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キャラ交換で大商人を目指します  作者: 杵築しゅん
秘書見習い

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18 盗難事件

 いつも通りに朝のお茶を準備していると、仲良くなった庶務課のベニエさんが、小さな声で今朝の騒動の話を教えてくれた。


「昨日寮で盗難事件があったみたいなの。マジョラムさんの部屋から財布の入った袋が無くなったらしくて、今、警備部の責任者が事情を聴いているんですって」


「えっ、寮に泥棒ですか? でも、関係者以外が本店の寮に侵入するのは相当難しいですよね?」


「ええ、それでマジョラムさんと同室のニコラシカさんが、内部の者の犯行じゃないかと疑っているらしいわ」


「ニコラシカさんて、確か銀食器部の方ですよね?」


俺は寮の先輩方の顔を思い出しながらベニエさんに質問した。


 ベニエさんによると、被害にあったマジョラムさんは不動産部で働く21歳。王都の騎士爵家の次男で、王立高学院の商業部を首席で卒業したエリート商会員。礼儀正しく威張ったところもなく物腰柔らかな上に、上司からも信頼され女性商会員にも優しい人だとか。


 同室のニコラシカさんは銀食器部で働く22歳。ヘイズ領の男爵家の三男で、ヘイズ領の高学院を卒業し、ヘイズ侯爵家の推薦で商会員になった。同じヘイズ領出身の銀食器部の部長に贔屓され、態度は横柄で女性商会員をメイド扱いする嫌な奴なんだとか。


 ベニエさんが言うには、銀食器部の部長オーロ46歳は、前回の会頭指名の時、自分が会頭になると思っていたのになれなかったので、レイモンド会頭を敵視し度々衝突しているのだという。


 ……それでお茶が不味いとか熱いとか文句を言って、度々淹れ変えさせられたりするのかぁ……「会頭は本店を子供の遊び場だと思っているようだ」って嫌味を言ってたし。


 それにしても、こんなに警備がしっかりした本店に部外者が侵入するのは難しいはずだ。内部犯だとすれば、同室者が真っ先に疑われるところだろうけど、今回はその同室者が内部犯だと疑っているらしい。お金って、いくらくらい無くなったんだろう?



 昼食時間(午前11時半から午後1時まで)、いつものように幹部の皆さんにお茶を出していると、警備部の隊長から呼び出しがきた。寮の盗難事件について、寮に住んでいる者は食堂に集合するようにと。


 食堂に到着すると、一斉に先輩方の厳しい視線が俺に向けられた。

 あれ? 朝食の時とは随分感じが違うけど、どうしたんだろう?


「アコルくん。君は昨日の昼食後、寮に戻ったそうだな?」


「はい、私は午後から自室で仕事をするので、寮に戻りました」


「君の部屋は二階のはずだが、君が三階の窓を閉めているのを見た者がいる」


「はい、部屋のドアに、雨が降りそうだから三階の窓を閉めてくれと、貼り紙がしてあったので」


「貼り紙?」


 これはもしかして尋問? 俺が犯人だと疑われているのだろうか?

 警備部の隊長は、貼り紙という言葉に眉を寄せ、困ったような顔をして俺を見た。


 目の前の隊長さんは、会頭一行が王都に戻る途中で、ボアウルフに襲われた時に同行していたので面識があった。でも、あの時に俺が助けに入ったことは極秘になっている。だから隊長さんは、俺を初対面の人間として扱っているのだろう。


「その貼り紙はどうしたのかね?」


「はい、三階の窓を閉めて戻った時には、何故か無くなっていました」


 ……ああ、そういうことか。

 ……あれは罠だったんだ。誰かが俺を犯人にして追い出そうとしている?


「何かあったんですか?」と、俺は何も知らないふりをして質問する。


「ああ、寮で現金の入った袋が盗まれた」と言って、隊長は大きな溜息を吐いた。


「私が本店に来て5年目になるが、これまでこんな事件が起きたことなどなかった」


 俺は怒っているんだという顔をして、一人の先輩が話に割って入ってきた。


 先程ベニエさんの話に出ていた反会頭派で、銀食器部のニコラシカさんだ。如何にも貴族のボンボンですって感じで、少し華美なデザインのシャツを着て、小さな俺を見下すように睨み付けてきた。


「困るんだよな。こんなことをされたら同室者の私が疑われることになる」


「現金が盗まれたって……それは昨日のことなんですか?」


「ああそうだ。盗まれたのは昨日の午後だ。寮にはお前しか居なかった」


 俺は隊長さんに向かって質問したのにニコラシカさんが答えて、俺が犯人だと確定したかのように追い詰めようとする。


「こんな手癖の悪い子供を本店で働かせるとは、会頭はいったい何を考えておられるのだ」


 今は窃盗事件の状況確認をしているはずなのに、ニコラシカさんは会頭の責任を語りだす。


 ……う~ん、やっぱり目的は会頭かぁ・・・


「まあ待て、なんの証拠もないのにアコルを犯人だと断定することはできない。ニコラシカさんは、アコルが盗むところでも目撃されたのですか?」


「はっ? 警備隊長、目撃はしていないが他の者が犯人とは考えられないだろう。他の者は寮に居なかったのだから、誰が考えてもアコルが犯人だ。さあアコル、さっさと白状しろ!」


「白状も何も、私は盗んだ覚えはありません。

 大商会であるモンブラン商会は、高学院を卒業したエリートの方が多く、知的で尊敬できる方ばかりだと思っていたのですが……とても残念です。


 現時点では何の物証も目撃証言もないのに、可能性だけで10歳の子供を犯人だと決めつけ、憎しみの籠った瞳で睨み付けるとは……

 それが大商会のやり方であるなら、私は自分の認識を改めねばなりません」


 俺は心底悲しい、残念だという視線を皆さんに向けてから、ゆっくりと下を向いた。

 俺の言葉を聞いた先輩方は、少しばかり冷静な判断力が戻ったのか、うっ……とバツが悪そうに俺から視線を逸らしていく。


「いや、我々は、まだ君を犯人だと断定したわけではない。私は今回盗難に遭ったマジョラムだ。私のクローゼットには鍵がかかっていた。だから君が簡単に開錠できるとは思えない。だが、君は夕方本店を出て買い物に行ったそうだな」


「はい、冒険者ギルドに行きました。・・・もしかして、それを目撃したのも、私が三階の窓を閉めていたと証言したのも、ニコラシカさんですか?」


 俺は目の前にやって来たマジョラムさんと、警備隊長、そしてその場に居た全員に確認するようぐるりと視線を移動する。すると皆の視線がニコラシカさんに向く。


「うるさい! 偶然目撃しただけだ。都合が悪くなったからと言って、私に難癖をつける気か! 買い物に出たのは事実だろう!」


「はいそうです。買い物に出たから犯人なんですか?」


「はあ? 盗んだ金を使って買い物をした。それで充分だろう」


 ニコラシカという人は、どうやらあまり頭の良くない……いや、論戦が得意な人ではなさそうだ。


「何をいくらで買ったのか確認しなくていいんですか? 盗まれた金額がいくらなのか知りませんが、私の買い物が小銀貨1枚程度だったら、自分が持っていたお金で払う可能性がありますよね?」


「うるさい! お前の部屋を調べれば全てはっきりする。警備隊長、これからアコルの部屋を隅々まで探してくれ。きっと買った物や盗んだ袋が見付かるはずだ」


「警備隊長、すみませんが、至急冒険者ギルドに使いを送ってください。盗んだ金で買い物をした疑いがあるので、何をいくらで買ったのか証言して欲しいと頼んでください。より正確な情報を得られると思います」


「分かった。直ぐに使いを送り、これから君の部屋を調査しよう。部下を連れてくるから、君は、いや、寮で暮らす者は全員この場から動かないように」


 警備隊長は全員を強く睨んで、この場を離れること、誰かに会うことも禁止した。守らねば犯人と見なすとはっきりと告げてから踵を返した。

 警備隊長が去った途端、ニコラシカさんは勝ち誇ったような顔をして、俺の顔に自分の顔を近付けてニヤリと顔を歪め笑った。


「そもそも、中級学校さえ出ていない平民ごときを、本店で働かせることが間違っているんだ。早く本性を現してくれて良かった。これ以上被害が広がる前でな」


「随分と余裕がないのですね」と言って、俺はニコラシカさんの顔を見てクスッと笑った。


「生意気なガキが!!」と叫んで、いきなりニコラシカさんの右手が、俺の頬を打った。


 バシン!と大きな音がして、俺は吹っ飛ぶようにして倒れた。


「やめろニコラシカ!」


「無抵抗の子供に手を上げるなんて、冷静になれ!」


 鬼の形相で鼻息の荒いニコラシカさんは、殴り足らなそうに俺の腕を掴もうとして、回りの先輩方に取り押さえられる。


「痛たた・・・これが本店の遣り方なんですね。

 気に入らなければ暴力をふるい、罪も確定していない後輩を平手打ちする。


 私は支店で勉強していた時、大商会で働く者としてプライドを持ち、貴族や平民の区別なく、お客様に接する心を大事にするようにと学びましたが、本当は違うのですね。

 モンブラン商会のエリートは、平民だと思われる人間には暴力を持って接する。そういう認識でよろしいのでしょうか先輩方?」


「それは違う! そんな間違った認識を持つのはやめてくれ」


「そうだ、ニコラシカが特殊なのだ。彼は冷静さを欠いただけだ」


「ニコラシカ、私は寮長として君の行いを人事部に報告する。アコルが犯人であっても、暴力を振るったことは間違っている」


 椅子に座っていた数名の先輩が、立ち上がって俺の問いに答えてくれた。

 いや、そんなこと分かってますが、今は時間稼ぎと皆の冷静さを失わせないことが大切なので、俺は頬を摩りながら「考えさせてください」とだけ答えておく。


 冒険者ギルドの人が来たら、盗んだお金で買い物をしたのではないと証明してくれる。だから、後は自分の部屋からお金入りの袋が発見されても構わない。

 待っている間に昼食を済ませなければ、ご飯を食べ損ねてしまうと気付いた俺は、急いで昼食を食べ始めた。


「こんな時に、よく飯が食えるな」とか「どういう神経をしてるんだ?」って声が聞こえてくるけど、この茶番劇の終演を想像してちょっと楽しくなった。


 こういうケンカは、感情的になったら負けだ。

 売られたケンカを買う気もないけど、買わなければ会頭に迷惑が及ぶ。それは避けたい。だったら勝つしかない。


 無実の者が勝つという甘い考えは持っていない。身分の差がある以上、理不尽が罷り通る世界なんだから、確たる証拠がなければ勝つことなんて夢のまた夢。


 勝ったとしても、その後の面倒の方が大きい可能性もある。

 だから証拠や証人は多いほどいい。敵が集団心理を利用するなら、こちらも同じ手を使わせていただこう。


 大好きな鳥の香草焼きなのに、5分で食べたからゆっくり味わえなかった。

 食器を急いで片付けて、俺は被害者であるマジョラムさんの側に近付き、小さな声で確認とお願いをした。

 マジョラムさんは一瞬驚いた顔をしたが「分かった」と小さな声で応えてくれた。



 食堂の窓の外を見ると、警備隊長と警備員が二人、そして人事部長のマルクさん、被害者マジョラムさんの上司である不動産部の部長の計五人が、食堂に向かって歩いてくるのが見えた。

 大きく息を吐いて、俺は戦う覚悟を決める。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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