254 覇王、激流を生む(2)
◇◇ フィナンシェ学院長 ◇◇
「面会希望は、事前に申し込みが必要です。大商会の商会長だからと、王族であるわたくしが規則を曲げるとでも思っているのかしら?
嫌だわ。フロランタン商会の愚孫は覇王様に対し不敬な態度を改めず、祖父は己の身分を弁えない無礼者ですね。追い返しなさい!」
私は正門の警備員に面会しないと告げ、面会予約の無い者を学院に入れてはならないと、これまで通りの警備を行うよう指示しました。
「私が断ったので、学院長に泣きつこうとしたのでしょうが、マジックバッグ欲しさに【王立高学院特別部隊】に寄付したくらいで、当然の権利とばかりの態度を取るとは、覇王様の仰る通り、無礼街道まっしぐらですな」
副学院長も疲れた顔をして、信じられないと首を横に振ります。
「女子隊員の隊服の注文を停止したので、文句を言いにきたのかもしれません」
副学院長と一緒に私の執務室を訪れたシルクーネさんは、面会の心当たりをあげます。
「いえいえ、あの爺さんは、孫を【王立高学院特別部隊】に入れてくれたら、隊服を値引きしてもいいと言える面の皮の厚さですよ。
きっと今回は、孫を【覇王探求部会】に入れてくれとゴリ押ししに来たんだと思います」
商学部の落ちこぼれなど、早く退学になればいいのにと、ボンテンク君は容赦なしです。
完全実力主義を掲げ、国民のために尽くす【王立高学院特別部隊】に条件を付けるなんて、己の利しか考えてないわね。
……なんて厚かましいのかしら。
「【覇王探求部会】が狙いで間違いないでしょう。
うちの情報部が調べたところ、覇王様が運営されているドバイン運送に対し、あの商会長は、様々な嫌がらせを行っていました。
マジックバッグを奪い取ろうと、兵士や冒険者も脅していたようです」
ラリエス君は、いつでも捕える手筈は整っていますと自信を覗かせます。
……ワイコリーム公爵家の調査部なら、間違えようもないわ。流石ね。
「ヘイズ侯爵派が大きな顔をしていた頃の悪しき習慣でしょう。
お金をちらつかせれば、学院長や副学院長を動かせると思い上がっているのです」
私の横でお茶を飲みながら、息子のルフナは冷静に状況分析をしました。
確かに、今回処罰されるヘイズ侯爵派であった貴族部の元教授2人は、王族であるモーマット様や私にも不敬な態度を取っていたわ。
「そういえばあの孫、覇王軍の会計は大商会の嫡男である自分の方が相応しいから、この俺様を新しい会計に替えて欲しいと願い出ろ……と、弟のラノーブに命令したそうですわ。
学院内では学生同士の身分差はなくなりましたが、ちょと驚いてしまいました」
私も思い出しましたとシルクーネさんまで孫の所業を語り、あれで将来、貴族相手に商売ができるとは思えませんわと黒く微笑みます。
「どうやらフロランタン商会は、王族や高位貴族より身分が高いようですわね。
それなら、レイム領は取引を中止しても構わないわね。王妃様も、後宮への出入りを禁止されることでしょう」
「それは良い案です学院長、ワイコリーム公爵家も取引を中止しましょう」
ラリエス君がいい笑顔で私に賛同すると、マギ公爵家もそうしますとエイト君も手を上げました。
「上得意先のデミル公爵家は取り潰し、贅沢三昧だった元王妃やヘイズ侯爵はもういない。
自分の足元が崩れれば、孫のことなど構っていられなくなるでしょう」
爽やかな香りが広がるハーブティーをカップに注ぎながら、覇王様はにっこりと微笑んで言われました。
今日は日頃のお礼も兼ねてと、覇王様が疲れの取れる新商品のハーブティーをご用意くださいました。
覇王様は本当に、お茶を淹れるのがお上手です。
この場に居る全員が、この新商品のハーブティーを購入したいと覇王様にお願いを始めます。
大商人になるのが目標だと教えてくださった覇王様は、ご自分が時代を動かし、時代を作っていらっしゃるというのに、全く偉ぶったところがありません。
「フィナンシェ伯母上、それでは新しいハーブティーに、ホット用の水筒をお付けしましょう。
冷水用の魔術具である水筒を、数量限定でホット用に改良しました」
「まあ嬉しいわ」と、つい声が弾んでしまいます。
商売の話をされる時の覇王様は、本当に楽しそうです。
この場に居るメンバーは、共に戦う戦友であり、共に時代を作る仲間たちです。
王宮で退屈な時間を過ごしていた私にとって、信じられないくらい充実した毎日であり、共にあれる喜びと、必要とされる喜びで心が満たされていきます。
……覇王様、至福の時間をありがとうございます。
◇ ◇ ◇
翌日、国内一斉に国王の告示が掲示板に貼り出され、コルランドル王国民に激震が走った。
その内容を見て震えあがったのは、一般国民ではなく貴族たちである。
何故なら告示のメインが、3つの領地の領主や貴族に対し、国王が下した処罰についてだったのだから。
◆ デミル領デミル公爵及びその一族は、領地を私物化し、魔獣に襲われた町の領民を故意に見殺しにした。
また、法で決まっている税率を越た税を不正に課し、民を守る冒険者ギルドを恫喝し私物化しようとした。
よって、デミル公爵家は取り潰しの上、全員を捕縛し一族の余罪を調べ上げる。
デミル領の伯爵は子爵に、子爵は男爵へと爵位を落とし、不正無しと認められた者のみ、新領主が新たに爵位を与える。
新しい領主を、王立高学院学院長の王弟モーマットとし、領地名をコルラドと改名する。
◆ ワートン領ワートン公爵は、ドラゴンの攻撃を受け死亡した。
ワートン公爵とその一族は、王命を無視して魔獣対策を行わなかった。
覇王軍の出動料を払わず、領民のための避難所も作らなかった。
王命であったドラゴン襲撃用の地下室を作らなかったため、己と家族、また多くの領都民が犠牲になった。
また、ワートン領の貴族の一部は、救済活動に来てくれた【王立高学院特別部隊】から食料を略奪しようとし、食料供与を断った女学生を火魔法で攻撃し火傷を負わせた。
よって、ワートン公爵家は取り潰しの上、【王立高学院特別部隊】を害した貴族は処刑し爵位剝奪する。
また、ワートン領の貴族は、領主代行が不正無しと認めた者のみ、爵位を維持できるものとする。
宰相サナへ侯爵を領主代行とし、外務大臣他数名に、ワートン領の立て直しを命ずる。
◆ サーシム領の領主の甥(元領主代行)は、サーシム領の貴族2人とともに、王都にて覇王様を襲撃した。
サーシム侯爵は、親族の管理監督を怠り、自領を救ってくれた覇王様、【覇王軍】【王立高学院特別部隊】に対し不敬な態度をとらせた。
よって、領主の任を果たせないと判断し、爵位を侯爵から伯爵に落とし、領地をサーシム領南部に変更する。
覇王様を襲撃した親族や貴族は、実名を公表し処刑する。
新しい領主を、レイトル第四王子とし、領地名をリドミウムと改名する。
既に処罰されたヘイズ侯爵を含めると、4つの領地で領主が失脚し、2つの領名が改名されることとなった。
気の弱い国王、部下を処罰できない腰抜け、病弱な愚王と侮っていた貴族たちは、国王の発動した強権に恐れを抱いた。
コルランドル王国の大改革は、まだ始まったばかりである。
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