181 覇王と仲間たち(1)
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5月に入って、魔獣の動きが活発になってきた。
懸念したサーシム領のリドミウムの森は、3月の討伐以来、氾濫は起こっていない。
しかし、正体不明の変異種に追われた魔獣が、龍山、セイロン山、バルバ山(ワイコリーム領)、アホール山(ワートン領とレイム領とアッサム帝国の境)から下山してきて、近隣の村や町を襲い始めた。
規模こそ30頭前後だが、平民では倒すことができないから、覇王講座で新しい攻撃魔法を学んだ冒険者たちが、主要な山の麓の冒険者ギルドで常時待機し、戦うか逃げるかを判断してくれる。
また王命により、全ての国民は魔獣の氾濫に備え逃げる準備をしたり、村や町ごとに避難場所の設置が義務付けられた。
小規模氾濫は各領地や冒険者ギルドに対応を任せ、多数の上級魔獣や変異種が下山し、応援依頼があった場合のみ【覇王軍】は駆け付ける。
このように素早い連携が可能になったのは、城の立ち入り禁止書庫に入り、魔力量が210と桁違いに多い、能力の高い男性の妖精と契約できたからだ。
俺の付けた名は《ロルフ》で、古代語で英知という意味だ。
ロルフは男の子……というより男性といった方が相応しい、落ち着きと貫禄のある妖精だった。
大きさは、人の子供に近い1メートルくらいの大きさにも、エクレアと同じくらいの大きさにもなれた。
濃い緑色の生地に、緑以外の6色の花弁が散りばめられたような服を着ていて、髪の毛も6色で腰まで伸びている。
俺と契約したら、くすんでいた服の花も髪の毛も、鮮やかな色へと変化した。
初代覇王様が作られた【英知の書】という革で作られた魔術書に宿っていて、千年振りに魔術書から解放され、俺との契約を了承してくれた。
【英知の書】は、自力で魔力量が200を越えている者でないと開くことができなかったので、その存在さえ知られていなかった。
その【英知の書】に書いてあることは、ロルフの頭の中に全て入っており、まさに古代の英知を知る大賢者のような妖精だった。
遠い領地との連絡は、通信鳥を使っても二日~三日は必要で、この現状をどうにかできないものかと呟いていたら、ロルフが現れ、初代覇王の時代には通信機なる魔術道具があったと教えてくれた。
俺は学院長、マキアート教授、カルタック教授を連れて、直ぐに城の地下にある宝物庫に突入し、実物がないか探した。
宝物庫には特殊な魔法陣が仕掛けられており、それを見付けたカルタック教授が、妖精のゴールド君の魔力を借りて解除した。
すると、宝物庫から下に伸びる階段が現れ、階段を少し下ると、これぞ古代の宝物!という部屋に辿り着いた。
そこには初代覇王時代に使われていた魔術具が、所狭しと並べられていた。
「なんてことだ! 私は今心臓が止まっても本望だ」とマキアート教授は感動の涙を流し、俺にありがとうございますと何度も何度も礼を言った。
「これは・・・夢? いや、この古代の遺産を使えるようにすることこそが、私に与えられた使命!
そして、この魔術具を使って魔獣の大氾濫に勝利することが、初代覇王様の望みなのだー!」
恍惚とした表情で魔術具を見て叫んだカルタック教授は、どうやら自分の生きる道を見付けたようだ。
現在魔術具の研究は殆どされておらず、覇王時代に作られた魔術具は作り方が不明で、修理や復元だって不可能だと言われている。
研究が大好きな二人は、暫く城に泊まり込み、毎日研究漬けの日々を送ることになりそうだ。
そして数日後、通信機がまだ使えると判明し、起動するのに必要な大きな魔石を別の宝物庫から取ってきて、7つあった内の5つを完全復活させた。
通信機の基となる大きな魔術具を俺の執務室に移動し、距離のあるワートン領、サーシム領、マリード領、そして危険度の高いマギ領とデミル領の領都にある冒険者ギルドに、対となる魔術具を設置した。
これにより、魔獣氾濫の知らせを受けた冒険者ギルドのギルマスから、1日程度で連絡を受けることができるようになった。
……初代覇王様と、あの時代の技術者に敬意と感謝を贈ろう。
……魔力と技術の衰退を予言されていたからこそ、こうして厳重に魔法陣で守りながら、この国の民のために魔術具を遺してくださったのだ。ありがたい。
そして現在は、王都から遠いアホール山にも、僅か1日で駆け付けることが可能になっている。
俺とラリエスは、光のドラゴンの力を借りて、空から駆け付け討伐している。
背に乗るのは無理だったので、高さ1メートルの木の箱に格子を付け、光のドラゴンの足首に装着し、座った姿勢で移動している。
見た目は美しくないが、外の様子が見えて風の影響が少なければ問題ない。
見かねた商業ギルド本部が、職人を集めて豪華な?ものを作ってくれているらしい。
もちろん国中に、光のドラゴンは覇王様と側近が従えている契約魔獣だと公布してあるが、初めて城の演習場に光のドラゴンで降り立った時は大変だった。
どれだけ光のドラゴンが味方だと知らしめていても、恐怖から大混乱になった。
……王都に住む平民は手を振って歓迎してくれたのに、城で働く者は全くもって肝が小さい。
話は遡るが、城で国王に会ってから、俺はラリエスとエイトの助言通り、覇気により倒れ伏した王宮で働く者を、強制的に覇王講座に出席させた。
それと同時に、一般軍と一般魔法省で働く者を、有無を言わさず強制的に参加させ根性を叩き直した。
マリード侯爵子息のハシム殿率いる新生一般軍の兵士と、トーマス王子率いる新生一般魔法省の魔術師及び魔法師たちは、王宮や上級地区だけを守ればよかった頃と違い、魔獣と戦う気概のない者は、王命によりあっさり首を切られた。
先日からヘイズ領と王都の境にあるライバンの森で、一般軍と一般魔法省は、合同訓練の一環として魔獣討伐を開始している。
国王と国務大臣は、覇王の前で平伏した者について、大臣だろうが副大臣だろうが、領主の息子だろうが、一切の容赦なしで厳しく、懲罰として覇王講座受講を命じた。
俺だって鬼じゃないから、王命とは別に、覇王に反意有りとして爵位や仕事を捨てるか、覇王講座の受講をするか、どちらかを選択する自由?を与えたさ。
他の選択肢として罰金も考えたが、今必要なのは戦力だと考え諦めた。
魔力量が50以上の者は、レベルアップした魔法攻撃講座を受講させた。
教師役を担当したのは【王立高学院特別部隊】入りを目指す学生たちだった。
特に3年の魔法部と2年の特務部の学生は、卒業後の進路が懸かっているので、自分を認めてもらうためにも力を入れて頑張った。
王立高学院特別部隊に入ると、金貨80枚以上の価値があるマジックバッグが支給され、5回以上出動したらタダで貰えるという噂が広がり、目の色を変えて励みだしたのだとボンテンク先輩が言っていた。
同じ理由で、魔法攻撃講座を受けにきた高ランク冒険者たちも、あっという間に強い攻撃魔法や魔法陣を覚え、試験に合格し、所属するギルドや俺が指定した危険地域で活躍してくれている。
魔力量が少なく明らかに事務方向きの者には、危機管理指導講座を受けさせた。
危機管理指導講座は、王立高学院特別部隊のメンバーと商学部の教授や学生が、前回は甘すぎたと奮起し、卒業資格試験を設定し気合を入れてくれた。
中には、本当に高学院を卒業したのかと首を捻るレベルの事務職員が多数いて、調べたら領主や大臣、ヘイズ侯爵派の高官の口利きで採用された者たちだった。
覇王講座のレベルについてこれず、不合格認定され恥をかく前に、その者らは自ら王宮勤務を辞めていった。
その結果、5月末には30人を超える事務職員が自主退職し、新卒採用の求人が大量に出るとの噂で、商学部や貴族部の学生が大喜びした。
王宮各部署の上官からは、真面目に働かず仕事もできず、ヘイズ侯爵派だからと大きな顔で高給を取っていた無能を、辞めさせることができたと感謝された。
真面目に働いていた事務職員たちは仕事の効率が上がり、完全実力主義を謳う覇王を尊敬し、自ら希望して覇王講座を受講する者も現れた。
ああそうそう、マロウ王子の側近や側近候補だった者たちは、覇王講座の受講をせずに、全員が職を辞して王宮から去ったという。
王妃が毒で死亡し、マロウ王子が平民となり王宮から追放された二日後、王妃やマロウ王子に仕えていた者たちの余罪追及が始まるとレイム公爵が噂を流した。
その結果、30人くらいが逃げるようにして辞めていったと、笑いながらワイコリーム公爵が言っていた。
財務大臣のレイム公爵は、事務職員や侍女やメイドの大量退職者発生に、人件費の削減ができたと大喜びだったとか……
そんなに退職者が出たら困るのでは? とちょっと心配したが、全く問題なかったという。
どんだけ無駄な人員を雇っていたのだろうか・・・?
* * * * *
6月の後半、久し振りに執行部役員全員が学院に戻ったので、各学部の部長教授、執行部役員、副学長を招集し、学院長が緊急会議を行った。
「講義の通常再開は厳しいと思いますが、単位取得のための試験はどうしますか?」
会議の冒頭、学院長が疲れた顔をして相談というか質問というか、確認をしてきた。
まああれだ、王立高学院は現在、一部の教師や学生を除き、一丸となって王宮や各領地で働く役人と、冒険者の能力向上のために覇王講座を続けている。
【覇王軍】も【王立高学院特別部隊】も度々出動していたので、学院で普通の講義ができなくなっていたのだ。
「魔獣の氾濫は始まったばかり。まだ数年は続く可能性が高いでしょう。
通常の講義を続けるのは無理だし、今は少しでも多くの国民を救うことに尽力すべきです。
確かに高学院で学ぶ授業も大事ですが、我々はそれ以上に重要なことを学んでいる最中です」
俺の側近であるラリエスが立ち上がり、真面目な顔をして意見を言う。
「魔法部に関して言うなら、講義で学ぶ以上のことを既に全員が学び終えている。
8月の魔術師資格取得試験では、1年生を含めて全員がB級一般魔術師以上の資格を取得するだろう。
よって、魔法部では規定通り、B級魔術師資格を取得したら卒業単位を与えたいと思う」
新しく魔法部の部長に就任したカルタック教授は、堂々と胸を張って宣言した。
「商学部についても同じです。
危機管理指導講座を担当するようになり、学生のレベルは格段に上がりました。
学院で学ぶ以上のことを学び、実践的な活動もしているので、1年生の一部の学生を除き、全員に卒業単位を与えてもいいと思っています」
商学部のカモン教授も、胸を張って宣言した。
「特務部も同じです。
恐らく開校以来の高評価で卒業を認めることが可能です。
1年生も含めて全員が今日卒業しても大丈夫ですが、まだ数人の学生がC級魔術師の資格を取っていません。
規定のBランク冒険者レベルの攻撃魔法2つは、全員が使えるようになりました」
特務部のパドロール教授も、極上の笑顔で答えた。
「えーっ、貴族部は本来、貴族としての常識やマナー、教養を身につけるための学部です。
しかしながら、女子学生はマナーや教養より、C級魔術師を目指し、覇王講座の危機管理指導講座で指導者の仕事をさせられています。
男子学生は貴族らしく頑張ってはいるのですが、規定のC級魔術師資格が取れていない学生の方が多いでしょう。
必須科目のレポート提出で、合格点に届いていない者がまだ4分の1程度います」
貴族部のヨーダミーテ教授は、額の汗を拭きながらも、C級魔術師の資格を取ることに対し不満気で、女子が活躍することを面白く思っていないようだ。
「そう言えば、一部の貴族部男子が、俺は覇王様の学友なんだと自慢し、街に出て女性と遊び惚けていると聞きましたわ。
講義が休みだからといって、何故外出可能な休暇でもないのに、出歩いているのでしょう?」
学院の女子を引っ張っている【王立高学院特別部隊】の隊長ノエル様が、呆れるというか怒りの感情を隠すことなく教授に詰問する。
「嫌だわ。あんな方たちと同じ学部の学生だと思われるなんて。
真面目に勉強も魔法も学ばない学生が貴族部だと認識されるのは心外です。
あの方たちには他の学部の名前を使っていただきたいですわ」
「そうですわねミレーヌ様。救済活動をはしたない……とか、貴族が汗を流して働くなど下品……だなんて言いやがる……あら、失礼しました。
戯言を並べる無能な方々と、一緒に学ぶのも苦痛ですわ。
いっそのこと一般部なんてどうかしら?」
危機管理指導講座を学びにくる無能な上級役人の多さに、少々キレ気味のカイヤさんは、最近言葉遣いが乱れることが増えた。
相当にストレスが溜まっているようで、なんだか申し訳ない。
サーシム領で救済活動を頑張った貴族部1年のカイヤさんは、サーシム侯爵令嬢のシャルミンさんから、エプロン姿がお似合いね……とか、サーシム領の者は優秀だから、王立高学院特別部隊なんて必要なかったのに……という暴言を吐かれたらしく激おこ中だ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




