184 覇王と仲間たち(4)
◇◇ 上級貴族部誕生 ◇◇
私は第三側室のフィナンシェ34歳。
名門レイム公爵家の二女として生まれた私は、王立高学院在学中に新国王になられたアルファス様と婚約しました。
正直言って、アルファス様は13歳も年上で、既に王妃と側室が二人もいらしたので、勘弁してよ……というのが本音でした。
レイム公爵家に婿養子として入られた義兄ナスタチウム様は、王妃の兄であるヘイズ侯爵派の力が強くなり過ぎているので、国王の為に嫁いで欲しいと私に頭を下げられました。
王立高学院1年の時に母が病で亡くなり、2年の時に公爵である父が事故で亡くなったので、義兄が正式にレイム公爵となりました。
ですから、義兄のお願いは、もう命令に近いものでした。
なんで王家の兄弟と、私たち姉妹が結婚しなきゃいけないのよ!
あんな堅苦しいところ御免だわ!
しかも王妃は意地悪で性悪だと評判じゃない!
そんな女に頭を下げるの? 無理無理無理よー!
でも仕方ないわね。政略結婚なんてこんなもんだから。はあ・・・
当時の私は公爵家の娘にしては珍しく、高学院では貴族部ではなく魔法部に在籍していました。
「どうして魔法部の野蛮なあの女が側室に?」と、取り澄ました貴族部の女性たちから妬まれ、それはそれは信じられない嫌がらせや意地悪をされた記憶が・・・
私だって好きで婚約者になった訳ではないのに、貴族って、特に高位貴族の女って本当に面倒臭い。
そして高学院卒業と同時に結婚させられ、第三側室としての生活がスタートしました。
王家には変な風習というか決まりがあって、夫である国王は、3ヵ月間だけ新しく城に入った側室の居所にほぼ毎日通わなければならないらしく、まあ、その間に愛情を育むというか子をなすらしいの。
そしてめでたく懐妊したら、放置。
……なに、放置って?
……はあ? 第一王子と第二王子の魔力量が低いから、城の外で子供を作らなきゃいけない?
……意味が分からないわ・・・
でもまあ、そのお陰で王妃からの嫌がらせは減ったし、授かった子供を無事に産むため、面倒臭い城の行事や式典に参加しなくてもよくなった。やっほー!
何ていうのかしら、王様はお優しいのだけれど、政治のことが忙しく奥向きのことには関心がないようで、王子や王女と過ごされる姿を見掛けることがなかった。
だから、この子が産まれても同じなのだろうと思うのよ。
フフフ、それって、子育ては私が自由にしてもいいってことだわ。
産まれたのは王子で、王様はルフナと名付けられたのだけど、私ともども放置だったわね。
ええ、もう清々しい程の放置よ。
だから私は、息子ルフナの身の安全を考え、暫く里帰りさせて貰ったわ。
無理矢理国王に嫁がせた義兄は、堂々と帰ります! と宣言した私に文句が言えなかったし、次の子を産ませてなるものかと意地悪をする、王妃べったりの侍女長が、笑顔で里帰りの許可を出してくれたわ。
噂では、第三王子トーマス様が何者かに殺されかけた……とか、第二王子、第四王子の母である第一側室ユリアーナ様は、息子の命を守るため皇太子にさせる気はないと宣言された……とか、王妃の傲慢で放漫な態度には呆れちゃった。
私は自分から国王の寵愛を求めなかったし、完全放置だったから被害は少なかったけど、毒を盛られたこともあったわよ。
でもね、我がレイム公爵家は、昔から男より女の方が根性も忍耐力も強く、何故か魔力量も多かったりするの。
東隣は常識も礼儀も知らない無法者が治めるホバーロフ王国だもの、中央で働く夫に代わり、領地を守って指揮を執るのは領主夫人の役目だから、強くなるのは当たり前よね。
魔獣とだって戦えないようでは、領主の娘として役立たずと言われてしまうわ。
それからルフナが5歳になった時、王様が毒に倒れ大騒ぎになったの。
義兄の話では王妃の仕業らしいけど、証拠が消されていて証明できなかったとか。
何をやっているのかしら? 殿方って……役に立たないわぁ。
王妃は次の国王は第一王子マロウだと主張し、起き上がれない国王に代わり、王妃とヘイズ侯爵派の力が増し国政は混乱するのよね。ハーッ・・・
そんなつまらない王宮生活は続き、いつの間にかルフナは、中級学校に入学する歳になったの。
私の唯一の楽しみといえば、ルフナから学校の様子を毎日聞くことと、王宮図書館の本を読むことくらいだったわ。
ルフナが夏休みの時はレイム領に里帰りし、町娘の格好をして町に買い物に出掛け、ストレスを発散したわね。
そんなこんなの退屈な日々が変わったのは、ルフナが王立高学院に入学してからだったわ。
月に二度しか帰ってこないけど、ルフナが話す高学院の話が面白くて、年甲斐もなく胸をワクワクさせちゃった。
中級学校で【麗しの三騎士】と呼ばれていたお友達に加えて、平民のアコル君という友達ができたらしく、そのアコル君の話に胸が躍ったの。
彼は平民ながら貴族に媚びることもなく、魔法部の教授の補助部屋で生活しているという変わり者で、入学試験は最高得点で首席合格したらしいの。
そして容姿は少年のようで見目麗しく、入学早々女子学生がアコル君応援隊を結成したとか。
グレーに銀色が混じる髪、銀色に近い瞳の色の持ち主で、学院一若くてお肌もスベスベだってルフナが言ってた。
……どんな子なのか会ってみたいわ。
……グレーに銀色が混じる髪と銀色に近い瞳……あれ? どこかで見たような。
ルフナの話の中心にはいつもアコル君が居て、アコル君のお陰で成績も飛躍的に伸びたと喜んでいたし、平民ながら高学院改革を学院長に提案した強者らしいの。
そしてドラゴンに襲われた町への救済活動や、執行部の設立、クラス替えにクラス対抗戦よ。
なんて心躍る話なのかしら。
魔法部の教授と魔法対決をして、Sランク冒険者として力でねじ伏せたとか、信じられない話ばかり。会ってみたいわ~。
……なんで私の高学院時代に、アコル君は居なかったのー!
執行部のメンバーを仕切っているのは、マリード侯爵家の息女で、他にもマギ公爵家の息女や、レイム領の伯爵家の兄妹もいるのだとか。
アコル君は身分や男女で差別することなく、完全実力主義なんですって。素敵!
そしてサナへ領の救済活動に行ったルフナから、衝撃の事実を聞いて驚いたわ。
なんと、アコル君はレイム公爵家の直系で、私と血が繋がっていたの。
……やったわ! アコル君、私は貴方の伯母よ。
……そうよ、グレーに銀色が混じる髪に銀色の瞳……まさにレイム公爵家の象徴じゃない。
でも喜んだのも束の間、サナへ領の救済活動中、サナへ侯爵やトーマス王子がアコル君にとった態度や、傷害事件の内容を聞いてキレたわ。
執行部のメンバーも王立高学院特別部隊のメンバーも、もちろんルフナもキレたらしいわ。
でもでも、アコル君がどうやって役人を懲らしめたのか、どうやって事件を解決したのかを聞いてスッキリしたわ。
ええもう、荒れ狂う暗黒の空が、いきなり青空に変わったくらいに。
そこからは、怒濤のごとく高学院にも王宮にも、嵐ならぬ神風が吹いたの。
アコル君はなんと、レイム公爵家の直系でもあり、王子でもあったの。
王家にとっては第七王子だけど、アコル君は伝説の【覇王】さまだった。
そして彼は、【覇王】以外の身分は要らないと宣言したのだという。
王子は嫌だけど、レイム公爵家の血族であることは否定されていないとか。
ああ良かった。本当に良かった。
……アコル様はルフナの弟で、私の甥。決して人前では言えないけれど、心の中で叫ぶのはありよね。
……私は貴方の伯母よ! フィナンシェ伯母様と呼んで欲しい!
覇王講座を受講した姉上と姪のナリスティア14歳は、覇王様の素晴らしさを沢山話してくれました。
講師の女子学生が素敵だったとか、キラキラ輝く妖精の話とか、それはもう楽しそうに話すのです。
……ちょっと、いえ、とても羨ましいです。
どうして私は側室なのでしょう・・・覇王講座を受講する名目がありません。
がっかりです。悲しいです。つまらないです。
でもとうとう、覇王様にお会いする機会が巡ってきました。
神様ありがとうございます。私は王様から謁見の許可を頂けたのです。
ですが、またまた王妃とマロウ王子がやらかしたのです。国王暗殺を。
結局、覇王様が全てを解決し、王様の命を救ってくださいました。
……覇王様、王様を健康にしてくださり、ありがとうございます。
……王妃を倒してくださりありがとうございます。マロウ王子を追放してくださりありがとうございます。
新しい王妃は、トーマス王子の母であり、マギ公爵の妹でもあるミルフィーユ様に決まりました。
私にも王妃の打診がありましたが、きっぱりとお断りしました。
とっても自由になった私は、ちょっとウキウキした日々を送っていますが、覇王様もルフナも、今は魔獣の大氾濫で大忙しです。
浮かれている場合ではありません。どうかケガをしないで、無事に帰ってきてねと祈る毎日です。
そんな日々を送っていたら、学院長の秘書から一通の手紙が届きました。
*****
側室フィナンシェ様
この度王立高学院の貴族部は、上級貴族部と一般貴族部に分かれることになりました。
つきましては、上級貴族部の教授、貴族部の部長教授として就任していただきたくお願い申し上げます。
フィナンシェ様を部長教授にと推薦されたのは、覇王アコル様です。
ルフナ王子からも、フィナンシェ様が働くことを希望されていると聞いています。
ぜひ、腐りきっている一般貴族部に鞭を打ち、本当の貴族の在り方をご教授ください。
*****
えっ、これはいったい・・・何かしら?
いたた、思わず自分の頬をつねってしまったわ。
これは奇跡かしら? 覇王様が私を必要としてくださったと?
本当に? 冗談だったどうしましょう?
これが悪戯だったら、殺す! 絶対に犯人を殺すわ。
「ようこそフィナンシェ様。無理なお願いをしてしまいました。
もしも引き受けていただければ、アコル様も喜ばれると思います。もちろん私もです」
笑顔で私を迎えてくださったのは学院長。年上だけど義理の弟でもあるわね。
学院長の執務室に案内された私の向かいには、副学院長が座っていて、学院長は執務机の方に座り、お二人とも妙に嬉しそうです。
「こちらこそ、ルフナがお世話になっています。働いたこともないわたくしに務まるかしら?」と、私はちょっと不安気な顔をして挨拶を返しました。
そこに、とても不機嫌な顔をした男性が3人ずかずかと入ってきました。
「新しい上級貴族部の教授が赴任されたと聞きましたが」
王族でもある学院長に向かって横柄な態度をとるのは、どうやら貴族部の教授のようです。
「ええヨーダミーテ教授、こちらの女性に貴族部部長をお願いする予定です」と、学院長は薄笑いで答えます。
「はあ? 女? しかも30代そこそこではありませんか!」
自分の名も名乗らない礼儀知らずな男は、私を睨みつけます。
……あら? 側室である私に対して、あまりにも不敬ではなくて?
……これが今の貴族部の実態なら、ルフナが言っていたように、レイム公爵家直伝の厳しさで指導が必要ですわね。
「はじめまして、貴族部の部長教授に就任する予定のフィナンシェですわ。
いつから貴族部では、名も名乗らず、来客を睨み付けるようになったのかしら?」
「な、なんだと、私はリベルノ男爵。私の母は王族出身だ。
貴族部の教授になりたいのなら、もう少し貴族らしい服装をするべきだな。
それでは準男爵家程度にしか見えないぞ」
王族出身の母? 貴方は男爵でしょう? 女と見るや見下すなんて驚きの腐りっぷりだわ。
ああ、成る程ね。手紙の追伸に書いてあった、私の身分は誰にも教えていないから、出来るだけ質素な服装でお越しくださいって、こういう現状を私に見せる為だったのね。
今日の私は、レイム領の町にお買い物に出る時の服装だし、お化粧も控え目。そして装飾品も質素……に見える物を選んでおいたわ。
まあ確かに、男爵程度ではお城のパーティーにも呼ばれないし、私は式典や正式行事に出席しなかったから、きっと私を見たことがないんだわ。
……あらやだ、楽しくなってきちゃったわ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
更新遅くなりました。