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15 最後の雑用係

少し長くなっています。

 支店の食堂を利用するのは、【教育見習い】と【学卒見習い】の1年と2年、そして寮の2階で暮らしている商会員で、其々食事時間が決められていた。


 夕食の場合、18時から【教育見習い】、18時半から【学卒見習い】全員、19時からが商会員の皆さんで、現在の時刻は19時20分である。商会員の先輩12人は、食後のお茶をのんびりと飲んでいた。

 そんな先輩方の前に、俺と【学卒見習い2年】の8人は、マルクさんの指示で整列していく。


「今日の昼、アコルがカルーアに殴られた。カルーアとブルームの話では、アコルのせいでカルーアが商会員に怒鳴られたことが原因らしい。俺は悪くないと言ったカルーアと、アコルが不正を働いたと断言したブルーム、君たちの主張を聴こう」


 マルクさんはそう言うと空いている椅子に座って、カルーアとブルームに一歩前に出るよう指示した。


「俺はこれまで、雑用係をして怒鳴られることは少なかった。それなのに今日、久し振りに雑用係をしたら、先輩方からお茶が不味い、気が利かないと言われた。夕方には洗濯の仕方が悪いとも言われた。俺は今までと同じように仕事をしたのにだ。きっとアコルが1ヶ月の間、きちんと仕事をしなかったことが原因だと思う。アコルに注意したら、自分は真面目に働いていたと噓をついた。だから殴った」


カルーアは先輩方をちらりと見てから、憎しみを込めた視線を俺に向けて話した。

 同じように俺を睨んでいるブルームが、続けて口を開いた。


「アコルみたいなチビで間抜け……いえ、ここに来て間もない者が、ひと月も雑用係が務まるはずがない。だからアコルは、先輩方に金を渡したか、他の不正行為をしていたに違いない」


 ブルームは堂々と主張した後、先輩方に同意を求めるつもりで視線を向けた。

 ある者は無表情、ある者は怒りを滲ませた表情で、ブルームを見ていた。


「アコルを1ヶ月間雑用係にすべきだと主張したのは、カルーアとブルームだったと記憶しているが、ブルーム、君はアコルがひと月も雑用係が務まるはずがないと思っていながら、アコルに雑用係をするよう寮長である俺に提案したということだな?」


一見すると無表情のタイムさんが、低く凍るような声でブルームに問う。


「えっ? いえ、俺たちは1月から雑用係をしていたから不平等がないようにと、カルーアさんが提案したから多数決で決めたんです。バジル以外はカルーアさんの意見に賛成しました」


多数決で決めたことだから、自分がどう思っていたのかは関係ないと言葉を濁す。


「多数決で決めたのなら仕方ないな。それで、お前は俺たちがアコルから金を受け取ったり、不正な行為をさせて雑用係の仕事を手抜きさせたと言ったな?」


「えっ、違います。アコルが勝手に金を渡したり、自分から不正行為をも、持ちかけたんです。そ、そうだよねカルーアさん?」


 先輩方の刺すような厳しい視線が、自分に向けられているのだと気付いたブルームは、恐怖を感じてカルーアに助けて欲しいと同意を求めた。


「先輩方が悪い訳ではありません。学卒ではないアコルの行いが卑しいだけです」


 自分の考えたことが正しいと思っている様子のカルーアは、自分が先輩方に喧嘩を売ったという意識は全くなかった。

 カルーアの父は騎士爵を持っていた。低いとはいえ貴族の端くれの家の三男として育ったカルーアは、貴族の出身ではない者を見下していた。


「これだから庶民は」というのが口癖で、【学卒見習い2年】全員を部下のように扱っていた。

 先輩たちも貴族家の出身だと知っていたから、大声で怒鳴ったりするのを控えていたのだが、それが余計にカルーアを増長させていた。


「私は先輩方にお金を渡していませんし、サボらず真面目に働きました」


不正行為の意味は分からないままだけど、不正をしていないときっぱり断言する。


 自分たちまで不正を行った犯罪者であるかのように決めつけられ、可愛いアコルを卑しいと言い切られたことで、先輩方は完全に喧嘩を買う気になっていた。怒りの視線をカルーアとブルームに向け、逆襲方法を考え始める。


「それでは問う。商会員の中でアコルから金を受け取った者は手を上げろ」


マルクさんが凍るような声で問いながら商会員を見る。

 当然のことながら誰も手を上げることはない。


「次、アコルと不正な行為をした者は手を上げろ。また、その行為を目撃した者が居たら報告しろ」


マルクさんの口調と視線が段々と厳しくなる。

 いつの間にかアコルの不正を問うはずの場は、正会員が見習いから利益供与を受けたかどうかを問い質す尋問の場へと変わっていた。


「マルク人事部長、我ら商会員12名は、神に誓って金銭を受け取ったり、不正な行為をしていないと断言できます。今回の件は、アコルの優秀さを知らない若輩者が、アコルと我々を陥れようとしたものです。私は12人を代表して、【学卒見習い2年】全員に、アコルが雑用係として働く姿を見せることを提案します。そして実力差を思い知らせた後、処分をアコルに決めさせたいと思います」


 午後から受けた【昇格試験】で、参考書として貸して頂いた教科書の持ち主である商会員5年目のオレガノ先輩が、立ち上がり12人を代表して意見を言う。

 一緒に【昇格試験】を受けたタイム先輩や他の先輩方も、全員がオレガノ先輩の意見に賛同し立ち上がる。


「そうだな。それが一番いいだろう。タイムとオレガノは、交代でアコルの雑用係を監視するように。アコル、支店を出るのは明後日からとする。最後の雑用係だ。しっかり先輩方に礼を尽くせ。今夜から支店の夜勤室で寝るように」


「はい承知しましたマルクさん。最後の雑用係頑張ります」


 俺は自分が疑われているのではないと分かり嬉しくなった。マルクさんの言う通り、お世話になった先輩方のために、最後の雑用係を完璧にやろう。


 カルーアとブルームは、マルクさんの言った支店を出るのは明後日という言葉を聞いて、俺が辞めさせられるとでも思ったのかニヤニヤ笑っている。

 マルクさんの指示で、明日の朝6時に【学卒見習い2年】は全員が雑用係の部屋の前に集合することになった。


 ……魔法を使って洗濯したり、身体強化を使って買い物に行くのがバレてしまうけど、それは仕方ない。疑われるよりはましだ。誰だって少しは魔法が使えるんだから問題ないだろう。たぶん……




 午前6時に雑用係の部屋にやって来た俺は、とりあえず湯を沸かす。

 雑用係の部屋は、狭いキッチンに椅子代わりの簡易ベッドが置いてあり、造り付けの棚には茶葉や茶漉し、カップや皿が置いてある。ドアの横には掃除道具入れがあって、湯を沸かし始めたら早速、廊下にモップをかけていく。


「おい、アコルのヤツ魔法で水をポットに入れたぞ」(カルーア)


「火魔法で火をつけたから、火魔法も使えるんだ」(バジル)


「この時間は廊下の掃除なんてしなくていいはずだ」(ブルーム)


 俺は皆の呟きを聞いて、そう言えばお茶用の水は、朝一で井戸に汲みに行くと習ったっけとか、湯沸かしの火は、支店から種火を貰いに行くか自分で火を熾すんだったと思い出した。


 最初の二日間は、俺も井戸に水を汲みに行き、種火を貰っていた。でも、その時間が無駄だと気付いたので、自力で調達する方法に変更した。


 早速、早出の二人の先輩がお茶を頼みに来たので、俺は自分のカバンからいつもの茶葉を取り出した。しかし、湯を注ごうとした手を止めて、違う茶葉を取り出し湯を注いでいく。


「なんだか爽やかな香りがする。これは新しいお茶かいアコル?」


「はいオレガノ先輩。ハーブティーです。頭をスッキリさせる効果があります」


「あとで僕も一杯貰おう」


監視役としてこの場に居るオレガノ先輩が、香りに誘われてお茶を希望した。

 俺は先にオーダーのあった先輩の部屋にお茶を届けて、オレガノ先輩の分のハーブティーをカップに注いだ。


「ああ、頭がスッキリするね。これはいい」


満足した微笑みで、オレガノ先輩はハーブティーを飲み干した。

 友達のバジルが自分も飲んでみたいとリクエストしたので、希望者全員にハーブティーを振る舞った。


「アコルは自分のお茶を先輩方に出していたの?」


「ああそうだよバジル。だって、寮のお茶は美味しくないだろう? だから俺なりのブレンドで、疲れが酷い先輩には薬草入りのお茶を出し、イライラしている先輩には香りの良いお茶を出すんだ。今朝のハーブティーも昨夜ブレンドしておいた。先輩方に喜んで頂けたら嬉しいだろう?」 


「う、うん、そうだね。でも、茶葉は自分のお金で買ったんだよね?」


「もちろん。俺がいたポルポル商団は、薬草やお茶を扱っていたから安く分けて貰えたんだ」


俺がバジルに説明していたら「ほら、やっぱり不正をしていた」とブルームが呟いた。


「ブルーム、君は商人には向かないようだね。これからもモンブラン商会で働きたいなら、初めから授業を受け直した方がいい」


オレガノ先輩はそう言うと、手に持っていたノートに何やら書き込んでいく。

 

 商会員の朝は早い。夕食とは逆の順番で朝食を食べるので、午前6時30分前には全員が食堂へ向かう。


「アコル、悪いがまたクズ魔石を5個頼む」


「アコル、俺は10個買っておいてくれ」


「アコル、悪いけど服にソースを溢した。洗濯の時に頼むな」


「アコル、また湿布を作ってくれるか? 腕が上がらないんだ」


「アコル、俺の部屋のゴミを頼む」


「アコル、この間のノートを2冊買っておいてくれ」


 朝食に行く先輩たちが、次々に俺に用事を言いつけていく。

 俺は用件を事前に書いておいた紙に、先輩方の名前を書き込んでいく。そして「承知しました。喜んで」と元気よく笑顔で応えた。


「買い物が多いけど、一人で大丈夫アコル?」


「えっ? いつもこんな感じだよバジル」


 驚いて目をパチパチしているバジルに、いつも通りだと言って笑い、廊下に出された洗濯物を集めていく。ソース汚れの服には、洗濯ばさみを挟んでおく。

 洗濯物を持って井戸の前まで2往復したところで、一旦朝食に行く。


「アコルは力持ちだね。あの洗濯量を2回で運べるなんて」


「はい、小さい時から鍛えてましたからオレガノ先輩」


 身体強化を使っていますとは言えないので、鍛えていたと答えて誤魔化した。

 朝食後は洗濯をする。しっかり魔力量の加減を覚えた魔法を使って、要領よく次々と洗濯をこなしていく。お陰で水魔法が得意になった気がする。


「今度は水魔法の応用だと!」とカルーアが怒ったように叫ぶ。


「カルーアだって使えるなら使えばいいじゃん。魔法だって自分の能力の一つだから、使わないなんて勿体ないだろう」


 それがどうした?的に俺は軽くそう言ったが、皆は絶句したまま、俺の洗濯作業を驚愕の表情で見ていた……らしい。


 俺は魔力を流し続けて桶の中の洗濯物をぐるぐる回転させながら、マルクさんから覚えておけと言って渡された、モンブラン商会本店の組織図を暗記していく。


 ちょっと休んでから水を火魔法で湯にしていく。ソースの染みを抜いた服と汚れの酷い服は湯で洗っていく。2回目の洗濯も快調だ。

 干すのはやっぱり手作業で、しわにならないよう気を付けて干す。


 今日は曇っていて湿度も高いから、干し終わったと同時に風魔法を使って風を送る。

 もしかしたら夕方から雨が降るかもしれない。


「風魔法も・・・アコルは魔術師になった方がいいんじゃないかな?」


ちょっと呆れた表情で、オレガノ先輩が俺に魔術師を薦めてきた。


「えっ? 嫌ですよ。私は大商人になるのが夢なんですから」と俺は笑いながら魔術師の道を却下する。


 洗濯物を7割くらい乾かしたところで、寮の掃除と風呂の掃除に移る。

 そして昼ご飯。今日のメニューはソーセージの野菜スープとパンだ。

 いつもはワイワイがやがやと楽しく食べているのに、何故か皆の表情は固い。しかも無口だ。


 ……どうしたんだろう? ずっと立って俺の仕事を見ていたから疲れたのかな?


 昼食が終わると授業だ。きっとこれが最後の授業になるだろう。もっと勉強したかったなと残念な気もするけど、本店に行っても学ぶことは沢山あるだろう。


「アコルは今日の授業が最後だな。商会員試験と昇格試験の合格おめでとう。10歳で昇格試験に合格した例はないと、昨日は支店で大騒ぎになったぞ。明日から本店勤務だ頑張れよ!」


「ありがとうございます。頑張って働きます」


 教師役のベテラン商会員の先生が、昨日の試験のことと本店勤務のことを授業終わりに話し、頑張れと激励してくれた。

 でも、何も聞かされていなかった【学卒見習い2年】の8人は、何のことだ?って視線を俺に向けてくる。


「さあ、洗濯物を取り込んで、お使いに行かなくちゃ」と言って、俺は何も説明せずに教室を走って出ていく。


 お使い時間は、ぞろぞろと皆で外に出掛ける訳にもいかないので、俺だけが出掛けることになり、帰ってきたらカルーアとブルームとバジル、そしてタイム先輩の4人だけが俺の仕事を監視する。


 結局20時まできっちりと働いた俺は、先輩方から本店に行っても頑張れと、励ましの言葉や餞別を貰った。お使いで頼まれたノート2冊は、先輩方全員からのプレゼントとして頂いてしまった。


 ちょっと嬉しくて涙が零れてしまった。そんな俺の頭を先輩方が撫でてくれる。


 俺は「ありがとうございました」と心から先輩方に感謝の言葉を伝えた。

 そしてカルーアとブルームにも、「俺を1ヶ月間雑用係に指名してくれてありがとう。お陰で沢山のことを学べたよ」と極上の笑顔で言っておいた。 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次話から新章がスタートします。

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