173 王宮の闇(2)
◇◇ 国王アルファス ◇◇
王の前に立ちはだかるとは……なんとも頭が痛い。
王宮警備隊の副隊長に続き、サナへ侯爵まで私を守るようにスッと前に出て、礼儀知らずのマロウを警戒する。
「父上、魔獣の氾濫はヘイズ侯爵のせいではありません!
王都は無事だったのですから、罪に問おうとする者たちの方がおかしい! 私は第一王子として絶対に許せません」
「マロウ、お前は謹慎中だったはず。お前は今後しばらく、領主会議、大臣会議、幹部会議にも出席してはならない! もしも王の命令に従わねば、廃嫡も考慮する!」
思わず声を荒げて、マロウを叱咤する。
どうしてマロウはこうも短慮なのだ。隣にいる王妃の入れ知恵だろうが、どう考えたら今回のヘイズ侯爵の行いを無罪にできるのだ?
これ以上マロウの無能を皆の前でさらすことはでき・・・ん? 無能?
ああそうだ。これまでの態度も言動も無能だからではないか!
それを私は認めず、少し怠け者だからとか王妃の教育が間違っているからと言い訳し、現実と向き合っていなかった。
……王としても父親としても無能な私には、息子に無能だと……お前では王になれないと言えなかった。
……初めて廃嫡という言葉を出した私に、皆は驚くというより、やっと言ったのかという表情をしている。
「王妃様、マロウ王子、明日の午後、覇王様が城に来られます。失礼のないようお願いします」
自分勝手なマロウの態度に、怒りを我慢しきれていないサナへ侯爵は、口元をぴくぴくさせながら、宰相として明日のことを伝える。
「フン! 馬鹿らしい。
本物の王子だなんて証明されてもいない捨て子に、失礼のないようにですってぇ?
王城の魔鳥を討伐して責任を果たせと命じたのに、あの捨て子は王妃の命令を無視したのよ!
役立たずの無能のくせに! 気分が悪いわ。行きましょうマロウ。私たちで兄上を助けるのです」
ひどく歪んだ醜い表情で、言いたいことを大声で吐き捨てた王妃は、不機嫌そうに私の前から去っていく。ぞろぞろと供を引き連れて。
覇王様に対するあまりの暴言に、誰もかれも驚き過ぎて唖然としている。
残された私は、王妃の放った言葉や態度が酷すぎて、直ぐに反論することも意見することもできなかった。
……何故私は、これまで王妃を放置してきたのだろう? 自分を殺そうとした可能性が高く、とても王妃に相応しいとも思えない女を・・・ああぁ。
◇ ◇ ◇
王都に戻った俺は、翌朝直ぐに冒険者ギルド王都支部へ向かった。
本部から偉い幹部も招集し、ミルクナの町の冒険者ギルドで告知したことを、全てのギルドでも適用させると告げた。
大至急全冒険者ギルドで魔力量検査をし、魔力量が60を超える者と、ギルマスが鍛えて欲しいと望むBランク以上の冒険者に推薦状を持たせれば、王立高学院で覇王講座を無料で受講することができると。
「冒険者のレベルが上がれば、生き残れる確率も上がります。
攻撃魔法が使える者にはより強い攻撃方法を、攻撃魔法が苦手でも、魔力量が60を超える者には攻撃特化の魔法陣を教えます。
そして、Bランク以上の冒険者で、覇王講座の攻撃魔法試験に合格できた者には、生ものが一週間腐らない執務机の倍の大きさの容量のマジックバッグを貸与、又はプレゼントします。
もちろん、その対象者には、ギルマス、サブギルマス、職員も含まれます」
俺の話を真剣に聞いていたギルド本部の役人の瞳が、ギラリと輝きゴクリと唾を飲む音がする。
俺のマジックバッグの価値を知っている者は、喉から手が出るくらいに欲しい代物らしいから、殆ど貴族家出身の職員たちも、こぞって参加するだろう。
子爵家以上の貴族なら、商学部や貴族部を卒業していても、魔力量が60を越えている者もいる。
「はあ? 覇王の作った国宝級に近いマジックバッグを貸与する? しかもBランク? 魔力量60を越える者ならごまんと居るぞ!」
信じられないという顔をして、ギルマスが確認するように俺の顔を見る。
「もう、冒険者とか、職員なんて拘っている状況じゃないんです。
覇王講座で学び試験に合格すれば、ギルマスだろうが職員だろうが、マジックバッグを貸与かプレゼントしますよ。
総力戦で戦わねば、この国の人間は半分も生き残れないでしょう。
特に王都でドラゴンと戦える人数は、絶望的と言っても過言ではないんですから」
「・・・・」
まだ現実を理解しきれていなかった本部幹部の4人は、言葉を失った。
「冒険者の命は、領主や貴族にとって信じられないくらいに軽い。
サーシム領でもヘイズ領でも、魔獣と戦えない警備隊や兵士よりも軽かった。
懸命に住民のために戦っても、無能扱いされ何の補償もされない。
だから俺は、もしも魔獣討伐で命を落としても、残された家族が困らないよう、また、大ケガをして働けなくなっても困らないようにマジックバッグを貸与する。
事前登録した冒険者の家族が、魔獣討伐で死亡したとギルド発行の証明書を持って商業ギルドに持ち込めば、金貨40枚以上で買い取ってくれるよう手配します。
もちろんギルドには、冒険者が亡くなった場合、必ず登録家族に遺品としてマジックバッグを渡す義務が生じる。各ギルドに徹底させてくれ。
不正に取引されないよう、血判登録の変更や売買には、覇王、又はギルマス、サブギルマスの許可を得なければならない」
まあ、最近変異種の素材はたくさん手に入ったし、魔力量の問題も解消された。
エクレアとユテが居るから、何とかなるだろう。たぶん・・・
ふとギルマスとダルトンさんを見ると、だばーっと涙を流していた。
「覇王がお前で……アコルで良かった」と、ダルトンさんが泣きながら礼を言う。
「本当にお前は……ありがとう。冒険者を辞めたいと言い出す者が多くて、ギルマスなのに……何もしてやれなくて、これで、これで引き留めることができる」
ギルマスまで俺の両手を握り締め、プルプル手を震わせながら礼言う。
「いや、覇王様にお前と言うのは・・・」と、幹部が恐縮して頭を下げる。
で、俺は早速サーシム領で倒した得体のしれない変異種を、解体場でマジックバッグから取り出しドン引きされた。
「あり得んな、なんだこの異形は・・・」とギルマスが顔を引きつらせる。
足が馬で胴体がアースドラゴン、首から上が鹿で目が4つ、しかも4本ある角は銀色で鋭く尖っている。その異様振りに解体職人たちも言葉が出ない。
「目が4つある変異種は、どうやら魔法を使うようです」と、俺は重要な情報を伝えて、各ギルドに通達するようギルマスに指示を出した。
マジックバッグに収納してある今回討伐した上位種の皮は、新しいマジックバッグの素材として使うことにし、骨や牙も魔力増幅の指輪や腕輪にするため商業ギルドに引き取りを頼んだ。
高学院に戻った俺は少し早いけど、ラリエス、エイトを連れて城へと向かうことにした。
ボンテンクは、卒業に必要な講義を休めず悔しそうだった。
毎日冒険者ギルドから、当番制で覇王専用馬車の御者を派遣して貰っていたけど、サーシム領の救援に行った時、御者として協力してくれたタルトさんを、全面的に信用して俺の護衛兼御者として正式に雇った。
これで妹のシフォンさんは薬種 命の輝きで働き、兄のタルトさんは覇王の護衛として働くことになった。住まいも店の上だから安心だ。
「午後からの予定でしたが、これから向かっても大丈夫でしょうか?」と、エイトはワクワクした表情で問う。
「せっかくだから、【魔獣討伐専門部隊】に激励に行こうかと思ってるんだエイト」
「それは父も隊員の皆も喜ぶでしょう。確か今日は演習は休みのはずです」と、ラリエスは嬉しそうに笑う。
「ああ、トーマス王子とレイム公爵と一緒にヘイズ領に行った副指揮官が昨夜報告に来て、今日は演習を休んで炊き出しの練習をするって言ってたよラリエス」
連日の魔獣討伐に疲れも見せず、2人とも城に行くのが楽しみな様子で何よりだ。
公爵家の子息であっても、城に行く機会は国王と謁見できる新年や国王の誕生パーティーくらいしかなく、執務棟には行ったことがないと言う。
「今日は制服ではなく私服だから、上手く紛れ込んで、日頃の様子を見るいいチャンスだと思うよ。
特に一般魔法省は副大臣のヘイズ侯爵があれだから、混乱してるだろうね。
どれだけの役人が派閥や自分の保身より、魔獣の氾濫を心配しているのかを確認できると思うと楽しみだ。
まあ、あまり期待はしてないけど」
いや本当に楽しみなんだよ。きっと一握りの人間しか魔獣の氾濫を心配してない。
それが分かっているからこそ、喧嘩を売りに行くんだけどさ。
「う~ん、その確認も大事ですが、私は身の程知らずの役人が、アコル様に無礼な態度をとる方が心配です。ほとんどの役人がアコル様と面識ないですから」
「そうだよなエイト。私も心配だよ。
もしも王妃や第一王子マロウ周辺の取り巻きが、アコル様に無礼な言動や態度をとった時に、自分が冷静でいれるかどうかが」
真剣に心配してる様子のラリエスを見て、俺も心配になってきた。
真面目で融通が効かない俺の側近は、俺に関することになると沸点が低い。
「突然魔法攻撃を仕掛けなきゃいいんじゃない?」
「いや、ダメだろうエイト。二人とも物騒だよ?
俺が覇気で黙らせるから、魔法じゃなくて王宮警備隊に不敬罪で引き渡してよ。いや、それもどうなんだろう?」
俺は腕組みをして、倒れ伏す多くの役人の姿を想像する。
何回かやって来て倒れ伏せば、きっと怖くなるだろうから、それでもいいんじゃないのかなぁ・・・
「甘いですよアコル様。覇気で倒れ伏したら、男女を問わず覇王講座に参加させましょう。
卒業できなければ爵位剥奪、又は失職させましょう。
覇王講座を卒業できない無能は、王宮には必要ありません!」
「そうだなラリエス。もしも覇王講座の受講を拒めば、上司を降爵させるとか、失職が嫌なら罰金として金貨10枚を払わせるくらいは必要です!」
「そ、そうかな・・・?」
俺は2人の厳しい意見に、頼もしいと思うべきか、手加減も必要だと注意すべきかを迷う。
未だに貴族的な考え方がよく分からない。
……ここは2人に任せてみてもいいかな。
午前11時、王宮に到着した俺たち4人(護衛のタルトさんを含む)は、馬車停めからぐるりと回って、新しく【魔獣討伐専門部隊】の演習場になった元魔法省の練習場に向かった。
炊き出し訓練をしていた隊員たちに大歓迎され、俺たちは皆と一緒に炊き出しを食べた。
味は……まあ、これからに期待しよう。
折角だから、セイロン山で採取した果物を差し入れして、今後は冒険者を覇王講座で鍛えて強くし、戦力強化をしていく予定だと告げた。
「それからBランク以上の冒険者が、覇王講座の攻撃魔法試験に合格したら、執務机の倍の容量が収納できる時間経過が少し遅いマジックバッグを、手作りして貸与すると決めた。
また、魔力量が60を越え、覇王講座で学びBランクになった関係者にも同じ特典を付ける。
当然、魔獣の大氾濫で戦うと誓約した者限定だ」
「オオォーッ! 凄い」とか「重い荷物を運ばなくていいんだ」と声を上げ、隊員たちは凄く羨ましそうだが、それをワイコリーム公爵の前で決して口になどしない。
ここに居る者は全て、国から給金を貰っている公僕であり、命を懸ける覚悟を決め、プライドを持って働いているのだ。
だが俺は、冒険者の命を考えたのと同時に、ここに居る仲間の命のことも考えた。
【魔獣討伐専門部隊】は、俺が考案して立ち上げさせた組織だ。
同じ公僕でも、王宮で働く事務官や上級役人の方がかなり高額な給金を貰っている。
俺は仕事の内容で優劣をつける気はないし、どの仕事が偉いかなんて考えたりしない。
貴族であることや高学歴であることを基準にしていることが、悪いとも問題だとも思っていない。
ただ、命の重さという一点で、あまりに不平等だと思う。
死んで当たり前とか、魔獣など討伐できて当然だなんて考えている領主や役人に腹が立つ。
……冗談じゃない! 必ずお前たちを戦場に引きずり出してやる。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
何故か今回も、国王と対面できませんでした……おかしい・・・
次回は必ず会えます。次の更新は22日(火)の予定です。




