187 商会主アコル(1)
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6月も終わりに近付き、短い雨期がやって来た。
この時期は何故か、魔獣の動きが鈍る。僅か2週間くらいの間だが、王立高学院特別部隊も覇王軍も一息つける。
そこで俺は、立ち上げたばかりのドバイン運送を稼働させるため、この期間を利用することにした。
俺が希望した店の場所は下級地区で、商業ギルドが確保してくれた建物も下級地区だったけど、直ぐ目の前に中級地区に入る門があるという場所だった。
ちょっとお洒落な服屋とか、ちょっとお高いレストランなどが建ち並んでおり、モンブラン商会王都支店までは徒歩7分くらいで、本来なら多くの荷馬車や倉庫が必要な運送業者が、店を構える雰囲気の場所ではなかった。
この場所のメリットは、地方からやって来る王都行きの全ての辻馬車の終点であり、中級地区入り口停車場が目の前にあることだ。
店は【薬種 命の輝き】の建物の半分くらの大きさの3階建てで、1階と2階がドバイン運送、3階はアエラボ商会本店になっている。
建物は築7年とまだ新しく、なんと建物一棟まるごと俺の所有になっている。
商業ギルドのギルマスによると、前の持ち主はヘイズ領の伯爵だったらしく、宝石や貴金属を扱う店を経営していたが、今回のヘイズ侯爵家取り潰しの煽りを受け、資金繰りができなくなり金貨250枚で売りに出されたそうだ。
サブギルマスが言うには、非合法で金貸しをしていて、同じヘイズ領の貴族から金が回収できなくなったことが主な原因なんだとか。
「本来なら貸金業は商業ギルドに届け出が必要だよな。しかも違法な金利を取っていたと調べはついている。この書類を財務省に届ければ、爵位剥奪もあり得るよな」とサブギルマスが脅したところ、値段が金貨170枚に下がったらしい。
……う~ん、さすが出資者になっただけある。容赦ないなぁ・・・
俺はバタバタと忙しかったので、出資金として集めた金貨500枚で、商会の立ち上げに必要な事務処理から建物の購入、備品の購入まで全てを商業ギルドのギルマスとサブギルマスがやってくれた。
そして今日は、商会員として雇った2人と顔合わせだ。
* * * * *
私はフィーネ19歳。今日から新しい職場に出勤します。
少し前まで王宮で働いていた私は、威張るだけで仕事ができない上司や同僚に我慢できず、直属の上司に辞表を叩きつけて辞めてしまいました。
家族には呆れられ、友人には貴族と結婚できるチャンスだったのに勿体ないと言われました。
でも、我慢の限界を超えたんです。
ええ、もう、上司や同僚をいつ殴ってしまうか分からない精神状態まで追い込まれて、手を出す前に我が身を守った感じです。
私が働いていたのは国防省で、これまで暇ですることがない部署だと言われてきただけに、大多数の職員は仕事ができません。
全ては下っ端の私たちに丸投げで、くだらない噂話をすることが仕事だと思っているようでした。
でも、ヘイズ領の救済が国防省の担当になり、突然4倍になった仕事量をこなせる訳もなく、現状把握できない奴等は、相変わらず下っ端に仕事を回せばいいと思ったようです。
……ふざけるんじゃないわよ!
私は5日連続で深夜まで残業をして、それでも全く追いつかない仕事量と働かない上司にキレて辞めました。ええ、きっぱりとね。
でも、まだ結婚資金も貯まってないから、直ぐに他で働かねばなりません。
勇気を出して商業ギルドで求人票を見たら、聞いたことのない店の求人が目に入りました。
どうやら新しく立ち上げるお店のようで、ドバイン運送と書いてあります。
きっと威張った貴族が相手ではなく、商団や商会などが得意先になるのでしょう。
本当は商会で働きたいけど、準男爵家の娘ではなかなか難しいのが現実。
下級貴族だとバカにしない人が経営者だったらいいのだけれど。
勇気を出して面接に行ったら、お店は下級地区だけど高級店も並ぶ治安のよい場所にあり、家具や調度品は一見シンプルだけど間違いなく高級品のようです。
面接をしてくださったドバイン運送本店長のランネルさんは、商業ギルドの王都支店で働いていた方で、本部のサブギルマスの推薦で転職されたそうです。
商業ギルドが立ち上げに関わっているということは、安全で信用のある人が経営者の可能性が高いです。
ランネルさん38歳は、ギルド本部のサブギルマスの義弟なのだとか。
サナへ領の子爵家の次男だということですが、物腰も柔らかくちっとも威張っていません。
10歳の娘さんと5歳の息子さんが居るらしく、とても子煩悩そうです。
そして私は、採用していただけることになりました。
合格できたのは、王宮で働いていた経歴とか、好成績で卒業したからではなく、私の父が王立高学院商学部で教授をしていることが、最も大きな決め手になったそうです。
父は、この新しい運送店で働くことを反対していたので、なんだかモヤモヤします。
でも、とても感じのいい職場のような気がするので頑張りたいと思います。
「本店長、午後から経営者の方がお見えになるそうですが、貴族の方でしょうか?」
「う~ん、ご本人は平民だと仰っているが、どうなんだろうね」
「えっ? 平民の方なのですか? この場所で新しい事業を始められるということは、既に成功されている方……ですよね」
「そうだね、それはもう凄い方だよ。商業ギルドに登録し、たった1年で店を大商団にまで成り上がらせた凄腕の商人だ。実際にお会いしたらわかるよ」
本店長は笑いながら冗談のような話をされました。
……たった1年で大商団? そんなことが本当にできたら、それはもう奇跡だわ。金鉱脈でも発見したのかしら?
そして午後、お店に現れたのは王立高学院の制服を着た学生でした。
「はじめましてフィーネさん。ヨサップ教授にはとてもお世話になっています。
高学院商学部の学生であり、ドバイン運送代表のアコル・ドバインです。
ドバイン運送は、今月大商団から商会に格上げされたばかりのアエラボ商会傘下の運送店です。
他にも【薬種 命の輝き】が傘下に入っています」
笑顔で自己紹介された学生さんが代表? えっ? 今月から商会になった?
それじゃあ私は商会員? だめだわ。さっぱり頭がついていかないわ。
「ん?【薬種 命の輝き】? えっ、ア、アコルさま……? ええぇぇーっ!」
私はとんでもないお店の名前を聞き、一瞬息をするのを忘れました。
そして、あり得ないお名前を耳にし、倒れそうになりました。
「驚かれるのも無理はありませんフィーネさん。商会長は覇王様です。
でも、このことは内密に願います。それでは、ドバイン運送を立ち上げた経緯と、出資者メンバー等の説明からします」
本店長で責任者のランネルさんが、驚いて固まっている私に、分かり易く説明を始めてくださいました。
「現在、遺族から託されたマジックバッグは4つしか無いので、追加で大小様々な大きさのマジックバッグを6つ作りました。
でも、運送業として本格的に稼働するのは半年後くらいになるでしょう。
遺族から託された4つの内2つはマリード侯爵に、残りの2つはワイコリーム公爵に貸し出すことが決定しています。
残りのマジックバッグも、モンブラン商会と冒険者ギルドから予約が入っています。
なので、マリード領とワイコリーム領にドバイン運送の支店を置く必要があり、私は明日から一週間の間に、支店を作りに行きます」
覇王様はそう説明しながら、これからの予定を黒板に書き込んでいかれます。
これから暫くは、規約の作成や事務処理に必要な帳票や伝票の作成、依頼書、運び人の雇用契約書等、立ち上げに必要な書類の準備が私の担当のようです。
……はい、死ぬ気で頑張ります。毎日徹夜でも大丈夫です!
……えっ? 残業禁止で定時で帰るようにですか?・・・分かりました。
人数は最小限だけど、来月には高学院を卒業する学生を数人採用し、卒業後の9月から人数を増やす予定だそうです。
今年の卒業生は優秀だとお父様が言っていたから、期待できそうだわ。
「私は忙しくてなかなか顔を出すことができません。
お二人を信用して任せますので、何か問題が生じた場合のみ、高学院の私の執務室まで連絡してください」
覇王様はちょっと申し訳なさ気に言われましが、存じております。
この国で今、一番忙しいのは覇王様です。
それに、商業ギルド本部も全面的に協力してくださるでしょうから、問題なしです。
もしも文句を言うような無礼者がいたら絞めます。
当面の資金が入ったマジックバッグをランネルさんに渡し、早速血判登録しています。
凄いです。このマジックバッグもご自分で作られたのでしょうか?
3階はしばらく使うことはないそうですが、きっちりお掃除しておきます。お任せくださいませ。
9月までにはアエラボ商会の従業員も雇うそうです。
ですが、覇王様というお立場があるだけに、雇用する者は誰でもいいという訳には参りません。
信用できる人材を確保することは、意外と難しいかもしれません。
* * * * *
翌朝早く、俺はボンテンク、マサルーノ先輩、特務部で覇王軍チームリーダーのヤーロン先輩と御者兼護衛のタルトさんと一緒に、マリード領へと向かった。
エイトやラリエスも同行を希望したが、覇王軍メンバーは、できるだけ高学院に残しておかねばならない。
ボンテンクとマサルーノ先輩は、B級一般魔術師とA級作業魔法師の資格を取っているから、既に魔法部卒業資格を貰っている。
ヤーロン先輩もBAランク冒険者に昇格し、C級魔術師の資格も取ったので、卒業資格を貰っている。
だから講義を休んでも問題ない。
ちなみに俺も、商学部の卒業資格を貰った。
無理して一般教養とか2年生の商学部の単位を取っておいて良かった。ついでに魔法部2年までの単位も貰った。
今年は飛び級できる学生が数人いるらしく、全員が王立高学院特別部隊の学生なのだという。
みんな優秀で嬉しいよ。うん、本当に。
「ボンテンクとマサルーノ先輩は、そのまま卒業して【覇王軍】に就職するんですよね? ヤーロン先輩はどうするんです?」
「覇王様、先輩付けで呼ばれるのは……どうか呼び捨にしてください。
私は、もしも8月にB級魔術師に合格出来たら、魔法部3年に編入したいと思います。無理だったら【覇王軍】に就職します」
ヤーロン先輩は恐縮しながら、B級魔術師資格に挑戦したいと言った。
「俺は本心を言えば研究者として学院に残りたいが、【覇王軍】本部は学院内にあるから、卒業後は指導者として頑張るよ」
「そうだなマサルーノ。私も卒業するのが残念な気がしない訳でもないが、アコル様の従者として何処へでも動けるようにするなら、【覇王軍】で働く方がいい」
馬車の中でパンをおやつにしながら、3人はこれからの希望を教えてくれた。
「今回のマリード領行きは、俺個人の仕事だから敬語は必要ない。
だから俺も先輩呼びするし、馬車も覇王専用馬車だと分からないようにしてある。
でも出動要請があれば直ぐに移動するぞ。
ところで、明日は本当にマサルーノ先輩の家に泊まってもいいんですか?」
「もちろんです! アコル様をお迎えできるなんて、家族全員、いえ、我が家で働く者も含めて大歓迎です!」
マリード領の伯爵家子息のマサルーノ先輩の家は、サナへ領からマリード領の領都へと続く大街道の途中にあるらしい。
友人の家にお邪魔する……みたいな経験も学生の内じゃないとできないだろうから楽しみだ。
「俺、生粋の平民なんで、伯爵家にお邪魔するなんて想像したこともなかった」
「ヤーロン先輩、俺だってバリバリの平民育ちだし、今の家はちょっとだけ豪華になったアパートで、屋敷なんて持ってませんよ。
まだ誰の家にも行ったことがないから、ちょっとワクワクするなぁ」
なんで従者である自分の家じゃなくて、マサルーノの家が先なんだー! とボンテンクが文句を言って、次は絶対に自分の実家か王都の屋敷に来てくださいとお願いしてくる。
今回は仕事の途中で立ち寄るんだから、友達の家に遊びに行くのとは違うだろうがとマサルーノ先輩も反論するけど、貴族的に考えると、覇王様が我が家に立ち寄られた!ってだけでも家の誉れになるらしい。
そしてマサルーノ先輩の家族に大歓迎され、食べたこともないようなご馳走を頂き、早目に眠った俺たちは、ドカーン!という爆音で日の出前に目が覚めた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次の更新は16日(土)の予定です。




