145 王宮の混乱(2)
◇◇ 国王アルファス ◇◇
「マロウ、これは遊びではない。簡単に魔獣を倒せると思い上がると、多くの住民や王宮で働く者の命を失うことになってしまう。
B級一般魔術師さえも取得していないお前が、魔獣を倒せるとは思えない」
王宮警備隊との打ち合わせ中だというのに、会話に割り込み討伐を宣言するなど、愚かなところの多い息子だと思っていたが、こうも常識を知らないまま大人になってしまったのは、王妃の教育が間違っていたのだろう。
「父上、私が倒すのではありません。私の側近と部下が倒すのです。
王子である私が魔獣を倒す必要はありません。私は指揮するだけです。
皆より高い所から状況判断し、的確な指示を出すことが私の役割です。
必ずや魔獣を倒してみせます」
魔獣討伐の指揮を執った経験もないのに、マロウは自信満々な顔をして魔獣を倒すという。
……その自信は何処からくるのだマロウよ。
……周りを見ろ! 大臣たちは呆れ果てた顔をしているぞ!
「王様、これからは、いつ何時魔獣が襲撃してくるか分からないのです。
マロウ王子にも経験を積ませるべきでは?
つい最近までトーマス王子は【王立高学院特別部隊】を指揮し、住民の為に救済活動をしていました。
ログドル第二王子とレイトル第四王子は覇王講座を受講し、懸命に魔獣と戦う術を学んでいます。
必ず魔獣を倒すと断言されているのですから、活躍の場を奪うべきではないと思いますが?」
言葉の裏に怒りを滲ませているのが分かるナスタチウムが、一見柔らかく微笑みながらマロウを後押しする。
レイム公爵は常日頃から、無能は追放しろだの早く引導を渡せだの、マロウに対して厳しい意見しか言わなかった。
今回もしも失敗したら、皇太子候補から完全に外すだけではなく、廃嫡しかねない。
私を支えてくれる領主や大臣たちは、王妃だけでなくマロウに対しても厳しい。
自分の取り巻きを引きつれて王宮内を闊歩する姿は、マロウを次期国王に推す者からしたら頼もしい姿らしいが、トーマスを次期国王に推す者から見たら、無能をさらけ出しているように見えるらしい。
確かにマロウは怠け癖があり、他の王子や王女に比べて努力が足らないと思う。
だが、真面目に努力すれば出来ない訳ではないと思う。
だからこそ5年という期限をつけて、皇太子になるための条件を出したのだ。
A級一般魔術師を取得できれば、次期国王になれなくとも、他の道だって開けるだろう。
……伯父であるヘイズ侯爵の力が弱体化しているからこそ、己の力を示そうとしているのだろうが、父として、王として、マロウの申し出は却下したい。
「しかしレイム公爵、魔獣はビッグホーンだけとは限りません。氾濫が始まったのであれば、より強い魔獣が攻めてくる可能性だってあります」
マギ公爵はゆっくりとした口調で、レイム公爵の意見に反論してくれる。
マギ領は魔獣との戦いで常に苦労している。だから慎重に対処すべきだとマロウを押さえるつもりだろう。
「マギ公爵は心配性ですな。マロウ王子には魔法省がついております。我々が全力で戦いますので問題ないでしょう」
「ほう、これは驚いた。これまで散々負けてばかりの戦いをしてきた魔法省の副大臣であるヘイズ侯爵は、今回なら勝てると仰るのでしょうか?」
マギ公爵は、鼻で笑うように嫌味を言う。
彼は最近変わった。子息が第七王子の側近になり、本人も覇王講座を受講してからというもの、言動がどんどん辛辣になっている。
マギ公爵曰く、覇王様とマロウ王子では、目に見える範囲が龍山と龍山の絵ほどに違うのだと。
魔法省大臣のマリード侯爵は、無言のままマロウをじっと見ている。
「無礼が過ぎるぞマギ公爵! 法務大臣である其方に、魔法省の苦労の何が分かると言うのだ?
ああ、そう言えば子息は、第七王子の側近になったとか。
トーマスを見限って、今度は第七王子を推すつもりか? トーマスも哀れだな」
「マロウ、お前こそ口が過ぎるぞ! 経験のないお前を心配しての発言ではないか。魔法省が失敗続きだったのは事実だ」
……何故この場でトーマスや第七王子の話を出すのだマロウ? そんな余裕のない態度だから嫌われるのだと、いい加減理解しろ!
「王様、どうやら差し出口だったようです。
マロウ王子は一般魔法省に所属しておられるのでした。
一般魔法省が一丸となり責任を持って魔獣討伐をすると断言されたのですから、マロウ王子とヘイズ侯爵に任せるべきでした」
マギ公爵はにっこりと笑って、謝罪する振りをした。
……ああ、マギ公爵も始めから、マロウに責任を取らせるつもりだったのだ。
……レイム公爵同様、マロウでは倒せないと確信しているのだ。
「魔獣の氾濫は始まってしまった。
そうであるなら、王族が怯えて隠れていては、民を見捨てることになりましょう。
他の王子も戦っておられます。
マロウ王子が戦うことを止めるべきではないと、同じ王族である者として私も賛同いたします」
とうとう大叔父(騎士団長)までが、マロウの背中を押してしまった。
常に魔獣の大氾濫に備えろと言っていた騎士団長だ。
王子たちに対して甘すぎると私を叱っていたのだから、本気で経験を積ませるつもりだろう。
話し合いの結果、王妃はマロウと一般魔法省が責任を持って守り、側室や王女だけを王宮警備隊が避難させる。
そして王宮内に来た魔獣は全て、マロウ率いる側近と部下が討伐することに決まった。
一般軍と一般魔法省の魔術師の半分は、王宮以外の上級地区内の魔獣を討伐する。
そちらの指揮は、新しく一般軍の大臣になった弟のシーブルである。
まあ、魔獣が本当に王都にやって来るとは限らないし、【魔獣討伐専門部隊】を率いてワイコリーム公爵が出動しているから、王都の手前で討伐してくれるかもしれない。
私自身、高学院時代に少しだけ魔獣を倒したことがあるくらいで、上位種や変異種など見たこともないし戦ったこともない。
毒の後遺症で、今だに体が思うようにならない。こんな体でさえなければ、私が指揮を執るべき事態なのだろう。
……悔しい。情けない。
……己の弱さを見透かされそうで、第七王子に会うことさえできていない。
◇◇ レイム公爵 ◇◇
「いざとなったら、私もマギ公爵も戦うさ。
マギ公爵もワイコリーム公爵も、古代魔法陣の改良型を使いこなせるようになったそうだ。
かく言う私も、アコル君の、いや、覇王の命令で魔術書の上級魔法を5つ覚えたから、それなりに戦えるだろう。
覇王は、こういう事態を予測して、私に命令したのだと思う。
まだ2つ、古代魔法陣を発動できない。恐らく、魔力量が足らないのだろう。
はぁ、まだ暫く覇王に謁見できそうにないな」
王の執務室で頭を抱える王である兄に向かって、心配するなと私は声を掛ける。
まさかマロウ王子が、自ら指揮を執り魔獣と戦うと言い出すとは思ってもいなかったが、よく考えれば当然の行動だったとも考えられる。
第七王子の存在は、マロウ王子を確実に追い詰めている。
アコル君は、王になど興味すらないようだが、そんなことはマロウ王子には理解できないだろう。
「マロウは、本気で魔獣を倒せると思っているのだろうか?」
「当然だ。魔獣の強さも恐ろしさも知らないのだから。
まあ、無能なヘイズ侯爵の入れ知恵だろう。しかも、自分ではなく部下に討伐させると言っていたではないか。
安全な場所から叫ぶだけなのは、ヘイズ侯爵と同じだ。
覇王が言っていた。魔獣の強さを知らないから無駄死にするのだと」
マロウ王子が無様に負ければ無能だと笑い者になり、万が一にも勝利すれば、それは王族にとって喜ばしいことだ。
何事も試してみなければ分からないだろうと私は付け加えた。
ライバンの森から魔獣の氾濫が始まったと知らせを受けてから、既に5時間以上が経過していた。
財務部の執務室で仕事をしながら知らせを待っていたが、北の下級地区の警備隊からも他の部署からも、まだ何も報告は来ない。
城の見張り塔の警鐘も、ビッグホーンの群の接近を知らせて鳴らされることはなかった。
どうやら、魔獣の群は進行方向を変えたのか、【魔獣討伐専門部隊】が討伐したようだと王宮全体の気が緩んだ午後5時前、突然大きな衝撃音が響きわたった。
ドーン ドシャー と。
王宮内で働いていた者は、建物が壊れるような大きな音は耳にしたが、警鐘が鳴らなかったので、何が起こったのか分からず混乱した。
王宮の執務棟の窓から外を見渡すが、これといった被害は見当たらない。
廊下側の窓に移動して、執務棟の後ろに建つ城を見上げると、初めて異常事態に気付くことができた。
警鐘を鳴らすはずの見張り塔のてっぺんが破壊され、あろうことか城の天守に化け物のような大きさの鳥? が着地していた。
ビッグホーンの群ではなく、空飛ぶ魔獣が来るとは誰も考えていなかったので、マロウ王子たちはパニックになっているかもしれない。
様子を窺っていると、巨大な魔獣の動きを見ることもなく、マロウ王子は闇雲に攻撃を仕掛けさせ、逆に得体のしれないモノを口から吐き出され、反撃されているではないか。
本来なら、空飛ぶ魔獣の襲来を王宮中に知らせ、緊急態勢をとらねばならなかったのに、功を焦ったのか勝手に攻撃を開始している。
「何故警鐘が鳴らない!」と、部下たちは慌てふためく。
「総員厳戒態勢をとり、避難準備及び戦闘態勢に入れ!」と、私は部下や廊下であたふたしている者に、大声で号令をかけた。
廊下の窓から見えたのは、崩れた城の見張り塔から、20メートル先の城の天守に居座る魔獣に向かって、派手な攻撃を放つ場面だった。
「チッ! 馬鹿どもが城を破壊する気か!」と怒りの声を上げながら、私は直ぐに執務棟から城に向かって移動を始めた。
いざという時の攻撃担当になっている者たちと一緒に、様子を窺いながら移動し、天守に居座っている巨大な鳥を警戒する。
「いいか、絶対に攻撃をするな! 建物を破壊するだけだ! 届きもしない攻撃をする愚か者は処罰対象だと思え!」
慌てて城から逃げ出してきたと思われる侍女やメイドたちをかわしながら、王宮警備隊の緊急本部に向かいながら部下に大声で命令する。
……空から攻撃される可能性があるのに、何故メイドたちは城から逃げ出してきたんだ?
同じ高さになってしまった見張り塔から、天守に向かって火や風の攻撃魔法が続けられている。
しかし攻撃は届かず、悲鳴だけがコルランドル城の出入口に響き渡っていく。
「何をしている! 攻撃を止めるな! 魔獣の攻撃ごときに怯むな!」と、マロウ王子の怒鳴り声が聞こえてきた。
「攻撃を止めろ!」と叫ぶマギ公爵と、同じように叫ぶ騎士団長の声も交じって、現場は益々混乱していく。
下手な攻撃魔法は城の壁に当たり、レンガや大理石の飾りを破壊していく。
メイドたちは降り注いでくる瓦礫に逃げ道を塞がれて、悲鳴を上げながら逃げ惑い、数人がケガをしているようだ。
「城の外に出るな! 中の方が安全だ!」と、逃げ惑うメイドたちを大声で叱咤し、一緒に移動してきた部下たちと協力し、懸命に城の中へと避難させる。
城の正面入り口に駆け込むと、「早く外に出て行け!」と叫んでいる一般魔法省のローブを着ている魔法師らしき男を見付けて、私は思わず殴り飛ばした。
「この馬鹿者が! お前が外に出て行け! この無能!
この場に居る魔法省の人間は全員、お前たちの命令でケガをして倒れている女性たちを、直ちに城の中に運べ!
命令に従えないものは半年間無給で働かせるぞ!
一人でも死者を出したら爵位を剝奪する!」
怒りで体が震える。状況判断が全くできていないではないか。
……王宮警備隊は、いったい何をしているんだ!
城の奥へと進んでいくと、ヘイズ侯爵が仁王立ちになり、王宮警備隊の隊員に向かって怒鳴り声をあげていた。
「指揮権はマロウ王子にある。魔獣の討伐は一般魔法省が任されているのだ! 王宮警備隊は余計な口出しをするな!」と。
……はあ?
……最悪だ。無能はどこまでも無能だった。
私はこんなこともあろうかと用意していた、軍で使用している警笛をポケットから取り出し、思いっ切り3回ピーピーピーと鳴らした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




