144 王宮の混乱(1)
◇◇ カシミール公爵 ◇◇
高学院がクラス対抗戦という新しい行事のため、今日の講座は休みになった。
そこで、王宮騎士団長(王宮警備隊隊長)である私は、覇王様が開講された【魔法攻撃講座】を受講させている部下に、その訓練成果を演習場で披露させることにした。
重要箇所の警備担当者以外は全員、王宮最奥にある演習場に集合している。
覇王様の指導は独特で、これまでの魔法の概念や魔法陣の常識をあっさりと打ち破り、実践的かつ実用的なのだと受講者たちは口を揃えて言う。
腹心の部下である副騎士団長(副隊長)のダレン49歳などは、先日妖精と契約しボルケルトと名付け、全ては覇王様のお陰だと、すっかり心酔している。
5人の受講者が、次々と新しく覚えた攻撃魔法を披露していく。
どの攻撃も魔獣と戦うことを目的としており、確実に的を破壊していく。
最後に披露するのはダレンで、妖精と契約したことで、攻撃力を倍にすることができるのだと言いながら、見たこともない青い炎の魔法攻撃と、新しく覇王様が開発されたという古代魔法陣の改良型を使って、旋風を起こして演習場の的を巻き上げて見せた。
……うーん、短期間でこれ程の攻撃魔法が取得できるとは、想像以上の成果であると認めざるを得ない。
当然のことながら、覇王様の講座で学んだ講義内容や攻撃魔法の技などは、其々の部署で部下や同僚に伝授されている。
しかしながら、伝授しない領地や部署があると聞き、信じられないというより腹が立った。
自分の金で受講したわけでもないのに、なんと傲慢なのだろう。
初めて受講者たちの魔法攻撃を見た部下たちは、見たこともない威力に驚き、自分も直接覇王様や側近の学生たちから攻撃魔法を学びたいと声を上げる。
【魔法攻撃講座】に関しては、受講する人数に制限がかかっていない。
マジックバッグの代金を払えば、覇王講座が受講できると王様から聞いた時は、なんと強欲な王子だろうと嫌悪感さえ抱いた。
本物の覇王かどうか分かったものではないとさえ思った。
しかし講座が始まってみれば、厳しさと完全実力主義、そして必ず成果を上げることができるという講座内容に、受講した部下は度肝を抜かれたようだ。
【覇気】という絶対的な力を示したことで、覇王であることを疑う者は激減した。
古い文献を読んで【覇気】というものを知っていた私は、今度こそ、彼こそが、この国と王族に変革をもたらしてくれる存在なのだと期待に胸が奮えた。
何故自分も受講しなかったのかと後悔したが、私の立場では王宮を留守にすることはできなかった。
国が【王立高学院特別部隊】や【覇王軍】に対し、全く予算を付けていないどころか、援助さえしていないと知った時は、甥である国王や財務大臣であるレイム公爵に対して怒りが込み上げてきて、覇王様を強欲だと思った己を恥じた。
腹心の部下であるダレンが、国から資金提供を受けていないからこそ、自由に活動できるのではないかと言うので、確かにそうだろうと納得し、財務部に怒鳴り込むのを我慢した。
王都の上級地区以外に貼り出される【覇王便り】を読むと、覇王様は王権や王座には全く興味がなく、関わりたくもない意思が示されていた。
それでも王宮内は、特に第一王子辺りは戦々恐々とし、母親である王妃と共にろくでもないことを考えているようだと、密偵として王子の周辺に潜り込ませている侍女やメイド、護衛から情報が上がってきている。
私が王宮騎士団長として王宮に残っているのは、弱体化した王族と領主たちに活を入れる為だった。
しかし国王は毒で倒れ、王妃の派閥が王宮を牛耳ってしまった。
王子たちを見れば、王族として当然取得しなければならないA級作業魔法師さえ取得できず、このままでは駄目だと何度も王に意見をしたが、トーマス王子が取得しただけで、第一王子はB級魔術師止まりだった。
魔獣の大氾濫が起こると分かっているのに、きちんとした対策も立てているようには思えないし、次期国王を誰にするかで王宮内は二つに分かれて対立していた。
そんなことをしている場合ではないと叫んでも、王やレイム公爵派は、もう少し待ってくれと言うばかりで、虚無感さえ覚える日々を過ごしていた。
……情けない。誰も現実と向き合わないし、私の意見など聞く耳を持たない。
……王宮内で揉めている間に、兵士や魔術師たちは無駄に命を落としていくのに。
……残念だが、今の王では王宮内を纏めることはできないだろう。
しかし自分は騎士団長で、政治に口出しできる立場ではない。
今の王が即位する時、私は自分の存在が重しになってはいけないと、政治に干渉できない王宮警備隊の隊長を選んだのだ。
私が口を出せるのは、王宮内の警備に関することだけで、それさえも、王妃やヘイズ侯爵派によって制限を受けていた。
毎日を忸怩たる思いで過ごしていた私は、遂に引退する決意をして国王に申し出ようとした。
だが、王都の南の町がドラゴンに襲撃され、壊滅的な被害を受けてしまった。
まだ引退できない! と拳を握り締め、王と国を守らねばと決意を改めた。
王宮がドラゴンに襲撃されたことを想定し、王宮の警備を強化するため、軍や魔法省と連携し訓練することが必要だと打診したが、あっさりと断られた。
……意味が分からない。
それでも折れかけた心を奮い立たせ、王宮警備隊だけで訓練を開始した。
しかし王宮警備隊は、もともと悪人から王族を守るために作られた組織であり、対人戦を想定した訓練しかしてこなかった。
だから魔獣相手やドラゴンと戦う術など、殆どの隊員が持ち合わせていなかった。
どうしたらいいのだろうかと途方に暮れていた年末、とうとうデミル領とサナへ領がドラゴンに襲撃されてしまった。
王都の町がドラゴンに襲撃された時も王宮は混乱したが、またも大混乱した。
指揮系統がバラバラで、狡猾なデミル公爵は、自領のために動かせる軍と魔法師を全て勝手に動かしてしまった。
途方に暮れた王とサナへ侯爵は、サナへ領の救済を【王立高学院特別部隊】に依頼すると言い出した。
確か【王立高学院特別部隊】は、トーマス王子が責任者として立ち上げた組織だと聞いている。
軍や警備隊さえ救済しなかった王都の町を、学生たちが懸命に救済したという話には、大いに感銘を受けたし、トーマス王子への期待も高まった。
私は一計を案じ、王立高学院への知らせを引き受け、副隊長であるダレンを向かわせて、トーマス王子の手腕を確かめることにした。
突然の知らせであり、冬期休暇に入る直前でもあったため、馬車や御者さえも準備するのが難しく、王宮警備隊にも協力して欲しいと打診があった。
残念ながら王宮警備隊は、馬車をあまり保有しておらず、荷馬車と御者なら協力できると伝えると、それでも十分だと返事がきたので、私は直属の部下二人を御者として潜入させた。
無事に戻って来た部下から聞いた話で、トーマス王子への評価を下げ、サナへ侯爵に対する信頼をも下げた。
しかし、【王立高学院特別部隊】の活躍話には心が躍った。
【王立高学院特別部隊】を率いて行ったのはトーマス王子だったが、実質的に指揮を執っていたのは、なんと、平民の商学部1年の学生だったそうだ。信じられないけど真実だと言う。
しかもその学生は、実はブラックカードを持つ冒険者で、途中の町でスノーウルフの群と変異種を倒すために指揮を執り、冒険者や代官をも従えて、見事に勝利したと言う。
見たこともないマジックバッグを持っており、御者である自分たちにも学生と同じ食事を提供してくれ、寝る時は寒くないよう毛皮まで貸してくれたらしい。
サナへ領に入ってからも、ココア村から逃れてきた被災者を救済し、スノーウルフの討伐で稼いだお金まで学生たちは差し出したと言う。
……なんと心洗われる話だろう。
モカの町に到着してからは、全く頼りにならないトーマス王子やサナへ侯爵を早々に見切ったという。
適切に判断し、死にかけている被災者たちを懸命に救済していく姿を見て、感動し涙が出たと報告した。
ルフナ王子、リーマス王子、そしてワイコリーム公爵子息やマギ公爵子息、サナへ侯爵子息もリーダーである少年を認めていたようで、わざわざ雪の降る夜に荷馬車で一緒に眠ったという話には、驚いたというより不安な気持ちになった。
王子や領主の子息が、平民に従っていていいのか? という不安だ。
しかし、よくよく話を聞くと、その学生アコルは、平民とは思えない言動をし、誰も彼に対し不敬だと思っている感じではなく、学院では【妖精学講座】を教えていて、彼自身が七色に輝く女の子の妖精と契約していたと言う。
……女の子の妖精と契約? それはサナへ侯爵家かレイム公爵家の血族ということではないのか?
不安と期待が入り混じった感情のままで過ごすのを止めて、アコルという学生を呼び出し会ってみようと決心を固めた。
そして使いを送ってみたが、彼はドナセ大河に現れたアイススネークの変異種の討伐に向かって留守だった。
……高学院の学生なのに、変異種の討伐に行くなんて信じられない。
残念だが、アコルという学生と会う機会を逃してしまった。
ブラックカードを与えられ、妖精と契約できる逸材を、もしも王宮警備隊に迎えることが出来れば、王城の守りはかなり強固になるだろう。
対人戦しか対応できない今の王宮警備隊では、王を守ることができない。
そんな不安な日々に、終わりを告げる幸運が訪れた。
国務大臣であるワイコリーム公爵が、魔獣討伐に関する権限を得て、軍と魔法省の使える人材を引き抜き、新しく【魔獣討伐専門部隊】を立ち上げたのだ。
そして長らく休職していた魔法省大臣のマリード侯爵も復帰し、これから魔獣の大氾濫に向けて魔法省を立て直すと宣言してくれた。
最たる幸運は、行方不明だった第七王子発見の知らせが届いたことだ。
ワイコリーム公爵によると、第七王子は間違いなく覇王であるという。
私とワイコリーム公爵の父親はとても懇意にしていたので、ワイコリーム公爵は、学院長の執務室に【妖精王様】が現れて、第七王子を今代の覇王であると断言し、【覇気】を授けたという極秘情報を特別に教えてくれた。
【魔獣討伐専門部隊】に【覇王】の出現。
絶望の淵に光が射しこみ、私はようやく神に感謝することができた。
それから間もなくして、王宮警備隊長宛に覇王様から書簡が届いた。
王宮警備隊には届いてなかった、マジックバッグの販売と、覇王講座開設のお知らせだった。
書簡にサインしてあった覇王の名は、アコル・ドバイン。
そう、私が会いたいと思った学生は、第七王子であり今代の覇王様だったのだ。
昨年からのあれこれを懐かしく思い返しながら、新しく覚えた魔法攻撃を伝授する部下と、キラキラした瞳で教えを受ける隊員に視線を向ける。
ワイコリーム公爵は時々城に立ち寄り、私に覇王様の様子を教えてくれる。
私もまた、王妃や第一王子マロウの動向や、王弟シーブルとヘイズ侯爵派の情報を伝える。
互いに望むのは、覇王様を支えて魔獣の大氾濫に勝利することだ。
訓練開始から1時間が経過したところで、大変な情報が入ってきた。
王都ダージリンとヘイズ領の境にあるライバンの森から、魔獣の氾濫が始まったというのだ。
ヘイズ領側に多くの魔獣が溢れ出て、王都側には、ビッグホーンの大群が迫っているという。
ライバンの森から王都までは、さほど距離がない。
ワイコリーム公爵が直接指揮を執り、【魔獣討伐専門部隊】が出動した。
王宮警備隊がすべきことは、もしも王都の城壁を突破されたら、何が何でも城を死守し、王様をお守りすることだ。
城と上級地区を守るのは、王弟シーブル率いる【一般軍】と、ヘイズ侯爵率いる【一般魔法省】だ。
先日の会議では、【魔獣討伐専門部隊】など居なくても、守りは万全だと言っていたが、全く信用できない。
覇王様の【魔法攻撃講座】を受講している【一般軍】と【一般魔法省】の人間は、真面目に練習をしていないとか、やる気が感じられないと、副隊長のダレンから聞いている。
直ぐに大臣や各部署の責任者が招集され、城の守りについて会議が始まった。
当然私も出席し、王族の避難場所や避難経路について説明する。
城には地下室もあるし、城の外へ脱出する抜け道もある。
最低でも10人以上の警備隊員が王族を先導し、安全な場所へと誘導することになっている。
「聞くところによると、ビッグホーンという魔獣は、たいして強くないそうだな。
それならば、もしも城壁の内側に入り込んだ場合、2階から攻撃をすれば簡単に倒せるだろう。
私の側近や魔法省の部下だけで問題なく処理できる。
王妃は私がお守りする。だから王宮警備隊は、側室や王女たちを守ればいいだろう」
今回の会議には第一王子マロウも出席していて、突然勝手に発言し、自分が指揮してビッグホーンを倒すと豪語した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。