247 ワートン領の貴族たち(4)
◇◇ カイヤ ◇◇
「これはいったい、どういうことでしょうかリベルノ教授?」
私は超不機嫌というより、睨み付ける感じで引率してきた男を問い質します。
到着するなり、さっさと食料を出せと見知らぬ貴族に命令され、お任せくださいとリベルノ教授は得意顔で請け負っているではありませんか。
子供たちが食料を貰えず飢えているようだから様子をみてくれ……なんて、貴族部の教授も愁傷なことを言うようになったのねと、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ感心したのに。
私だって、怪しいとは思ったのよ。あの平民蔑視のリベルノ教授ですもの。
……でも、王立高学院の教授がここまで愚かだとは思わなかったわ。
連れてこられたのは、3分の2が瓦礫と化した貴族街。
こんな所に平民の子供が避難しているなんて、おかしいと思いながら教授に付いてきちゃったのよね。
……まさか本当に学生を騙すなんて。
「どういうこと? きみは見て分からないのか?
ここに気の毒な被災者がたくさんいるじゃないか。中にはほら、子供だって居る」
いけしゃあしゃあと、目の前でほくそ笑んでいる貴族たちに視線を向け、リベルノ教授は上から目線のまま寝言を言った。
……子供って、どう見ても成人直前くらいじゃない! 貴方には子供に見えるの?
その貴族たちというのが最悪。
救済を望む気の毒な人には到底見えない華美な服を着て、これ見よがしな宝石を身に着けてるじゃない!
例え屋敷が崩壊していたとしても、お金を持っていることは明白。
「そうですか。残念ですわリベルノ教授、ヨーダミーテ教授。
ここで私がお手伝いできることは無いようですわ。教授がどうしてもこの方たちを救済したいと仰るなら、遠慮なくご自分でどうぞ。
王立高学院特別部隊が救済すべき者ではありませんから」
いつの間にか10人近い私兵らしき男たちに取り囲まれているけど、ここは事を荒立てず、立ち去るのがベストでしょう。
ですから、来た道を戻るためクルリと体の向きを変え、目の前の男たちを無視して歩き始めます。
「リベルノ教授、今の貴族部の女学生は、教育が足らないんじゃないかね?
なんと嘆かわしいことだ。平民の覇王に従っている時点で、貴族として常識を疑うよ」
……はあ? 何言ってんのこの男。あんたの方が絶対に無知でしょう?
「いや~、本当に困ったものです。ヘイズ侯爵の失脚で、貴族の常識を知らない覇王が我が物顔で学院を牛耳っていまして、貴族部の講義もままならないのですドロドス伯爵」
本当に嘆かわしい事態なのですと、いつも以上に気取ったリベルノ教授が困ったような声で応えた。
「待て! 私は学院を出る時、きみが食堂から食材を受け取ったと生意気なマギ公爵令嬢に報告していたのを知っている。隠しても無駄だぞ。
ここに居る皆さんは、ワートン領で重要な仕事をされている方ばかりだ。
この緊急時に、指示を出す立場の貴族の存在の重要性を考えなさい。
教授である私が出せと言っているのだ。早く食料を出しなさい!」
……どう見ても役立たずにしか見えませんけれど、ヨーダミーテ教授の目は節穴なのかしら?
心の声を出すのは我慢して、ここは私の契約妖精ナツメくんの出番ですわね。
私はネックレスとしてぶら下げている深紅の石をそっと触って、可愛いナツメくんを呼び出しました。
もちろん、ここに居らっしゃる凡人の皆さんには、可愛いナツメくんの姿は見えないわ。
見せたくもないから、下を向いて兄ボンテンクに知らせて欲しいと囁きます。
「わたくしは2つのマジックバッグを持っていますが、個人の所有物であるマジックバッグに入れていたパンは、全て子供たちに配ってしまいましたわ。
もう1つのマジックバッグは、王立高学院特別部隊が所有している物で、魔力量が120以上ないと開けられませんの。
マジックバッグに登録されているのは、わたくし、ミレーヌ様、ノエル様、エリザーテ様の4人で、登録している4人の内、2人が同時に魔力を流さなければ使えないのですが・・・そんな基本的なことを、まさかヨーダミーテ教授はご存じないのかしら?」
……嘘です。私一人でも妖精のナツメくんが一緒なら使えます。
私は振り返って、ヨーダミーテ教授に視線を向け、残念ですわと微笑んで、知らないなんてことはないですわよねと追加で呟いておきます。
ヨーダミーテ教授もリベルノ教授も、これまで全く覇王講座に関わっておらず、妖精講座にも出ていないので、無知ゆえに反論できないでしょう。
登録者しかマジックバッグを使用できないことくらいは、流石に知っているでしょうけれど。
そういえば、リベルノ教授はワートン領の男爵家の御出身でしたわ。
ヨーダミーテ教授は、取り潰されたデミル公爵領の男爵だったかしら。
さすが下級貴族の方は、上級貴族に取り入るのがお上手だわ。
「騙されませんわ。アナタ、早く食料を出しなさい! 個人のマジックバッグの中身を全部出せばいいのよ!」
……何このおばさん。なんで私がアナタに従わなきゃいけないの? 馬鹿なの?
何時間か前に本部テントに来たおばさんが、偉そうに私に命令するんだけど、ワートン領では、子爵家の者が伯爵令嬢に向かって無礼な態度を取るのが常識なのかしら?
いけないわ。つい感情が昂って言葉が乱れてしまいそうだわ。
「お断りですわ。食料が必要なら、ご自分のお金で買えばいいでしょう? それとも貴族なのに、お金をお持ちではないの? もしかして貴族を装った追い剝ぎかしら?」
「な、何ですって!」と激昂したおばさんは、貴族にあるまじき下品な行いで、私の頬をパーンと叩きました。
……ちょっと、痛いじゃない。でも、これでアナタたちは終わりね。
王命で救済活動に来た王立高学院特別部隊の学生を、脅しただけで厳重注意、食料を出せと恫喝し、女学生に手を挙げたとなれば、貴族としての将来は絶望的ね。
「フン! 兄が覇王の従者だと聞いているが、なんと生意気な女だ。
混乱する被災地で、学生が一人くらい行方不明になっても、何ら特別なことでもない。
その生意気な口を無理矢理塞がれたくなければ、マジックバッグを早く出せ!」
夫人が下品なおばさんで、夫であるパルバル子爵は強盗だったわ。
子爵の後ろで剣を抜く男たちは、差し詰め強盗団の子分ってところね。
……私の兄が覇王様の従者だと知っての狼藉ですか。へえ、そうですか。
「さあ、マジックバッグを出せ!」と男たちが剣を抜いて迫ってきます。
……仕方ないわ。強盗ですもの。
私は素早く魔法陣を描いた紙を取り出し、緊急避難用かまくらを作ろうと魔力を流し始めます。
「魔法陣だ、気を付けろ!」
何と言うことでしょう・・・あと少しの所でリベルノ教授が余計なことを。
すると突然炎が飛んできて、魔法陣を描いた紙が燃え、新調したばかりの王立高学院特別部隊の隊服の右袖にも炎が・・・
大事に大事にしてきた自慢の髪の一部までもがチリチリと・・・
……ピンチですわ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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