242 再びニルギリ公国へ(4)
どうやらマリード侯爵家の次男ウラル殿と、アレクシス領のエドガー殿が到着したようだ。
「お客様、本日のお宿はどちらでしょうか?
大変申し訳ないのですが、お礼とお詫びは後程お泊りの宿にて改めさせて頂いてもよろしいでしょうか?
急を要する来客があり、商会主代理である私が対応しなければなりません。
もしもお急ぎの商談をご希望でしたら、部長のサーパスが承ります。
お許しいただけるならば、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
どこか焦った感じのミラリーさんが、申し訳なさ気に頭を下げながら問う。
「俺たちは客じゃないから畏まらなくても大丈夫ですよミラリーさん。マサルーノ、構わないからお二人を此処に案内してくれ」
「承知しました」と返事をして、マサルーノ先輩はサッと席を立って部屋を出ていく。
不味いって顔をしたサーパス部長が「お客様、お待ちください」と言いながらマサルーノ先輩の後ろを慌てて追い掛ける。
隣国の領主の子息やアレクシス領主の子息に失礼な態度を取ったりしたら、マサルーノ先輩が罰せられるとサーパス部長は懸念したんだろう。
ミラリーさんも焦った感じで席を立とうとするので「大丈夫です。ウラル殿とは知り合いですから」と、俺はにっこり笑って告げた。
「えっ?」とミラリーさんは目をパチパチさせて驚く。
来客を告げに来た商会員は、ウラル殿の名を出さなかったのに、どうして俺がその名を知っているのか、そして隣国の領主の子息を知っているという俺たちは、いったい何者なのだろうかと頭をフル稼働させていく。
「先に到着されていたんですね」とエドガー殿の声がする。
「はい、つい先程マーガレット商会に到着したところです」
マサルーノ先輩が応えながら、俺の居る部屋のドアを開ける。
ミラリーさんは慌てて立ち上がり、二人の領主子息に丁寧に礼をとる。
俺は椅子に座ったままで「いらっしゃい」と笑顔で声を掛けた。
俺の対面にエドガー殿が座り、その隣にミラリーさんが座る。サーパス部長はミラリーさんの後ろに立つ。
俺の隣にはウラル殿が座り、マサルーノ先輩は護衛として俺の後ろに立つ。
大商会の娘と部長は、俺がウラル殿より上座に座っていることで、俺の身分というか立場的なものを瞬時に察したのか、驚きとともに顔色が悪くなる。
「それじゃあ、店の前のかまくらはマサルーノ君が?」ってウラル殿が問う。
「はいウラル様。店に到着したら、縁もゆかりもない伯爵家の男が作ったという借金を、図々しく取り立てに来て騒ぐ男が3人居ました。
アコル様が軽く注意されたのですが、暴言を吐いたうえに小刀を抜いたので、つい魔法を使ってしまいました」
全く悪びれることもなく笑顔で答えるマサルーノ先輩の説明は、とても分かり易かった。
「なんですと?」と、ウラル殿が殺気を孕んだ低い声を出す。
「もし本当に縁もゆかりもない伯爵家のバカ息子が作った借金の取り立てだったら、今度こそ間違いなく爵位剝奪になるでしょうね」
エドガー殿は澄ました顔で、二度目ですからと嬉しそうに付け加えた。
馬を奪うため覇王である俺を害そうとしたバカ息子ダールは、間違いなく大罪を犯し言い逃れもできなかった。
だが親である伯爵は、息子は少し前に勘当したので、自分には関係ないと言い張り、処刑して構わないと国王に告げたらしい。
ニルギリ公国の王は、中領地の領主である伯爵に、コルランドル王国へ支払う賠償金として金貨200枚を支払わせ、爵位を奪うことをしなかった。
しかし、再び覇王様に対し無礼を働けば、爵位剝奪のうえ全財産を没収すると言い渡し、その処分に一切の異議を唱えないと、王は誓約書を書かせていた。
俺はニルギリ公国の王から届いた手紙の内容を思い出し、これでマーガレット商会の金が取り戻せるかもと、ちょっと気分が上がる。
件の伯爵は、覇王がまたこの国に来るとは思わなかっただろうし、マーガレット商会に関係しているなんて、夢にも思っていないだろう。
「何やら、他の商会もちょっかいを掛けているようですよ」とマサルーノ先輩が追加情報を出す。
俺たちの正体が分からないミラリーさんとサーパス部長は、爵位剥奪という怖い話を聞いて困惑した表情になる。
ごろつきの借金取り話が、全然違う話になっていくので戸惑うのも無理はない。
「マサルーノ、先にミラリーさんの用件を聞こう。もしも商会に関係のない話なら、俺たちは遠慮した方がいいだろうし、正式な手続きは明日の予定だ」
俺はそう言って、ミラリーさんとウラル殿に視線を向ける。
ミラリーさんは混乱が隠せないようで、縋るようにエドガー殿をじっと見る。
「ミラリーさん、こちらはアコル様。
マーガレット商会の罰金を肩代わりし、この商会を救ってくださったコルランドル王国のアエラボ商会の商会長です。
そして、従者のマサルーノ殿は、マリード侯爵領の伯爵家のご子息です」
エドガー殿は、俺たちがまだ名乗っていないとマサルーノ先輩に聞いていたようで、当たり障りのない商会長として俺を紹介した。
「明日からマーガレット商会は、アエラボ商会の傘下に入ることになります。
現在、マーガレット商会の経営権は、アコル様がお持ちです。
私やエドガー殿、マサルーノ君、そしてバロン王子も、マーガレット商会の経営権を持つアエラボ商会に出資しています」
ミラリーさんから話があると呼び出されたウラル殿が、ここに居るメンバー全員が出資者なのだと暴露する。
出資者については、後日正式に教えるとバロン第二王子言われていたマーガレット商会は、誰も自分の商会を救ってくれた者の正体を知らなかった。
エドガー殿と、コルランドル王国マリード侯爵家の子息が、尽力してくれたとだけ聞かされていた。
バロン王子は、伯爵家のバカ息子を操っている第三者の存在を疑い、敢えてマーガレット商会を破綻寸前だと偽装させていた。
そして黒幕が誰なのか判明したので、今回正式な手続きへと至ったのだ。
「バ、バロン王子? マーガレット商会は、コルランドル王国の商会の傘下になるのですか?」
ミラリーさんは驚いて立ち上がり、信じられないという視線をエドガー殿に向けた。
……よし、お茶にしよう。
俺は何時もの如く白磁のティーセットを取り出し、驚いて固まっている皆の前で、当たり前のようにハーブティーを淹れていく。
コルランドル王国でもニルギリ公国でも、商会長はお茶を淹れたりしない。
よく考えたら、アラエボ商会は無名に近い商会だ。
だから高級品である白磁のカップでもてなし、貧乏な商会じゃないよとアピールしておこう。
「す、すみませんでした。二度とマーガレット商会が乗っ取られないよう、大国コルランドル王国の領主一族であるウラル様の後ろ盾が欲しくて、わ、私を、5番目くらいの……そ、側室にでもしていただくことはできないかと……あの……その……」
お茶を飲んで落ち着いたミラリーさんが、真っ赤な顔をして今回の用件を、だんだん小さな声になりながら告白する。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
年内に、あと3回は投稿したいと思っています。