148 新たな魔獣の氾濫(1)
新章スタートしました。
これからもよろしくお願いします。
俺は王都の住民が【覇王軍任命式】を真剣に観てくれて、そして感動してくれていることに安堵した。
見たことがない貴族の姿もちらほらといるが、覇王に反発したり野次を飛ばす者はいない。
今日のことは随分前から告知してあるから、覇王を認めない勢力の者が偵察に来ている可能性は高いだろう。
……とりあえず、覇王という人間を探ってこいと命令されているだけかもしれない。まあ、この雰囲気では、覇王や【覇王軍】や【王立高学院特別部隊】に対して、悪く言ったりすれば却って袋叩きに遭いそうだ。
騒ぎが落ち着くのを待って、俺は【覇王軍】最後の1人の名を呼ぶ。
「覇王の側近であるラリエスは前へ」と。
公爵家の子息らしい洗練されたスマートな動作で、ラリエスは俺の前で礼をとる。
濃紺の隊服が、これぞ貴公子という見本であるかのように惹き立て、前の方で見ているお嬢さんたちは、キャーッ!と叫ばないよう口を塞ぎ、キラキラした瞳で見つめて熱い息を漏らす。
「我が側近であり、覇王の片腕であるラリエスに、信頼の証として剣を授ける。我を支え、我と共に戦い、側近としての責務を果たせ!」
俺はウエストポーチから同じように剣を取り出し、跪いたラリエスに剣を授けた。
その剣の鞘には海龍から取れたという深い青色の魔石が付いている。
「我が命は覇王と共にあり、我が志は覇王に従いどこまでも高く、我がワイコリーム公爵家は覇王と運命を共にするものなり。如何なる時も覇王を守る騎士として、側にあることを誓います」
恭しく剣を両手で受け取ると、嬉しそうに、本当に嬉しそう笑って、直ぐに表情を引き締めてから、よく通る大きな声で宣誓した。
……う、う~ん、かっこいい宣誓だけど、重いよラリエス。
……会場内に居たワイコリーム公爵領の者まで跪いちゃったじゃん。
俺は剣を授けてから、ラリエスの肩にマントをかけた。
そしてラリエスは、仕立て屋夫婦が差し出している最後のマントを受け取り、俺の肩にかけて満足そうに笑った。
「ワーッ!」と大歓声が上がり、前に並んでいる【覇王軍】のメンバーに、皆が拍手をおくってくれる。
「覇王様万歳!」とか「頑張れ覇王軍!」って声援を受けながら退場しようとしていると、コルランドル王国の国旗を掲げている王宮警備隊副隊長のダレンさんが、2人の従者を連れ会場内に入ってくるのが見えた。
「国王より緊急連絡だ! 道を開けろ!」と叫びながら人混みを縫うようにしながら、ステージに向かって進んでくる。
会場内の人々は、何事だろうかとダレンさんに視線を向ける。
国旗が手に掲げられているのを見て、皆は慌てて通路を作っていく。
国旗の色は赤。通常の国旗は深緑色をしているので、緊急事態を知らせる国旗だ。
「覇王様、国王より【覇王軍】と【王立高学院特別部隊】に出動要請が出ました!
サーシム領のリドミウムの森の中央から魔獣の氾濫が始まり、その進行方向が領都サーシムとのこと。至急出動願います」
ダレン副隊長はステージ前で跪き、大声で国王からの要請を伝えた。
「領都まで到達するのは何日の予想だ?」と、俺は副隊長に質問する。
「はっ、到着した伝書鳥によりますと、3日以内にはと書いてありました。伝書鳥が1日で到着したので、あと2日後だと思われます」
ダレン副隊長の緊迫した表情からすると、かなり大きな規模の氾濫の可能性が高いだろう。
会場に居た学院長やマキアート教授、ハシム殿、執行部のメンバーが直ぐに集まってくる。
会場の雰囲気は一気に緊迫し、皆が【覇王軍】や【王立高学院特別部隊】の動向を固唾を呑んで見守っている。
「よし、直ぐに発つ。【王立高学院特別部隊】は大至急学院に戻れ!
ノエル隊長、【王立高学院特別部隊】の人選は任せます。学生の人数は15人、医師と薬師の人選は学院長に任せます。
準備が整い次第出発してください。馬車の手配は商業ギルドがしてくれます。
【覇王軍】はラリエス、ボンテンク、ルフナ王子、トゥーリス、ゲイル、医療リーダーとしてトーブルの以上6人が出る!
先発してラリエス、ゲイル、トーブルがこれから俺と覇王の馬車で出動する」
俺は自分を囲んでいる主要メンバーに、段取りをしながら先発メンバーを告げる。
「承知しました」と全員が了解して頷く。
「ルフナ王子は覇王軍の馬車に乗り、ボンテンク、トゥーリスと共に、学院に戻って魔法の練習をしているレイトル第四王子を連れて、直ぐに追いかけてきてください。
それからエイト、他の場所でも魔獣の氾濫が起こる可能性がある。
その時は、残った【覇王軍】の指揮を頼む。ミレーヌ様は、残った【王立高学院特別部隊】を率いてください」
「承知しました」と、名を呼ばれた者たちが緊張した声で返事をする。
心配そうにステージ上を見ている王都民の方を向いて、俺は厳しい顔をして手を上げる。
すると一瞬で会場内は静かになった。
「会場の皆さん、我々は急遽サーシム領へ出動することになりました。
隊服を作ってくれた仕立て屋の皆さん、すまないが、今着ている隊服をそのまま使わせて欲しい。
正式な発注は商業ギルドの結果に従うことになるが、今回はこの隊服で、存分に暴れてこようと思う」
俺は会場の住民に直ぐに出動することを告げ、今着ている隊服を、そのまま全員が使用してもいいかと、出品者である仕立て屋たちに問う。
「勿論です覇王様! どうぞお使いください」
「一度でも実際に使っていただけるなんて光栄です!」
「覇王様、頑張ってきてください!」
あちこちから、どうぞ使ってくださいと声が上がり了解してくれた。
そして次第に、「頑張れ!」「魔獣を倒して!」と【覇王軍】や【王立高学院特別部隊】を応援する声が広がっていく。
「ありがとう、全力で戦ってくる!
それから【覇王軍】が出動する時は、馬車の警鐘を鳴らしながら王都の中を駆け抜ける。
すまないがケガのないよう道をあけてくれ。それでは出発する!」
俺は注意事項を告げて、出発すると号令をかけマントを翻した。
直ぐに出動する【覇王軍】メンバーは、商業ギルドの馬場停めに急ぎ、救済活動に出発する【王立高学院特別部隊】のメンバーは、高学院に戻って必要な救済道具を用意し、人選をしてから出発する。
「それでは学院長、マキアート教授、ハシム殿、後を頼みます」
「承知しました覇王様。少しでも多くのサーシム領の民を救ってください」
覇王専用の馬車に乗り込む直前、見送りに来た学院長たちに後のことを頼む。
学院長が代表で返事をして、同じく見送りに来た商業ギルドのサブギルマスや職員たちが、屋台から買ってきた食料を差し入れしてくれ、隊服の件は任せておけと請け負ってくれた。
今日の覇王専用馬車の御者は、偶然にも【薬種 命の輝き】の2階に住んでいるタルトさん34歳だった。
覇王専用馬車の御者は護衛も兼ねているので、冒険者ギルド王都支部から交代で冒険者が派遣されていて、こういう事態でも対応できるBランク以上の冒険者に限定されている。
タルトさんは馬車の御者台に取り付けられた、15センチの大きさの警鐘を鳴らして出発を告げる。
見送りしてくれるたくさんの王都民たちは、王都の南門に続く道の両サイドに立って、「頑張れ!」とか「行ってらっしゃい」と、一生懸命手を振りながら声援を送ってくれる。
俺たち4人は、声援に応えて馬車の窓から手を振った。
「それで、荷物の準備はできてますか?」
馬車が王都を離れて10分くらい経ったところで、俺は三人に質問した。
「勿論ですアコル様」とラリエスは笑顔で答える。
「すみません、私は薬草の用意ができていません」と、トーブル先輩は申し訳なさそうに申告する。
「私は食料が足らないかもしれません」と、ゲイルも顔色が悪い。
本来なら、パンなどは出発直前に買って持って行くところだが、派手に出発した手前、ちょっとパン屋に寄るという雰囲気ではなかった。
「トーブル先輩、薬草はサーシム領で用意してあるモノを使えば問題ないです。
あれだけ事前準備をするように【危機管理指導講座】で学んだはずですから……ああ、でも講座終了から時間があまり経ってないから、どれだけ準備できているか分かりませんねぇ」
自分で言いながらちょっと不安になった。でもまあ、サーシム領は国内最大の薬草の産地だ。何とかなるだろう……と信じたい。
このメンバーの中で、時間経過しないマジックバッグを持っていないのはゲイルだけだ。
トーブル先輩は執行部メンバーではなかったが、薬草やポーションを管理してもらうので、皆と同じように金貨30枚で売っておいた。
ちなみに、ワイコリーム公爵とハシム殿にも、同じ大きさの時間経過しないマジックバッグを売ってある。俺は身内には融通を利かせる人間だ。
まあ、アイススネークの変異種の皮が大量にあったので、暇だった覇王講座の期間中、エクレアの魔力も借りてせっせと作った。
こうして魔獣との戦いが本格的になったら、余分な魔力なんて残らないだろうからタイミングが良かった。
「ゲイル、食料は俺が用意するから安心しろ。パンは中級地区の行列ができるパン屋のパンを買い占めてある。着替えは隊服があって助かったな」
「ありがとうございますアコル様。それと、寮に防寒服を置いてきたので、マントを頂いて助かりました」
ゲイルは嬉しそうにマントを触りながら、凄く暖かいですと感想を言う。
ラリエスとトーブル先輩も、マントを一度脱いで背中の魔法陣を確認する。
「これは・・・防御魔法ですか?」
「そうですトーブル先輩、どうしても後方の注意は疎かになるから、危険を感じたら魔力を流すだけで発動します。休憩の時にでも確認してみてください」
できればこの魔法陣を発動するような事態は避けたいが、用心できるならしておいた方がいい。
頂いた屋台の食べ物で遅くなった昼食を済ませ、魔法陣の話をしたり、リドミウムの森に生息する魔獣のことを予習をしながら、中継地である領都サナへに向かって急ぐ。
覇王専用馬車は、中型だけど馬は2頭立てだ。だから普通なら2日かかる距離を無理して1日で走る。
王都からサナへ領に向かう街道は、きちんと整備されいているので距離を稼げる。
途中休憩で、ゲイルがタルトさんと御者を交代してくれた。タルトさんはリドミウムの森で経験を積んでいたので、戦力としても期待できる。
サナへ領に入ったところで日が暮れたので、川のほとりで野営した。
翌朝、日の出とともに出発し、昼前に領都サナへを素通りした。
そして日暮れには、なんとかサーシム領の手前の町に到着し宿をとった。
いくら強行軍でも、明日からの戦いを考えたら、出来るだけ人も馬も体を休めた方がいい。
「どうやらこの町には、まだ魔獣の影響は出ていないようです。領都サーシムから逃げて来た人も見掛けません」
遅めの夕食をとりながら、町の者や宿泊者から聞き込みをしたゲイルが、小声で報告してくれる。
「領都サーシムからここまで、馬車でも1日は必要だ。
普通の旅人が使う辻馬車なら、1日半はかかるだろう。
そう考えれば、領都サーシムは、今朝までは無事だったということだ。
リドミウムの森の魔獣は、夜行性の上位種はほぼ居ない。
今日の昼に領都に到達したか、明日到達するかだな」
そう言いながら俺は、【危機管理指導講座】に来ていたメンバーを思い出す。
……あの領主の甥だと言っていた男に、指揮が執れるだろうか・・・
「どうかされましたかアコル様?」とラリエスが声を掛けてきた。
「ああ、今回の覇王講座に、サーシム領の役人を率いてきた領主の甥という奴が、結構腐ってた。
領都サーシムは、リドミウムの森側の南に城壁があるから何の心配もない……と、世迷言を言っていた気がする」
「はあ? それじゃあ、もしかして領民を避難させていない可能性があると、アコル様は心配されているのですか?」
俺の浮かない表情を見て、ゲイルが俺の憂いを予想し、呆れ顔で確認する。
「領都の手前で戦ってくれていたら間に合うかもしれないが、もしも領都の中が戦場になっていたら、大技の魔法陣や強い攻撃魔法が使えない」
俺は最悪な状況を想像し頭が痛くなったが、いや、流石にそれは領主が正しい判断をするだろうと思い直す。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。