182 覇王と仲間たち(2)
執行部の女性陣が軽蔑したような視線を向けるが、ヨーダミーテ教授はそれを完全に無視した。
残念な学生や教師は、覇王の逆鱗に触れることなど怖くないようで、無礼街道まっしぐらを貫いているらしい。
ラリエスとボンテンクの視線が怖い。
しかも学院の外で、俺は覇王の先輩だと威張り、王立高学院の学生が魔獣を討伐しているから、安心して王都で暮らせるのだ。平民はもっと俺たちに感謝しろ!と、何故か大きな顔をしているというから驚きだ。
俺は無能を完全無視しているし、学院に居ることが少ないから、【覇気】を放つことも面倒で、放置していたことが裏目に出ているようだ。
「私も注意はしているのだが、学院長が罰則を与えないので、少し自由が過ぎたようだ。もう少し厳しく注意しよう」
貴族部の学生が怠け者で腐っているのは、正しい貴族の在り方を、貴族部の教師が理解していないからだと、言い訳するヨーダミーテ教授の言葉で俺は確信した。
彼の言い分だと、貴族部の女子が魔術師資格を取ることも、指導者として講義を受け持つことも、彼の思う貴族像ではないということだ。
「それなら貴族部で、【王立高学院特別部隊】に所属しておらず、【覇王講座】も手伝っていない怠け者の学生と教師に、覇王と学院長の連名で罰を与えよう。
今日以降無断外出をした学生は、学院内での制服着用を禁止し、一か月間体育着で生活することを罰として実行させる。
それから、学生の外出を見逃がした怠け者の教師は、強制的に救済活動に参加させる。
断れば・・・自らこの学院を去る決心をしたと判断する」
「怠け者? 教師にも罰を与えるのですか? はあ? 学院を去る?」
俺の言葉に眉を寄せ、納得できなかったヨーダミーテ教授が確認してきた。
貴族部の教師は、プライドだけは高いが優秀という訳ではない。
ヨーダミーテ教授も含め、貴族部の教授は俺を覇王だと頭の中で認めてはいても、平民上がりの王子とか、平民上がりの覇王……という感じで認識されている。
だから、表向きは覇王様と呼んでいても、決して敬う対象ではないのだ。
エイト曰く、時代の変化についてこれない古いタイプの貴族なんだとか。
「当然の罰則だろう」と、副学院長のマキアート教授は深く頷く。
「ちと生温い気もしますが」と特務部のパドロール教授は首を捻る。
「これ以上、学院の恥を曝すことは許せません!」とルフナ王子。
「そうだルフナ。あのような者たちを野放しにするなど、卒業された先輩方の顔に泥を塗ることにもなる。王族としても見逃すことなどできない!」
ルフナ王子に続き、リーマス王子がヨーダミーテ教授をチラリと睨みながら脅している。
俺の言葉には腹を立てるが、王子の言葉には顔色を悪くする。
「我が校の品位を落とす行為で、真面目な商学部の学生が迷惑するのはご免です。
貴族部の学生に誘われ出歩いた商学部の学生は、学院長の罰則などなくても三日間の停学処分にしましたよ。
貴族部の教師は、のんびりできて羨ましいですな」
覇王である俺が商学部に在籍しているので、商学部の教師たちは不真面目な学生に対し容赦しない。カモン教授は当然という顔で嫌味を言った。
停学になっているのは、就職で苦労する必要がない1年のイバレン(フロランタン商会の息子)と、デミル領の伯爵子息ダメニスの二人だ。
【王立高学院特別部隊】女子の隊服製作を入札で勝ち取ったフロランタン商会の商会長は、噂によると溺愛していたイバレンの小遣いを無しにしたとか・・・
ちなみに男子の隊服製作は、小さな仕立て屋に決まり、数軒の仕立て屋が協力し合って作っているそうだ。
「ヨーダミーテ教授の話では、学院長の私が罰則を作らなかったせいで、貴族部の学生が勝手な行動をとった……ということらしい。
それなら覇王様の提案に賛同しよう。
体育着で学院内をウロウロしていれば、学院の名を貶めた学生だと一目瞭然だ。
女子学生もいるようだから、体操着はさぞや屈辱だろう。
可愛い学生のために、貴族部の教師は毎日校門の前で番をするといい」
学院長は不機嫌な顔を隠さず、はっきり容赦なく罰則を決定した。
そして学院長は、貴族として当然の義務である民への貢献度と、今日までの成績を考慮し、【上級貴族部】と【一般貴族部】に貴族部を分けると言いだした。
【上級貴族部】の学生に限り、優秀なら2年間の修学で卒業を認めると即決した。
また、【上級貴族部】と【商学部】と【特務部】の学生は、卒業単位を取得し、年二回の魔術師試験のどちらかで、B級魔術師の資格を取れば、魔法部3年への編入を可能とし、魔法部の卒業資格も取れると付け加えた。
学院長の決定を聞き、執行部の女性陣がにっこりと美しく微笑んだ。
「あら、それなら私、1年延長して魔法部に編入し、魔法部の卒業生になりたいわ」
「あらミレーヌ様、奇遇ですわ。私も魔法部の卒業を目指しますわ」
「まあミレーヌ様、ノエル様、それではわたくしも2年で【上級貴族部】を卒業し、秋から皆様と一緒に魔法部に入りますわ」
「私もそうしますエリザーテさん!」
貴族部3年でトップを争う優秀なミレーヌ様、ノエル様、2年エリザーテ先輩とチェルシー先輩は、この秋から魔法部の学生になると宣言する。
1年のカイヤさんも、2年で【上級貴族部】の卒業と、魔法部3年への編入を目指すと言っている。
……これは、貴族部の卒業生として世に出るのを回避するためかな?
……王立高学院特別部隊の貴族部のメンバーも、そうするに違いない。
妖精と契約しているメンバーも多いから、きっと卒業までにA級一般魔法師を取得できるだろう。いいことだ。うんうん。
先月、エリザーテさん、スフレさん、トゥーリス先輩が妖精と契約したので、執行部は全員が妖精と契約できたことになる。本当に頼もしい仲間たちだ。
「新しい貴族部の部長には、【上級貴族部】の教授となる者がよろしいでしょう」と、商学部のカモン教授がダメ押しをした。
ここにきてようやく、貴族部のヨーダミーテ教授は自分の立ち位置と、貴族部の評価の低さを思い知った。同情してくれる者など誰もいない。
貴族部の教授が大きな顔をしていた時代なんて、とうの昔に終わっている。
……よし、新しい【上級貴族部】の教授に、リーマス王子を推薦しよう。
リーマス王子は、今年で薬師部を卒業する。
王族らしい発言をするようになったリーマス第五王子は、王子の中で最も厳しく辛辣なことを言う王子に成長……というか変貌している。
国王に言いたいことを言ったので、一層吹っ切れたと本人が言っていた。
薬師や助手も少しずつ育ってきたので、魔獣討伐現場に向かうのではなく、高学院でポーションを作りながら、後進の指導に全力を注いでもらおう。
翌日、久し振りに全学生が体育館に集められ、貴族部改革と卒業資格と就学期間の変更、魔法部への編入資格等の発表を学院長が行った。
貴族部3年は3分の2が、2年は半数が、1年は3分の1が【一般貴族部】へと格下げされた。
また【一般貴族部】は、初代覇王様が書かれた【建国記】を学び、卒業資格に【建国記】の6割を覚えることが義務付けられた。
留年はこれまでと同じで1年間しか認められない。
なんで学生は6割なのかと学院長に訊いたら、7割だと殆どの学生が卒業できないからだと答えが返ってきた。
そりゃまあ、500点満点の入学試験で、高位貴族家の者は100点以上とれば入学できたし、2・3年生は、無試験で合格できる時に入学しているから当然か。
そして、貴族部の教授や講師は、半年間で【建国記】の8割を覚えなければ、解雇すると通告された。
怠け者の学生は、自分が【上級貴族部】に選ばれなかったことが不服で、学院長に抗議したが、気に入らなければ自主退学すればいいとバッサリ斬り捨てられた。
貴族部の教授たちも納得できないと怒りを露わにしていたが、今はもう、力になってくれるヘイズ侯爵派の大臣や高官は城にいない。
時代は大きく変化している。派閥も、学院も、貴族としての在り方も。
それが呑み込めない者は、時代に置いて行かれるしかない。
貴族部改革発表の三日後、貴族部の3年生5人と、2年生3人が学院を抜け出した。
学院長は覇王と連名で、学院長の許可なく学院を抜け出した者に与える懲罰を発表していたが、所詮は脅しと甘く考えたのか、教師が怠けたのかは分からない。
門番から報告を受けた学院長は、直ぐに【一般貴族部】の全学生と教師を体育館に集めて、抜け出した学生の名前を調べ、昼休み前に掲示板で名前を公表した。
「あら、シャルミンさん、これから体育ですの? 体育着がお似合いですわね」
「本当ですわねミレーヌ様。取り巻きの皆さんも運動がお好きなのね」
翌日の朝食時間、ミレーヌ様とノエル様は、それはそれは美しく微笑みながら、屈辱で顔を歪めたサーシム侯爵令嬢シャルミンさんに声を掛けた。
懲罰を甘く考えていた侯爵令嬢や伯爵家のバカボンたちは、これから1ヶ月の間、学院長秘書アークスさんの監視下で、貴族部の教授たちと一緒に【建国記】の猛勉強をすることになった。
学院長の懲罰が気に入らなかったシャルミンさんが、父親であるサーシム侯爵に泣きついたらしいが、学院で問題を起こすことも、王立高学院特別部隊に失礼な態度をとることも、絶対に許さないと激怒されたらしい。
サーシム侯爵 殿
在学中の息女は、サーシム領の民のため懸命に尽くした王立高学院特別部隊に向かって、サーシム領の役人は優秀だから、救済や救援なんて必要なかったと公言していた。
それはサーシム侯爵も同じ考えと受け取った方がいいのだろうか?
そうであるなら、覇王軍も王立高学院特別部隊も、命を懸けてまでサーシム領に行くことは今後二度とないだろう。 【 覇王 アコル 】
という内容の文章を、俺は親切心からサーシム侯爵宛に届けさせておいた。
……俺は自分がバカにされるのは構わない。でも、仲間が不当な扱いを受けるのは許さない主義だ。
* * * * *
久し振りの空き時間を無駄にする訳にもいかないので、いつものメンバーを執務室に呼び出した。
いつものメンバーとは、冒険者ギルド王都支部と商業ギルド本部の、ギルマスかサブギルマス、そして俺の側近でもあるワイコリーム公爵と、王立高学院特別部隊の顧問でもあり、一般軍の大臣でもあるハシム殿だ。
先日、俺のマジックバッグを受け取っていた冒険者と、魔獣討伐専門部隊の兵士が、魔獣討伐中に亡くなったとの報告を受けた。
死者の家族にこれからマジックバッグを渡すのだが、ただ渡すだけでいいのかと疑問を感じ、皆の意見を求めることにした。
俺が思っている以上に価値があるらしく、マジックバッグを欲する貴族や商人たちが、直接売ってくれと冒険者に金貨をちらつかせたり、兵士から脅し取ろうとする事案が発生しているとの情報が入ってきた。
「マジックバッグを受け取った者は、冒険者ギルドや魔獣討伐専門部隊に事前登録し、亡くなった場合は遺族に受け取らせると決まっている。
しかし、強欲な商人や貴族が情報を知れば、二束三文で脅し取られてしまう可能性がある。どうするべきだろう?」
俺はいつものメンバーに向かって、困った顔で訊いてみた。
「商業ギルドが全て買い取り、遺族に渡せばいいでしょう」と、自信満々で商業ギルドのギルマスが答える。
「いや、冒険者ギルドでも買い取るぞ」と、冒険者ギルドのギルマスも負けてはいない。
「しかし、突然大金を受け取った遺族が、危険な目に遭う可能性が高くなる」と、俺はマジックバッグの行方ではなく、残された遺族の安全や生活の心配をする。
そこから様々な意見が出されたが、二つの意見が有力候補になった。
ひとつは、家や土地を商業ギルドが買い、遺族に好きな物件を選ばせるという方法。
元々商業ギルドは、不動産を数多く所有しており、地方では仲介の仕事もしている。
お金ではなく不動産として遺せば、第三者が介入するのは難しくなる。
もう一つは、マジックバックを第三者に貸し出し、貸し賃を毎月遺族に支払うという方法。
この場合は、商業ギルドが借主を探し、借主は商業ギルドに借り賃の支払いをする。
商業ギルドは、一定の手数料を取って遺族に支払いをする。
ただし、マジックバックが何年使えるのか分からない点と、借主が丁寧に扱うかどうか分からないという点が問題になった。
「じゃあ、俺が新たに商売を始めればいい」
俺はエイトが言っていたマジックバックを使った、運送屋の話を思い出しにやりと笑った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。