198 束の間の平穏
◇◇ 学生の皆さん ◇◇
7月1日、学院の体育館に、学院長と覇王様からのお知らせと、今年度の求人票が貼り出された。
【 学院長からのお知らせ 】
≪ 7月15日より、隣国希望者向け【覇王講座】を開講する ≫
★今後新しく【王立高学院特別部隊】に入隊を希望する1・2年生は、覇王講座の手伝い及び指導、救済活動に参加をすることで、入隊試験を受けることができる。
≪ 7月10日より、国策として各領地の高学院で魔法攻撃指導を開始する ≫
★ 現在【王立高学院特別部隊】に所属している者の中で、【覇王軍】に入隊を希望している魔法部と特務部の学生は、指導者としての実力を付けるため、講師として各高学院へ行くこと。
★ 魔法部2・3年生の中で、優秀と認められた9人は、一緒に指導に向かう。
(3年は、卒業が確定している者、2年は進級が確定している者に限る)
★ 8月及び来年2月の魔術師試験で、C級魔術師に合格できるよう指導する。
(指導期間の目安は20日間とする。交通費・特別手当あり)
≪ 新年度入学者について ≫
★《貴族部》 最低合格点数を、100点から200点に引き上げる。
★《特務部》 入学者数を40人から60人に変更する。
【 覇王からのお知らせ 】
≪ 覇王軍入隊審査と覇王軍第二部隊の新設について ≫
★ 8月初旬に【覇王軍】の新規入隊審査を行う。
(覇王・現覇王軍メンバーが、これまでの成績及び活動を審査し、新規入隊者を決定する)
★ 3年魔法部・2年特務部の学生は、新設する【覇王軍第二部隊】に就職することができる。
覇王軍入隊希望者の中で、冒険者ギルド龍山支部・サーシム支部等に常駐しても良いと希望した者は、【覇王軍第二部隊】に入隊できる可能性が高くなる。
(給金は覇王軍と同額。特別手当あり。冒険者と協力できる者を優先する)
運良く、今日は覇王軍も王立高学院特別部隊も出動要請が無かったので、全学生が体育館に張り出されたお知らせを見に来ていた。
8月に卒業する者は、これからが勝負の時期に入るので真剣に見入っている。
悲壮感が漂っているのは一般貴族部くらいで、他の学部の学生の表情は明るい。
王立高学院の貴族部が、上級と一般に分かれたことは既に国内で周知されており、貴族部への求人の多くは、上級貴族部の卒業生希望になっていた。
まあ、一般貴族部の学生は、元々働く気も働く必要もない者の方が多い。
「アコル様の言われていた通り、商学部は選びたい放題だ。こうして比べると王宮や各ギルド本部より、領主屋敷の方が給料がいいね」
「まあ俺たちは、即戦力として多くを期待されてるからさ」
「強制的に参加させられた覇王講座で大量の退職者が出たから、特に一般魔法省や一般軍、国防省の事務職員の求人数はすごいな」
商学部の2年生は、全員が無事に卒業を決めており、例年の5倍以上はある求人票を見ながら、悲壮感の欠片もない感じで話している。
「商会の求人も去年より多いよ。ほら、新しく立ち上がった商会の名前もある」と明るく言うのは、妖精と契約している上級貴族部の学生だ。彼は現在【王立高学院特別部隊】に入っている。
「アエラボ商会? 確かに初めて聞く名前ね。ここは女性でも給料が同じだわ」と興味を示しているのは、商学部で成績トップを争っている2年の女子だ。
彼女の家は王都の準男爵家で、家から通える王都の商会を狙っているらしい。
「決めるのが大変だな」とか言いながら求人票を見ているのは、魔法部も特務部も同じだった。
例年なら、魔法省に就職するのがエリートへの道だったが、それはもう昔の話になっている。
現在優秀な魔法師は、【魔獣討伐専門部隊・魔法部】に集まっており、魔獣と戦うことを嫌う国家認定作業魔法師だけが、魔法省の研究室に残っている。
でも、魔法部の学生が就職先として狙っているのは、間違いなく【覇王軍】だ。
命を懸けて戦わなきゃいけないけど、今や【覇王軍】は多くの国民の憧れであり、最強の戦士だと誉れも高い。
当然女性からモテるし、覇王軍で働けば優秀な魔法師だと認められ、一族の中でも立場がグンと上がるらしい。
「信じられないよな。特務部の学生でも、C級魔術師資格があれば一般魔法省に入れるなんてさ」と、2月にC級魔術師に合格した特務部の2年生が呟く。
「でも、やっぱりB級一般魔術師を取って【魔獣討伐専門部隊・軍部】で働きたいよな」と溜息を吐くのは、現在【王立高学院特別部隊】に入っている特務部の1年生だ。
「ああ、でも、本当の気持ちを言えば【覇王軍】だよな。まあ夢だけど」
やや諦めた感じで言う特務部の2年生は、まだ1年間在学できる後輩が羨ましいとぼやいた。
「現在【王立高学院特別部隊】に入っている今年度卒業予定の先輩方は、魔法部や医療コースに進級されるか、そのまま残って働かれるらしいわ。私も来年度は入隊したいわ」
キラキラと瞳を輝かせ、先輩に追いつきたいとやる気を出しているのは、上級貴族部2年の女子だ。
「ええ、私もぜひ入りたいわ。だって、もしかしたら、もしかしたらだけど、覇王様と仲良くなれるかもしれないし、奇跡が起これば恋愛だって……」
夢見るように手を組んで語るのは、来年度は一般貴族部に決定している1年の女子だ。
その途端、多くの女子から殺気の籠った視線が向けられた。
◇◇ 従者エイト ◇◇
夕方から激しく降り始めた雨で、食堂まで辿り着いた時にはすっかり制服が濡れてしまった。
ラリエスはすかさずマジックバッグからタオルを取り出し、アコル様に差し出している。
ちょっと離れた場所で、タオルを手に持って待ち構えていた数人の女子が、悔しそうにタオルを握り締めているけど無視だ。
今や憧れの存在となった覇王様を狙う女子は多いが、彼女らの最大のライバル? になっているのがラリエスだった。
確かちょと前までは、ルフナ王子を抜いて一番女子に人気があったはずなのに、今ではライバルって何だよ? まあ確かに、ラリエスは覇王様の世話を焼き過ぎだと思う。
いつもの執行部の席に座って夕食を食べ始めると、同じマギ領出身のチェルシー先輩が、早く3年になって魔法部に転学したいと珍しく愚痴った。
覇王軍に入っているチェルシー先輩は、貴族部女子の中で浮いているらしい。
「貴族の女性が覇王軍で魔獣を討伐するなんて、信じられませんわ」とか「女性としてどこか欠陥があるのでは?」とかって嫌味を言われるらしい。
本当にそう思っている女子もいそうだが、大多数は嫉妬や妬みからの気がする。
エリザーテ先輩の話では、今、貴族部の女子学生の間で最大の話題となっているのが、誰が一番早く覇王様に名前を覚えて頂けるかという内容らしい。
一種の遊び感覚らしいが、その割には目がギラギラしていて怖い。
「嫌だわ、平民が私の隣を歩くなんて……とか言っていた女たちが、今更何を言っているのかしら?」
ボンテンク先輩の妹カイヤさんは、いつも通りの辛口発言だ。
「まあまあカイヤさん、あの方たちは、夢を見るのがお仕事ですもの。
勘違いとか自惚れが特技で、身分とお金以外には興味が持てない可哀相な人たちよ」
にっこり笑って毒を吐く俺の姉ミレーヌは、今日もアコル様の対面に座っていて、頭に花が咲いている女子たちから睨まれている。
俺もまあ、アコル様にあんな女たちを近付けさせたりしないけど、最近は手紙だとかプレゼントなんかを、勝手に覇王様の執務室の前に置いていく女子が増えてきた。
見付けたら直ぐに、怖い顔をしたモンブラン商会から来た秘書のお姉さま二人が、学院長の秘書に届けているらしい。
それが縁で、学院長の秘書アークスさん37歳(マリード領の伯爵家子息)が、モンブラン商会から来ているシャルロットさん25歳に一目惚れしたらしく、猛アタックをかけている。
シャルロットさんはマギ領の男爵家の長女だから、マギ領の領主の子息である俺に、仲立ちを頼んできた。
覇王様の秘書だから、凄く気を使っているようだけど、アコル様自身は、シャルロットさんの意思に任せると寛大だ。
「そうねえ、私は暫く覇王様の秘書を続けたいから、それを受け入れてくださるのなら前向きに考えるわ」って、シャルロットさんは答えている。
王立高学院特別部隊の顧問でもあるマリード侯爵家のハシム殿は、「やっとアークスが結婚する。めでたいことだ。直ぐに正式な申し込みをさせよう」と、大乗り気で仲人を買って出た。
ただアークスさんの家は今回のミル山の噴火で、マリード領の中ではかなり火山灰が積もり、農作物が大きな被害を受けていた。
だから伯爵家らしい支度金が払えないと、シャルロットさんに謝罪したそうだ。
「あら、私は覇王講座に出席して、つい最近、妖精と契約しましたの。しかも私の可愛いラテは、植物の育成が大好きな女の子だから、お役に立てるのではないかしら」と、シャルロットさんは余裕の笑顔で言ったとか。
見た目10代のシャルロットさんは、バリバリの武闘派で剣術もできる。そして妖精のラテは、現在高学院の薬草園で大活躍をしている。
何と言っても覇王様の秘書だ。妖精とも契約しているような優良物件……いや、お宝に近い女性なんて、絶対他に居ない。
だから、このままマリード領にお嫁に出してもいいものかと、マギ公爵である父上は悩んだらしい。
本音を言えば、マギ領の貴族に嫁いで欲しいに決まっている。
結局、「結婚式は、魔獣の動きが鈍くなる1月中旬にしましょう」とアコル様が嬉しそうに仰ったので、父上は諦めて二人の結婚に同意した。
さて、来週から就職試験が始まる。
アコル様は、アエラボ商会とドバイン運送に優秀な商学部の学生を引っ張るため、他の商会より条件を良くしている。
試験会場であるアエラボ商会に、誰が就職試験を受けに来るのか俺も楽しみだ。
ドバイン運送の出資者にもなっている俺としては、頑張って働いてくれそうな下級貴族家の者がいいと思う。
筆記試験に合格し、最終面接まで辿り着いた合格者に、アコル様はご自分が商会主として面談し、合否を告げられる予定だ。
願わくば、その日に覇王軍の出動要請が出されませんようにと祈ろう。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
行間をあける作業がなかなか進みません。
スマホでお読みくださっている皆さん、すみませんが、もう少し完了まで時間がかかりそうです。




