197 覇王軍会議
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駆け足で王都に戻った俺は、ワイコリーム領にも支店を開設するため、ラリエスを連れて領都ワイコリームに向かった。
ここは、モンブラン商会の会頭が根回しをしてくれたので、あっさり準備が整った。
ドバイン運送ワイコリーム支店の建物は、モンブラン商会のお隣で、モンブラン商会不動産部が管理する物件だったので、手続きは王都で終えていた。
支店長候補のベルノさんは、元モンブラン商会ヘイズ支店の支店長だった人で、ヘイズ領から撤退しワイコリーム領で待機していたそうだ。
もちろん、会頭の推薦だから文句もないし、俺のことは何も言わなくても本店から情報はいろいろ回っていると思う。
年齢は32歳と若く、ワイコリーム領の男爵家の三男ということで、ラリエスも実家を調べてくれて、問題ないとお墨付きをくれた。
「分かっているとは思いますが、ワイコリーム公爵家は、父も私も覇王様の側近であり、我が公爵家は、覇王であるアコル様の筆頭後援者です。
そして、ドバイン運送の出資者でもあります。
何かあれば、直ぐにうちの屋敷に連絡してください。全力で問題解決します。
まあ、モンブラン商会の隣ですから、そんな心配は必要ないでしょうが」
相変わらず真面目なラリエスが、さり気なく?自領の貴族に重圧をかけている。
「もちろん心得ております。
我が一族共々、覇王様とワイコリーム公爵家、そしてドバイン運送に命を懸けてお仕えいたします。
私はヘイズ領から撤退する際、覇王様の御作りになったマジックバッグを使って、大切な商品を全て安全に持ち出すことができました。
お陰さまで検問で止められることもなく、従業員と家族全員が無事に脱出できました。
マジックバッグの素晴らしさを、誰よりも身を以て体験しております。
先ずはワイコリーム領の鉱石の運送をと、公爵様から伺っております。冒険者ギルドとの打ち合わせも済んでおります。どうぞお任せくださいませ」
俺はともかく、公爵家の嫡男であるラリエスからの重圧に対し、堂々とお任せくださいと胸を張ったベルノ支店長は頼もしい。
……いや、誰もかれも命は懸けなくていいから。しっかり儲けてくれたら大丈夫だから。
「それではよろしく。来月から就職活動が始まります。商学部の優秀な学生を採用しておくので、暫くは一人で頑張ってください」
俺は笑顔でベルノ支店長と握手して、新しく作った商会員バッジを渡した。
いつものように、商業ギルド本部が張り切って作ってくれた。本当に有難い。
デザインは、モンブラン商会のセージ部長がしてくれた。
光のドラゴンと薬草をモチーフにした図柄で、アエラボ商会と俺の名前の頭文字でもある【ア】の文字が、中心に描かれている。
* * * * *
あっという間に雨期が終わろうとしていて、俺はこれからの【覇王軍】と【王立高学院特別部隊】の活動について話し合うため、主要メンバーを王立高学院に集めた。
【高学院】からは、学院長、副学院長のマキアート教授、カルタック教授、側室フィナンシェ様。
【覇王軍】から、ラリエス、エイト、ボンテンク。
【王立高学院特別部隊】から、ノエル様とミレーヌ様。
王宮から、【魔獣討伐専門部隊】のワイコリーム公爵、【魔法省】のマリード侯爵、【一般魔法省】のトーマス王子、【一般軍】のハシム殿。
今日の議題は、①他国からの覇王講座への参加 ②学院の在り方と卒業検定の導入 ③新年度入学者の人数 ④優秀な学生の各高学院への派遣 ⑤卒業生の就職採用について 以上5つである。
①の他国からの覇王講座への受け入れについて、ニルギリ公国に一緒に行ったボンテンクが、バロン第二王子からの依頼があったことを説明した。
現状自国のことで手一杯なので、他国にまで行って指導することは不可能。よって希望があれば隣国からの覇王講座受講者を受け入れることが了承された。
担当する部署は王立高学院で、受講料は一人金貨5枚とする。
受講料の3割は高学院へ、3割は指導者へ還元され、残りの4割は覇王軍の活動資金になる。
「3割であれば、施設使用料としては妥当でしょう」と、学院長はなんだか嬉しそうだ。
「指導する教授にも手当が別途出るのであれば、文句はないでしょう」と、カルタック教授も乗り気だ。
そうなんだよな。
教師は国に雇われていて、覇王講座で教えても、仕事が増えるだけで手当てが増えることはなかった。
頑張ってくれている教師と、非協力的な教師の給料が変わらないという不平等な状態に、俺は学院長に抗議したが、文部省が予算がないと言ったとか。
だから今回は、他国からの受講者を特別に教えるという前例のない仕事に対し、覇王が手当を出すことにする。
俺は商人としても覇王としても、頑張ってくれる人には、きちんと手当を出すべきだと考えている。
②の学院の在り方は、魔獣の大氾濫が収束するまで、変則的なカリキュラムの導入と、単位取得は試験と活動内容の両方から考慮することになった。
卒業検定は、既に全ての学部で導入され、今年の卒業生の8割が既に卒業や編入を決めていた。
③の新年度の入学者人数については、意見が二つに分かれた。
現状を考えると、普通の授業ができないので、入学者は減らすべきだという意見と、戦える学生の育成をするためにも、魔法部と特務部の入学生を増やすべきだという意見だ。
これに関しては寮の受け入れ人数に限界があるため、いきなり人数は増やせない。
それではどうするか?
「貴族部の人数を減らしましょう。
既に上級貴族部、商学部、特務部から、魔法部への転学や進学が可能になっています。
ですから、貴族部の入学試験合格ラインを200点以上とすれば、確実に人数が減ります。
何と言いましょうか、現在の一般貴族部の学生を見ていますと、真面目に勉強もしないし、魔法の勉強もしていません。ふ~っ・・・
長く続いたくだらない……失礼、貴族部こそが貴族……みたいな伝統が良くなかったのでしょうか」
新しく貴族部の部長教授となった側室フィナンシェ様は、思いっ切り溜息を吐きながら、一般貴族部のやる気の無さは、少々のことでは改善できないと嘆かれる。
「確かに、安寧な時ならいざ知らず、このままだと一般貴族部の卒業生は、無能だと言われるようになってしまいますわ。
学びたくない方は、王立高学院ではなく、無試験で入学できる領地の高学院がお似合いですわ」
相変わらずサーシム領のシャルミンさんと仲の悪いミレーヌ様が、歯に衣着せぬ言い方で、頭に花が咲いている貴族部の学生を切り捨てにかかる。
「200点・・・確かに半分の人数になりそうです」と、学院長は苦笑いする。
「卒業生の採用にも関わることになるので、ここは是非、特務部の入学枠を広げて頂きたい」と、一般軍の大臣となったハシム殿が希望する。
「ええ確かに。優秀な特務部の学生はC級魔術師の資格も取っていますし、冒険者としての経験もあります。
ぜひ一般魔法省にも欲しい人材です。既に負傷者も多く、直ぐにでも就職して欲しいくらいです」
一般魔法省大臣になったトーマス王子は、切実なんですと訴えながら、特務部の人数を増やして欲しいと懇願する。
……確かに、軍も魔法省も冒険者も、負傷者が増えてきた。指導する者も必要だ。
「それでは、貴族部の合格ラインを200点にし、定員は明記しないことにします。
特務部の人数を40人から60人に増やし、王都に住んでいる者は、自宅から通うことを許可しましょう」
「賛成です!」と、学院長の意見に全員が賛成した。
④の優秀な学生を各高学院に派遣するという案を出したのは俺だ。
同じ年頃で、下級貴族や商家の子供の多くは、領主が運営する高学院へと進学する。
中には魔力量は多いが勉強が苦手だったり、やる気はあるけど金銭的な事情から王立高学院に進学できなかった者もいる。
俺としては、こんな時代に遊ばせておく人材など勿体ないから、戦力強化するなら最も伸びしろの有る学生が一番だと思っている。
地方の高学院は、貴族部・商学部・特務部しかないので、高度な魔法を学ぶ機会が無いのだ。
もちろん、貴族部や特務部の学生でも初級魔法は学んでいる。
「これから魔獣との戦いが本格的になります。教えに行くことで戦力が減るのは厳しいと思うのですが」と、心配そうな顔をしてエイトが俺の顔を見る。
「そうですね。覇王軍メンバーは絶対に無理ですから、今回は、王立高学院特別部隊の中から、覇王軍に入隊を希望している魔法部か特務部の学生と、魔法部2・3年から選抜し、ペアで行って貰いましょう。
救済活動で不足する人員は、新しく王立高学院特別部隊に入隊を希望している全ての学生に、簡単な試験を行い合格したら仮入隊させようと思います」
「仮入隊ですかアコル様?」と、王立高学院特別部隊の代表者であるノエル様が質問された。
「入隊を希望している学生に覇王講座の手伝いをさせ、実際に救済活動にも行ってもらい、ノエル様とミレーヌ様、他の現メンバーに合否を決めていただきたいと思います」
そして8月から、新メンバーとして正式に入隊を認めると俺は告げた。
「ああ、各領地に指導に行く学生の交通費は、当然国が負担してくださいね。
3年魔法部と2年特務部の学生は、卒業が確定していることが条件です」
とにかく人手不足だから、指導者を育てないと次に進めない。
できれば中級学校から、魔法の基礎を教えたいところだ。でも、その人材だって足らない。
⑤の卒業生の就職採用については、就職する気のない一部の貴族部の学生を除いて、ほぼ全員が王宮各部署から引っ張りだこになるだろうとのこと。
「それから卒業生の中で、覇王軍には少し手が届かない学生を中心に、第二覇王軍を設立します。
第二覇王軍は主に、冒険者ギルド龍山支部、サーシム支部、バルバ山支部、セイロン山の南北二つの支部に常駐してもらいます」
「えっ、覇王軍を地方に配置していただけるのですか?」と、瞳を輝かせたのは【魔獣討伐専門部隊】を率いているワイコリーム公爵だ。
【魔獣討伐専門部隊】も全く隊員が足りてなかったので、第二覇王軍が配置されれば、初動でできることが大きく変わってくる。
「いや、それじゃあ、魔法部や特務部の卒業生の大多数は、第二覇王軍に就職するのでは?」と、卒業生の就職を熱望しているトーマス王子が、青い顔をして呟いた。
「だからこそ、各地の高学院の学生を鍛えるのです」と、俺は微笑んだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
新章では、本格的に魔獣との戦いが激化します。そしてアコルは、魔法部の3年生になります。




