172 王宮の闇(1)
光のドラゴンと守護妖精の治療を終えた俺とラリエスとボンテンクは、セイロン山で他の冒険者たちと協力し、中級以上の魔獣を討伐することにした。
これからどんどん増えていくであろう魔獣を少しでも減らしておくことは、近隣の町や村の脅威を減らすことに繋がる。
特にこの期間は魔獣が子育てを始めるので、親である個体を討伐できれば、弱肉強食の世界で子は生き残ることが難しくなる。
しかも、例年よりも多くの卵を産んだり出産する魔獣が増える可能性が高いので、成獣になる前に討伐できなければ、夏以降の危険度も上がってしまう。
変異種だけが脅威なのではない。
冒険者の数は減る一方だから、中級程度の魔獣でも圧倒的な数になれば、どれだけの被害が出るのか分からない。
俺たちが魔獣討伐をしている間、魔力量が200を越えたエクレアとユテ(光のドラゴン・ランドルの守護妖精)に、ヘイズ領を偵察してくるよう頼んで転移してもらった。
なんでも、自分の知っている人間や妖精が居る場所なら転移できるそうだ。
トーマス王子でもレイム公爵でも副指揮官でもいいので、状況を訊けたらよろしくと言って送り出した。
討伐後、ミルクナの町の冒険者ギルドで、頑張って魔力量を60まで上げたBランク以上の冒険者には、王立高学院の覇王講座で、攻撃魔法を無料で教えると告知した。
受講条件は、ギルマスの紹介状を持参することと、宿は自分で用意すること。
そして、【覇王軍】【王立高学院特別部隊】【魔獣討伐専門部隊】から要請があれば、一緒に魔獣討伐をすると誓約書にサインすることが必要となる。
現在でも冒険者の数は圧倒的に足りていないし、もうこれ以上数を減らすこともできない。
サーシム領では、領主や役人の冒険者に対する命の扱いは軽かった。
ヘイズ領だってどうなっているのか分からない。無能な領主に指揮させるなんて無理だ。
冒険者の命を守ることと、鍛えることは、この国の最重要課題だと言っても過言ではない。
しかし、現状では各地に赴いて指導できる人材はまだ育っていない。
それでも、攻撃魔法や魔法陣攻撃を身に着けて戦えるようにならなければ、高ランクの冒険者でさえ生き残ることはできないだろう。
魔法陣を使えるのは貴族だけ……なんて寝言を言う貴族は無視し、一人でも多くの戦士を育成しなければ、人間の生存率は半分以下になってしまう。
……時間も人材も足らない。使える貴族は圧倒的に少ない。
冒険者ギルドのギルマスの執務室で話し合いをしていた時に、エクレアとユテが戻ってきて、信じられない報告をした。
領都ヘイズにレッドウルフの群と変異種が侵入していて、警備隊も領軍もお抱え魔術師も、領主屋敷だけを守り領民を守らなかったというのだ。
死者の数は二千人を軽く超えていて、冒険者ギルドヘイズ支部のギルマスが投獄され、支部は閉鎖されていたとのこと。
領主が領民の避難を禁止し、罰金を科した事実には全員が激怒した。
……俺が考えていた以上に領主は腐っていたし、領民の命も軽かった。
被災地は全く救済されておらず、被災地ヨイデの町を治めていた貴族は、ヘイズ侯爵に異議を唱えて反逆罪で投獄されていた。
そして、領都に到着したトーマス王子とレイム公爵に出会ったエクレアは、一行の行動や言動を隠れて見ていたらしい。
「結局レイム公爵は、ヘイズ侯爵と家族を犯罪者として王都に移送したわ。
トーマス王子とレイム公爵は、ヘイズ侯爵の爵位を剝奪してから処刑するって、政治のことばかり言ってた。
相変わらず、目の前の被災者のことを考えてないみたいで呆れたわ。
レイム公爵は、ヘイズ領の財政状態を把握するため、暫くヘイズ領に残るみたい」
領主が居なくなった後の民のことを、何も考えてないのが信じられないと、エクレアはぷりぷりと怒りながら報告した。
「まさかとは思うが、トーマス王子とレイム公爵は、ヘイズ領の役人や貴族に、被災地の救済を直ぐに命じなかったのか?」
「ええアコル。ヘイズ侯爵を捕らえて、トーマス王子は意気揚々と王都に向かったわよ。まあ、かなり怒ってはいたけど、救済は自分の仕事じゃないと思ってるんじゃない?」
俺の質問に答えたエクレアは、王都に戻る途中で被災地を通るのに、何故少しでも救済品を用意しなかったのか意味が分からないと呆れる。
……いや、俺も本気で呆れた。
「サナへ領の救済活動で、何も学ばなかったようだな」と、俺は低い声で呟く。
つい魔力が漏れてしまい、執務室に居たメンバーがゴクリと唾を飲む。
「捕らえることも大事ですが、まさか救済は、王都に居る国務大臣に丸投げするつもりでしょうか? それに、次の領主はどうするのでしょう?」
ボンテンクも渋い顔をして、目の前の被災者のことを考えない王族に呆れる。
「流石にそこは考えてるんじゃないかな?
王宮には第二王子も第三王子もいるし、王弟だっている・・・って、言いたいところだけど、ちょっと不安に、うーん、かなり不安になってきた」
ラリエスも首を捻りながら、何も考えてなさそうな王族に不安を隠さない。
……仕方ない。今度は王宮に喧嘩を売りに行こう。
高学院では魔王として、教授や学生に喧嘩を売ったが、今度は王宮に巣食う害虫を退治するために、覇王として喧嘩を売ろう。
今の考え方を変えないと、足手まといか邪魔にしかならない。せめて邪魔をしないよう釘を刺す必要がある。
……王族や大臣の言い逃れは許さない。
……戦わない役立たずは要らない。
……真面目に働かない無能な役人は、失格の烙印を押して追い出す。
◇◇ 国王アルファス ◇◇
サーシム領の魔獣はドラゴンも含めて、【覇王軍】【魔獣討伐専門部隊】と冒険者が協力して討伐できたと、サーシム侯爵から昨日知らせが届いて安堵した。
ヘイズ領から押し戻された魔獣の大群も、ワイコリーム公爵率いる【魔獣討伐専門部隊】と王立高学院の学生たちによって無事に討伐された。
城ではマギ公爵を始めとする反ヘイズ侯爵派が、今回の魔獣の押し戻しは、国王への謀反に他ならないと怒り心頭だ。
皆は当然のように、爵位を剝奪すべきだと会議で意見する。
もしも王都に大きな被害が出ていたら当然の処分だと思うが、実際は食い止められた。
なので、領主を辞めさせるだけで、爵位の剝奪は厳しすぎるだろうと私は大臣たちに告げた。
しかし、ヘイズ侯爵派だと思っていた弟のシーブルまでもが、爵位を剥奪し平民とする処分は妥当だと言い始めた。
「王様はどうやら、魔獣と戦うという現実を何も分かっておられないようだ」
マギ公爵は無表情でそう言うと、勝手に会議室を出ていった。
たった一回魔獣討伐に参加しただけで、私に対する態度がこうも変わるものなのだろうか?
これまで私を支えてくれ、私の意見に従ってくれていたマギ公爵が勝手に席を立つなんて・・・
ヘイズ侯爵派で国防大臣のワートン公爵は、マギ公爵の態度を無責任だと言って不機嫌な顔をする。
しかし魔法省大臣マリード侯爵も、マギ公爵と同意見だと言って席を立ったので、会議は中断せざるを得なかった。
再び始まった会議の議題は、ヘイズ領の住民の救済についてで、これも申し合わせたように国防大臣であるワートン公爵が指揮を執るのが妥当だろうと、弟のシーブル、ワートン公爵、デミル公爵以外の者が全て同意した。
救済を急がねば多くの民が死んでしまうので、大至急救済品を持ってヘイズ領へ行くべきだと、ワイコリーム公爵が力説した。
今回王都を救った英雄であるワイコリーム公爵の意見に、誰も反論することなどできなかったし、「国務大臣として国防省の実力に期待しています」などと挑発する余裕さえあった。
一番若い領主として目立たなかったこれまでと違い、明らかに力を付け前に出てきたといえる。
「覇王の側近になると、態度まで大きくなるのだな」と、シーブルが苦い顔をして嫌味を言った。
「フッ、当然でしょう。
覇王様の恐ろしさを知らない方は吞気なものですね。
覇王様に見限られたら、この国はお終いなんです。
だから覇王様にご助力いただくため、私は一生懸命なだけです。
貴方も何度か死の恐怖を味わえば、私の態度も理解できるでしょう。
文句があるなら、一般軍大臣としての手腕を皆に示してから仰ってください。
覇王講座では、一般軍の成績は常に最下位だったと記憶していますが、まさか本番でも……なんてことはないですよね?」
完全に上から目線のワイコリーム公爵は、ニヤリと笑ってシーブルの挑発を受けた。
「たかが公爵の分際で生意気な!」と、シーブルは怒りで拳を震わせながら怒鳴った。
王弟に向かって放たれた訳ではなく、一般軍大臣に向かって放たれた言葉だが、若い新米領主の辛辣な言葉を聞き、シーブルは理性を忘れてしまったようだ。
「わ、若造のくせに王弟シーブル様に意見するとは無礼な!」と、凄い剣幕でワートン公爵も噛み付いた。
「実力と年齢は関係ないだろう。
ワイコリーム公爵は国務大臣としても、【魔獣討伐専門部隊】の責任者としても申し分なく実績を上げている。
確かワートン公爵は、無理してマジックバッグを購入する必要などない……と、先月の会議の時にヘイズ侯爵に助言されていたと記憶している。
盟友としてヘイズ領を助けるのは当然でしょうな」
最年長のマリード侯爵は、こうなったのお前のせいだ! とは明言せず、遠回しに責任追及する。
宰相のサナへ侯爵も、領主ではない他部署の大臣たちも、「当然でしょう」「それが良いでしょう」と追随してくる。
これまでと違い、完全に根回しが済んでいるようだ。
圧倒的な数の同意で、ヘイズ領の救済は国防大臣が責任を持って行うと決定した。
ヘイズ侯爵の処分については、レイム公爵が戻ってから決定することになった。
……ここまで蚊帳の外だったことは初めてだ。
……サナへ侯爵までもが、事前に情報を教えないとは・・・
次の議題は、魔獣討伐に関わる追加予算についてだったが、財務大臣であるレイム公爵が留守なので何も決められない。
レイム公爵が帰り次第、至急会議を招集してはどうだろうかと、議長をしているサナへ侯爵が話していると、王宮警備隊の副隊長が、至急の伝令だと言って会議室に入ってきた。
「申し上げます。明日の午後、覇王様が王宮にお見えになるそうです。
ヘイズ領の救済に向かうワートン公爵以外は、出来るだけ謁見の間に集まるようにと」
覇王様の妖精が王宮に現れ、自分にそう告げたのだと副隊長は頭を下げた。
……妖精が指示を伝える・・・理解の範疇を越えている。しかし、これが覇王の遣り方なら、従うしかない。
「なんとも、第七王子は貴族の作法も知らないようだ」
弟のシーブルが放った言葉に、会議室の空気が凍り付いた。
冷気を放っているのはマリード侯爵、ワイコリーム公爵、マギ公爵を含む数人だが、私と違いシーブルは、覇王が怖くないのだろう。
「分かった。そのように準備する」と私はそう答えて、会議を終了させた。
少しショックを受けながら廊下に出ると、第一王子マロウと面会を拒否していた王妃が、取り巻きの側近や侍女を大勢連れて待ち伏せていた。
直ぐに王宮警備隊の副隊長が私の前に出て、王妃を睨み付ける。
「王様、信じられない噂を耳にしました。
この国の王妃である私の兄ヘイズ侯爵を、反逆罪に問うという酷い噂です。
あれだけ国のため王様のために尽くしてきたヘイズ侯爵を罪に問うなど、あってはならないことです! 偽りの言葉に惑わされてはなりません!」
久し振りに王妃の声を聞いたが、相変わらずヒステリックで、自分の意見を通そうとする。
政治に口を出すなとあれほど言ったのに、大臣たちの前で騒ぎを起こすとは愚かな。
「政治に口を出すなと命令したはずだ。自分の部屋に帰りなさい」
落ち込んでいた感情が、ますます落ちていく。抑揚のない声で王妃に命じて、私は移動を再開するが、第一王子マロウが行く手を塞いだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今回、国王と対面できませんでした。
次話こそ王宮に乗り込むと思います。




