166 次のステップ(2)
王都の最南にあるミルクナの町は、セイロン山の麓にある人口二千人という小さな町だ。
俺はサーシム領で会った光のドラゴンであるランドルの願を叶えるため、ラリエスとボンテンクを伴ってやって来た。
ミルクナの町には、セイロン山に安全に登れる登山道があるけど、その分魔獣が下山し襲われる可能性も高く、町はぐるりと壁に囲まれていた。
「やあ、いらっしゃい。年末は世話になったな」
街の入り口を守っている警備隊の隊員が、検問のため馬車から降りた俺とボンテンクに気付いて、笑顔で声を掛けてくれた。
「今日は荷馬車じゃなくて、えらく豪華な馬車だなぁ」
スノーウルフの群と変異種から町を守ってくれた学生に、もう一人の隊員も笑顔を向けながら、馬車と隊服に付いている紋章を念のため確認する。
「「ん? この紋章は・・・」」と呟いて、二人は固まった。
覇王が現れたことは既に知れ渡っていたが、王立高学院の学生であり、ブラックカード持ちの冒険者であるとの情報は、つい最近国中に告知された。
各町を守る門番には、覇王の紋章や覇王軍・王立高学院特別部隊の紋章の情報が、告知と一緒に届いていた。
そして、覇王・覇王軍の紋章を付けた専用馬車が到着したら、何をおいても指示に従い、最優先で便宜を図れと命令を受けていた。
「は、覇王様? し、し、失礼しました!」と、二人は慌てて跪き礼をとった。
馬車には覇王の紋章が、隊服には王立高学院特別部隊の紋章が付いていたのだ。
覇王軍の隊服はまだ作っていないが、マントには覇王軍の紋章が刺繡してある。
「今回は光のドラゴンに会いにきたんだ。
グレードラゴンは人間を食べるけど、光のドラゴンは人を食べることはない。
まあ、口から火を吐くから危険だけど、グレードラゴンや変異種を退治してくれる味方だ。
もしも姿を見掛けても、攻撃しないよう町の人に教えておいてね」
緊張して顔色の悪い二人の門番さんの礼を解かせて、俺は笑いながら伝えた。
そして、クラスメートのミレッテさんの父親であり、この町の代官でもある準男爵に、冒険者ギルドまで来て欲しいとの伝令を頼んだ。
久し振りのミルクナの町に入ると、年末年始に来た時と違い町は活気に満ちていた。
この時期には鉱山で採掘が始まるし、セイロン山で一旗揚げようと意気込む冒険者たちが、町の外から働きにやって来て人口が増えていた。
「先日灰色のドラゴン2頭と、金色のドラゴンが上空で戦いながら、セイロン山から離れていった。
灰色の方は人を食べると聞いていたので、町の皆は胸を撫で下ろしたところだ。まあ、金色のドラゴンは戻ってきたけどな」
冒険者ギルドの前で「覇王様の馬車だー!」と騒ぎになった後、俺たちはギルマスの執務室に通されて、最近の様子を聞いている。
俺はギルマスと代官にサーシム領での体験を話し、ラリエスの契約妖精トワが姿を現して、光のドラゴンは敵ではないことや、これから覇王様と一緒にグレードラゴンや変異種を討伐していく予定なのだと話した。
「まさか金色のドラゴンが、サーシム領でグレードラゴンと戦っていたとは……」
ギルマスは、ドラゴンは全て敵だと思っていたので、セイロン山からドラゴンが離れたことを単純に喜んでいたのに、金色のドラゴンが戻って来て、これからどうしようかと途方に暮れていたのだと言う。
「それでは、新たなグレードラゴンが飛来しなければ、ミルクナの町は当面安全だと考えてもよろしいのでしょうか?」
表情が明るくなった代官は、期待を込めて質問してきた。
「いえ、残念ながら、グレードラゴンにとっても変異種にとっても、光のドラゴンは最も警戒すべき存在ですから、龍山から再びグレードラゴンが飛来してくる可能性は高いです。
なので、光のドラゴンに敵を倒して貰うため、これから母ドラゴンを助けに向かう予定です」
俺はそう説明して、山頂目指してセイロン山を登ることにした。
セイロン山の5合目まで登ったところで、町を美しいオレンジ色に染めながら、夕日が沈み始めた。
ここまで登ると、王都やサナへ領、ワイコリーム領までが見渡せる。
見張りを其々の契約妖精に頼んで、俺たちは野営の準備を開始した。
土魔法が得意なラリエスが、先ず3人が寝泊まりできるかまくらを作り、かまくらを囲むように高さ5メートルの壁をぐるりと出現させた。
土魔法が使えないボンテンクは、かまくら内に床板を敷いたり、ランプの準備をしたり、薪を集めて松明の準備をしていく。
俺はいつものように夕食の準備だ。
途中の町で食料を買い足したので、冒険者として全国を回っていた時に覚えた料理を振る舞うことにする。
登山途中で狩った鳥を、ハーブを使って香草焼きにしていく。
そしてもう一品、春とはいえ標高が高いので、体を暖めるためにシチューを作っていく。今夜は贅沢に牛乳を使う。
ラリエスは王都の上級地区で売っている、超高級パンを用意しましたと言いながら、オシャレな籠にチーズ入りのパンを載せていく。
手先の器用なボンテンクは、ナイフでフルーツ盛り合わせを作成中だ。
初めて人間の作った料理を食べることにした妖精のトワは、興味津々で出来上がっていく料理を眺めている。
隣でエクレアが「アコルの料理は最高なのよ」と何気に自慢する。
魔獣除けの壁があるし、離れた場所に居る魔獣や獣を感知できる妖精が3人も居るので、ほぼ警戒することもなく、俺たちはご馳走を食べていく。
用意周到というか几帳面なラリエスは、トワのために人間の半分サイズの銀食器を用意していて、子供用のスプーンを渡してシチューを食べさせている。
エクレアは少食だけど、好き嫌いなくなんでも食べる。
ボンテンクのライム君は、肉を殆ど食べない。
ドラゴンの守護妖精でもあるトワは、初めて食べた人間の手料理を、ぺろりと全て完食した。
美味しかったと満足そうなので、また食べさせてやろう。
翌朝、夜明けとともに出発した俺たちは、昼前には7合目に到着し、ギルマスから聞いた美しい泉のほとりで昼食をとることにした。
ミルクナの冒険者ギルドに所属している冒険者たちは、この泉より高い場所には登れない決まりがあると言っていた。
これより高い場所には上級魔獣が生息していて、Aランクでも余程のことがない限り、上を目指すことはないという。
『ここから上にはロックドラゴンが居て、普段は凶暴じゃないけど、縄張り意識が高いから、自分のテリトリーに入ったモノは攻撃する。
でも、きっと、どの魔獣もアコル様を攻撃してこないと思うよ。今日は魔獣に出会わなかっただろう?』
セイロン山で生活していたトワが、この先に生息している魔獣のことをいろいろと教えてくれる。
そして不思議なことを言った。
「どうしてかなトワ?」と、泉の水を水筒に補充しながらラリエスが問う。
『だってラリエス、アコル様の魔力はたぶん170を越えている。魔獣の多くは、自分より魔力量が多くて強いモノを襲わない。
グレードラゴンだって、200を越える個体は少ないと思う』
「170? そういえば、やけに魔獣と遭遇しないと思ったよ」と、納得したようにラリエスは頷いた。
『まあ、魔獣たちから見たら、ラリエスだってボンテンクだって魔力量が120を越えているから、上級魔獣の仲間くらいには感じるはず。
だから、弱い獣や魔獣は寄り付きもしないでしょうね』
「ん? 魔獣って、俺たちを人間として認識するんじゃなくて、魔力量で見分けているのか?」
俺は初めて聞く衝撃の話に驚き、エクレアに確認する。
『人間と遭遇することが多いウルフ系やボアーたちは、人間だと認識していると思うわ。
でも、日頃人間と遭遇しない中級魔獣や上級魔獣なんかは、姿形じゃなくて、魔力量を感じ取って攻撃するかどうか決めていると思う。
自分より弱そうだと思えば襲うわね』
知らなかったのアコル?って言いながら、エクレアは重要な情報をくれた。
……まさか魔獣が、姿形じゃなくて魔力量を感じ取って攻撃していたとはびっくりだ。
『でも、弱い獣や魔獣は、魔力量なんて分からないと思う。だから、親や仲間から得た情報を覚えて、自分より強い魔獣とは戦わないようにしている』
ボンテンクの契約妖精ライム君が、追加情報を教えてくれる。
『アコルだってあたしと同調してる時は、強い魔獣の気配とか分かるでしょう?
あれって、魔獣の大きさとかじゃなくて、魔力量を感じ取っているのよ』
「えっ、そ、そうだったんだ。そう言われたら……そうかも」と、俺は何となく納得した。
……攻撃しようと魔力を込めていると、魔獣に俺たちの魔力量が分かるんだ。
「弱い獣を狩る時、アコル様は直ぐに気配を悟られて、獣に逃げられるってこと?」と、ボンテンクがちょっと嫌そうな顔をして確認しようとする。
『そうだよ。ボンテンクの魔力量でも、弱い獣は恐怖を感じて逃げちゃうね』とライム君が答えたので、「ウオー! なんでだー!」とボンテンクがショックを受けて叫んだ。
今回サーシム領の魔獣討伐で、冒険者ランクがBAになったボンテンク先輩は、早くAランクになりたいと魔獣討伐に燃えていたから、がっくりと肩を落とした。
「それなら変異種は高い魔力量を持っているから、下位の魔獣を恐怖で従えているというのだろうか? それとも何か他の力だろうか?」
『それは分からないわ。でも、魔獣の氾濫が起こる時の特有の現象ね』
俺の問い掛けに、エクレアは分からないと答えた。ライム君もトワも、分からないという。
試しにトワとの視覚の共有を使って、ラリエスは上空から魔獣の動きを観察してみようと提案した。
「確かに私たちが動くと、獣が逃げていきます。あっ、この先200メートルに、レッドウルフの群が居ます。でも、変異種は居ません」
ラリエスはそう言いながら、レッドウルフの動きを慎重に追いかける。
すると、何かを突然感じ取ったようで、群れは俺たちとは反対方向に移動を始めたらしい。
無駄な魔獣との対戦を回避できるのは有難いが、冒険者として活動するなら、魔力量が多いのも考え物だ。
午後3時、ゴツゴツした大きな岩の多い場所で少し休憩することにした。
大岩の上に三人で座って下界を眺めていると、ふと何か強い力を感じて空を見上げた。
そこには、光り輝く王冠を戴き、金色の翼を優雅に広げて飛ぶランドルの姿があった。
どうやら俺たちの気配を察知して、迎えに来てくれたようだ。
「おーい、ランドル!」と全員で手を振ると、ランドルは明るく「キュイキュイ」と鳴いて、近く大岩の上に着地した。
俺はトワに、母竜と守護妖精の様子を聴いてもらうことにした。
久し振りに会った大事な大事な子竜を見て、魔力を取り戻しすっかり元気になったトワが、嬉しそうにヒュンと飛んでいく。
どうやら母竜とランドルの守護妖精は、他の魔獣からの攻撃を避け、此処から300メートル登った場所に在る、大きな洞窟の中に潜んでいるらしい。
しかし、その洞窟の入り口は突き出た崖の上に在り、人間ではとても登れないという。
様子を見に行ったトワも、あれでは登れないと首を横に振った。
かといって、かなり衰弱している母竜を動かすことはできない。
方法があるとしたら、迂回して洞窟より上に登り、上からロープを使って降りるか、ランドルが俺を運ぶかってところだ。
念には念を入れて洞窟の近くまで登ってから、ラリエスが視界の共有を使い、本当に洞窟に辿り着くのが困難なのか確認してくれた。
「う~ん、上から降りるのも無理そうです」
残念そうに答えたラリエスは、洞窟より少し上に、見たこともない変異種らしき個体が単独でうろついていると付け加えた。
その変異種らしき魔獣は、足はロックドラゴン、胴体はアースドラゴンに似ていて、頭はまるで大蛇のようで2つあるそうだ。
目は2つらしいが、頭が2つあるから合計で目は4つある。決して油断はできない。
結局俺は、毛布を2枚使って自分を包んでもらい、固く結んだ結び目をランドルに足でがっしりと掴ませて、洞窟内へと運ばせることにした。
格好良く背に乗る・・・って考えたりしたけど、絶対に落ちそうだったから止めた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
更新遅くなりました。次の更新は、28日(金)の予定です。
 




