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23 アコル選択する(2)

 あまりの重苦しさに、マルク人事部長はお茶を飲もうとして、カップを持つ手が震えている。


 マルクさんは商学部卒業の平民なんだよ、感情を抑えろよダルトンさん! ていう視線をダルトンさんに送ると、俺の向けた視線の意味を理解したのか、「は~っ」と大きく息を吐いて肩の力を抜き、漏れていた魔力を引っ込めた。


「奴等は、戦いが始まるとAランク冒険者を前衛に出し、まともな援護が行えないばかりか、魔法陣さえ使わずに逃げた。軍の兵士も冒険者も……壊滅状態だった。


 まあ逃げる途中で、魔術師も逃げきれず結局死んだ者の方が多かったが。

 使えない魔術師を、自信満々で現地に送った魔術師ギルドは、魔術師の死者を六人、重傷者を二人出し、責任者が逃亡したので現在閉鎖中だ」


 怒りが全然収まらない様子のダルトンさんのコップに、俺はちょっと温くなったお茶のおかわりを注ぐ。全くもって無責任な話に、俺だって怒りの感情を抑えるのに必死だ。

 もしも俺の育ったヨウキ村に、そんな使えない魔術師が来て、村が壊滅状態になったら絶対に許せない。 


 ダルトンさんから魔術師ギルドの話を聞き、「信じられない話だ」と呟いた会頭は、あまりの現実に頭を抱えた。

「俺だって現実を受け入れるのに、時間が掛かったんだ」と、ダルトンさんは唇をかんで拳を握る。


 大事なAランク冒険者を、無能な魔術師に殺された……いや、殺したのは変異種の魔獣だけど、サブギルドマスターとしては悔しくて堪らないのだろう。


 俺だって、大事な大事な家族を亡くし、助けられなかったことが悔しくて堪らない。

 重ーい空気が漂い、窓の外を見るとぽつぽつと雨が降り始めていた。


「この国がそんな危機的状況だとは……変異種の出現に魔術師の質の低下。頼れる冒険者の数も減った。これから商会の荷物は安全に運べるのだろうか? ボアウルフの群れだけで手一杯だったのに・・・」


 会頭が移動する時、必ず護衛につく警備隊長は、これからの商会を想い心配になる。


「こんな時だからこそアコル、お前が狙われる。もしも妖精を使って戦闘が可能なら、必ず討伐に行かされるだろう。本来国が行う上位種の魔物の討伐に、未成年は参加できない決まりがある。ただ一つの例外が、戦闘系の妖精を使役できる場合だ」


 悲しみとも怒りとも分からない翳りを浮かべた瞳で俺を見て、俺に迫りくるであろう危険をダルトンさんは教えてくれた。

 途端に会頭もマルク人事部長も警備隊長も、何とも言えない辛そうな表情をして、俺の顔を心配そうに見てくる。


「でも、俺のエクレアは戦闘系の妖精じゃないです」


「そうじゃないんだアコル。

 軍も魔法省も、妖精を使役できる魔術師を集めて、戦闘系の妖精を探させる。

 500年前に小規模な魔物の氾濫が起った時、妖精を使って魔物を倒したという記述が沢山残っているんだ。


 だからこそ、妖精と契約できる者は、国や侯爵家や教会の管理下に置かれる。

 何もない平和な時代なら、管理下に置かれていても、その稀有な能力の持ち主は、上級魔法師並みに歓迎され裕福な生活を送ることができた。


 だが、時代は・・・千年前の魔物の大氾濫と酷似した状況になっている。

 冒険者ギルド本部の見解では10年以内に、学者や研究者の見解では5年後に、魔物が王都を襲い始めるそうだ。


 千年前、王都が飛竜に襲われ甚大な被害を受けたことは、代々語り継がれているし、覇王がこの国を救った話は、歌や芝居になって残っている。

 遠い遠い昔に、教訓として残された魔物の大氾濫は、かなりの高確率で起こり得る。


 だからアコル、お前は選ばなくちゃいけない。

 このまま本店で働いて、無責任な魔法省に見つかり飼殺されるか、冒険者として旅に出て、仕事をしながら己を鍛え、来たるべき時に備えるのかを」


 長い話を終えたダルトンさんは、俺に選べと道を突きつけた。

 どちらの道も平坦じゃない。それどころか大商人への道が無くなっている。

 夢を叶えるには、魔物の大氾濫という危機を乗り越えねばならない。



「やはりそうなのか……信じたくはないが、魔物の大氾濫は起こるのですね」


 事前に得ていた情報が、真実だったことに衝撃を受けたが、会頭は神妙な顔をしてダルトンさんの話を受け入れた。


「しかし、そんな危険な状態の山や森に香木を探しに行くのは危険では? いくらアコルが強いと言っても、まだ子供です。依頼主であるモンブラン商会の者だとしても、一緒に行く冒険者が嫌がりませんか?」


「警備隊長、そこは問題ない。俺が責任を持って、王都所属の最強Aランク冒険者パーティーを同行させる。

 俺もこれ以上、無能な魔法省や軍に、優秀な冒険者たちを犠牲にされるのは御免だ。


 魔法省がB級以上の優秀な魔術師と、A級魔法師を出さない限り、冒険者ギルドは変異種の討伐に参加しないと決めた。

 アコルを任せるAランク冒険者には、決して危険な依頼を受けるなと言い聞かせる。

 必ず元気な姿で、アコルをモンブラン商会に戻すと約束する」


 ダルトンさんが、冒険者ギルドのサブギルドマスターとして警備隊長に約束し、会頭とマルクさん、そして俺にも真っ直ぐで真剣な瞳を向けてきた。


 ……どうせ商人見習いができない状況なら、ここまで言ってくれるダルトンさんに従うのがベストだろう。


「分かりました。私は香木探しの旅に、いえ、冒険に出ます。そして、今よりももっと強くなって戻ってきます」


 俺は立ち上がると、上司であるレイモンド会頭に自分の選択した道を示し、ゆっくりと頭を下げた。そしてダルトンさんの側に移動し「よろしくお願いします」と言って右手を差し出した。





 モンブラン商会に来て、まだ40日も経っていないというのに、支店から本店、そして素材採取という名目の旅に出ることになってしまった。しかも期限は2年~3年だ。


 とりあえずは、3日後に行われる【提言書】の特別賞授賞式に間に合うよう、香木の飾りを作り終えねばならない。

 そして、4日後には逃げるようにして王都から旅立つことになる。は~っ。


 のんびりする時間なんて無いけど、ちょうど明日は定休日だから、旅の準備をするために出掛けなくちゃ。

 先ずはポルポル商団の店に顔を出して、暫く仕事で地方に行くことになったと伝え、薬とお茶を買い溜めしよう。


 食料品や食器や調理道具は絶対に必要だし、ランプ、テント、布団に……テーブルもあった方がいいかなぁ……きっと俺が一番年下だから雑用係になるだろう。

 あぁ、香木を切るためのノコギリとかも必要だ。


 ……ん? マジックバッグは二つあるけど、足りるかな? 


 ……香木用はモンブラン商会の物を使うのかな? それとも冒険者の? 今ある素材で作るとしたらアースドラゴンの変異種の皮になっちゃうな。


 ……でも、きっと今の自分の魔力量じゃ、変異種素材のマジックバッグを作るのは無理だな。


 香木の木を伐り倒し、大きな幹を入れるマジックバッグが商会にあるかなぁ……Aランク冒険者だったら、きっと持ってるよね。

 俺はこの時、Aランク冒険者だったら、アースドラゴンクラスの大きさの物体が入るマジックバッグを、誰でも普通に持っているのだと勘違いをしていた。


 自分が作ってリュックに内蔵したアースドラゴン製のマジックバッグも、冒険者ギルドでギルマスたちと確認したウエストポーチ型のボアウルフのマジックバッグも、大きな机が入ったことで満足し、俺はその後容量の確認を全く行っていなかった。だから自分のマジックバッグに、採取した香木を収納するとは考えてなかった。


 そもそも自分がEランクになったばかりの冒険者であるという自覚が欠落していたので、勝手にあれこれ心配し、買い物リストを書く手を止めてしまうアコルだった。

 



 なんとか香木の飾りの4個目を作り終わって、夕食を食べに食堂に向かうと、寮の先輩たちが申し訳なさそうに「犯人扱いして悪かったな」とか「殴るのを止められなくてすまなかった」って謝ってくれた。


 そして、金貨4枚を盗まれたマジョラムさんから、無事にお金が戻ってきたと教えてもらった。

 なんでも、ニコラシカさんが銀食器部で今朝支払った金額が、ぴったり金貨4枚だったらしい。


 マジョラムさんによると、反会頭派である銀食器部の部長は、商品代金が未収になるからと、返金することに難色を示していたらしい。


 ところが、「()()()秘書見習いであるアコルが、今回の盗難事件は、会頭の責任を問うために、誰かが仕組んだのではないかと言っていましたが、何かご存知ではありませんか?」と警備隊長が大きな声で銀食器部のオーロ部長(46歳)に訊いたところ、手の平を返すように返金に応じたそうだ。


「良かったですねマジョラムさん。婚約者の女性はきっと喜ばれますね」


「ああ、全てはアコルと【王立高学院事件簿】のお陰だな」


 俺が食堂に来るまで、食べずに待っていてくれた不動産部のマジョラムさんの隣に座って、笑顔でご飯を食べながら会話する。

 そこに【王立高学院事件簿】を読んでいて、いろいろと協力してくれた陶器部のブラガさん(20歳)と、ガラス部のバロスさん(21歳)がやって来たから、とても賑やかな夕食になった。


 俺はマジョラムさん、ブラガさん、そしてバロスさんの三人と親しくなり、王立高学院商学部の教科書を見てみたいとお願いしたら、もう要らないからと言って、夕食後三人が俺の部屋まで持って来てくださった。


 お返しにハーブティーを出して、香木を削った時に出た小さな木片を利用して作った、香りの良い匂い袋をプレゼントした。俺は裁縫も得意だった。

 沢山削ったから、匂い袋は八つできた。休み明けに庶務課のお姉さま方にもプレゼントしよう。喜んでくれたらいいな。


「さすが金貨4枚(40万円)の香木で作っただけある。これを店で買ったら小銀貨3枚(三千円)じゃすまないだろうな」


クンクンと匂い袋を嗅ぎながら、バロスさんが嬉しそうに言った。

 

「何を言ってるんだバロス、俺はこの前彼女と買い物に行った時に匂い袋を見た。これより小さくて匂いも大したことなかったが、小金貨1枚(一万円)だったぞ。だからとても買えなかった。最高級の香木でこの大きさだったら、きっと小金貨3枚くらいだろう」


「ええぇーっ!それ本当かマジョラム? アコル、こ、これ、貰っていいの?」


バロスさんとブラガさんが、不安そうな顔をして俺に確認してきた。


「もちろんです先輩方、教科書のお礼の品としては足りないと思いますが、ご家族でも彼女さんでも、好きな人にプレゼントしてください」


俺は今日一番の笑顔でにっこり笑って答えた。



 先輩方が帰られた後、俺はとても気になっていたことを、可愛い妖精のエクレアに質問することにした。


「今日はありがとうねエクレア。もう出てきていいよ」って声を掛けたら、キッチンのテーブルの上にスーッと姿を現した。

 エクレアは、テーブルの上に置いてある匂い袋をジッと見つめて、何故だかしょんぼりとしている。


「エクレアも欲しいの?」って訊いたら、パーッと嬉しそうな顔をして俺を見た。

 ああ、なんて可愛いんだろう! うちの子最高!


「気にいった匂い袋をプレゼントするよ」ってデレデレしながら言うと、「わーい!大好きアコル。私、いつか妖精王様に差し上げるわ」って、驚きの返事が返ってきた。


 ……本当に妖精王って居たんだ。


 ちっちゃなエクレアは、自分の体の半分くらいの大きさの匂い袋を抱えて、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねたり、飛び上がって俺の頭上をくるくると回った。


「ねえエクレア、戦闘系の妖精って……本当にいるの?」


喜んでいるところ申し訳ないけど、俺はどうしても知りたかったことを質問した。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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