146 王宮の混乱(3)
◇◇ レイム公爵 ◇◇
私の吹いた警笛に驚き、その場に居た者は全員動きを止め口を閉ざし、一斉に視線を私に向けた。
「王弟でありレイム公爵であり、財務大臣である私が命じる!
魔獣の討伐はマロウ王子と一般魔法省に任されたが、城の警備及び避難誘導等は魔法省に権限などない!
王命もなく勝手に現場を混乱させ、王族をお守りする王宮警備隊の仕事を妨害する一般魔法省の者は、反逆罪に問われる可能性がある!
王宮警備隊は、城を乗っ取り、城で働く者を危険に曝したヘイズ侯爵を、今直ぐ拘束し国王の下に連行しろ!」
怒りを我慢できなかった私は、あらん限りの大声で命令した。
私と同じように怒ってヘイズ侯爵に反論していた王宮警備隊副隊長のダレンは、直ぐに「承知しました!」と返事をして、目の前で仁王立ちしていたヘイズ侯爵を拘束していく。
「何をする! 止めんか! 私は魔法省副大臣だぞ!」と、抵抗しながら叫ぶヘイズ侯爵は、王宮警備隊の隊員数名に両腕を掴まれ引き摺られていく。
「一般魔法省の者は、魔獣への攻撃以外の行動を禁止する。自分たちがどれほど愚かなのか、外に出て確認してみろ。
反逆罪に問われたくなければ、仲間が破壊している城の修復と瓦礫の撤去をしろ!」
上司が連行され戸惑う一般魔法省の者に、私は厳しい視線を向けて命令した。
これ以上余計なことをしてもらっては困る。
マロウ王子とヘイズ侯爵は責任をとると言ったのだ。後始末をするのも立派な責任の取り方だろう。
私は側近を連れ王が移動していると思われる部屋へと急いで向かいながら、いまだに続いている攻撃音に頭が痛くなった。
王が避難していたのは城の西側にある、前王が執務室にしていた部屋だった。
この部屋であれば、魔鳥が天守から攻撃を仕掛けても届かないだろう。
コルランドル城は建て増しされた関係で東側の方が新しく、王子や王女たちの居所となっている。その東側の新棟の上に見張り塔があった。
古い城と新棟の間には20メートル幅の連絡通路があり、二つの建物をつないでいる部分は3階建てで、一階はそのまま通り抜けられるようアーチ型になっている。
二階はメイドの控室や作業場、三階は王宮警備隊の本部になっていた。
現在マロウ王子は、壊れた見張り塔へ続く階段の踊り場から、古い西側の城の天守に居座っている魔鳥に向かって攻撃を仕掛けている。
すなわち、王が居る西側の本城を攻撃し破壊しているのだ。
マギ公爵と王宮警備隊隊長が攻撃を止めろと叫んでいる場所は、本城と新棟をつないでいる部分の屋上からだった。
王が住まう城に向かって攻撃するなど、常識のある者であれば絶対に考えられない愚行であり、王に反意有りと疑われても仕方ない行いだった。
「そもそも魔鳥は見張り塔を破壊しただけで、それ以上の攻撃を仕掛けてきている訳ではない。
マロウ王子が攻撃させている部下には反撃したようだが、放っておけば飛び立つかも知れない魔鳥を闇雲に攻撃し、攻撃は魔鳥に当たることなく、城を破壊しているだけだ」
王の前に連れてこられたことが納得いかない様子のヘイズ侯爵を横目で見ながら、私は王に現状を報告していく。
「懸命に魔獣と戦っておられるマロウ王子に対し、その言いようは納得できない!」
どうやら現状が全く理解できていない様子のヘイズ侯爵は、自分は正しいのだと本気で思っているようだ。
「王がいらっしゃる城を勝手に攻撃し、王宮警備隊の仕事を妨害した。
そして城で働く者を独断で追い出しケガを負わせ、マギ公爵や騎士団長が攻撃を止めろと制止している声も無視されています。
まるで意図的に本城を攻撃しているようにも見えます」
怒り心頭だった王宮警備隊副隊長ダレンも、ヘイズ侯爵に向かってハッキリと現実を突きつけた。
自分の仕事を妨害され、守るべき王族や城で働く者を危険に曝しているヘイズ侯爵の行いを、私同様意図的だと感じたようだ。
「うるさい! 魔獣さえ討伐すれば文句はあるまい。
間もなくマロウ王子が討伐される。邪魔する者は私が許さない」
何をそんなに興奮しているのか分からないが、ヘイズ侯爵の形相は醜く歪んでいて、まるで正気を失っているかのようだ。
しかし、王の御前でその暴言は許されない。
ヘイズ侯爵がいうところの邪魔する者とは、私、マギ公爵、騎士団長だ。
「黙れヘイズ侯爵。どちらの意見が正しいのか、この私が確かめる。
今も続いているマロウの攻撃に正当性がなければ、その方の責任を問う」
王はヘイズ侯爵を睨み付けて叱咤し、執務室を出ていく。
ヘイズ侯爵を拘束したまま最後尾にして、ダレン副隊長が王を守りながら安全だと思われる経路を移動していく。
到着したのは本城と新棟をつなぐ部分の3階で、新棟に近い場所だった。
この位置からなら、天守に居る魔鳥をギリギリ見ることができる。
攻撃を仕掛けているマロウ王子の姿は見えないが、「休まず攻撃しろ!」「死ぬ気でやれ!」「この役立たずが!」と罵倒している大声がよく聞こえた。
この場所から上を見上げると、確かにマロウ王子の部下の攻撃は全く魔鳥に届いておらず、天守の一部が壊れ、最上階にある王の書斎の壁に穴が開き、壁の所々が黒く焦げていた。
「馬鹿者! 城が火事になるぞー、直ぐに攻撃を止めろー!」と、マギ公爵の怒声が響いてきた。
「なるほど、これでは魔獣ではなく城を攻撃していると言われても仕方ない。
ダレン副隊長、王命だと伝えて今直ぐあの攻撃をやめさせろ」
王は両手を強く握り締め怒りを抑えながら、低い声で命令した。
「はっ、直ちに」と短く応えて、ダレン副隊長は部下を数名連れて駆け出した。
「なりません王様、もう少し、もう少しで討伐できます。どうかマロウ王子にお任せください!」
ヘイズ侯爵は拘束を振り解こうと暴れながら、王命を撤回するよう叫んだ。
◇◇ マギ公爵 ◇◇
気付けば夕日が沈みかけていた。
大混乱に陥った王宮は、王命によりマロウ王子の攻撃を止めさせたことで、外見上は静寂を取り戻していたが、城の地下室では医療班がケガ人の対応に追われていた。
何事もなかったかのように、魔鳥は天守に居座り続けているが、今のところ攻撃してくる気配はない。
ビッグホーンの群の討伐を終えたワイコリーム公爵が戻って来て、魔鳥を倒すには古代魔法や古代魔法陣を使わなければ無理だから、絶対に魔鳥を攻撃するなと言ったことで、ワーワー騒ぎ立てるマロウ王子を黙らせることができた。
王宮で働く者は急いで帰宅し、宿直当番だった役人や王宮警備隊が城で警戒にあたっている。
王宮で暮らしている者は、用心のため地下室に避難したり、執務棟に移動して一夜を過ごすことになった。
側室や王女や王子たちは、地下にある王族用の部屋に移動している。
恐怖心はあるが、下手に動いて魔鳥の餌にされるより、地下の方が安全だと騎士団長が判断し、王様も同意され地下に移られた。
今夜はできるだけ灯りを点けず、食事も非常食をとることになった。
本来なら私も自分の屋敷に帰るところだが、執務棟を警護するのが王弟シーブル率いる一般軍と決まったので、用心のため王様の警護要員として城に残っている。
実は、勝手に攻撃を始めたことについて、王様に弁明するためマロウ王子が執務室に向かう途中、「シーブルがビッグホーンは弱い魔獣だと言うから・・・」と、マロウ王子がブツブツ言っているのを私と騎士団長は聞いてしまった。
私と騎士団長は、無謀とも思える今日のマロウ王子の行動の陰に、王弟シーブルが関わっているのではないかと疑惑を抱いた。
ヘイズ侯爵の行動や言動も、明らかに度を越していた。
……尋常ではない興奮状態だったのは、初めて魔獣と対戦したからではなく、もしかして薬物?
そう考えると、どうしても確かめたくなる。
私は騎士団長にそのことを告げ、極秘に探って欲しいと頼んだ。
こんな時に宰相であるサナへ侯爵が居れば、取れる手段が他にもあるだろうとつい考えてしまう。
彼は昨日、デミル領からやって来る流民対策のためにサナへ領に帰ってしまった。
マロウ王子とヘイズ侯爵の行動についての責任追及は、魔鳥が飛び去るか討伐してから行うと王様は我々に告げられた。
するとヘイズ侯爵は、自領の魔獣の氾濫が心配だから、これからヘイズ領に帰ると言い出した。
確かに今朝の時点では、王様も他の大臣たちも、自領に帰れと勧めていたので文句が言えなかった。
魔獣の氾濫の一報が入った時点で、ヘイズ領に帰っていればいいものを、何故か準備があると言い張り、マロウ王子と一般魔法省が魔獣退治するという展開になってしまった。
考えてみれば、あれやこれやの事態も、エイトやミレーヌから聞いていた覇王様の心配が的中したことになる。
今の王宮の在り方ではダメだ。
どれだけ無策でも、どれだけの被害を出しても、王様は責任者を厳罰に処すことができない。
降格と厳罰では全く違うと思うのだが、きっと今回も、王様はヘイズ侯爵を罷免されないだろう。
マロウ王子に対しても謹慎くらいの罰で済まされるはずだ。
いっそのこと覇王様が・・・と考えてしまう自分の感情を押し殺し、臣下としてはっきり王様に意見しなければならない。
◇◇ ワイコリーム公爵 ◇◇
王宮で魔鳥に攻撃するなと命じて、私は直ぐ覇王様に報告するため高学院へと馬車を向かわせた。
【魔獣討伐専門部隊】は、基本的に上級地区で活動しないと決まっているので、これ以上の口出しはせず、騎士団長とマギ公爵に後のことを任せた。
「なるほど、マギ公爵は薬物を疑っていると・・・まあ、それが事実だったとしても、今後一般魔法省は王宮の守りに口出しできなくなる。
気になるのは王弟シーブルとワートン公爵の動きでしょう。
シーブルは確実に王座を狙っているので、邪魔になったヘイズ侯爵やマロウ王子を自滅させ、王様を魔獣に襲わせて・・・なんて考えても不思議ではありません」
王宮の様子を報告した私に、アコル様は別に驚くこともなく淡々とシーブル様の関与を受け入れられた。
いや、それよりも、シーブル様が王座を狙っている?
しかも断定?
「第一王子は魔法省大臣に毒を盛り、王妃は国王を毒殺しようとする。王弟は王の座を狙い暗躍する・・・いったいこの国の王族は、どうなっているんでしょう」
覇王の執務室で仕事をしているマリード侯爵家のハシム殿が、溜息を吐きながら王族を憂う。
「王族の愚行は、今に始まった訳ではありません。
私の契約妖精のエクレアの前の契約者も王子でしたが、他の王子に苛め抜かれ、伯爵の身分に落とされ、そして兄に暗殺された。
私だって、赤ん坊の時に施設に火を放たれ殺されかけましたよ・・・王妃とヘイズ侯爵に。
王宮に住んでいる妖精たちは、私にいろいろなことを教えてくれます。
だからこそ私は、腐った王権になど興味がない。
覇王として出来ることがあるとしたら、王族の在り方を理解していない王を、殴り飛ばすことでしょうか・・・貴重なポーションですが、これで王の逃げ道を塞ぎましょう」
アコル様はにっこりと黒く微笑まれ、青いポーションの瓶を机の上に置かれた。
我々が知らなかった王族の黒歴史や、王妃に暗殺されかけたこと、国王を殴り飛ばすという物騒な発言をされるアコル様からは、王族への敬意は感じられない。
王を殴るのはどうだろうかと思うが、このままではダメだと私も思う。
「逃げ道を塞ぐ・・・ですか?」とハシム殿が首をひねる。
「ええ、今日ワイコリーム公爵に使った【天の恵み】は中級ポーションで、マリード侯爵が使われたのはハイポーションです。
これは、この世に存在しないはずのエリクサー【神々の涙】という奇跡のポーションで、あらゆる毒を中和し、ケガなら欠損部分を修復し、病を完治させることができます。
必要な場面がきたら、これを王に与えます。
以後20年は次期国王の選出は必要なくなるでしょうから、王子より早く、国家認定A級一般魔法師を取得していただきましょう」
アコル様の表情は、実の父の健康を気遣う息子の表情ではなく、王としての責任を果たして戦えと命じる覇王の表情だった。
恐る恐る値段を訊いたら、商業ギルド本部の鑑定魔道具では金貨120枚だったので、もしも商業ギルド本部が売るとしたら金貨150枚以上になるだろうとのこと。
確かに王様が健康になれば、領主や大臣たちも後継者問題より、魔獣の大氾濫に目を向けることができるだろう。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次話は、隊服入札の話の予定です。




