174 王宮の闇(3)
国で働いている者は、職務に従事している時に亡くなれば補償金が出る。
しかし、昨年あまりにも多くの兵士や魔術師が亡くなったため、亡くなった者への補償金が大幅に減額されたと、ワイコリーム公爵から聞いている。
その額なんと金貨1枚だ。
それだけ出せば充分だと言って、上級役人や大臣たちが決めたらしい。
いや、本当に笑えるよね。金貨1枚だよ?
どこかの領地の貴族や領主と同じ考え方だよ・・・はは。
命を懸けて戦う尊さを理解しない奴等に、命の価値を決められたくない。
「俺は皆にある提案をしたい。
【魔獣討伐専門部隊】の全隊員に、冒険者よりも小さいが、執務机と同じ容量のマジックバッグを貸し出ししようと思う。
生ものは冒険者の物よりも緩やかに・・・そうだなぁ、二週間くらい持つ機能にする。
もしも魔獣討伐で命を落としたり大ケガをしたら、覇王からの補償として本人や家族に譲渡する。
商業ギルドで売れば、金貨40枚にはなるだろう。
魔獣の大氾濫を戦い抜き勝利できたら、特別価格で下げ渡すことも考慮する」
「ええぇぇーっ!!!」
マジックバッグ貸し出し話に、【魔獣討伐専門部隊】の皆さんとワイコリーム公爵にうるうるされ、俺を拝み始める軍出身の隊員が出たところで、俺たちは執務棟に移動することにした。
「みんな喜んでましたね。責任者の父が一番喜んだと思います。
いくら財務大臣に掛け合っても、補償金の額は上げられないと言われていたので。
これまでの戦いでケガをし休職している隊員の治療費は、魔獣を冒険者ギルドに売ったお金を充てました。
でも、亡くなった場合は申し訳ないと心を痛めていましたから、感謝します覇王様」
父親を尊敬しているラリエスが、良かったと嬉しそうに笑って感謝する。
「マジックバッグがあれば、ケガをしても運送屋として仕事ができます。
割れ物や生ものが運べるなら、軍で働くより良い稼ぎになるかもしれません」
マジックバッグの使い方をあれこれ考えながら、エイトが運送屋の話をして、持ち逃げされたらどうしましょうと心配したりする。
「俺としたら、魔獣の大氾濫が収束するまで頑張ってくれたら、褒賞として下げ渡してもいいと思っている。
全適性を持つ俺にしか作れないマジックバッグだ。俺が誰に作って売ろうと下げ渡そうと、文句を言われる筋合いはない」
というより、恐れ多くて覇王様に文句なんて言えないよなって、エイトがラリエスに囁いている。おい! ちゃんと聞こえてるぞ。
俺は今回、【覇王軍】と【王立高学院特別部隊】の全員に、特別報奨金として金貨2枚を出している。
全員凄く喜んだけど、下級貴族や平民は大喜びだった。
本当はもっと出したかったが、今回討伐した魔獣の買い取り代金は、ケガの治療代、薬草代やポーション開発費に回したい。
マジックバッグは全員に渡してあるけど、卒業後に支払う給金も必要だ。
護衛であるタルトさんを先頭に、俺たちは執務棟1階の右端から順に見学することにした。
見学といっても部屋の中には入らず、廊下をぶらつくだけだ。
ごく稀に、俺の顔を知っている役人が居て、慌てて跪いたりもするが概ねスルーだ。
たまに不審者扱して上から脅すガラの悪い役人が現れるが、ずいっと前に出たラリエスが、いつもの貴公子スマイルで「私はワイコリーム公爵家の嫡男だが何か」と脅し返している。
2階に上がると、一般魔法省と一般軍の受付があった。
ヘイズ侯爵が失脚するとの噂が広がり、魔法省はざわざわと落ち着きがない。
ニコニコしながら歩いていると、昨年俺を魔法省に呼びだした、副大臣の秘書だと名乗っていた男が、大きな顔をして取り巻きと一緒に前から歩いてきた。
俺の顔を見た途端、「モンブラン商会のクソガキ、何の用でここに居る!」と怒鳴ってきたから、「もちろん仕事だけど」と余裕の表情で微笑んで答えた。
タルトさんが剣に手をかけ、ラリエスとエイトは秘書を睨みながら前に出る。
「こちらの二人は親友で、ワイコリーム公爵家のラリエス君と、マギ公爵家のエイト君。
お陰さまで、魔法省の世話にならずに済んでるよ。
フフ、君も大変だね。ヘイズ侯爵はもう駄目だよ。
一般魔法省は、きっとトーマス王子が面倒をみることになるだろう。仕事がなくなっちゃうね」
「な、何だと、生意気な!」と、前回の威圧を忘れたのか、怒りで顔を歪めて、取り巻きの魔術師たちに俺を捕らえろと命令する。
魔法省も秘書も、何も変わっていないようで、ある意味感心する。
公爵家の2人を無視してもいいのかな?
騒ぎを聞きつけて、部屋の中から魔術師や役人がわらわらと出てきた。
このままではラリエスがキレるから、俺は最終兵器を召喚する。
『コイツ、頭の悪いヤツだな。誰に向かって暴言吐いてるの?』と、ラリエスの契約妖精トワが現れ、腕組みしながらぷりぷり怒って文句を言う。
『うわー、怖いもの知らずっていうか、おい、俺のエイトを睨むのを止めろ!』と、エイトの契約妖精トラジャ君が男の目の前に現れて、『ばーか』と追い打ちをかける。
『アコル様、このような下賤な者を見ると目が穢れてしまいますわ』と、俺の契約妖精ユテが姿を現し、男を3メートル後方に吹き飛ばした。
3人の妖精を見た野次馬も、突然吹き飛ばされた男も、妖精の出現に驚き過ぎて身動きできず固まっている。その多くはヘイズ侯爵派の者たちだ。
この時点で俺が誰だか気付き跪ければ、役人としてまあまあだが、吹き飛ばされて完全に理性を失っている残念な男と同様なら、この先魔法省ではやっていけない。
立ち上がった男が魔法を使おうとしたところで、俺は覇気を放った。
数人の常識人は尻もちをつき、多くの者がバターンと派手な音をたてて倒れ伏した。
俺は倒れ伏した男たちの直ぐ側まで行ってしゃがみ、何が起こったのかも分からない様子の元副大臣秘書に向かって、黒く微笑み冷めた声で囁いた。
「前回、俺は長生きしたくないのかと訊いたよな?」
『ええアコル、覇王様であるアコルに対して無礼の数々、完全に不敬罪ね』
最後に姿を現したエクレアは、七色の羽根で優雅に飛びながら、可愛い顔で容赦なく断罪する。
俺が覇王だと気付いていなかった者たちは、倒れたままサーッと血の気が引き、ガタガタと震えはじめる。
俺の正体に気付いて跪いていた者も、エクレアの怒気にあてられ苦しそうだ。
「これからも一般魔法省で働きたいと望むなら、懸命に魔獣と戦う力を身に付けることだな。
事務官だって役に立たない者は切り捨てる。覚悟して励め」
いつまでも倒れ伏したままにさせておくことはできないので、覚悟を決めろ!という意味を込めて、もう一度覇気を放つ。
ここはしっかり喧嘩を売る場面だ。
遣る気になったかどうか確認するため、今後何度か顔を出してみよう。
ワイコリーム公爵の執務室で俺たちを迎えたのは、マリード侯爵だった。
国王と対面する予定時間まで1時間以上の余裕があるので、ヘイズ領の次期領主や、サーシム領の現状報告、今後の魔法省をどうしていくのか等、国王と対面する前に話し合いをしておく。
「魔法省副大臣の後任を、トーマス王子にされるのですか?」
魔法省の新しい副大臣に、現大臣であるマリード侯爵の子息ハシム殿(ノエル様の父)を推そうと考えていたワイコリーム公爵は、俺の提案にやや不満顔だ。
「トーマス王子が引き受けるでしょうか?」
別に自分の息子を副大臣にと考えている訳ではなく、トーマス王子のことを頼りないと思っている感じのマリード侯爵も、う~んと首を捻って腕を組む。
「そうしておかないと邪魔なトーマス王子を、次期国王の座を狙う勢力が、必ずヘイズ領の新しい領主に推してくるでしょう。
真の敵が誰なのか分かりますよ」
王弟シーブルの動きを警戒していない二人に向かって、トーマス王子を次期国王にしたいなら、絶対に必要な措置だと俺は付け加える。
「新しいヘイズ領主は、現在一般軍の大臣をしている王弟シーブルにします。
そして空いた一般軍大臣の座に、ハシム殿に就いていただきます。
そうすれば、軍も魔法省も全て我々が掌握できます。
そうしないと、魔獣の大氾濫に勝利することなんて不可能だ。
俺は政治に口出しする気はないが、一般魔法省と一般軍で働く者を、このまま遊ばせておくなんて怠慢・・・絶対に許せない」
国で働く者を、誰一人として遊ばせておく気がない俺は、無駄飯食ってる二つの部署の人間を、徹底的に鍛えるつもりでいる。
そう考えたら、ラリエスやエイトが言っていたように、覇気で倒れた者を不敬罪に問い、その処罰として覇王講座で根性を叩き直すのもありだと思えてきた。
だからその処罰を受け入れられる……いや、率先して処罰を受けろと命令できるトーマス王子とハシム殿が、責任者になることが望ましい。
「確かにシーブル様が率いる一般軍と、連携できるとは思えません。
そして要注意人物だ。ハシム殿を一般軍の大臣に……確かに、他に適任者は居ませんね」
ワイコリーム公爵は、危険人物を王宮から排除する必要性に気付き頷いた。
ひと段落してお茶を飲んでいると、ドンドンと乱暴にドアを叩く音がして、王宮警備隊の副隊長が、信じられない火急の知らせを持ってきた。
「申し上げます。王様が昼食後倒れられました。
騎士団長は毒殺を狙った犯行を疑われています。
意識混濁と嘔吐があり、現在主治医が処置しています」
「なんだと! 王様がまた毒に?」と、マリード侯爵が立ち上がりながら叫ぶ。
「犯人はマロウ王子か王妃、いや、シーブル様も考えられる。
王様がアコル様を王子だと正式に認めるのを阻止したい、王妃が一番怪しいだろう。
副隊長、調理や給仕に関わった全ての人間を、決して城から出すな。
よし、今回は【魔獣討伐専門部隊】も出す。犯人が分かるまで、誰一人城から出してはならない!」
国務大臣の権限を使い、ワイコリーム公爵は副隊長に指示を出した。
次にワイコリーム公爵は側近を呼び、【魔獣討伐専門部隊】への指示を出す。
俺は護衛のタルトさんに、大至急高学院に戻って、学院長とトーマス王子、リーマス王子、ルフナ王子、トーブル先輩を連れてくるよう指示を出した。
急いで執務棟から城に移動すると、国王が毒を盛られたということを聞かされていないのか、多くの者は普段通りの仕事をしているようで混乱した様子はない。
途中でマギ公爵が合流し、国王が運び込まれたらしい寝室へと急ぐ。
寝室の前に来ると、ヒステリックに叫ぶ王妃らしき女が扉の前に立ち塞がり、宰相であるサナへ侯爵や騎士団長の入室を拒んでいた。
室内には、第一王子マロウと王弟シーブルが居るらしい。
「王様は倒れられた時に、マロウに大事な話があると言われたのです。
王命です! 誰も中に入ることは許しません! 医者以外は絶対に入れません!」
……これが噂の王妃か・・・想像以上に愚かで浅はかだ。
「王妃にそのような権限などない! 我々の入室を拒むなら、王妃を毒殺の犯人として捕らえます!
王妃の侍女や王子の側近も同様に捕えるぞ、そこをどけ!」
侍女やメイドの服を着た女が10人、見たことのあるマロウ王子の取り巻きが5人、扉の前で三重の壁を作り両手を広げサナへ侯爵の入室を拒んでいるが、サナへ侯爵の叱咤する大声に、びくりと肩を震わせる。
……いったい何の茶番だろう?
……もしも王がこのまま死んで、自分こそが次期国王に指名されたのだと言ったところで、誰も認めないと思うのだが、王族の常識は違うのか?
「私は王子です! アナタに入室を拒否される謂れはありません!」
王妃に噛み付いているのは、どうやら第二王子ログドルのようだ。
ラリエスとエイトが、マロウ王子の側近が剣を抜くのを見て、俺の前にサッと出る。
王宮警備隊も、隊長の指示で剣を抜く。
王を守るのが王宮警備隊の仕事だ。それを邪魔する者は王の敵。
当然の対抗措置に、王妃の怒りのボルテージが上がる。
「どけ! 覇王の道を塞ぐ者は、誰であろうと不敬罪に処す!」
俺は大声で叫び、やや強めの覇気を放った。
当然扉を塞いでいた者たちは倒れ伏し、サナへ侯爵は尻もちをつく。
ラリエスとエイトが、倒れ伏している者を容赦なく踏みつけ扉を開く。
俺に続いてワイコリーム公爵やマギ公爵、第二王子ログドル、王宮警備隊隊長らも、倒れ伏した犯罪者たちを踏みつけて入室していく。
開かれた扉の先には、ゆったりと窓際の椅子に座り、驚いた表情でこちらを睨み付ける二人の男がいた。
ベッドに横たわる王の手を握ることもなく、大丈夫かと心配している様子もない。
ただ死を待っている王族二人に、俺は本気の覇気を放った。
皆は急いで王のベッドに駆け寄り、容態を確認する。
顔は土色に変化し、目は開いているが虚ろで焦点が合っていない。
口や鼻から少量の血が流れており、呼吸はとても苦しそうだ。
……これが王・・・いったい何やってんの?
俺は一瞬、この王を生かすべきかどうか迷ってしまった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
確定申告やら他の仕事やらで、更新が遅れると思います。
すみません。もうしばらくお待ちください。
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