244 ワートン領の貴族たち(1)
食事会で魔獣氾濫の現状について話した俺とマサルーノ先輩は、翌朝マーガレット商会を正式にアエラボ商会の傘下に入れる手続きを済ませた。
「必ずミル山とレギル火山に見張りをたて、ブラックドラゴンが来ていないか確認してください。
ブラックドラゴンが飛来したら、間違いなく魔獣の大氾濫が起こります」
見送りに来てくれた王族の皆さんに向かって、俺はお願いというか指示を出した。
「はい覇王様。必ず監視体制を強化いたします」
ベルノア王は姿勢を正し、力強く約束してくれた。
「ホバーロフ王国は、ニルギリ公国に手出しするゆとりはなくなったでしょう。
今のうちに火山噴火の復興を急ぎ、冒険者と貴族が力を合わせて魔獣と戦う準備をいたします」
バロン王子も誓うように言ってくれる。コルランドル王国の王族とは違い、この国の王族はちゃんと危機感を持っている。
「ウラル殿、マリード領の商業ギルドから、魔獣の骨で作った魔力増幅の指輪を仕入れ、マーガレット商会を通してニルギリ公国の冒険者ギルドで販売してください。
特殊な魔法陣は覇王軍が販売するので、帰り次第、覇王軍本部に連絡してください」
「はい覇王様、至急手配いたします」
ニルギリ公国の冒険者や貴族は魔力量が少ないので、改良型の魔法陣を使わないと上位種は倒せない。
俺は覇王軍の資金作りのため、魔法陣をニルギリ公国に販売すると決めた。
覇王軍の魔法陣作成の責任者であるマサルーノ先輩は、こういう事態を予想し、新人の覇王軍メンバーに指導を兼ね、たくさん魔法陣を作成させていた。
覇王講座でも、近隣諸国に改良型の魔法陣作成を指導したが、覇王軍メンバーが作る魔法陣は特殊な紙に描かれているので、使い捨てではない優れものだ。
ニルギリ公国を飛び立った俺たちは、ブラックドラゴンと魔獣の動きを確認するため、ホバーロフ王国の上空に居た。
「この距離だと、レギル火山から10時間といったところでしょうか。魔獣も飲まず食わずで爆走していれば、当然限界がきますよね」
無残な死骸となっている魔獣を見て、ちょっと同情するようにマサルーノ先輩が呟く。
昨日の早朝に始まったレギル火山からの魔獣の大氾濫は、あの時目視できた町を越え、次の町を半壊させ、その先10キロ間に魔獣の死骸が散乱していた。
下級の魔獣は最初の町を越えたところで息絶えており、眼下に見えるのは変異種を含めた中級以上のようだ。
その死骸には、多くのホバーロフ王国の民が群がっていた。
戦わずして手に入る魔獣の素材だ。それこそ命懸けで奪い合っている。
グレードラゴンとブラックドラゴンの姿は、何処にも見えない。
コルランドル王国との国境に延びるティー山脈に向かったのか、ワートン領とレイム領、アッサム帝国の国境に聳えるアホール山に戻ったのかは分からないが、今は遭遇しても戦うつもりはない。
「ランドル、このままホバーロフ王国の王都セイロンに向かってくれ。方角は北北東だ」
俺はホバーロフ王国の状況を見るため、ランドルに王都セイロンに向かうようお願いする。
ホバーロフ王国には、ティー山脈以上に高い山は無い。
王都セイロンの北東50キロの所に標高2500メートル級のホバーロ山があり、領地の東側には広大な森が広がっている。
王都セイロンの上空から見た様子では、普段と変わらないように見える。
南部で起こった魔獣の氾濫の知らせは、まだ届いていないのかもしれない。
ホバーロ山の上空を飛び、ドラゴンが生息していないか調査したが、幸運にも巣はなかった。
日が暮れる直前に、なんとかレイム領に入ることができた俺たちは、領都レイムの冒険者ギルド前の広場に降りた。
◇◇ 王立高学院特別部隊副隊長ミレーヌ ◇◇
「おい、どういうことだ。俺はパルバル子爵だぞ!」
「だから何ですの? 私たちは民を救済する王立高学院特別部隊ですわ」
でっぷりとした腹を揺らす40代くらいの男が、到着間もない王立高学院特別部隊の本部テントにやって来て、救済品を寄越せとがなり立てます。
対応しているのは、上級貴族部3年に飛び級したカイヤです。
「嫌だわ、ワートン領の貴族は何を学んでいるのかしら。
王立高学院特別部隊は、覇王様の直属部隊。貴族ではなく民を救済する組織ですわ」
図々しい目の前の男を蔑むように見ながら、カイヤは冷たく言う。
ケガをしている子供を足蹴にしたこの男を、カイヤは敵認定したようです。
「学生の分際で偉そうに、子爵夫人の私に向かっての無礼、許すことはできませんわ」
ヒステリックに叫ぶ夫人は、裾の破れたドレスを引き摺りながら叫びます。
王立高学院特別部隊のことを本当に何も知らないようで、救済用に持ってきた子供用のパンを籠ごと奪おうとします。
現在本部テントには、王立高学院特別部隊の男性や、覇王軍から応援で来てくれているボンテンク君たちは不在です。
男性陣は全員、倒壊した建物に閉じ込められている住民を救出するため、ここから10分くらい離れている場所で活動をしています。
「子爵? 私はマギ公爵令嬢ですが、その私から盗みを働くと言うのですね。
分かりました。王都に帰り次第、王様と父上にパルバル子爵の愚行を報告いたします」
これから救護所の設営や、被害状況の把握をしなければならないというのに、腐った貴族など相手にしている時間はありません。
私は自分の身分を前面に出して、無礼な子爵夫妻と、その従者や他の威張った下級貴族を睨み付けます。
……これが魔獣だったら一撃で倒すのに、ここは我慢するしかありません。
一瞬で顔色の悪くなった貴族やその従者たちは、悔しそうに私を見て、「ふん!」と悪態をついて引き下がっていきます。
ですが、パンを貰っている子供たちを睨み付け、奪い取らんとする強欲な思考が透けて見えます。
到着した領都ワートンは、被害の大部分が貴族の居住地でした。
瓦礫と化した領主屋敷に呆然とする人々を掻き分けて進み、私は冒険者ギルド前の広場に本部テントの設置を決めます。
ドラゴンによる被害は貴族の居住地に集中していますが、魔獣の大群が通り過ぎたのは領都ワートンの中心より少し南側でした。
冒険者ギルドや商業ギルドは、幸運にも魔獣の通り道から外れており、全くの無傷状態です。
ざっと見積もっても、半壊又は全壊している建物は600棟以上で、貴族を含む被災者は3000人を超えているでしょう。
死傷者の数は確認できていませんが、恐らく1000人近いのではないでしょうか。
「サーシム領の7倍くらいの被災規模だと考えねばなりませんね」
「はいミレーヌ様。そのくらいだと思います。
サーシム領の貴族は無能で役立たず。ワートン領の貴族は盗賊まがい。
王都から来られたマギ公爵様とログドル王子一行は、魔石採取と魔獣討伐のため、冒険者と一緒に魔獣を追い領都を出られたそうですが、他の大臣一行は……」
サーシム領の救済活動で活躍したカイヤは、二日前に到着しているのに、救済活動を指揮していないサナへ侯爵一行に対しても腹が立って仕方ないようです。
カイヤと話していると、ふと視線を向けた道の奥から、貴族の私兵?と思われる男たちが、こちらに向かって歩いてきます。
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