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175 王宮の闇(4)

 不謹慎かもしれないが、魔獣の大氾濫が始まった大事な局面で、あのように愚かな王妃や王子に再び毒を盛られてしまった国王に、俺は同情する感情すら湧いてこない。


 覇王である俺が王宮に来ると分かっているんだから、こういう事態は想像できるはずだ。


 それなのに警戒を怠ったのであれば、それはもう王の側近の怠慢を罪として問うべきだし、王自身も自業自得……とまでは言わないが、警戒心が無さすぎるだろう。


「ラリエス、エイト、気を失って倒れている第一王子とシーブルを引きずり出せ!

 王宮警備隊は直ちに、扉を塞いでいた反逆者どもを捕らえろ!

 そして王の側近を拘束しておけ。王宮警備隊長(騎士団長)は、部下に扉を死守させろ!」


虫の息の王を見て呆然としている者たちに向かって、俺は大声で命令する。

 それから俺はラリエスを呼び、耳元でいくつか指示を伝えた。



 部屋の中に残したのは、ワイコリーム公爵(国務大臣)、マギ公爵(法務大臣)、サナへ侯爵(宰相)、マリード侯爵(魔法省大臣)、第二王子ログドル、騎士団長の6人だ。


「単刀直入に訊く。この愚かな王を助けたいかどうか、一人ずつ答えろ」


俺は部屋の中に居る全員に、真剣な視線を向けて問う。


 だが、問われた者たちは、誰も直ぐに返事をしない。

 質問の意味が分からなかったのか、本当に迷っているのか・・・誰もかれも不甲斐ない。


「早く決めろ! 俺が持っているポーションを飲ませれば、二日は延命できるだろう。

 奇跡が起これば命だけは助かるかもしれない。だが、あと1分で死ぬぞ!」


意識せず覇気を放ちながら、俺は怒鳴った。


「どうかお助けください覇王様」と、最初に答えたのは第二王子ログドルだった。


 ログドルの声を聞き「助けてくださいと」と他の者も続いた。

 ただ一人だけが「この王では国は治められない」と小声で呟いた。


 残りの5人は、いったい何を言うんだ? という顔をして騎士団長(声の主)を見るが、決して責めるように睨み付けた訳ではなかった。


「分かりました」とだけ応えて、俺はウエストポーチ型マジックバッグの中から、中級ポーション【天の恵み】を取り出し、国王の体を少し起こしてから、口の中に無理矢理流し込んだ。


 3分もすると、王の呼吸は穏やかになり、顔色も少しだけよくなった。意識が戻ることはないが、深い眠りに入ったようだ。


「さあこれで、二日の猶予ができました。王が生きている間に、必要なことを決めましょう。

 今回の毒殺の犯人なら、優秀な妖精たちが調べてくれるでしょう」


取りあえず一命をとり留めたと安堵する皆に向かって、さっさと次の仕事をするぞと促す。


 犯人が許せないと怒りを滲ませている宰相サナへ侯爵は、直ぐにでも王妃を捕らえて罪を認めさせたいと意気込んでいるが、優先順位的には後回しだ。


「王妃なら王宮警備隊が捕えている。マロウ王子やシーブル様の尋問の方が先だ」


「そうですねマギ公爵、犯人捜しは、優秀な妖精たちに任せれば大丈夫です」


サナへ侯爵を諫めるようにマギ公爵が意見し、それに同意したワイコリーム公爵は、にっこりと笑って自分の妖精の名前を呼んだ。


「ソラ、頼んだよ」

『任せてマサラン。王宮の妖精は全員友達だから』


 つい先日、ワイコリーム公爵は王宮に住んでいた男の子の妖精と契約した。

 ソラと名付けられた妖精は、王宮のシンボルでもある樹齢350年の大樹に宿っていた妖精で、魔力量も140と多かった。


 身長はエクレアの倍はあり、茶色の服を着て緑の帽子をかぶっている。

 エクレアのお兄ちゃん的存在らしく、とても頼もしい妖精だ。


「ついに妖精と契約したんだな」と、マギ公爵が羨ましそうに呟く。


「それなら犯人捜しは妖精に頼むことにして、今度こそ犯人を極刑にしてやる」


妖精から別れを告げられたサナへ侯爵は、ちょっと複雑そうな顔をして、今度こそ犯人を極刑にすると断言した。



「ふっ、相変わらずですねサナへ侯爵。

 俺は使える人間なら犯人であろうと使い倒す主義だ。処刑するなんて勿体ない。


 泣いて殺してくれと言うまで働かせ、搾り取れるだけ金や財産を搾り取らないと、悪人は反省なんかしないよ。


 皆さん、よく覚えておいてください。

 今代の覇王は、犯罪者や裏切り者を、決して楽に死なせはしないと」


モカの町の騒動から何も学んでいない様子のサナへ侯爵を、つい鼻で笑い、これ以上ないくらいに黒く微笑んでおく。


 俺のことをあまり知らない皆さんに、今代の覇王の遣り方を恐怖と共に刷り込んでおく。


「騎士団長、ここは副隊長に任せて移動しましょう。

 この部屋に入室できるのは、薬師であるリーマス王子と俺の側近だけです。


 他の者が無理矢理侵入しようとしたら、王を害する可能性があるから斬り捨てても構わない。

 覇王の命令だ。エイト、副隊長と一緒に国王を守れ!」


王の寝室の扉を開け、廊下で待機していた副隊長やエイト、大臣の側近たちに聞かせるように大きな声で騎士団長に指示を出す。


「はい覇王様」と、エイトと副隊長の声が揃った。


 そして俺は魔法陣が書いてある紙を手に持ち、扉に向かって無詠唱で発動させた。扉に触れた者は、火傷を負う電撃を受けることになる。

 この魔法陣は、魔力量が300を越えないと解除できない。俺以外で解除できるのはラリエスだけだ。




 俺の覇気で気を失ったマロウ王子と王弟シーブルが目を覚ますのを、皆は大臣会議が行われる会議室に移動して待つらしい。


 目覚めた二人を尋問するのは、宰相サナへ侯爵と第二王子ログドル、そして騎士団長に決まった。


 まあ、あの二人が自分を犯人だと認めるとも思えないし、次の王は自分だと言い出す可能性の方が大きい。だから尋問なんて役に立たないだろう。


 ……俺としたら、あの二人が共謀しているのか、それともシーブルが王妃を罠に嵌めたのかが分かれば、それでいい。


 無駄に待つ時間がもったいないので、ワイコリーム公爵を連れて王城見学をすることにした。

 そのうちにトーマス王子や学院長も駆け付けてくるだろう。


「マロウ王子をどうされるおつもりですか?」


城の最上階にある国王の図書室に入った時、ワイコリーム公爵が訊いてきた。

 俺は歴代の国王が残してきた木簡や書籍を興味深く眺めながら、溜息を吐いた。


「それを決めるのは国王です。

 ここで俺が何かを決めてしまうと、国王の役割も果たさねばならなくなる。


 そんな時間、覇王である俺にはありません。

 あのポーションは、第七王子として国王に与えた、最初で最後のチャンスですから」


「チャンス……ですか?」


「ええ、心を入れ替え、王として生き直すチャンスです」


 ワイコリーム公爵はそれ以上何も言わなかった。

 厳しすぎると感じたのか、俺がまだ、父親としての国王に期待していると感じたのかは分からない。


 ふと視線を向けた本棚の上に【建国記】と書かれた本があった。

 長いこと誰にも読まれていなかったのか、随分と古ぼけて埃をかぶっている。


 俺は身体強化で飛び上がり、その本を掴んだ。

 フーッと息を吹き掛け埃を払うと、丈夫な布で表装され、金糸で【建国記】と刺繡された表紙が現れた。


「いつから王族は、覇王の教えを忘れてしまったのでしょうか?

 この本が羊皮紙から紙に書き写された時代は、名君と名高い王が居た500年前くらいでしょうね。


 ワイコリーム公爵、この本をぜひ読んでみてください。

 そして、もしも国王が生まれ変わろうと努力するなら、誰よりも厳しく、王としての道を示してください」


俺はマジックバッグから清潔な布を取り出し、建国記を丁寧に包んでワイコリーム公爵に渡した。



 自分の中にも流れている王家の血を思うと、情けなくて悔しくて……なんだか泣きそうになった。

 王とは何なのか、王はどうあるべきなのかが建国記には書いてある。


 それはきっと、覇王にも共通する教えだと分かっている。

 でもまだ俺は、教えの半分にも辿り着けていない。魔獣の大氾濫は、もう始まったというのに。


『アコル、リーマス王子がラリエスと一緒に王の寝室に入ったわ。学院長や他の王子たちは会議室に向かったみたい』


「ありがとうエクレア。俺も直ぐに向かう。

 王が生きることを選んだら、絶好のタイミングで合図を出すから、リーマス王子と一緒に会議室に来るよう伝えて」


『分かったわアコル。それから、毒を渡したのはシーブルで、ボトルの一部に毒を塗ったのは王妃。そして、毒の部分を通るようにワインを注いだのはマロウよ』


 頼りになる優秀な妖精たちは、日頃から王妃や王子の様子を観察してくれていた。

 王宮の妖精を束ねている一番魔力量の多い妖精が、率先して皆を動かしてくれたそうだ。


 その妖精は、500年以上生きているトーブル先輩の契約妖精セルビアちゃんより長寿らしい。

 俺はまだ会ったことはないが、王宮の立ち入り禁止書庫の本に宿っていて、動ける範囲が狭いのだという。




 会議室に入ると、一番奥の席が空いていたので、俺は何も言わずその席に向かって歩き出す。

 先程より随分と増えているメンバーが、俺を見て全員が起立し姿勢を正した。


 俺が席の前まで到着すると、ワイコリーム公爵が「覇王様です」と俺を紹介し最上級の礼をとる。すると他の出席者も、椅子の横にずれて最上級の礼をとった。


 会議室の中は、豪華な装飾は少ないが、右の壁には巨大なコルランドル王国の地図が、左の壁にはカラフルに色付けされた王都の地図が貼ってあった。


 部屋の中心には、ドーンと大きくて長い会議用のテーブルがあり、俺から見た部屋の右側には、壁に沿って脇机が設置されており、数種類の飲み物が用意されていた。


 左側の壁沿いには、書記用と思われる机が2つ置いてあった。

 背後にある大きな窓は、重厚感のある深緑色のカーテンが閉められているから外は見えない。


 昼間だというのに豪華な魔石ランプが灯されているところを見ると、重要な会議の時はカーテンは閉める決まりがあるのだろう。


「座ってくれ」と、俺は自分の席に着いてから皆の礼を解いた。

 

 大きな長方形のテーブルの左右には、椅子が10脚ずつ置いてあるので、王以外に20人の大臣や副大臣たちが席に着けるようだが、今座っているのは10人だ。


 本来なら必ず居るはずの重要人物の3人が、今日はこの場に居ない。


 国王と、二大派閥のトップであるレイム公爵とヘイズ侯爵が居ないのだ。レイム公爵はヘイズ領からまだ戻っておらず、ヘイズ侯爵は地下室に監禁されている。


「それでは、国王の命があるうちに、最も重要な議題、ヘイズ領の次期領主について会議を始める」


俺はあえて自己紹介することもなく、会議の開始を宣言した。


「はあ? 今、最も重要な議題は、次期国王を誰にするかだろう」


トーマス王子の向かいに座っている男が、俺を完全にバカにしている態度で口を挟んできた。


「あれは誰だワイコリーム公爵?」と、俺は全く動じることもなく訊ねる。


「はい、デミル公爵です覇王様」と、ワイコリーム公爵はデミル公爵を睨みながら答えた。

 マギ公爵もマリード侯爵も、デミル公爵に怒りの視線を向ける。


 デミル公爵は、自分のことを知らなかった覇王に、プライドを傷付けられたのか、不機嫌そうに顔を歪ませる。


「さすがはデミル公爵。ドラゴンに襲われた領民を見殺しに、いや、意図的に見捨てることができる領主だけあって、貴公には優先順位が分からないようだ」


俺はハッキリと嫌味を言いながら、「バカなの?」って首を捻ってみせた。


「言葉が過ぎるのではないか第七王子?」と、続いて王弟シーブルが低い声で喧嘩を売ってきた。


 この男は俺を覇王ではなく、王子として扱いたいようだ。

 さっきまで気を失っていたと思うのだが、その原因が俺の覇気だと、どうやら分かっていないみたいだ。


 ……なるほど、どうしても最初の議題を、次期国王の話にしたいらしい。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

更新遅くなりました。

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