まだまだ先になりそうだわ。
「エイト、残りの一週間で必ず王宮内に噂を広めてみせるわ。
トーマスや兄上では顔に出てしまうので、侍女やマギ領、レイム領の役人に仕事を与えて任務を完遂すると覇王様にお伝えしてちょうだい」
戦う女の顔で、甥のエイトに宣言します。
冬期休暇に突入するまで、あと一週間しかないけれど、必ず覇王様の期待に応えてみせるわ。
この作戦が成功するかどうかは、王宮内に広まる噂によって決まるのよ。
誰が王弟シーブルの手先で、誰が反乱を後押ししているのか、敵味方の見極めができなければ、したたかで卑怯な王弟夫婦になんか勝てないわ。
明日の夜にでも、王妃主催のパーティーを開かなくっちゃ。
「はい叔母上。覇王様は、王妃様と学院長でもある側室のフィナンシェ様に頼めば、必ず上手くいくと仰っていました。レイム領の女性も強いですから」
今ではすっかり戦友のようになっている側室のフィナンシェさんとは、常に連絡を取り合い、覇王様の御考えを理解できるよう努力しているわ。
私はこれまで、自分よりも毒舌で意志の強い女性に会ったことがなかったけれど、フィナンシェさんと仲良くなって、毎日が楽しくて仕方ないのよね。
「それでエイト、お前は冬期休暇はマギ領に帰るのか?」
「いいえ父上、【覇王軍】メンバーの半分は、いざという時に備え、半数が学院で待機することになっています。私はその責任者として王都に残ります。
覇王様も、トーブル先輩を連れて、光のドラゴンに乗って魔石の実験を続けられるそうです」
エイトは休暇中も王都に残ると言い、新たな覇王様の情報を教えてくれました。
……覇王様は、本当に働き者でいらっしゃるわ。
覇王様を育てられたドバインのお母さまは、きっとお寂しいでしょうね。また温室でお会いしたいわ。
レイム公爵夫人が、鉄壁の守りで覇王様のご家族を守っていらっしゃるので安心だけれど、油断してはダメね。
内乱を起こそうと企むような人間は、何をしでかすか分かったもんじゃないもの。
「エイト、同時にいくつもの案件をこなされる覇王様の従者は、きっと大変でしょうけれど、頑張ってお支えしなさい。
そして、たまにはこうして私の所にも寄ってくれたら嬉しいわ」
「承知しました王妃様。お任せください。
あっ、これ、覇王様からのお土産です。ストレス改善と美容効果のあるハーブティーだそうです」
「まあ、なんということでしょう! とても嬉しいわ。よろしくお伝えしてね。
トーマスもお兄さまも、こういう気配りが全く足りませんわ。お勉強し直してください」
さて、これで解散かしらと席を立とうとしたところに、王宮警備隊副隊長から火急の知らせが届きました。
「王妃様、シーブル様のご子息トーブル様が、リーマス王子に、いえ、何者かに襲われたようです」と。
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