178 王宮の闇(7)
◇◇ アルファス国王 ◇◇
*** 会議室の様子 ***
暫くの静寂の後、カチャリとカップを置く音がした。
「もちろん私は、王である兄上に助かって欲しいと思います」
……この落ち着いた声は、学院長をしているモーマットだな。
「私も、叶うなら父上に助かって欲しいです」
……第六王子の声はよく通るな。良かった。ルフナは私の生を望んでくれた。
……ん? 第二王子ロと第三王子はどうした?
音声だけでは皆の表情が分からないから、どう思っているのか探りようがない。
私が居ない場だからこそ、皆が本心を言えるのだと思うと落ち着かない。
「馬鹿らしい、助かるか助からないかは神のみぞ知ることだ」
……これはデミル公爵か。相変わらず不遜な態度だ。お前は助けたいとは言わないのだな・・・
「助けたいに決まっているだろう! と、皆さんは怒らないのですね」
覇王様は、怒ったような口振りで言ってから、「成る程」と何かを納得したように呟かれた。
それにしても、何故他の者は何も言わないのだ?
助けるべきだと思っていたら、直ぐにそう言えるはずだ。何故そう言ってくれないのだ?
まさか、助ける必要が無いと思っているのか?
そこまで私は駄目な王だったと? 悪い方に考えたくないが疑心が頭を過る。
「もしも国王が助かったら、マロウ王子は国王には成れませんね。
それでも助かって欲しいと思いますか?
それとも、既に次期国王に指名されたのだから、助かっても国王になりますか?」
「フン! お前のような捨て子の問いになど答える必要はないが、父上はずっと病で苦しんでこられた。
王としての重責もご負担のようだった。だから私は、もうこれ以上苦しんで欲しくない」
……マロウ、覇王様に対して何という口の利き方をする! 捨て子だと?
きっと会議室に居る者は全員、お前が犯人だと思っているだろう。
何故それに気付かない! 白々しい言葉を並べるな!
私は以後、勝手に会議に出たら廃嫡にすると宣言したはずだぞ!
「ほう、優しいマロウ王子は、助からない方が、国王にとってよいと思っているってことですか?」
……覇王様はマロウが犯人だと分かっていて、わざと皆の前で質問されている。
「第七王子、いや、王様から王子だと断定されてもいないお前が、国王の命について問うなど、王宮の作法も貴族の常識も知らない者が何を言う!
あまりに非常識な問いだから、他の領主たちは返事を返さないのだ。
サナへ侯爵は先程、お前が王にポーションを飲ませたと言っていたが、王の侍医の許可は取ったのだろうな?
薬師でも医師でもないお前が飲ませたポーションで、もしも王の容態が悪化したらどうするのだ?」
……なんと、シーブルは覇王様に向かって第七王子だと言っているのか? しかもお前? 私が王子だと断定していないからその態度だというのか?
「覇王様に対しその物言いはどうなのでしょうシーブル様?
私はこの目で、覇王様のポーションを飲んだ王様の呼吸が楽になったのを確認していますよ」
……ん? 私は既に覇王様のポーションを飲んでいたのか?
「構いませんよワイコリーム公爵。
先程シーブル殿は、国王が私を覇王と認めたら礼を尽くすと言われた。
それが今の王族の、この国の貴族の常識なのでしょう?
王様のこれまでの態度で、マロウ王子もデミル公爵も、私を覇王だと認めていないのですから」
……私の態度のせいで、シーブルやマロウやデミル公爵がこんな無礼な態度を?
……それにしても、覇王様を尊敬していたマリード侯爵やマギ公爵は、何故黙っているのだ? 覇王様と関わりの深いモーマットやトーマスやルフナは、どうして反論しない?
*** 国王の寝室 ***
「覇王様は、この部屋の前で宰相や第二王子の侵入を拒んでいた王妃や、大勢の侍女やマロウ王子の側近に覇気を放ち、気絶させてこの部屋に入られました。
そして、とても王様の容態を心配しているようには見えず、優雅にお茶を飲んでいたシーブル様とマロウ王子にも覇気を放たれ、息が止まる寸前の王様に、ポーション【天の恵み】をお与えになりました」
ポーションについて疑問に思っていた私に、ワイコリーム公爵家のラリエス君が答えてくれた。
王妃やマロウは、私が死んだと確認されるまで、宰相たちの侵入を拒んでいたのだな。
ん? そう言えばシーブルは何故マロウと一緒に居たのだ?
『今回、シーブルを国王にするため毒を用意したのはワートン公爵。
ワインに毒を入れたのは王妃。そしてその毒を飲ませたのはマロウよ。
でも、シーブルと王妃は共謀した訳じゃないわ。
覇王様は全てをご存じだけど、それを決して仰らないわ。
だから国王も、全てを企んだのがシーブルだと、気付いていない振りをしてね。
覇王様の命令よ』
覇王様の契約妖精エクレア様が姿を現し、信じられないことを言われた。
全てを企んだのはシーブル? 確かにトーマスや宰相は、シーブルに注意するよう言っていた気がするが、そんな馬鹿なと笑って、私は信じようとしなかった。
なんと愚かな・・・私は何を聞いていたんだ?
いや違う、何も聞きたくなかったし、見たくなかったのだ。
*** 会議室の様子 ***
「それでは質問を変えましょう。
もしも国王がこのまま亡くなったら、誰が次期国王になるべきだと思いますか?
そして次期国王を決めるより急いで決めなければならない、次期ヘイズ領の領主は、誰が相応しいと思いますか?」
……覇王様は、何を言われても冷静だ。一見、シーブルやマロウの言うこと肯定し聞き入れているように感じるが、自分のペースを全く崩されていない。
「だから、何故お前はそうやって仕切ろうとするんだぁ?」
「何故……ですかデミル公爵?
だって、もしかして、奇跡が起きて国王が回復し、私を覇王だと認めるかも知れないじゃないですか。
まだ認められていないけど、違うと言われたわけでもない。
そもそも、此処にいる10人の中で、私を覇王だと認めていないのは、デミル公爵とシーブル殿、マロウ王子だけです。
領主は国王にはなれない。そうであるなら、国王になれるのは王子と、王の弟ということになる。
マロウ王子とシーブル殿が新国王にならなければ、私はこのまま覇王としてこの国に君臨できる。
まあ、どの道レイム公爵が帰ってこなければ、新国王を決めることはできないでしょう?
そうですよねワイコリーム公爵? 違いますかマギ公爵?」
「間違いありません覇王様」と、ワイコリーム公爵が答える。
「これまで考えていなかったが、確かに、シーブル殿も次期国王候補だな」と、デミル公爵はちょっと意外そうに答える。
「シーブル叔父上が国王候補だと? そんなこと有り得ない。
成人している王子が居るのだから、王弟が国王に成れるはずがない!」
……はあぁ……最悪だ。マロウがこれ程に無知だとは・・・きっと王妃も同じように無知だったのだ。
「いいえ、王様が出された次期国王の条件は、A級一般魔法師の資格を取得した者だったはずです。
確かに、5年以内にその条件を満たした王子の中から皇太子を選ぶと公布されましたが、それは皇太子に成るための条件に過ぎません。
王となる者は、現王の子供、又は現王の兄弟だと法律で決まっています。
マロウ王子はご存知ないようだが、一度国王が公布された後継者の条件を変更するには、国王自身が新たな条件を公布されるか、全領主、全大臣の承認が必要だ。
突然国王が亡くなった場合、議会の承認がなければ、新たな国王は誕生しない。
条件を満たしていないマロウ王子は、現時点で新国王に承認されることはない。
それは法律で決まっている。私は法務大臣だ」
……マギ公爵は、容赦なくマロウに現実を突きつけ、お前では国王に成れないと法務大臣として宣言した。
「そんなはずは、そんなはずはない! 私は父上から次期国王に指名されたのだ。
領主や大臣の承認が何だと言うんだ。そんなものより遺言の方が上だ!」
*** 国王の寝室 ***
「遺言? お前の中で私は、既に死んでいるのだな。
法律さえ捻じ曲げようとするとは・・・国王を毒殺しようとしたことは忘れたのか?
これ以上は、これ以上は許すことはできん!」
ふつふつと怒りが込み上げてきて、私は体を震わせながら椅子から立ち上がる。
直ぐにでも会議室へと行き、狂言者であるマロウを捕らえさせねばならない。
「王様、覇王様の命令をお忘れですか?」と、ラリエス君が冷え冷えする声で注意してきた。
「そんな常識も知らない第一王子を作ったのは王様でしょう?
後継者の教育を怠り、王子として成すべきことも教えていない。
私だって、貴方から王子とはどうあるべきかなんて、一言も聞いたことはありませんよ。
次期国王の条件や法律も、誰も詳しく王子に教えないのですから、知らなくて当然でしょう?
くだらない次期後継者争いは、無知が招いたものだ。それって、誰の怠慢なんですか?」
ゆらりと揺れるように私の前に立ったリーマスは、到底父親に向けるものとは思えない冷たい視線を向け、辛辣を通り越し、最後通告のような言葉を並べ、私の心にグサリと剣を突き刺した。
私がマロウに向けていた怒りを、第五王子は私に向けている。
本当に無知だったのは誰なのか、怠慢だったのは誰なのかと問いながら。
弟であるレイム公爵でさえ、これ程ぐさりと刺さる言葉を口にしたことはない。
先王からも、他の王族からも、これほど厳しいことを言われた記憶もない。
第一王子だった私にも、国王になった私にも、怠慢だと責めた者はいなかった。
……私を殺して自分も死ぬと言ったリーマスは、不敬罪など恐れていないのだ。
「覇王様は、入学された時から不敬罪なんて全く気にしておられませんでした。
トーマス王子やサナへ侯爵に平気で威圧が放てるくらいです。
覇王様は王族に対し、払える敬意などないと仰っています。
ですから、リーマス王子の言葉に驚いているようでは、覇王様の【覇気】の前で、跪くことさえできないでしょう」
ラリエス君もリーマスと同じで、不敬罪など全く恐れていない冷たい視線を私に向けながら言う。
悔しいが、返す言葉が見付からない。そうではない! マロウが無知なのは私の責任ではない! と言うことができない。
がくりと項垂れた私は、足を引き摺るようにしてベッドの縁に腰かけた。
『ラリエス、覇王様が廊下で扉を守っているエイトとトーブルを中に入れて、国王を聖魔法で元気にさせるようにって』
「了解トワ」
今度はラリエス君の契約妖精が現れて、覇王様の指示を伝える。
まるでドラゴンのような容姿をした妖精に驚き、思わずじっと見つめてしまう。
*** 会議室の様子 ***
マロウの暴言に呆れた会議室のメンバーは、暫く誰もしゃべらず、これ見よがしな深い溜息や、お茶を飲むカップの音だけが響いている。
「全王子の中で、A級作業魔法師の資格を持っているのはトーマス王子だけで、王弟ではシーブル様だけです。
ですがお二人とも一般魔法師の資格ではない。
ですから、今ここで新国王の議論をするのは時間の無駄です。
宰相としては、国王を毒殺しようとした犯人について詮議したいが、覇王様はヘイズ領の新領主の選定を優先されたいようだ」
落ち着きを取り戻したのか、腹心の友であるサナへ侯爵が会議をリードし始めた。
「なんと、宰相であるサナへ侯爵は、国王暗殺の犯人をこのまま野放しにして、覇王だと正式に認められてもいない者の言うことを優先するつもりなのか?」
これまで中立の立場を演じていたシーブルが、主導権を握ろうとしている?
それに暗殺未遂だろうが! お前の中で私は、もう死んでいるのも同然なのか?
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