210 未来へと開ける道
俺は大きな椀のような形をした古代魔術具を手に取り、描かれていた絵を見て驚いた。
そこには、数種類の薬草と思われる絵と、絵の横に重さと思われる数字が描かれていたのだ。
俺の持つ知識の中にあるどのポーションにも該当しないその組み合わせに、俺は一縷の望みを抱いてしまう。
……もしもこの魔術具でポーションが製造できるなら、それがどんな効能の薬であれ大きな希望となるだろう。
気付けば俺は、魔術具をマジックバッグに収納し、薬師部棟に向かって走りだしていた。
慌てたラリエスが追ってくるが、逸る気持ちが抑えられず全力で走ってしまう。
薬師部では午前中、講師、准教授、教授が全員集まり、すっかり底をついた薬やポーションの創薬準備をしているはずだ。
「ご相談があります」と、俺は勢いよくドアを開けて言った。
驚いて俺の方を見る教師の皆さんは、何事だろうかと慌てて集まってくる。
薬師部において俺のポジションは、神に次ぐくらいの順位で高いらしく、失われた最高級ポーションを再現させ、新たな新薬を生み出す奇跡の存在として、時々拝まれたりしている。
覇王としての俺は、魔法攻撃指導や救済活動にも力や資金を注いでいるが、覇王軍に入った資金の4分の1を医療チームに注いでいた。
薬の開発には最も力を入れ、医療チームの人材を育てられる仕組みを作り、薬草栽培には家族をも巻き込み気合を入れている。
互いの知識を共有し、学び合い、魔力量を上げてきた。
その努力のお陰で、今ではポーションや他の薬を作る時間が半分になった。
妖精と契約した教師や学生が頑張って、薬草の生育速度は奇跡的だ。
そんな薬師部の教師たちに、俺は古代の魔術具を見せて、古代文字の解読で分かったことを伝える。
そして目の前の魔術具が、創薬に関するものかもしれないと、絵文字と数字を指さし説明した。
「もしもそうなら凄い発見です」と、母の友人でもあるラベンダー准教授が瞳を輝かせる。
「早速この絵に該当する薬草を調べよう!」と言って、セイランド教授が指示を出していく。
俺はラリエスと一緒に、魔術具の起動方法を考えていく。
「この空間には、魔石を嵌め込むのではないでしょうか?」
魔術具の底にあった縦横高さ5センチくらいの大きさの空間に指を入れて、ラリエスが魔石を入れてみようかと提案する。
直ぐに自分のマジックバッグの中からそれに近い大きさの魔石を取り出し、セットしてみてもいいですかと訊いてくる。
「確かに、魔術具の9割は魔石を原動力として動いているな」と、俺は頷いてラリエスに許可を出す。
ラリエスが取り出した魔石は、今回サナへ領で討伐したレッドウルフの変異種の魔石で、色は血のように赤く透明感のない四角い魔石だった。
セットして3分、残念ながら何の変化も起こらない。
「魔石の研究は少しずつ進んでいますが、魔力量が足らないのでしょうか?」
ラリエスは残念そうに言って、今度はビッグベアーの変異種の魔石を取り出しセットする。
ビッグベアーの変異種の魔石は焦げ茶色で、形は楕円形だった。
すると、魔術具はゴゴゴゴゴと低い音を立て始める。
やはり魔石が原動力で間違いないようだ。
音を聞いた数人の教師が、興味津々という感じで魔術具を上から覗き込む。
「この魔術具は、どうやって薬を作り出すのでしょうか?」と、リコッティー教授がキラキラした瞳で質問する。
「それが残念なことに、この魔術具の取扱説明書は無かったんです」と、俺は正直に事実を答えた。
そうなんだよ。恐らくこの魔術具はポーションを作る機械で間違いないのに、取扱説明書が無いので正しい起動方法が全く分からない。
「とりあえず、現在作れるポーションの材料と、蒸留水を一緒に入れて起動してみましょう」
どんな方法でも試すしかないのだから、できることをドンドンやろうと俺は言った。
『この魔石だと、魔力量は120くらいかしら?』って、姿を現したエクレアが言う。
『そうだね、魔獣の強さは魔石の魔力量と同じくらいだね』と、ラリエスの契約妖精トワも姿を現し会話に参加してくる。
「それでは、120以下の魔力量で作れるポーションの薬草を持って参ります」と、リコッティー教授が直ぐに動いてくれる。
都合のいいことに、この調剤室の続き部屋は薬草管理室だ。
昨日王宮の薬草園からも、薬草をたくさん採取してきたようで、直ぐに準備は整うだろう。
リコッティー教授が下級ポーションの材料を持って戻ってきたので、薬草図鑑で魔術具に描かれていた薬草を調べていた教師たちも、皆が手を止めて集まってくる。
念のため、薬草を磨り潰した状態のものと、なにもしないままの状態の二通りを準備していく。
皆の予想では、この魔術具は薬師に代わって薬草に魔力を注ぎ、ポーションを作ってくれる魔術具だろうと意見が揃っていた。
もしもそうなら、素材と魔石さえあれば、魔力枯渇を恐れずにポーションが作れる。
期待を込めて、皆は食い入るように魔術具と薬草を凝視していく。
先ずは磨り潰した薬草と蒸留水を入れてみる。
「ここが機動スイッチだと思いますアコル様」と言いながら、ラリエスはカチリと音がするまで突起部分を押した。
すると、ゴウンゴウンと音を立て始めた魔術具は、3分が経過した頃、聖魔法を使った時と同じような緑色の光が、魔術具の椀の中で一瞬だけ眩しく光った。
「オオーッ」と皆から歓声が上がる。
ゴクリと唾を飲み込み、出来上がったらしいポーションを、セイランド教授が代表で魔術具の椀から実験用のビーカーにゆっくりと注いでいく。
「出来上がるはずのポーションは、熱冷ましの【アデロイナ】ですが、いつもと色が違いますね」と、リコッティー教授は首を傾げる。
取りあえずポーションの確認は後回しにして、さっと洗った椀の部分に、磨り潰していない方の素材を入れて、再び魔術具を起動してみた。
「えぇーっ! 磨り潰していない方が色も濃く、【アデロイナ】と同じ匂いがします」
出来上がったポーションをビーカーに注ぎながら、リコッティー教授が驚いたように叫んだ。
薬師の常識では有り得ないことだった。
当然磨り潰した方が成分は濃く流れ出て、匂いも効能も強いだろうと予想していたのだ。
翌日から、古代魔術具で作った3種類のポーションの有効性を確かめるため、患者に投与したり、傷口に振り掛けたりする実験が開始された。
実験に協力してくれたのは、【魔獣討伐専門部隊】の皆さんだ。
作ったポーションの量は、各ポーションとも大人3人分相当量で、匂いも味もこれまでのポーションと変わらないか、寧ろ濃いと感じられた。
実験の結果、ケガ治療のポーションは、見た目だけでも有効性が十分に確認できた。
飲み薬としてのポーションも、無事に熱を下げたり、痛みを抑えることができたが、これからも継続して様子をみる方がいいだろうと、セイランド部長教授が決定した。
「それでも凄いことです。この魔術具と薬草さえ揃えば、一日でたくさんのポーションが作れます」
嬉しそうに感動しているラベンダー准教授は、まだ夢を見ているようだと大喜びだ。
「問題は魔石ですね。ラリエスの魔石でどれだけ魔力が持つのかを知るためにも、どんどんポーションを作ってください」
俺は魔術具で作ったポーションを保存するため、新しいマジックバッグをセイランド部長教授に渡しながら指示を出す。
今回の素材は、先日龍山で討伐したグレードラゴンの翼である。
成獣だと固くてマジックバッグには向かないが、今年誕生したグレードラゴンの翼は、丈夫で軽く収納量もアイススネークの変異種の倍はあった。
次の日になっても、魔術具に描かれていた絵に該当する薬草は分からなかった。
でも、他のポーションだって作れることが証明され、医療チームの興奮状態は続いている。
「今日は、別の魔石を用意しています。
これはグレードラゴンの魔石なので、魔力量は150を越えているでしょう。
この魔石なら、【慈悲の雫】の中級ポーションも、もしかしたらハイポーションも作れるかもしれません。薬草は俺が用意しました」
俺はグレードラゴンの丸い魔石と薬草をテーブルの上に置いて、これから実験をすると告げる。
「ええぇーっ、ドラゴンの魔石!」と、皆は驚いて黒光りする魔石から距離をとる。
そしてやや遅れて、「ハイポーション?」て確認するように俺を見た。
もしも全適性持ちの俺が居なくてもハイポーションが作れるとしたら、俺は安心して素材採取に専念できる。
このメンバーにポーションを作りを任せられたら、俺のできることが増えるだろう。
高価な薬草の殆どは、魔獣の住む高い山に生息している。
今の危険な状態の山には、高ランク冒険者しか入れないから、貴重な薬草が不足しているというか全く入手できない。
特に龍山でしか手に入らない高価な薬草は、薬師と同等な知識がないと採取することは不可能だ。
国中の医師や薬師たちは、薬草不足で十分な治療が行えないと、王様に窮状を訴えていると聞いた。
先日、冒険者ギルド龍山支部の薬草買い取りカウンターのお姉さんからも、涙に滲んだ手紙が覇王宛に届いていた。
【 覇王様が御忙しいのは重々承知しておりますが、どうか助けてください。
薬草採取をしている冒険者はCランクの者が多く、現在350メートルより上には登れません。
特にケガを治す薬草が足らず、マギ領の冒険者はケガの回復が遅れています。
今の状態でまた魔獣の氾濫が起これば、もう絶望的です 】
冒険者ギルド経由で届いたのではなく、個人的に送った手紙だったので、恐らくギルマスやサブギルマスは、覇王は忙しいから頼るなと命令したのだろう。
それでも、薬草を必要とする薬師や医師が依頼を出し続け、何とかして欲しいとお姉さんに訴えている姿が想像できる。
さあ、実験を開始しよう。
どうかハイポーションが作れますようにと全員で祈りながら、俺は材料の薬草を魔術具に入れていく。
スイッチを入れて3分、これまでとは違う黄緑色というか黄色に近い感じの眩しい光が、魔術具の椀の部分から溢れでて、テーブルの上でキラキラと光の粒が舞っている。
明らかに前回とは違う現象を見て、ハイポーション完成の期待は高まっていく。
そして出来上がったポーションを、震える手でビーカーに注ぐのはラベンダー准教授だ。
「ああぁ・・・」と声を発したラベンダー准教授は、再び奇跡を目にしたと言って涙を零した。
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