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キャラ交換で大商人を目指します  作者: 杵築しゅん
秘書見習い

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25 旅立ちの日(2)

 翌日、試験に向かうエリート商会員たちと一緒にならないよう、早目に食堂で朝食をとった。いつもの先輩方も同じように早くやって来て、食事が終わった俺に、盗難事件のその後について教えてくれた。


「ニコラシカは、領主の推薦で商会に入ったから辞めさせることが出来ず、地方の支店で一般商会員として働かせることになった。明日の認定式が終わったら、配属先の支店の者と一緒に移動する。だがアコル、気を付けろ。アイツは本当に嫌な奴だから、お前に仕返しをするかもしれない」


 教えてくれた寮長は、今朝からニコラシカの姿が見えないので、部屋で作業をするなら用心した方がいいと忠告してくれた。

 仲良くなったマジョラム先輩も、たくさんのエリート商会員が本店に来てるから、また何か仕掛けてくるかもしれないと心配してくれた。


 嫌な予感がした俺は、食後直ぐ部屋に戻り、自分の荷物を全てリュックの中に入れた。もちろんエクレアが宿っている香木の壁掛けも収納した。

 そして、会頭が出勤して来られるまで、5階のキッチンで待つことにする。


 出勤して来られた会頭は、白磁の責任者であるセージさんと一緒だった。

 俺は先輩方からの助言を伝えて、作りかけの香木の飾りの彫刻を、5階のキッチンでさせて欲しいとお願いしてみた。


「アコル、会頭から話は聞いた。大変だったな。だが少し目立ち過ぎたようだ。

 ニコラシカは、本来受けるべき試験を受けず、ヘイズ侯爵のごり押しで商会に入った。しかも本店勤務になるよう銀食器部の部長が手を回したので、他の商会員より能力が低いのに、自分のことを本店で働くのに相応しい優秀な人間だと勘違いしている。


 ニコラシカの家は男爵家だが、叔母がヘイズ侯爵の側室になったことで、領主の後ろ盾があるのをいいことに横柄な態度をとる嫌われ者だ。

 昨年不正に銀食器を入手したことがバレた時、直ぐに侯爵家に泣き付き、用立てて貰った金で支払いをした。

 解雇されても当然なのに、払ったのだから文句はないだろうと反省することもなかった」


 とても腹立たしいことだが、侯爵家が出てきたので処罰を与えることが出来なかったのだと、セージさんは憎々しそうに教えてくれた。今回も、勝手に本店を抜け出し、侯爵家に泣き付きに行ったのだろうと言う。


「アコル、ヘイズ侯爵は悪い噂も多く、魔法省の副大臣をしている。

 正義感の強い、法務大臣であるマギ公爵やサナへ侯爵と対立している。

 うちの商会はマギ公爵家とは良好な関係だから、それをよく思わないヘイズ侯爵が、ニコラシカを送り込んできた可能性もある。


 商売をしていると、否が応でも政治や貴族の対立に巻き込まれ、無関係ではいられなくなることも多い。

 だがアコル、心配するな。ニコラシカやヘイズ侯爵が何かを仕掛けてきても、私は君を守ってみせる」


 会頭はそう言って、俺に向かってにっこりと笑ってくれた。


 いやいや、侯爵様とか出てきたら、俺なんか簡単に始末されそうだよな・・・ていうか、罪を犯したニコラシカより、半分被害者だと思われる俺が危険に晒されるのは納得できない。10歳の子供に負けた腹いせをするなんて、大人気ないにも程がある。


 でも、アイツなら何か遣りそうな気がする。

 結局用心して、今日の作業はキッチンではなく、会頭の執務室でやることになった。

 

本当なら明日の午後から会頭の秘書見習いとして、この執務室で働く予定だったのに、大商人を目指す俺としては残念だが、冒険者として身を隠さなくてはならない。

 折角だから、今日と明日、会頭に美味しいお茶をお出ししよう。



 

 午前8時、国中から集まってきた幹部候補者たちの【昇格試験】が始まった。

 

 試験を受ける殆どの商会員が貴族家出身だったり名のある商会の次男や三男たちで、さすが大商会のエリートたちだけあって、皆さんプライドが高そうだった。

 本店の寮に住んでいる先輩も、数人がこの試験を受けるようで、昨夜は遅くまで勉強をしていたのか、朝食時間に疲れた目をしていた。


 合格者の発表は明日の午前9時で、その後直ぐに認定式が行われる。

 合格者には、幹部見習いであることを示すバッジが渡される。今までのバッジより少し大きくなり、色も青から緑に変わるそうだ。

 

 認定式の最後に、今回の試験で書かれた【提言書】の中で、45点以上取って【特別賞】を受賞した者の名前が発表される。

 そして午後から、今回の試験で特別賞を受賞したエリートの【提言書】と、俺の書いた【提言書】と香木の飾りの実物が展示され、【特別賞】授与式が行われる。

 




 いよいよ合格発表と特別賞授与式の朝がやって来た。ちょっと緊張する。


 問題のニコラシカさんは、昨日寮に戻ってこなかったので、このままモンブラン商会を辞めるのではと、朝食の時に先輩方が噂していた。

 確かにプライドの高いニコラシカさんが、一般商会員として働くとは思えない。


 現在、会頭は認定式に出席していて、執務室に残された俺は、セージさんを前に、午後から行われる授与式のために【提言書】の内容を説明する練習をしていた。


 説明で合格をもらった俺は、セージさんに美味しいハーブティーを淹れて、会頭が戻ってこられるまで小休止することにした。

 お茶を飲んでいたセージさんは、にやりと笑うと自分の荷物の中から少し大き目な包みを取り出し、旅立つ俺にプレゼントだと言ってマントをくださった。


「それがあれば冬は寒くないし、寝るときの布団代わりにもなる。餞別だ」


「ありがとうございます。必ず最高級の香木を持って帰ります」


「ああ、ケガをしないよう気を付けて、時々冒険者ギルドのダルトン代表に近況を知らせてくれ。きっとダルトン代表が様子を教えに来てくれるだろう」 


 頂いたマントは膝までの長さがあり、外側は柔らかくなめされた黒革で、内側にシープネスの短いけど肌触りの良いフワフワ毛が縫い付けられていた。


 ……ひえ~っ!凄く高そうだ。確か先日行った服屋で金貨2枚以上したぞ……


 あまりにも高価なプレゼントに顔を引きつらせていると、急ぎの知らせだと言って、庶務課から書類が届いた。


 その書類というか封筒には、コルランドル王国の刻印が押してあり、裏返すと差出人が魔法省と書かれていた。

 魔法省という文字を見た途端、セージさんは顔を曇らせチッと舌打ちした。


「アコル、旅立ちの準備はできているか?」


「はいセージさん。荷物は全てこのリュックに入れてあります」


「はっ?……アコルはマジックバッグを持っているんだな。それなら丁度いい。今直ぐ冒険者ギルドに行け。そしてダルトン代表に魔法省が動いたので匿って欲しいと頼み、出来るだけ早く……いや、今日中に旅に出ろ」


 手紙の中を確認することなく、セージさんは直ぐに旅立てと言う。


 授与式が終われば、明日から一緒に旅に出る皆さんと、夕方ギルドで顔合わせの予定になっているのに、突然の予定変更の話に困惑してしまう。

 でもセージさんは、この手紙はきっとアコルを魔法省に呼び出すもので、その裏にはニコラシカが関わっているはずだと忌々しそう付け加えた。


 きっと魔法省の副大臣であるヘイズ侯爵に、アコルが妖精と契約したことを伝え、それを自分の手柄にしようと画策し、アコルと左遷を決定した会頭に復讐するつもりだろうと言いながら、セージさんは怒りの籠った瞳で手紙を睨み付けた。


「この会頭宛の書類を、会頭が開封して読んでしまったら、アコルを逃がすことができなくなる。商会長としては、国からの命令に背くことはできないんだ。


 私は出来るだけ時間をずらして、この手紙を会頭に手渡す。そして大勢の人間が見ている前で、開封されるよう段取りをする。

 意図的にアコルを逃がしたと思われては、会頭が責任を問われることになるからな」


「はい分かります。会頭に迷惑をお掛けしたくありません」


 俺はセージさんの言っている意味を理解し、直ぐに本店から、いや、モンブラン商会から立ち去らねばと頷いた。


「アコル、私が命ずる。今直ぐ香木の採取に出発しろ!」


「はい、承知しました」


 本当のところ手紙の中身は分からない。でも、きっとセージさんの言うことが正しいだろうと思う。それは予感ではなく、頭の中に浮かんだ光景から確信した。


 王宮の魔法省らしき場所にニコラシカさんが居て、兵士のような人たちに偉そうに命令している小太りで豪華な服を着た男が見えた。

 何故そんな光景が見えたのか分からない。でも、きっとこの光景は幻や空想なんかじゃないと思えた。





 俺は出来るだけ急いで本店を出ると、王城の方向に兵士の姿がないことを確認し、身体強化をかけて冒険者ギルドに向かって走り始めた。

 そして到着した冒険者ギルドで、事情をダルトンさんに話した。


「チッ! 魔法省が動いたのか・・・すまないアコル。まだAランク冒険者パーティー【宵闇の狼】が帰ってきてない。でも、ここに居ては危険だ。直ぐ辻馬車に乗り龍山支部に向かえ。【宵闇の狼】たちに後を追わせる」


 ダルトンさんはそう言うと、龍山支部のギルドマスターに急いで手紙を書き始めた。


「アコル、一つだけ大事な話をしておく。

 何度か言った気がするが、アコルの本当の親は高位貴族の可能性が高い。


 妖精と契約できる魔力適性を持つ血族は、サナへ侯爵家とレイム公爵家だ。確かに平民で教会に保護される者も居るが、詳しくその者の血筋を調べると、サナへ侯爵家かレイム公爵家に辿り着くそうだ。


 アコルが言っていたように、昔は平民の冒険者でも妖精と契約できる者もいた。だがな、それは昔々のことだ。

 現在平民は冒険者以外、魔力の扱い方も知らないし、魔力量も落ちている。


 アコルの育ての親であるサイモンだって、魔力量が80を超えたのは30歳を過ぎてからだ。それだって平民からしたら奇跡に近いことだ。

 そう考えるとアコル、10歳で魔力量が85もあるお前さんは、この国の高位貴族に嵐を巻き起こす存在になってしまう。サナヘ侯爵家とレイム公爵家に至っては、お家騒動に発展する可能性もある。


 あと、これは極秘情報だが、王族の魔力量も減っているようだ。

 王立高学院の魔術部の卒業資格が、C級魔術師以上に変更された理由を調べたら、フ~ッ、第一王子の魔力量が、卒業間近で70しかなかったからだそうだ」


「えっ? 王族なのに70ですか? でも前に、王族は成人(15歳)する頃には130に近いと聞いた気がします」


 どういうこと?って首を傾げて俺は質問する。


「それ以上言うな! いいかアコル、現在この国には王子が6人、王女が3人居るが、一番魔力量が高いのは第三王子のトーマス様で、高学院卒業時の魔力量は86だった。なんとかA級魔法師に合格して卒業された。

・・・分かるかアコル? 王族にとってお前さんは、認めることができない存在なんだ。


 王族に魔力量を知られる前に、自分の親が誰なのかはっきりさせる必要がある。

 もしも本当の親が、公爵家や侯爵家の人間だったら生きられる。だから旅の間に突き止めろ」


 それが唯一、アコルが生き残れる方法だとダルトンさんは言った。


 もしも突き止められずに魔力量を計られてしまえば、冒険者としてではなく、軍の兵士として変異種討伐に行かされ殺されるだろうと、縁起でもない話まで付け加えて俺に注意を与えた。


 ……なんて面倒臭い話だろう。俺は自分を捨てた親のことなんか興味もないし、知りたいとも思わない。王族に疎まれるのなら、この国を捨てればいい。


「迷惑な話ですね。王族はもっと自分を鍛えるべきだ。死ぬ気で魔獣と戦って魔力を使えば、必ず魔力量は増えるのに、魔獣の大氾濫が起こった時、どうやって先頭に立って戦う気でしょうか?」


「フン! 先頭に立つなんて考えは持ってないだろう。千年前の大氾濫を鎮めた覇王の子孫がこれでは、この国の将来はどうなることやらって感じだな」


 ダルトンさんと俺は、特大の溜息を吐いて肩を落とした。

 でも、直ぐに頭を切り替えて、俺はダルトンさんの手紙をウエストポーチに入れ、途中でパンを買い込んで辻馬車乗り場へと急いだ。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

誤字脱字があれば、誤字報告で教えてください。よろしくお願いします。

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