154 新たな魔獣の氾濫(7)
翌朝、うつらうつらしている俺を起こしたのランドルだった。
《キューッ、キュイッ》と鳴きながら、俺に何か訴えているようだが言葉が通じない。
とりあえず水を取替えてみるけど、どうやら水ではないようで残念そうに持ち上げた首を下げた。
「もしかして腹が減ったのか?」と訊いてみるけど返事がない。
金色のドラゴンは変異種や上級魔獣を食べたと聞いているから、本当に正しいかどうか試すチャンスかもしれない。
俺のマジックバッグの中には、昨日討伐した魔獣の半分以上が幸運にも収納されたままだ。確かレイムが入っていたから、試しに出してみよう。
ポンと毛皮を剥いだレイムを出すと、ランドルが嬉しそうに《キュイッ・キュイッ》と鳴いて体を起こそうとするので、腹が減っていたので間違いないようだ。
「アコル様、大丈夫ですか」と壁の外からルフナ王子が声を掛けてきた。
「ああ、今出る」と応えて、食事を邪魔しないよう壁の外に出ていく。
ランドルが鳴いたので心配になった様子のルフナ王子に、可愛い鳴き声だろう?って自慢してみる。
「確かにグレードラゴンと比べたら可愛い」と言うルフナ王子に、ゲイルもラリエスも笑顔で頷いた。
ゲイルは火を起こし朝食の準備をしていて、ラリエスは魔法を使ってバスタブの水を辺りに撒いている。
これから魔獣が来るかもしれないから、バスタブは収納しておこう。
南門前のかまくらで寝たボンテンクたちも起きたようで、4人が歩いて来るのが見える。
見上げた空は薄紫色で、日の出にはまだ時間がありそうだ。
初めてかまくらで寝泊まりしたメンバーも、想像していたよりぐっすり眠れたと言って、元気よくパンを頬張りスープを飲んでいく。
レイトル王子も雰囲気に慣れたようで、美味しいと言いながらスープをおかわりしている。
「ところで、どうしてランドルなんですか?」
食後のお茶を飲みながら、金色のドラゴンに付けた名前の由来をトーブル先輩が訊いてきた。
「ランドルは古語で龍という意味なんだ。
よくよく考えたらコルは光という意味だから、この国の名の由来は、直訳すると光る龍、すなわち金色のドラゴンを指していると思う。
ちなみに俺のアコルという名は、アが小さいだから、小さな光という意味だ」
「古語の講義は、確か貴族部が3年で受けるはずですよね? もう貴族部3年の教科書まで読まれたのですか?」
俺の話を聞いたトーブル先輩が、ちょっと呆れたような顔をして質問する。
まあ特務部の教科書以外は、3年まで全部読んだけど、そこは微笑むだけで誤魔化しておこう。
そうこうしているうちに空は朝焼けに染まり、南門が開かれて冒険者たちが出てくる。
俺はランドルの様子を覗き、大骨以外綺麗に食べられたレイムを見て、仮説は正しかったと確信した。
「お腹いっぱいになったか? そうだ、名前が無いと不便だから、ランドルって呼んでもいいか?」
少し元気になった様子のランドルの頬を擦りながら訊いてみる。
すると、言葉が通じたみたいにランドルは《キュイッ》と元気に鳴いて首を縦に振った。
「今日からお前はランドルだ。俺はアコル、よろしくな」
俺はそう言いながら、ランドルの鼻筋をよしよしと撫でてやる。
座った姿勢を保っているので、今のうちに仲間を全員ランドルに紹介することにした。
若干腰が引けている仲間を壁の中に入れて、俺はランドルに皆を紹介した。
そうした方がいいと思えたし、皆にもランドルと仲良くして欲しいから。
一人一人が中に入ってきて自己紹介し、最後に入って来たラリエスが名前を言った時、ランドルはいつもとは違う声で《キュルキュル》と鳴いて、何かを伝えるように視線を上に向けた。
何事だろうかと俺とラリエスが上を見ると、6色の羽根?を広げて飛んでいる妖精?が居た。
「6色の羽根・・・」と呟き、ラリエスは固まった。
その妖精はこれまで見てきた妖精とは姿が少し・・・いやかなり違っていた。
その妖精は、人型に近いけど爬虫類というかドラゴンのような尻尾があり、6色の鱗のような服を着ていて、金色のドラゴンと同じように頭に黄色い冠をかぶっていた。
顔は男の子の顔だけど、6色の羽根も他の妖精と違って透明感が無く、ドラゴンの翼に似て2枚しかない。
手足は他の妖精よりがっしりしている。背丈はエクレアと同じくらいだ。
「まるで、顔以外はミニドラゴンだな」と、俺は率直な意見を言う。
『アコル、あの子は妖精族だけど、竜種を守っている特殊な守護妖精だわ』と、エクレアも初めて会うタイプの妖精に驚いている。
姿を現した男の子の妖精は、何も喋らないままじっとラリエスの方を見ていて、どこか弱弱しい感じがする。痩せていて、顔色も悪いし元気もなかった。
「こ、これは我がワイコリーム家の家宝の一つで、初代覇王様の時代の物だと言われているドラゴンの牙だ。
もしもこの贈り物で良かったら、私と契約して欲しい。私の名前はラリエス。トワと呼んでもいいだろうか?」
ラリエスはマジックバッグの中から、いつも大事そうに持ち歩いている黒い革袋を出して、自分の掌の上に10センチくらいの黒い牙を載せ、契約のお願いをしながら真摯に頭を下げた。
『我の名はトワ。ラリエスと契約を結ぼう。もう800年……人と話してない。上手く話せているか分からない。これは、ドラゴンの心臓の化石。やろう』
どこか片言の話し方だけど、トワという古代語で希望という名を受け入れた妖精は、笑顔でラリエスと契約した。
……あまりに予想外でびっくりだ。
「ありがとうトワ。これからずっと一緒だ。よろしく」
念願の妖精との契約を果たし、ラリエスは感無量という表情で微笑んだ。
『私は覇王アコル様の契約妖精エクレア。もしかしてトワは、ドラゴンと話せるの? もしもそうだったら、アコル様とも契約できるかしら?』
エクレアはいつもより強く七色に輝きながら、予想外というかとんでもないことを訊いた。
『我は……昔の力を失くしている。できるか分からない。魔力少ない。ラリエスの魔力……奪うかもしれない。今の我は、光のドラゴン……護れない』
長いこと誰とも契約せず、守るべき主やドラゴンに出会えなかった様子のトワは、すっかり魔力を失っているようで、守護すべきドラゴンを護れないと悲しそうに打ち明けた。
それなら私の魔力を分ければいいと、ラリエスは貰った深紅のドラゴンの心臓の化石を握って魔力を流そうとしたので、俺は慌ててそれを止めた。
「待てラリエス、それじゃあダメだ。ここまで弱っていたら、ラリエスの魔力が枯渇する可能性がある。ちょっと待ってろ」
俺はそう言って、自分のマジックバッグの中に保管してある魔石を思い浮かべた。
そして、ピッタリな魔石があったことを思い出し、「出でよアイススネークの変異種の魔石!」と唱えて、雪のように真っ白に輝く、俺の拳の倍はある大きさの魔石を取り出した。
「これをトワにやろう。この魔石から魔力を吸収してみろ」
全盛期はかなり高い魔力を持っていたはずだから、トワの魔力を貯める器は大きいはずだ。
だから器を満たそうとすると、ラリエスの魔力は枯渇するだろう。
トワは目を見開き、目の前に差し出された大きな魔石を食い入るように見て、本当にいいの?って確認するような視線をエクレアに向けた。
『この魔石ならきっと200くらいの魔力が取り込めるわね。それでも、ここまで弱っていたら、全部は取り込めないと思うわ。
覇王であるアコル様が許可したんだから大丈夫。その魔石はあなたの物よ』
エクレアはにっこりと微笑み、落ち着いて魔力を吸収しなさいねと指示を出した。
トワはそれはそれは嬉しそうに涙を零しながら、俺の掌の上の魔石を大事そうに抱え込んだ。
「アコル様、冒険者たちが到着しました」と、壁の外からボンテンクが声を掛けてきた。
そうだった、これから謎の変異種とホーンブルの群を偵察に行くんだった。
「ラリエスと俺は手が離せなくなったから、ボンテンクとギルマスに指揮を任せる。
もしも敵が襲ってくるようなら、決して無理をするな。1時間以上先に進んでも遭遇しなかったら戻ってこい」
「承知しました」とボンテンクが答えて、俺の話を聞いていたギルマスも「任せてくれ」と大きな声で了解してくれた。
この場に金色のドラゴンが居ることは、南門の見張りが見ていたから知っているはずだけど、ゲイルあたりが金色のドラゴンは味方だと説明してくれたのだろう。
だから冒険者たちは誰も騒がず、中を覗こうともしない。
俺の指示を受け入れ、皆は元気よく出発してくれた。
トワが魔石から魔力を吸収している間、俺とラリエスは北地区の様子を知らせに来たサブギルマスから、被災者たちと街の状況を聞いていた。
エクレアは、覇王である俺のことや契約者であるラリエスについて、出会ってからのあれこれを含めてトワに説明している。
「やはり心配していた通りの体たらく。結局避難所の住民には炊き出しも行われず、救済品を渡した気配もないとは・・・マジックバッグを購入するための条件に違反しています。
【王立高学院特別部隊】に救済を依頼するには、購入したマジックバッグに救済品を用意しておくと、領主には約束させたはずです」
サブギルマスの話を聞いたラリエスは、怒りを通り越して覇王様に対する反意だと言い出した。
【危機管理指導講座】が終了して、まだ10日くらいしか経っていないとはいえ、炊き出しをしないという現状は受け入れがたい。
仮に救済品を準備できていなかったとしても、街の大半は被害に遭っていないのだから、いくらでも食料は調達できたはずだ。
「とりあえず昨日討伐した魔獣の肉を、冒険者ギルドから持って行き、Dランク以下の若い冒険者たちに焼かせています。
うちには大鍋の用意がないので、焼くだけという簡単なことしかできません。避難所には役人の姿さえありませんでした」
避難所の様子を見てきてくれたサブギルマスは、この町の役人は、こんな非常時でも午前8時にならないと働く気がないらしいと溜息を吐いた。
「サブギルマス、申し訳ありませんが、商業ギルドのギルマスかサブギルマスを呼んできてもらえますか?」
俺はサーシム領の役人が救済品を用意しているかどうかを確認するため、商業ギルドのギルマスを呼び出すことにした。
サブギルマスは、直ぐに連れてきますと了承し城壁の中に戻っていった。
最悪の場合、商業ギルドに救済品を準備させることになるだろうが、【王立高学院特別部隊】は銅貨1枚たりともお金を出す気はない。
ここは領主の本気を見せて貰って、信用する価値もないと判断したら、2度とサーシム領には救援にも救済にも来ないと、領民の前で宣言することにしよう。
覇王である俺がサーシム領を見捨てることになれば、冒険者ギルドも商業ギルドも撤退するかもしれない。
そうなれば、冒険者や商人はサーシム領から出ていくだろう。
果たして、そのことに気付ける側近や役人が居るかどうか・・・
「ここまで王の権威が失墜していたとは・・・」
ワイコリーム公爵家の嫡男であるラリエスは、そう呟いて深く息を吐きだした。
ラリエスによると、先月国王は、真摯に魔獣の氾濫に備えない領主は、大臣や副大臣の職を罷免すると通達を出したそうだ。
それなのにサーシム侯爵の態度は、大臣を罷免されることを恐れていないとしか思えないと、呆れたように首を横に振る。
「そうじゃないさラリエス。
ドラゴンに襲われた領民を見殺しにしても、国王は大臣を副大臣にしただけで罷免出来なかった。
マジックバッグを購入しなければ【王立高学院特別部隊】は派遣されないと分かっていても、購入しなかった領主に罰も与えていない。
そもそも、自分を毒殺しようとした王妃さえ処罰していない。
領主たちは知っているのさ。国王は何もできないのだと」
「・・・・・」
俺の話を聞いたラリエスは、何も言葉を返さなかった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
更新遅くなりました。




