19 戦うアコル(1)
「これより、人事部部長と不動産部部長立会いのもと、今回の盗難事件の検証を行う。被害者マジョラム、目撃者ニコラシカ、容疑者アコルは前に出ろ」
警備隊長の緊張感のある低い声が食堂内に響き、名を呼ばれた俺と先輩二人は、前に出て整列する。
「ん? アコル、その頬はどうした? 誰に殴られた」
人事部長のマルクさんが、俺の赤く腫れた頬を見て、凍るような視線を先輩方にぎろりと向け、鬼の人事部長の本領を発揮し問う。
「殴ったのはニコラシカです。寮長として止めることが出来ず申し訳ありませんでした」
寮長は一歩前に出て殴った人物の名を告げ、深く頭を下げて規律を乱したことを詫びた。
「寮長、アコルは何故殴られた? 暴力を固く禁じている本店内で、見るからに殴られたと分かる程の制裁を加えた理由を述べろ」
「アコルは窃盗を働き、それを認めません。その上、生意気な言動をしました。理由ならそれで十分でしょう!」
「黙れニコラシカ! 私は君に聴いていない。寮長に質問したはずだ」
怒気の籠った大きな声で、マルク人事部長が叱咤する。
その迫力に皆は肩を震わせ、ニコラシカさんは悔しそうに両手をプルプルと握り締める。叱られることに慣れていない貴族のお坊ちゃまは顔を歪めてしまう。
「た、確か、ニコラシカの方が暴言を吐き、アコルは……随分と余裕がないのですねと言っただけです。制裁を加えるに値する内容ではありませんでした」
「そうか。この件は会頭に報告する。さあ警備隊長、アコルが犯人なのか、他に犯人が居るのか、誰かが故意にアコルを陥れようとしているのか、はっきりさせねばならない。行くぞ」
マルク人事部長はニコラシカさんを完全無視しながら、全員を引き連れて寮に向かおうとする。
「お待ちください人事部長。一つ確認したいのですが」
「何だ?」
「こういった盗難事件が起った場合、まず最初に行うのは、犯人と思われる者の部屋の捜索でしょうか?
それとも、盗まれたと主張する者の部屋で、きちんと状況説明を受け、何処から何が無くなったのかを実地検分することでしょうか?
また、マジョラムさんはクローゼットに鍵を掛けていたと仰っていましたが、普段の鍵の置き場所や、それを知る者がいるかどうか、また、部屋の出入りは誰でもできたのか等、事前調査は済んでいるのでしょうか?」
事前調査は済んでいるのかと問えば、当然すべきことのように聞こえるはずだから、する必要がないとは答え難くなる。
恐らく犯人は、俺の部屋に盗まれた物を置いているだろう。仕組まれた罠なら用意周到に準備しているはずだ。
だからこそ自分にもチャンスが生まれる。
完璧に仕組めば仕組むほど、少しでもほころびや矛盾が出たら崩すのは容易い。
そして俺が冷静であればあるほど犯人は動揺する。
……うん、先日図書館で読んだ【王立高学院事件簿】という実話を基にした小説と全く同じ展開だ。犯人に仕立て上げられた平民の苦学生を、伯爵家の青年が事件の謎を解き助けるという話なんだけど、読んどいて良かった。
「もちろんマジョラムの部屋からだ。それにしてもアコルは、何故捜索手順や難しい言葉を知っているんだ?」
「はい警備隊長、私の趣味は王立図書館で読書することなんです。先日読んだ【王立高学院事件簿】という本に、これと似たような事件の話が載っていました」
俺はにっこりと笑って、本から得た知識なんですと答えた。すると「あっ、俺もその本は読んだことがある」と、二人の先輩が話に加わってきた。
「趣味が王立図書館で読書って……」とか「10歳の子供が読む本だったっけ?」とか囁く声が聞こえてくる。
……よしよし、いい感じになってきたぞ。
「で、その本の結末はどうなったんだ?」
「はい人事部長、事件解決の前に物語の結末を知ってしまったら、おもしろくないですよ。それに、頼れる先輩方も一緒に謎を解いてくださるはずですから」
同じ本を読んだことがあると言った先輩二人に視線を向けて、俺は極上の笑顔を向けて答えた。
この時点で、自分には関係のない事件だと思い、ただの傍観者だった先輩方は、一緒に捜査し謎を解く仲間となった。
……そうなんだよ、集団心理を利用するなら、親近感を持たれた方がいい。
「証拠さえ見つかれば言い逃れなんてできない。証拠がお前を犯人だと教えてくれるんだ。くだらない本を読んだくらいで偉そうに!」
ニコラシカさんはそう言うと、余裕の表情で俺を見てフン!と悪態をつき、移動し始めた警備隊長や人事部長、不動産部長の直ぐ後ろを急ぎ足でついて行く。
……ああ、今のセリフ、証拠さえ見つかればとか、証拠がお前を犯人だと教えてくれるって、【王立高学院事件簿】の中の犯人と同じ台詞だ。
しかも、くだらない本って言うのは頂けない。この本を書いたのは有名な伯爵様で、卒業後に数々の著書を出版されている。当然王立高学院でも尊敬されている卒業生の一人だ。王立高学院の卒業生じゃないニコラシカさんは、現時点で【王立高学院事件簿】を読んだ先輩と、王立高学院の卒業生の半分を敵に回しただろう。
「私も読んだことがあるよアコル。君はもう事件の全容が見えているんだな」
「いいえマジョラムさん、可能性の一つとしての答えは出ていますが、自分で立証するのは難しいでしょう。でも私は、優秀な先輩方や、この商会で働く皆さんの誇りを信じたいのです。それに、私の部屋には最強の味方が居るんです」
少し遅れて歩き始めた俺に、被害者のマジョラムさんが話しかけてきた。そして他の先輩方も、俺とマジョラムさんの会話が聞こえる位置で移動を開始する。
移動中、俺は同じ作者の他のお薦め本とか、王立高学院の図書館の蔵書数なんかを質問し、マジョラムさんだけではなく、他の先輩からも話し掛けて貰った。
そして到着したマジョラムさんとニコラシカさんの部屋で、警備隊長は部下にクローゼットを調べさせたり、部屋の中やドアや窓の状態を確認させる。
普段の鍵の取り扱いや置き場所を質問するのは警備隊長で、警備隊長はマジョラムさんの意見を皆から離れた場所で聴いたりもした。
マジョラムさんの部屋の実地検分が終わって、俺の部屋へと向かう直前、俺はあるお願いを警備隊長にして、警備隊長は部下の一人をその場に残した。
次はいよいよ俺の部屋の捜索が始まる。
先の展開が想像できるだけに、憂鬱になり溜息を吐いてしまう。
「アコル、もしも君が犯人なら、このドアを開ける前に打ち明ければ、警備隊に突き出すのは勘弁してやろう。その代わり、取ったお金は弁償しなければならない。当然モンブラン商会は辞めてもらう」
「大丈夫です。私は神に恥じることはしていません」
「フン、証拠品が見付かって、泣いて弁解しても遅いぞ!」
警備隊長の言葉に、きっぱりと無実を訴えていたら、期待を裏切らないニコラシカさんが、ダメ押しで会話に割って入ってくる。
《いや~、この場面の台詞も似てるなぁ》
《じゃあ、アコルの部屋から証拠品が出てくるってことだな》
【王立高学院事件簿】を読んでいた先輩が、小声でこそこそ話し始める。
《それなら、本と同じように俺が証拠品を見付けたりするんだ……ニコラシカの視線の向く方を見てさ》って、小声の会話はまだ続いている。
マジョラムさんは、腕を組んでニヤニヤと笑っているニコラシカさんを睨みながら、「ハ~ッ」と深く息を吐いてから、警備隊長に盗まれた袋について、「黒い革袋だったと言ったけど、よく思い出したら白い布袋でした」と訂正発言をした。
「どういうことだマジョラム! お前がいつも使っていたのは黒い革袋だろうが!」
余裕の笑みで俺の部屋のドアが開くのを待っていたニコラシカさんが、突然怒りの形相でマジョラムさんを睨みつけた。
《まじかよ、マジョラムの奴もノリがいいな。本と同じ展開に持っていくとは》
《いや、でも、財布の中のお金はどうするよ? 本と同じ展開なら、犯人が使ってしまって返せないから、仲間が出し合うって美談だったよな?》
先輩方の、ノリノリのひそひそ話は続いていく。
そうなんだよな。小説の最後は困っている被害者のために、優しいクラスメートがカンパするんだった。
「とにかくアコルの部屋を捜索する。アコル、クローゼットの鍵を出しなさい」
「警備隊長、私の部屋のクローゼットには、鍵がついていません。どうぞ隅々まで探してください」
俺以外の者は全員部屋の中に入っていく。俺は隠蔽工作をする可能性があるからと、盗まれた物が発見されるか、何も見つからなかったと断定されるまで、廊下で待機させられることになった。
そろそろ冒険者ギルドの人が来てくれる時間なんだけどと、俺は廊下の窓から中庭を覗く。すると、予想外の人物が寮に向かってくるのが見えた。
「おい、こんな所に黒い革袋があるぞ」と、【王立高学院事件簿】を読んでいた先輩の大きな声が廊下にも聞こえてきた。
「間違いない、あれだ! マジョラムの革袋だ。やっぱりアコルが犯人だったんだ!」と勝ち誇ったように叫ぶのはニコラシカさんだ。
「アコル、入ってきなさい」と、部屋の中から人事部長の呼ぶ声がした。
自分の部屋に入ると、微妙な空気が漂っていた。
その場に居た半分の人は、俺にがっかりしたような悲しい視線を向け、残りの半分の人は、ちょっとワクワクしているような視線を向けてくる。
「アコル、この黒い革袋は君の物か?」
「いいえ人事部長、私の物ではありません」
「そうか、では中を確認する。もしもマジョラムの財布が入っていたら、君が犯人である可能性が強くなる」
人事部長は厳しい視線を俺に向けてから、革袋の中に手を突っ込んで、中から茶色い財布を取り出した。そして財布の中も確認し、お金は入っていないと告げた。
「やっぱりだ。お前は盗んだ金をすでに使ってしまった。なんて性悪なんだ」
「私は盗んでいません。確かに昨日、テーブルの上に置いてある香木を冒険者ギルドで買いましたが、決して盗んだお金で買ったりしていません」
犯人だと断定するニコラシカさんに、俺はテーブルの上を指差し、確かに香木を買ったが盗んだお金じゃないとキッパリと言う。
「香木だと? そんな高価なものを、お前ごとき見習いが買えるはずがない!」
俺が香木を買ったと知ったニコラシカさんは、益々上機嫌で嬉しそうに言う。
「待ってくれ! その黒い革袋は食器棚の一番上の段に置いてあった。アコルでは手が届かないはずだ」
「そうだな。俺が椅子を使って取ったんだから、アコルじゃ無理だ」
【王立高学院事件簿】を読んでいた先輩二人が、ちょっとだけ嬉しそうに矛盾を指摘する。ここまで事件の推移が同じだと、声を上げないでいる方が難しかったのかも。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
これから暫く、月・水・金曜日に投稿していく予定です。よろしくお願いします。




