171 王族として(4)
◇◇ トーマス王子 ◇◇
歓喜に湧く民衆の前に出て、私は右手を上げる。
すると側に居た魔獣討伐専門部隊の5人が、私の後ろに下がって跪き、その光景を見たレイム公爵の側近も、私の前に移動し少し下がって跪いた。
いったい何事? 何が始まるんだ? という顔をしたヘイズ領民たちは、私を貴族、それも高位貴族なのだろうと察したようで、騒ぐのを止め緊張した表情に変わっていく。
私はゆっくりと右手を下げ、強張った表情の領民を見て、できるだけ優しく微笑んだ。
「私は覇王様の命令で、魔獣討伐専門部隊と一緒に、被害状況を確認に来た第三王子トーマスだ」
王子であると名乗ると、「えぇーっ!」と驚いた声が広場に広がり、皆は慌てて跪いていく。
「覇王様は、ヘイズ領の民を大変心配され、私に被害状況を確認してくるよう命じられた。
途中で寄ったヨイデの町は、魔獣の大群に荒らされ悲惨な状況になっていた。
ライバンの森から氾濫した魔獣300頭は、ヘイズ侯爵が村や畑や林に火を放ち、魔獣討伐をせず二千人以上の民を見殺しにして押し戻した。
ヘイズ侯爵が行った魔獣の押し戻しによって、王都は壊滅の危機に陥る寸前だったが、ヘイズ領の民を救うために出動していた【覇王軍】【王立高学院特別部隊】【魔獣討伐専門部隊】が、命を懸けた厳しい戦いの末、ライバンの森近くで討伐した。
当面の危機は去ったが、今後も油断することはできない。
申し訳ないが、ケガ人を病院に運んだり、助からなかった人たちを広場まで運んで欲しい。
ヘイズ侯爵や役人の無能は、王族や大臣たちにも責任がある。それについては・・・本当にすまない。王子として懸命に正していきたいと思う。
魔獣の氾濫は始まったばかりだ。どうか皆で協力し合い、ともに国難を乗り越えて欲しい」
私は誓うように真剣な眼差しを民に向け、心を込めて頼んだ。
王族が頭を下げるものではないと分かっている。だが、覇王様だったら当然のことだと言うだろう。
叔父であり王族でもあるレイム公爵が、なんとも渋い顔をしてこちらを見ているが、ここで謝罪できないようでは、王になる資格などないと思う。
「分かりました」「頑張ります」と笑顔で答える領民は半数で、残りの半数は懐疑的な表情で私を見ている。
……これが現実。ヘイズ侯爵の行いは最低だが、それを放置した王族にも責任はある。
その後、念のために街を見回ったが、どうやら魔獣の討伐は完了したようだ。
広場まで戻ると、亡くなった人たちに神父が祈りを捧げており、駆け付けた遺族が悲しみに暮れていた。
死者の数は15人。ケガ人は30人を超えていた。
ふと広場の隅に、ぽつんと放置されたご遺体があることに気付いた。
「これで安心して若い女性は町が歩けるわ」
心底嬉しそうに言いながら、若い娘は遺体を睨み付ける。
「魔獣なんて簡単に倒してやると豪語したくせに、かすり傷も負わせられないとは情けない。親子揃って嘘つきなうえに、最低の人間だった」
商人らしき壮年の男性は、遺体を見下し吐き捨てる。
「お前に弄ばれて自殺した娘たちも、これで安心して眠れるだろう。奴隷のように民を扱い、傍若無人な行いの数々……フン、皆を苦しめた報いだ」
憎しみを隠すことなく、死んでよかったとでもいうように、若い男性は遺体の足を蹴った。
あまりに酷い言われようだ。誰もその遺体を他の遺体の場所に移動させようとしない。
それどころか、同じ場所に置くことを完全に拒んでいるとしか思えない。
……弄ばれて自殺? 皆を苦しめた報い? 傍若無人の行い?
死んで喜ばれる人間なら、余程の悪行をしたに違いない。などと思いながら遺体に近付くと・・・それは、レッドウルフに襲われ無残な姿に変わり果てた、私のよく知る若い男性だった。
……カ、カルタス君? えっ?
その遺体は、特務部の卒業資格で先月学院を出ていった、ヘイズ侯爵の次男カルタスだった。
確かに学院でも問題行動が多かった。
高位貴族にあるまじき女子寮への侵入など、執行部の女子学生の評価は最低だった。
だが・・・まさかこれほど領民に憎まれているとは。
広場の端から「領主の次男に天罰が下ったぞ」という声が聞こえてきた。
これは領主屋敷に行く前に、カルタス君が領民に何をしたのか確認しておく必要がある。
もしも領主の子息にあるまじき行為だったら、今回のことも含めてヘイズ侯爵の責任を問うべきだろう。
私は魔獣討伐専門部隊の兵士4人に、カルタスが行った悪行や、領主の評判を調べるよう命じた。
「な、なんだと!」と、報告を聞いて激怒したのはレイム公爵だけではない。
「やりたい放題だな」と呆れた副指揮官は、王都でも評判は悪かったと言う。
無銭飲食、商品の略取、商店への嫌がらせ、いわれなき暴力、最も許せないのが女性に対する暴行だった。権力を笠に着てやらかした悪行三昧が明らかになった。
「父親である領主の責任は大きいな。息子の非道を放置し、当然のように揉み消し、訴え出れば逆に処罰する? 信じられない。どうしてこんな領主を・・・」
どうしてこんな領主を野放しにしているんだ! と言い掛け、その責任は国王にあると思い至った私は、言葉を飲み込んで下を向いた。
きっと同じことを領民も思っている。懐疑的な視線は当然のことだった。
アコルが力説していた諫言の数々が、今になって胸に深く突き刺さってくる。
私だって分かっている! そう思っていたけど、分かっていないから、アコルは私とレイム公爵をここに派遣したんだ。
王とは何か? 王として何をすべきか? 王になって自分は何をしたいのか? 自分はどんな王になりたいのかを考えろと、覇王としてアコルは言った。
冒険者として旅に出てから今日まで、どんな王になりたいのか考えてきた。
考えて考えて、民を守れる王になりたいと思った。
何をすべきかという問いには、まだ答えが出ていなかった。
……そうか、私はいつも思考するだけで行動していなかった。
自分で考えて行動し、自分の目で見て答えを出さなきゃダメなんだ。
王になる者は、事前に予想し最善の策を練った上で、自ら行動し、部下を迅速に動かせるようにならなきゃダメなんだ。
王宮で報告を待つだけの王では、何の役にも立たない!
国王も大臣たちも、今回ヘイズ領に対し、魔獣に襲われたら自分で何とかするだろうと考えたはずだ。
マジックバッグを買わなかったのはヘイズ侯爵だ。責任は全てヘイズ侯爵にある。だから自分たちには関係ない・・・そう思ったのだろう。
だから被害状況を調べさせなかったし、ヘイズ侯爵から【覇王軍】と【王立高学院特別部隊】に出動要請が出てからやっと腰を上げた。
……それって、領民の命がどうなっているのか、関心が無かったということだ。
……気にしていたかもしれないが、急いで守ろうとか、守るための政策や方法を、具体的に考えていなかったことになる。
……しかも、腰を上げたのは【学生】だ。
……なんて無責任なんだろう。それを覇王様は気付かせてくれたのだ。
領都の安全を確認した我々は、怒りで体を震わせながら領主屋敷に向かった。
ヘイズ侯爵の屋敷は、4メートルくらいの城壁でぐるりと囲まれており、城壁の中に住めるのは領主一族だけだったと記憶している。
この城壁の中に領民を避難させていれば、多くの領民が亡くなることも大ケガをすることもなかっただろう。
きっちりと閉められている城門を睨み付け、門の上に居た門番に領主の依頼でやって来たと告げ開けさせた。
魔獣の襲来に怯えた者たちは、領主屋敷の3階から4階に閉じこもっているらしい。
私とレイム公爵は、王族権限を使い警備隊員と領軍の兵士を指揮下に置いた。
屋敷内に居た貴族や役人には、逆らえば反逆罪に問うと脅し、ヘイズ侯爵は爵位を剝奪される予定だが、一緒に処罰されたいなら剣を抜いても構わないと、レイム公爵が更に脅した。
誰もかれも貴族の身分は失いたくないようで、あっさりと指示に従う。
……ここでもヘイズ侯爵は、皆から嫌われていたようだ。
「平民になりたくなければ、領主一族を直ぐに捕らえよ!」と私は国王の代理として、大声で役人たちに命じた。
第一王子マロウと次期王座を争っている私と、王弟であるレイム公爵が乗り込んできたことで、誰も私が王の代理であることを疑わなかった。
屋敷で働いていた者は真っ青になり、後ろ暗いと思った者は、こそこそと隅に寄っていく。
「お前たちどういうつもりだ! この縄を解け! 無礼者! お前たちは直ぐに処刑してやる! 俺は領主の嫡男だぞ!」
最初に引きずられて来たのは、ヘイズ侯爵の長男だった。
職務を果たしているだけの者に向かって、処刑してやると権力を振りかざす姿を見て、これがヘイズ領の日常なのだと認めざるを得ない。
「何をしている! 私に逆らった者は全員爵位を剝奪するぞ! 誰のお陰て貴族でいられると思っているんだ、この無能が!」
聞くに堪えない言葉の羅列に、これが領主なのかと思うと、情けないというより怒りの感情しかない。
自分の無能を棚に上げ、よくも言えたものだ。
わーわーと汚い言葉で喚きながら、領主と嫡男が私の前へと連れてこられた。
当然私を睨みつけ、王子の分際で無礼だろうと怒りで肩を震わせる。
「王子の分際? フン、たかが侯爵の分際で何を偉そうに。
この国は、いつから王子より侯爵が偉くなったんだ?
どうやらヘイズ侯爵は、貴族としての最低限の知識さえ持ち合わせていないようだ」
側近の後ろに居たレイム公爵の存在に気付いていなかったのか、王弟の声を聞いたヘイズ侯爵は、濁った瞳をこれ以上開けない程に開いて口を閉じた。
「どうしたヘイズ侯爵、公爵であり王弟である私に、何故礼をとっていない? この無礼者が!」
レイム公爵は大声で叱咤し、縄でぐるぐる巻きにされているヘイズ侯爵の頬を、パーンという大きな音を響かせて叩いた。
自分こそが最高権力者だと思っていたヘイズ侯爵の嫡男は、絶対権力者である父親がぶたれたことにショックを受けたようで、急に真っ青になっていく。
ヘイズ侯爵に手を上げたことで、この場で最も権力があり地位が高いのが誰なのか、一瞬で決定した。
「領民を魔獣から守ることもせず、勝手に村を焼き、領民は住む家を失くした。
魔獣の襲撃を伝えず、避難させなかったことで、二千人以上の民を見殺しにし、救済さえしなかった。
それだけでも爵位剥奪に異議を唱える大臣はいないが、魔獣の大群を意図的に押し戻し、王都を襲撃させようと企んだことは、完全に反逆罪だ。
また、冒険者ギルドのギルドマスターを不当に投獄した。
領民の避難を領主の指示で禁止したことは、領主としてあり得ない。
王族である私もトーマス王子も、お前を領主失格と判断した。
お前を処刑するか、爵位剥奪とするか、決めるのは国王だが、爵位剥奪の上で処刑される可能性が高いだろう」
これこそが王族という威厳を示しながら、私と話し合って決めた処罰内容を、レイム公爵ははっきりと宣告した。
憎しみ、憤り、ありとあらゆる怒りの感情を口から吐き出す前に、私は副指揮官に命じてヘイズ侯爵に猿轡をさせた。
よく回る舌も尊大な態度も、口を塞がれ縛られれば諦めるかと思いきや、今に見ていろ!と言わんばかりの視線を向け、反省する態度など全く見せなかった。
ヘイズ侯爵と嫡男、その夫人や親族を全て捕らえて、私は軍の荷馬車に放り込むよう命令する。
ヨイデの町に到着したら、街の悲惨な状況がよく見えるよう、荷馬車の幌は外すことにしよう。
財産隠しや罪の隠ぺいを阻止するため、レイム公爵と側近1人が領主屋敷に残ることになった。
冒険者ギルドのギルマスも、直ぐに釈放されるだろう。
きょろきょろ見回し、護送されるメンバーの中に次男カルタスが居ないことに気付いたヘイズ侯爵は、ニヤリと不敵に笑った。
「ああ、カルタスは、魔獣に襲われ街の広場で亡くなっていた。真面目に魔法を勉強しなかったから、自分は強いと勘違いしたのだろう」
姿の見えない息子に何かを期待していたようなので、私は憐みの視線を向け、カルタスの死を告げた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
トーマス王子、一歩前進しました。
次回は、アコルと国王が対面する予定です。




