239 再びニルギリ公国へ(1)
【王立高学院特別部隊】の出発を学院で見送った俺は、呼んであった光のドラゴンで出掛けることにした。
ちょうど講義が終了した時間だったので、ランドルを見たことがなかった新入生が、ランドルを見ようと興味津々で大演習場に詰めかけた。
俺は魔法部3年に編入したが、既にA級一般魔法師に合格しているので、定期試験だけ受ければいいと学院との協議で決まっていた。
だから講義を受けることは滅多とないし、新入生と顔を合わせる機会も少ない。
「新入生が集まっているのは、ランドルを見たいというより、覇王様にお会いしたいという気持ちの方が大きいと思いますよ。
同じ学院に居ても、覇王様は執務室か覇王軍本部、研究室、医療棟におられることが多いですから」
一緒にランドルに乗り込むマサルーノ先輩が、相変わらずご自分の人気を分かっておられないって、呆れた顔をして付け加える。
マサルーノ先輩は卒業して、覇王軍の魔法陣研究の第一人者として、大きく貢献してくれている。
「今年度も、ゆっくり学生をする時間はなさそうだ。
魔獣氾濫の謎、異形変異種誕生の謎も含め、解明すべきことは盛りだくさんだし、山の変化、森の変化、魔力量の変化だって、全く調査できてない」
正直、焦っていないと言えば嘘になる。
ブラックドラゴンの登場で、戦略を大きく変更する必要があるし、古代魔術具の発動もなかなか上手くいかない。
「調査専門部隊があればいいのですが、危険な場所で調査できるような優秀な人間に心当たりはありません。
これ以上学生を犠牲にしたくはありませんし、冒険者だっていっぱいいっぱいですが、頼めるとしたらAランク以上の冒険者パーティーですね」
マサルーノ先輩は、問題山済みの現状にフウッと息を吐く。
「そうだな、魔獣の氾濫が起こったばかりの山なら、魔獣の数は減っているし、雪が降る直前くらいなら危険度は下がるだろう。考えてみる」
俺も勇者であるラリエスも学生だが、勉強している場合じゃないのか?
いや、俺とラリエスの学院での時間は、ほぼ指導者として使っている。
学生であるからこそ、頭が柔らかくて優秀な学生に出会えるんだ。決してさぼっている訳でも、無為に過ごしている訳でもない。
……ああ、時間が足りない。人員も足りない。
『アコル、先にミル山の噴火を調査する? それともニルギリ公国の王都?』
「ああゴメン、先にニルギリ公国に向かうよランドル。
今夜泊まるのはニルギリ公国のアレクシス領だ。領主の次男エドガー殿に会いたいから」
今日の目的地はニルギリ公国だ。
ニルギリ公国の王都に店を構えるマーガレット商会は、極悪人の伯爵家子息(33歳)に乗っ取られ、商会の金を勝手に使われ倒産寸前だったが、アレクシス領で俺の馬を剣で奪い取ろうとして、その偽商会主は捕らえられた。
マーガレット商会は、ニルギリ公国の特産物である魔鉱石を独占販売していた商会で、俺は裏から手を回し、マーガレット商会を救った。
そして、バロン第二王子とエドガー殿を新しく出資者に加え 経営権利を手に入れていた。
この度正式にマーガレット商会はアエラボ商会の傘下になると決まり、その手続きのため王都ニルギリに向かわねばならなかった。
マサルーノ先輩も出資者として名を連ねているので、顔合わせも兼ねている。
火山噴火で大きな被害を受けたニルギリ公国は、コルランドル王国から食料等の支援を受けており、有料で送られた物資の代金は、魔鉱石で代物弁済されていた。
魔鉱石は輸送費がかさむため、コルランドル王国では高級品として取引されており、災害復旧でお金の無かったニルギリ公国は、金貨を失わずに済んだ。
代物弁済で魔鉱石を使うよう知恵を貸した俺は、瀕死の状態だったマーガレット商会を完全復活させた。
魔鉱石を産出する鉱山を所有しているマーガレット商会は、真面目に経営していれば、元々破産することなどない商会だった。
ニルギリ公国が負うマーガレット商会への魔鉱石代金の支払いについて、俺は前例のない10年という長期返済でよいと認めた。
また、本来なら頂く利息分は、バロン王子へ払うべき配当金を充てることになった。
これらの決定事項は、直接話し合いに参加できない俺に代わり、マリード侯爵家の次男ウラル殿(34歳)が尽力してくれたお陰で整っていた。
ウラル殿もマーガレット商会の出資者になっているので、快く俺の代理を務めてくれた。
それに、ドバイン運送マリード支店ができたので、ニルギリ公国とマリード領の交易が盛んになっている。その指揮を執っているのがウラル殿だ。
マーガレット商会は今やニルギリ公国に対し貸しを作っており、溶岩を大魔法で止め大きく貢献した俺に、王は様々な優遇措置を用意してくれているらしい。
いや、俺は決して脅したり、強引に何かをしてくれと頼んだりしてないよ。
ワートン領のことは気になるけど、仲間を信じて任せたから、商人として動ける僅かな時間は無駄にしたくない。
ニルギリ公国に、アエラボ商会の支店を開設すると思うと心が弾む。
すっかり日が沈んだ時刻にアレクシス領に到着した。
アレクシス領では、覇王が光のドラゴンに乗っていることは周知されており、混乱することはない……と思っていたのに大騒ぎになった。
前にも来た冒険者ギルド前の広場に降下したら、今日は偶然アレクシス領の収穫祭だったようで、町はあちらこちらで松明が焚かれ賑わっていた。
大勢の人が夜の町に繰り出しており、ランドルも俺たちも大歓迎で迎えられ、多くの屋台から美味しそうな食べ物や民芸品をたくさん貰った。
「派手な登場ですね」と、誰かが声を掛けながら俺の肩を叩いた。
振り向くと、そこにはマリード侯爵家の次男であり、ハシム殿の弟であるウラル殿が居た。
「あれ、ウラル殿はアレクシス領で商談でも?」
「いえ、現在マーガレット商会の本店長を務めている、元商会長の一人娘であるミラリーさんから、お願いがあるとのことで、明日は王都に行く予定なのです」
マーガレット商会を乗っ取った伯爵家のダールに、承諾もなく無理矢理側室にされたミラリーさん(23歳)は、無事に離縁し実家に戻り商会を手伝っていた。
俺はまだミラリーさんに会ったことはないが、アレクシス領のエドガー殿とは学院の同期らしく、凛として男勝りな性格なのだとエドガー殿が言っていた。
「エドガー殿も一緒に王都へ向かう予定ですが、ご一緒されますか?」
「いや、俺は午前中ミル山の様子を見てから、ランドルで王都に向かうよ。
レギル火山はまだ魔獣の氾濫を起こしていないから、そっちも見て向かう。王都に到着するのは同じ時刻くらいになると思う」
俺は明日の予定を伝えて、アレクシス領の皆さんに笑顔で手を振りながら、ウラル殿と一緒に領主屋敷へと向かった。
ランドルは町外れで休ませて、明日の朝また広場で合流する。
「なんですって! レギル火山で真っ黒で小型のドラゴンが目撃された?」
アレクシス領主屋敷でお茶を飲みながら領主と対談していたら、とんでもない情報を聞き、マサルーノ先輩が思わず大きな声を出してしまった。
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