208 就職試験の開始
サナへ領とマギ領への救援と救済活動でケガをしたメンバーも、なんとか回復した。
トゥーリス先輩に使った聖魔法は、骨折まで治せると分かり喜んだが、今のところ骨折が治せるのは俺とトーブル先輩だけだ。
8月に入り、地方の高学院に攻撃魔法の指導に行っていたメンバーも戻ってきて、珍しく全学生が揃っていた。
隣国から【覇王講座】を受講しに来ていた者は、無事に講義を終え自国に戻ったので、学院内は暫しの平穏を取り戻している。
もう地方には救援にも救済にも行かないと王宮で断言したので、領主たちから【覇王講座】への受講申し込みが殺到していた。
だが、これから学生は学年末試験や卒業試験、そして就職試験に突入するので、【覇王講座】は8月15日の卒業式が終わってから開講する。
これからも【覇王軍】や【王立高学院特別部隊】に頼っていればいいと、自領のことを真面目に考えてこなかった領主は顔色が悪い。
ワイコリーム公爵率いる【魔獣討伐専門部隊】に、慌てて攻撃魔法を教えて欲しいと裏から手を回した領主も居たが、ワイコリーム公爵はきっぱりと断った。
【魔獣討伐専門部隊】は半数がケガを負い、亡くなった隊員の数は20人を超えている。そんな余裕なんて無い。
しかも【魔獣討伐専門部隊】の給料値上げに反対していた領主たちが、図々しく無料で教えて欲しいと頼んだらしい・・・びっくりだよ。
「【魔獣討伐専門部隊】は、覇王様の指揮下にある。給料の値上げや補償金の増額が認めらないのなら、地方に行かなくてもいいと指示を受けている」
超不機嫌な顔で付け加え、死にたくなければ【覇王講座】を自分で受講しろと、図々しい領主に言い放ったそうだ。
初回の【覇王講座】で領主自身はもちろん、真剣に自領の役人や貴族を参加させなかった領地は、仕方なく受講料を支払う羽目になった。
また、参加したけどBランク冒険者の攻撃魔法を習得できず、魔力量の増加でなんとか講義を終えた者たちも、再度受講させられるらしい。
マジックバッグ代金さえ払えば、初回は受講料がタダだったけど、今回はきっちりと受講料を取る。
そのお金で休暇中の学生に講師を頼み、バイト代を支払う。
当然のことだが、学院には施設使用料を、教授には講師料を支払う。
本日、昼食時間に食堂の掲示板に貼り出されたのは、新しく【王立高学院特別部隊】と【覇王軍】に入隊が決まった新年度在校生の一覧だ。
【覇王軍第二部隊】と【王立高学院特別部隊一般部】の就職試験は、本日午後からの予定で、卒業する魔法部と特務部の学生を中心に、俺とラリエスと顧問のハシム殿が面接する。
命懸けの仕事だから、給料は金貨5枚と高額だ。
【覇王軍第二部隊】については、金貨5枚の内3枚は、常駐を希望した領主に支払わせる。
魔法省のA級魔法師でも給料は金貨4枚だし、【魔獣討伐専門部隊】の指揮官でも金貨4枚、一般軍の上官見習いだと金貨1枚と小金貨3枚くらいと少ない。
だから学生たちは、【覇王軍第二部隊】か【王立高学院特別部隊一般部】への就職を熱望する。
しかも、どちらに就職しても、金貨80枚相当の価値と言われているマジックバッグが貸し与えられる。
そして迎えた面接では、瞳をギラギラさせた特務部の学生の気合が凄かった。
彼らは下級貴族か平民だから、家への仕送りをする者が多い。
冒険者登録をしているから、給料にプラスして魔獣の素材&討伐代金も貰える。
【覇王軍】【覇王軍第二部隊】【王立高学院特別部隊一般部】の任期は2年だが、2年働けば家が買えるって望みを抱いているようだ。
しかも、覇王直属の部隊に在籍しているだけで、男女ともモテモテである。
女性は格上の貴族家から縁談がきたり、平民の特務部の男子にまで、下級貴族家から縁談がきているという。
「給料はいいですが、命懸けの仕事です。それは分かっていますね?」と、俺は真面目な顔で質問する。
「はい、もちろんです覇王様。私は多くの人の命を守りたいと思います」と、特務部の学生は同じように誇らし気に胸を張る。
不安に思ったのは魔法部の学生で、彼等の多くは中級貴族である。
冒険者との連携や、平民に対して横柄な態度をとらないかという一点において、俺は念入りに質問する。
「冒険者の多くは平民で、言葉遣いも上品じゃないし、乱暴な態度をとる者もいます。
それに町や村に住む一般の領民たちは、貴族との接点がほとんどありません。
貴族であることを隠すくらいの覚悟がありますか?」
「えっ? 貴族に相応しい待遇が受けられるんじゃないんですか?」
子爵家の子息であり、ライバンの森から魔獣が氾濫した時に、レイム公爵が応援として連れてきた先輩は、嫌そうな顔をして質問し返した。
「残念ですが、住む家も平民より少しいい程度です。
それに、冒険者ランクの高い特務部卒業生の指揮下に入る可能性もあります」
顧問のハシム殿は、無表情のまま現実を説明する。
あらかじめ覇王軍メンバーと、面接を受ける学生について情報を交換していたが、皆がいい顔をしなかった学生は、やはり【覇王軍】メンバーには相応しくないようだ。
いつもはポーカーフェイスのラリエスが、妙ににこにこしているから、かなりご機嫌斜めなんだと分かる。
にこにこ笑いながら瞳の奥で睨むという凄技は、俺には真似できない。
「男爵である父が、【王立高学院特別部隊】で働けば、次男である私を後継にすると言うので、ぜひ【王立高学院特別部隊】で働きたいと思います」
堂々と胸を張って言った一般貴族部の先輩には、俺もラリエスもハシム殿も呆れた。
いや、一般貴族部の学生に期待なんかしてなかったけど、【王立高学院特別部隊】の活動の意味さえ理解してない者が、採用試験を受けにきたのには驚いた。
これまで【覇王軍】と【王立高学院特別部隊】に所属していた学生は、卒業後も残って働くか、魔法部や医療コース進学や編入する。
特例として、特務部でCBランク冒険者資格とC級魔術師資格を取得した優秀者は、1年生でも卒業資格を貰えて就職が可能になった。
この特例により、特務部1年生の半分が卒業し、【魔獣討伐専門部隊】に就職する予定だ。
学部に関係なく今月B級一般魔術師を取得し、これまで【王立高学院特別部隊】に所属していた学生は、希望すれば全員が【覇王軍】に移動できる。
もちろん、そのまま【王立高学院特別部隊】で働いても構わない。
次の日の朝、合格者の名前が食堂の掲示板に貼り出された。
もちろん異議なんて聞かないよ。泣き脅しもラリエスには通用しない。
俺は自分の商会の採用試験の面接があるから、今日は朝から学校に居ないし。
アラエボ商会の建物に入ると、一階のドバイン運送でランネル本店長38歳が笑顔で迎えてくれた。
「お疲れ様です。マジックバッグの追加がありましたか?」
「はい商会長。昨日魔獣討伐専門部隊から2枚追加されましたが、亡くなったのではなく大ケガで退職されたそうです。
冒険者からは8枚で、うち5枚は亡くなられ3枚は大ケガで休業中です」
合計48枚になっていますと付け加えて、ランネル本店長が報告した。
冒険者の8枚はマギ領の冒険者ギルドから持ち込まれたものらしい。
今回の戦いは苛烈を極めたので、Bランク以上のベテラン冒険者の犠牲者が多かった。
「それでも、マジックバッグのレンタルを待っている商団や貴族家はまだ100件以上あります。
王都がドラゴンに襲撃されてからは、買取りさせてくれと金貨を積む貴族もおり、あまりの強引さに苦慮しています」
ちょっと疲れた表情で、ランネル本店長は強引に買取りを迫った貴族や商会の名簿をカウンターの上に置いた。
「フロランタン商会には2つの貸し出しがありますが、買取りを迫ったんですか?」
「はい、ディル商会長が直接来られて、隊服の値段を下げるから融通しろと……」
「分かりました。明日の注文分から女性の隊服は、入札で2位だった店にお願いしましょう。商業ギルドに連絡をお願いします」
フロランタン商会には本当にがっかりだ。最近も高ランク冒険者や魔獣討伐専門部隊の隊員に、金貨50枚を見せて売れと脅しているらしい。
俺が登録解除しなきゃ使えないと知っているくせに、覇王に対する態度は相変わらずだ。
「本日の試験ですが、最終面接まで残った学生は22名中7名です。残念ながら15名は実力不足と判断いたしました」
ランネル本店長の話では、老舗の大商会や商会に合格するのは無理だから、新しく設立された商会なら合格できるだろうと考えた、中級貴族以上の家の子息や息女を不合格にしたのだという。
「特に王立高学院の一般貴族部の学生は最悪でした。
計算問題の半分も正解していませんでしたし、運送店で働くなんて恥ずかしいから、アラエボ商会で働くのが当然だろうと自己主張していました」
はーっと溜息を吐き、噂通りの無能で驚いたと言う。
自分が学生の頃は、貴族部はもっとまともだったのにと首を捻る。
最終面接に残ったのは、王立高学院の学生が5人と、地方の高学院の学生が2人。
本店長と事務員のフィーネさんが試験問題を考え、一次が筆記試験で、二次でじっくりと面接をしているので、残った7人は合格させても問題ないと、ランネル本店長が太鼓判を押した。
「それでは7人全員を会議室に案内してください。一気に面接します」
午前10時半、俺はフィーネさんに指示を出した。
フィーネさんは学生を呼びにいき、ランネル本店長はドバイン運送で仕事だ。
王立高学院の5人は、商学部が男子2人と女子が1人で、上級貴族部が男女1人ずつ。
地方の高学院は、マギ領とレイム領から男子が各1人。
顔見知りの面接をするのはちょっと照れるけど、最終面接は重要だ。
覇王である俺が商会長だと分かり、他者に尊大になったり、覇王に便宜を図って欲しいと望むような者は雇えない。
凄く緊張して姿勢を正している7人の後ろから、ドアを開けて俺は入っていく。
商会長が最終面接をすると分かっているので、みな一斉に頭を下げる。
「頭を上げてくれ。最終面接を始めよう」と俺は椅子に座って明るく言った。
顔を上げた学生のうち、王立高学院の5人が完全に固まった。
「えっ? 覇王様?」と声を出したのは商学部のイステル先輩だ。
残りの4人は、目をパチパチさせて絶句している。
「はじめましてなのは、レイム高学院のワイマー君と、マギ高学院のリドルデ君だけだな。
ドバイン運送の代表で、アエラボ商会の商会長をしているアコル・ドバインだ。
王立高学院の商学部の学生で、覇王軍を率いている」
にっこり笑って自己紹介すると、驚いて椅子から立ち上がった二人は、慌てて椅子の後ろで正式な礼をとる。
釣られたように王立高学院の5人も礼をとろうとしたので、俺は右手を上げて制し、7人に落ち着いて椅子に座るように言った。
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