222 絆(3)
ちょっと長くなっています。
◇◇ ラリエス ◇◇
一際大きなレッドウルフが飛び上がったのと同時に、自分を囲うように強固なかまくらが完成した。
このかまくらには出入口はない。そして土壁の厚さは1メートル近くあり、高さは1メートル20センチくらいで、地面まで固められている。
この魔法陣を完成させたのはマサルーノ先輩だ。
絶体絶命な危機が迫った時、自分の身を守る方法として、覇王軍メンバー全員に配布されていた。
……まさか、これを使う日がくるとは・・・
ドンと鈍い音が振動と共に伝わってくる。
きっとレッドウルフが、かまくらに体当たりしているのだろう。既に跳躍していたので危機一髪だった。
ホウッと息を吐き、暗闇の中に小さなライトボールを浮かべる。
なんとか体を起こし、壁に凭れ掛かるようにして骨折していると思われる右足に視線を向けた。
痛いはずだ。白い骨が……これでは歩けないな。
応急処置をしようと思うが、先ずは出血を止めるべきだと思いマジックバッグを取り出す。
マジックバッグの中から匂い消しの液体が入った瓶と、アコル様が緊急時に使えとくださった【慈悲の雫】の中級ポーションを取り出し地面に置く。
動きが鈍くなった手で、なんとか匂い消しを自分のまわりに撒いていく。
これで嗅覚の優れたウルフ系でも、私の存在を臭いで特定することができなくなっただろう。
ハーッと深く息を吐き、震え始めた手でポーションの瓶を握り、出血している箇所にぽたりぽたりとかけていく。
手の震えで上手くかけられなくなったところで、掌にポーションを垂らして傷口に塗っていく。
アコル様は、骨折にも対応できるハイポーションを持っていた方がいいと言われ、最初はハイポーションを持っていたのだが、先日、中級ポーションで十分だと言って取り替えてもらった。
手足など見える部分の傷口を注視していると、スーッと塞がり止血できた。
良かった。骨折以外は中級でも充分だ。
ポーションの瓶を両手で持ち、残りを全て頭の傷口と思われる箇所に振り掛けた。
中級ポーションは大ケガを完治させることはできないが、少し縫うくらいのケガは止血できるし化膿も防げる。
……う~ん、なんだか背中も痛い気がするけど、自分では診れないな。
かまくらの外では、まだレッドウルフが爪でかまくらを削ろうとしたり、体当たりを繰り返している。
地面を掘ろうとしているのか、ザッザッと音も伝わるが、このかまくらは地面まで一体化しているので、爪を傷付けるだけで崩すことはできない。
ようやく諦めたようだと、かまくらの外が静かになったところで、私は大事なトワの名前を呼び、アコル様……と言い掛けて意識を失った。
◇◇ アコルとトワ ◇◇
ランドルと別れた俺は、ラリエスの契約妖精トワの案内で山を登っていく。
落下したのは1800メートル地点だったらしいから、もう少し上まで登らねばならない。
本来ならトワとラリエスは常に繋がっているはずだが、一旦遠くに離れてしまったので、気配が分かる距離まで行くか、近い距離でラリエスが呼ばねば詳しい場所が分からないのだと言う。
そもそも、契約妖精は主から離れることはない。
俺と俺の契約妖精の能力が特殊なので、つい勘違いしそうになるが、普通妖精は契約した主に渡した赤い石に宿っているか、主が用意したモノに宿って控えている。
「トワ、ラリエスの気配は?」
「まだ感じない。一生懸命呼んでるが、返事が……返事がない」
俺も焦っているが、トワはもっと不安で焦っているだろう。
ラリエスがトワを呼ばないということは、気を失っている可能性が高いということだ。
トワは長い長い月日、卵だったエリスを守って生きてきた。エリスとならどんなに距離が離れていても探し出せるだろう。でもラリエスは人間であり、魔力量が200を越えていない。
『アコル、前方にシルバーウルフの群がいるわ。軽く覇気を放って』と、先行し山の様子を監視してくれているエクレアから指示がきた。
「了解エクレア」と応えて、俺は前方に向かって覇気を放った。
『もういいわアコル。シルバーウルフも他の魔獣も、アコルの覇気で方向を変えたわ。
アコルの覇気は、軽く放っても魔力量が200を越えているから、中級魔獣程度なら恐怖で直ぐに逃げるわね。
私はこの山の妖精たちに、ラリエスを見てないか訊いてみるわ。
少しの間離脱するから、トワ、アコルをお願いね』
エクレアは念話でそう伝えて、妖精という別ルートからラリエスの捜索をするため離れていった。
「ユテ、此処は大丈夫だから、ランドルに付いていてくれる?
もしも他のグレードラゴンやブラックドラゴンが来たら危険だから」
俺は上空で2頭のグレードラゴンと対峙しているランドルを見上げて、ランドルの守護妖精でもあるユテに、ランドルを守れと指示を出した。
『了解アコル。ランドルを守るわ。あの2頭を倒したら、少し山から離れておくわ』
「そうしてくれユテ。ランドルまでケガをさせたくない」
このコーチャー山脈にはグレードラゴンの群が居るのだ。決して油断してはいけないし、ブラックドラゴンに操られたグレードラゴンは脅威だ。
山を登り始めて20分、エクレアから連絡が来た。
この山に住む妖精が、ラリエスが空から落下するのを見ていて、だいたいの場所が分かったというのだ。
そわそわして、我慢できそうにないトワを先に行かせる。
少しでも近付けば、きっとラリエスの気配を感知できるはずだし、トワだって多少の攻撃はできる。
上空からギョエェーッ!と、グレードラゴンの断末魔が聞こえた。
木々でよく見えないが、ランドルは順調にグレードラゴンを討伐しているようだ。
身体強化をもう一段強く掛けて、エクレアの気配を追って一気に登っていく。
……トワを呼べラリエス! この俺を呼んでくれ!
ラリエスのすぐ近くにいるであろう、エクレアの気配を強く感じ始めた時、目の前にレッドウルフの群が現れた。
かなり殺気立っており、強者だと示している俺に向かって敵意を向けてくる。
「邪魔だどけ!」と俺は覇気を放つ。
ん? こいつら何処から来た? まさかラリエスの居る方角からか?
注意深く様子を見ると、レッドウルフの群の中に前足から血を流しているものがいるが、ラリエスの攻撃を受けていれば、こんなケガでは済まないはずだ。
俺の覇気を受け、大多数が尾を丸めて腰を抜かしたように後退るが、後ろから登場してきた変異種だけは俺の前に立ち塞がった。
これまで見てきたレッドウルフの変異種の中では、最も金色に近い毛色をしている。
魔獣の変異種は、銀色より金色に近い色をしている方が強いと、最近判明した。
だから何だ?
「邪魔すんな!」と変異種に文句を言いながら、俺は複数のエアーカッターを同時に発動させる、ウインドカッターを放った。
そして直ぐに走り出す。
後ろからドサリ、ドタ、ドタと音がするが無視だ。素材も要らない。
レッドウルフの群が、俺とは逆方向に走り出す足音が聞こえてくる。
上空からは、またギエェーッ!とグレードラゴンの断末魔が聞こえた。
ああ、ランドルは順調にグレードラゴンを倒したようだ。
「ラリエス、今行く。待っていろラリエス」と言って、自分に活を入れ直す。
『アコル、それらしい気配をトワが感じ取ったわ』と、エクレアから念話が来た。
「もう直ぐ到着する」と応えた俺は、急に息苦しくなった。
何とも言えない不安感と同時に、ラリエスと初めて出会った日のことが、走馬灯のように頭の中を廻る。
……これは何だ、止めてくれ! 違う!
大きな岩を登りきったら、少し開けた場所に出た。
地面は水で濡れており、無数の魔獣の足跡があった。そして、良く知る緊急用の避難かまくらがあった。
『アコル様、ラリエスが、ラリエスが返事をしません。たくさん血が流れて、早く助けて、助けてください!』
かまくらの中からトワが飛び出してきて、俺の前で涙を流しながら懇願する。
俺は直ぐに、緊急用のかまくらを外から崩す魔法陣を取り出す。
このかまくらは、中から崩すのは簡単だが、外から崩すためには魔法陣が必要なのだ。
……焦るな、落ち着け! 大丈夫だ。ラリエスは生きてる!
額や背中の汗が、ぽたぽたと伝って落ちる。
かまくらの一部に魔法陣の描かれた紙を当て、急いで魔力を流していく。
かまくらは中にいる者を傷付けないよう、ガラガラと外側に向かって崩れていく。
崩れたかまくらの中に倒れているラリエスの姿が見えた途端、俺は直ぐに駆け寄る。
足元には匂い消しの瓶と、【慈悲の雫】のポーションの空瓶が転がっている。
……かまくらの中に入ってから、冷静に処置をしている感じなのに何故だ? 何故意識がない。
血の気の引いた青い顔のラリエスを、抱きかかえたい気持ちをなんとか抑え込み、倒れたままのラリエスの全身をチェックする。
息は・・・ある。
脈は・・・かなり弱い。
ぱっと見える範囲のケガは、ポーションで治療できている。
右足の骨折は、落下の衝撃が原因だろう。折れているけど足からの出血は止まっている。
……すまないラリエス。俺の未熟な魔法陣のせいだ。
自分の考えたあの魔法陣では、命を守る力が不十分だった。練習だって一回しかしてなかった。
それにしても、この血溜まりは何だ? どこから出血していた?
服の破れを確認しながら、ゆっくりと体を動かし背中に手を当てると、べったりと手に血が付いた。
固まった感じではない、今流れ出ている感じの新しい血だ。
「なんだこれは! こんな大きなケガ、何故ポーションを使わなかったんだラリエス!」
体をうつ伏せにすると、背中の右から左に向かって、鋭利なもので切り付けられたような深い傷があった。
『アコル落ち着いて。自分で背中は確認できないわ。痛みが酷くて感覚が無かったのかもしれないわ』
エクレアは自分の体を子供の大きさくらいに変え、両手をラリエスの傷口に当てながら言う。
最近覚えた聖魔法を、傷口に向かって放っていく。
『これは、たぶん、ビッグベアーにやられた傷だ』と、トワが怒りに体を震わせながら言う。
「ビッグベアー? それじゃあ、傷口を先に洗わなきゃ雑菌が体に入る」
ビッグベアーという名前を聞いて、俺の頭は鮮明になり冷静な思考が戻ってきた。
敵が魔獣なのだと思うと、絶対に負けられないという思いが強くなる。
俺の未熟な落下対応魔法陣のせいで、ラリエスが大ケガを負ったのだと後悔したが、それだけが原因じゃなかった。
落下したラリエスを、ビッグベアーが襲ったのだ。許すまじ!
マジックバッグの中から、ポーション用の蒸留水が入った大瓶を取り出し、ラリエスの傷を洗っていく。
「うぅっ」とラリエスが苦しそうに呻き、呼吸が乱れてきた。
この状況では、もうエリクサー【神々の涙】を使うしかない。
俺は先にハイポーション【慈悲の雫】を使って、重度の裂傷を治療する。このハイポーションは、感染症も防ぎ高熱も下げてくれる。
次に【神々の涙】を口から飲ませていく。
自分では飲み込むこともできなさそうだから、口移しで無理矢理に飲ませていく。
ゴフッとむせたラリエスが、苦しそうに顔を歪める。
……死ぬなラリエス。お前は覇王を守るんだろう? 俺とずっと一緒に居るんだよな!
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




