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16 本店の見習い

新章スタートしました。

これからもよろしくお願いいたします。

 次の日、本店の秘書見習いとして異動する前に、俺はバジルに事情を説明した。


 たった1ヶ月しか一緒に勉強できなかったけど、これからも友達でいようねと約束して、昨日まで使っていたお茶をバジルにプレゼントした。


「これって、アコルがブレンドしたお茶だろう? 貰っていいの?」


「本店に行ったらもう少し高級なお茶になると思うし、バジルが雑用係の時に使ったら、きっと先輩たちが喜ぶよ」


「ありがとうアコル。あの……お願いがあるんだけど、もしも休みの日に会えたら、僕に魔法の使い方を教えて欲しいんだけど……ダメかなぁ」


 バジルは水魔法と風魔法の適性を持っているけど、水はコップ一杯を出すのがやっとで、風魔法に至っては髪の毛を揺らす程度しか使えないらしく、俺の使う魔法を見て、ちゃんと訓練してみたいと思ったらしい。


 そしてバジルの話によると、平民の多くは自分と同じレベルの魔法しか使えないのが普通で、俺が使った魔法は常識外だったらしい。

 騎士爵の家の子息であるカルーアでさえ、貴族なのに水魔法のレベルはコップ二杯程度、土魔法は小さな水溜りを塞ぐこともできないそうで、だからこそ軍人の道には進めず、商人になるしかなかったのだろうと、同じ中級学校に通っていたバジルは言う。


「大丈夫だよ。きっと10分でも毎日練習すれば魔力量は増えるよ」


「ありがとうアコル! 俺たち平民は、魔法の使い方を習う機会がなくて、もしも上達できるのなら頑張ってみたい。アコルは何処で魔法を習ったの?」


「俺の両親は冒険者だったんだ。しかもAランク冒険者」


「す、凄いね。だからかぁ……魔力量は親の遺伝で決まるって言うよね」


 朝食を終えた短い時間だったけど、バジルと話せてよかった。王都で初めてできた友達のバジルとは、これからもいい関係を続けられる気がする。

 住む場所が下級地区から中級地区になるだけで、同じ王都に居るんだからいつでも会える。



 迎えにきたマルクさんに連れられて、服屋に行き、靴屋に行き、かばん屋に行った。

 どんな店でも値段と商品のチェックを怠らない俺は、店の人にやや不審がられながらも、こっそり陰でメモを付けた。


 だってマルクさん、自分で選べなんて言うから、あれこれ品定めする時間があったんだよ。

 これだと思った服や靴や鞄を3点選んで、その中にマルクさんの眼鏡に適うものがあれば購入できるが、不合格だとやり直しになった。


 どこの店の人も、俺みたいな子供が買い物に来ても嫌な顔をしない。どうしてだろう?と考えたら、マルクさんはモンブラン商会のバッジをしていた。

 俺が信用されている訳ではなく、モンブラン商会の信用が店主の対応に繋がっていたのだ。


 商会員になってバッジを貰ったら、自分の行動が商会の評判に関わることになる。だからこそ、モンブラン商会は見習いにも厳しい教育をするのだ。


 王族や貴族を相手にしている本店で働けるのは、一部のエリート商会員や幹部候補だけで、見習いなんて過去200年遡っても居ないとか。大丈夫かなぁ……


 ……接客することは絶対にないだろうし、お客様にお茶を出すこともないはずだ。だよね?


 あれこれ考えてもしょうがない。買い物した服を着て、新品の靴を履いて、黒光りする鞄を手に持って、いざ、本店へ!!




 ◇◇ レイモンド会頭 ◇◇


 まさか【昇格試験】にまで合格するとは思わなかった。

 やはり彼は、自分に必要なものを引き寄せる運を持っている。


「マルクさんによると、【商会員試験】は、ゴミ箱に捨ててあったノートを拾って勉強し、【昇格試験】は、試験を受ける先輩に頼まれて、先週3日間だけ3人分の教科書の重要事項に線を引く作業をしたらしいです。


 教科書は3冊ありましたから、合計9冊分の線引きだけでも、寝る時間を削ったはずです。

 しかもアコルは、線を引きながら内容を全て暗記していた。


 最高得点の96点には1点及びませんでしたが、筆記試験で95点取るなんて、誰も想像さえしていなかったことです。

 でも、そこじゃないんです! 私が驚いたのは一般問題ではなく、提言書の方です」 


 白磁の責任者をしているセージが、アコルの答案用紙と提言書を私の前に置き、興奮しながら説明を始めた。

 提言書の得点は50点満点で、45点以上の得点を取った者には、毎回特別賞が与えられる。


 今回のお題は【白磁の販売に関する提言】で、白磁の商品価値を上げる方法、販売方法、付加価値について、運搬方法、管理方法、商品開発など、様々な観点から意見を求めた。


 制限時間が30分しかないので、半数の者は数行しか書けていなかった。

 日頃からアイデアを考えていないと、いきなり思いつく内容でもない。だからこそ、45点取れる者は毎年一人出るか出ないかだった。

 

 採点ポイントは5つ。


①分かりやすく書かれているか ②内容が実現可能かどうか ③どれだけの利益を生み出せるのか ④経費の概算ができているか ⑤お客様にメリットはあるか の5項目で、各項目に10点が与えられる。


 アコルの提言書は、分かりやすいという点では群を抜いていた。

 何せ付加価値をつけるための物・サイズ・使用方法の2種類を、それぞれ図で説明していたのだ。一目瞭然と言える程に絵も巧かった。


 ②の実現可能かどうかで言えば、問題なく実現可能だった。


 ③の利益については、必要とする人の感性によるので、話題性という点で利益が見込めると書かれていた。


 ④の経費の概算は、1個作るための費用が詳しく書かれており、仕入先が冒険者ギルドの場合と但し書きまでしてあった。


 ⑤のお客様のメリットという項目には一番力が入っており、使い方に多様性(匂い・希少価値・お洒落)があると説明されていた。


 アコルが考えたのは、白磁を入れる箱に結ぶリボンの代わりに、香木(切れ端や廃棄分)を使った飾り(花・蝶など)に紐を通して結ぶというものだった。


 香木の飾りは、隠れて見えない大きさの台座に貼り付けて、台座に穴を2か所あけ紐を通し結ぶ。

 香木の飾りは、ペンダントとして再利用できるし、カバンに縫い付けることも可能で、女性が喜ぶこと間違いなし! と断言されていた。


 ……10歳のアコルが、何故女性が喜ぶと分かったのかは謎だ。


 提言書の最後は、高級な香木が、白磁の高級感を増すことに・・・で終わっていた。

 きっとそこで時間切れになったのだろうが、配られた2枚の用紙をフルに使って書かれていた。


 香木の飾り……などという発想は、普通男性からは出てこない。

 香木は高価だというイメージがあり、切れ端や廃棄分を使うなんて……変なプライドがある大商会で働く人間では思いつかない。


 アコルのアイデアは、女性のお客様を喜ばせたいという思いから出ている。

 お客様に喜んで頂ける・・・商人にとってそれは原点とも言える考え方である。そう思ったからこそ、試験の採点委員をしていたセージは45点を付けたと言う。


 他の試験官たちも、僅か10歳の少年の提言に舌を巻いたとセージは付け加えた。


「う~ん、成る程なぁ。こういう発想はこれまで無かったな。しかも製作は手先の器用な見習いを鍛えれば大丈夫と書いてある。これは……自分なら作れるってことかな? いや、作ったから書けた内容だろうな」


 私はセージの説明を聞き、アコルの提言書を見ながら呟く。

 期待以上の成果をあっさりと出してしまうアコルに、つい顔がにやけてしまう。


 本店の煩い連中も、これを見れば少しは大人しくなるだろうか。

 いよいよアコルがやって来る。何からさせようかと考えるだけで楽しい。




 ◇◇ マルク人事部長 ◇◇


 確かにアコルは面白い。

 何故あれ程までに会頭が気に掛けるのかと考えていた頃が、懐かしく感じる。

 今では俺も、アコルという少年から目が離せなくなっている現実に、おかしくもあり楽しみでもある。


「アコル、本店の正面入口には決して近付くな。例外は、会頭に同行している時と、会頭の指示で用件がある時だけだ」


「はい、マルクさん」


 本店の正面に到着した俺は、アコルに次々と注意事項を話していく。


「本店に入る裏口は2箇所ある。店で販売を担当する者が使うのが右手の出入口で、2階より上で働く者が使うのは左手の出入口だ。それから、用のない階には出入りしないように。アコルは5階で働くことになるだろう」


 支店の倍はある大きさの建物を、キョロキョロと見上げているアコルを連れて建物の横をぐるりと回り、本店の裏手で出入口の説明をする。


 本店の裏には、3階建ての建物が二棟建っている。一棟は倉庫と作業所になっていて、もう一棟は研修室、会議室、商会員宿泊施設、寮になっている。


「研修棟は、3階が本店勤務の者の寮、2階は主に高学院を卒業した幹部候補の者や、各領都の支店長・副店長クラスの者が、研修や出張時に利用する宿泊施設、1階は研修室と会議室になっている。


 来月には高学院を卒業した幹部候補3年目の商会員の、【昇格試験】が行われる。前日から多くの者が泊まり込みで試験を受けに来るので、出来るだけ関わらないように。子供のアコルを見付けたら、騒ぎになる可能性がある」


「はい、気を付けます」


 声変わりもしてない高い声を聞いて、本当にまだ10歳なんだと実感する。

 子供の秘書見習いなど前代未聞だ。しかも()()()……と頭につくことになる。騒ぎになるのは当然だし、アコルに興味を持つ者も出るだろう。


 会頭との繋がりや生い立ちに至るまで、きっと躍起になって調べるだろうし、情報を聞き出そうと近付く者もいるはずだ。たかが子供と甘く見て脅すような奴も必ずいる。

 自分の時がそうだった。


 商会員になって半年後、前の会頭から突然高学院に行けと言われて、猛勉強して翌年入学したのはいいが、どんな手を使って会頭に取り入ったんだとか、本当は会頭の親族だろうとか、無能な平民が高学院を卒業できる訳がないとか、特にエリートコースである高学院卒業組からの虐めは酷かった。


 ……アコルはまだ10歳だ。会頭がついているとはいえ、いばらの道であることは間違いない。


 頭がいいだけでは、本店勤務は務まらない。

 狡猾な狸じじいや、貴族出身の高慢な幹部を相手に働かねばならない。同じ商会で働いていても、会頭派ではない幹部の派閥もある。


 今の会頭が組織改革に乗り出して直ぐ、会頭の秘書は不審な死に方をした。

 国で一・二を争う大商会が、平穏であるなんて有り得ない。


 ひと時も気が休まらず、気を張り続けておられる会頭の癒しに、いや、助けになってくれることを、俺はアコルに望んでしまう。

 アコルの成長を楽しみにされている会頭の期待を裏切ることなく、アコルが会頭に尽くしてくれるなら、俺はできるだけの支援をする。


「アコル、会頭の言うことをしっかり聞いて、会頭の手となり耳となれ。アコルだから出来ることが必ずあるはずだ。困ったことが起きたら俺に相談しろ」


「はい分かりました。困った時はよろしくお願いいたします」


 少し緊張した表情のアコルは、俺の瞳をまっすぐ見て返事をした。


 やや薄暗い階段を上り切ると、5階の廊下の窓から中級地区の景色が眼下に広がる。その景色を感動したように見ているアコルの背中を押して、会頭の執務室の前に立ち姿勢を正す。


 ドアをノックし「マルクです。アコルを連れてきました」と会頭に声を掛けた。

   

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

いよいよ次話から、秘書見習いの仕事がスタートします。

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