249 ワートン領の貴族たち(6)
昨夜はレイム領の宿に泊まり、ゆっくり朝食をとった俺とマサルーノ先輩は、ブラックドラゴンの巣が確認されたアホール山へと向かう。
ブラックドラゴンと対戦するつもりはないので、上空を飛んでいるブラックドラゴンとグレードラゴンの数だけ確認する。
離れた場所からの確認だったが、グレードラゴンの数は若干減っていた。
ブラックドラゴンに操られ、命を落としたものと思われる。
残念ながら、飛行しているブラックドラゴンは目視できなかった。
他の山に行っている可能性もあるし、偶然巣に居た可能性もある。
できるだけ早急に、ブラックドラゴンの巣を叩かねばならない。
巣に居る翼の小さな個体は、飛べない可能性が高いとエクレアが言っていたが、成獣になったら翼が大きくなる可能性だってある。
だが、余程うまく討伐しなければ、グレードラゴンを操り反撃してくるだろう。
「やはり、一度氾濫を起こした山は、中級以上の魔獣が激減しています。龍山、アホール山、ミル山は、来年の夏まで大氾濫はないでしょう」
ランドルの足籠の中から、アホール山を注意深く観察したマサルーノ先輩は、胸を撫で下ろすように言う。
「そうだな。だが、今回のコーチャー山脈はどうだろう?」
「そうですね、今回氾濫したのはコーチャー山脈の東側のようですが、東西の境にある大きな谷より西は、生息する魔獣の種類も若干違います。
前回の調査では、西側にグレードラゴンの小さな巣を確認しています。
恐らく今回の氾濫は、東側に生息していた魔獣だけで、西側の魔獣は残っていると思います。
そう考えるなら、次はヘイズ領が危険に曝される可能性が高いかと」
マサルーノ先輩は前回の調査結果から、コーチャー山脈にはまだ多くの魔獣が残っているだろうと予想した。
コーチャー山脈の次に危険なのは、ワイコリーム領のバルバ山だ。
あそこはまだ、小さな規模の氾濫しか起こっていない。
午後3時を過ぎた頃、目的地である領都ワートンが視界に入ってきた。
冒険者ギルドの報告通り、領都の中心にある領主屋敷辺りが最も被害が酷いようだ。
魔獣の大群が通り過ぎた領都の南側も、木造の建物が倒壊しており、被災者の数は3000人を超えているだろう。
被害の大きかった領都の南側上空を過ぎて、ランドルは高度をゆっくりと下げていく。
「これは酷いですね覇王様。貴族街は半分以上が全壊または半壊です。
あっ、王立高学院特別部隊の本部テントが見えます。冒険者ギルドの前あたりででしょうか」
貴族街の様子がはっきり見えてきたのと同時に、冒険者ギルド前の広場に、王立高学院特別部隊の本部テントが確認できた。
どうやら無事に到着し、早速活動を開始してくれているようだ。
『アコル、何処に降りたらいいかな?』とランドルが念話で訊いてきた。
「そうだな、住民を混乱させてはいけないから、貴族街の公園に降りよう」
俺は被災している貴族街の中に公園を見付けて、ランドルに指示を出す。
そして公園らしき場所を注視すると、王立高学院特別部隊の女性の隊服を着ている者が、貴族らしき者や私兵のような男たちに取り囲まれているのが見えた。
「何事でしょうか?」
マサルーノ先輩はマジックバッグの中から、数枚の魔法陣を取り出しながら呟き、緊急事態を想定した動きをとる。
明らかに救済活動について話し合っている……という雰囲気ではなさそうだ。
次の瞬間、貴族らしきおばさんが、王立高学院特別部隊の女性に手を上げた。
「はあ? うちの大事な隊員に、しかも女性に何してるんだぁ?」
怒りのあまり、俺は上空から覇気を放ってしまいそうになったが、それでは全員が倒れてしまう。
「貴族部の教授がいるのに、いったい何をしているんだ!」
マサルーノ先輩も怒りの声を上げる。
よく見ると、貴族部の教授が2人いた。
ぶたれた学生を心配するどころか、嘲笑っているように見える。
……なるほど、元凶はアイツらか。
「あれはカイヤさんだな。全力疾走で走ってくるのはボンテンクと、う~ん、レイトル王子だろうか? その後ろを走っているのはマギ公爵たちだな」
俺はランドルに直ぐ降りるように指示を出そうとして思い止まった。
今降りていけば言い逃れはできないが、間違った矜持を振りかざすような奴等は、我が身可愛さにカイヤさんの口封じをするかもしれない。
しかし、俺の考えは甘かった。
俺の存在など関係なく、奴等は無抵抗なカイヤさんに、国法で禁じられている人への魔法攻撃を加えてしまった。
完全なる悪意を持って。
ボンテンクが水魔法で炎を消し、レイトル王子は犯人に躊躇なく剣を突き刺した。
「アコル様、ボンテンクはポーションを使うようです」
ランドルが着陸体勢に入った時、ボンテンクは持たせてあったハイポーションの瓶を取り出した。
服が燃え始めて直ぐに水魔法を使ったので、【慈悲の雫】で回復できるだろう。
それからボンテンクは、妹のカイヤさんを害した者たちに天誅を下していた。
おまけに威圧を放ったようで、数人が苦しそうにしゃがみ込んでいる。
ギャーギャーとわめき立てていた貴族たちも、ランドルが着地する時に起こした突風に驚き、身を屈めながら俺たちを見る。
初めてランドルを見た者は恐怖し、高学院の2人の教授は目を合わせず背を向けようとする。
「これは覇王様」と言って、マギ公爵、ログドル第二王子、レイトル第四王子、それぞれの従者が俺の前で跪いた。
だがワートン領の貴族たちは、覇王である俺に跪こうとはしない。
むしろ、マギ公爵が跪く姿を見て驚いている。
「覇王アコルだ」と名乗るのと同時に、俺はワートン領の貴族たちと2人の教授に向け少し強めの【覇気】を放った。
全員バタンと派手に倒れ、半分は意識を失い、半分は顔面蒼白で息をするのがやっとだ。
「エクレア、レーズンくん、アイツらを逃さないよう土壁に閉じ込めろ!」
『了解アコル』
『了解ですアコル様』
土魔法が得意なマサルーノ先輩の契約妖精レーズンくんも、土魔法が得意だ。エクレアに至っては全ての適性を持ち容赦なく悪人を懲らしめる。
2人の妖精は、ちょっとやそっとの魔法では崩せない、強固なかまくらを出現させ瞬時に悪人たちを閉じ込めた。
「エクレア、空気穴だけは開けておいてやれ。カイヤさんは大丈夫かボンテンク?」
寝かされているカイヤさんの横で膝をつき、俺はケガの様子を診ながら問う。
「はいアコル様。火傷の痕は残らず完治しましたが、ショックが大きかったようで意識を失ったままです」
憎むべき敵の姿が目の前から消えたので、ボンテンクの怒りの表情は幾分か柔らかくなっている。
だが、結婚を申し込んでいるらしいレイトル第四王子と、兄のログドル王子は、王族としてワートン領の貴族の蛮行が許せないと、怒りを抑えようとはしない。
法務大臣であるマギ公爵に、死刑を適応できるか……とか、最も重い刑罰を科すとしたら何になるかと訊いている。
当然のようにマギ公爵も怒っているが、マギ公爵が怒っているのは、ワートン領の貴族に対してだけではなく、この場で救済活動の指揮を執っているはずの、宰相サナへ侯爵と他の大臣たちに対してだった。
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