139 閑話 覇王講座とあれこれ(2)
更新遅くなりました。
少し長くなっています。
◇◇ 妖精学講座のトーブル ◇◇
妖精学講座の3回目、リーマス王子の助手として今日も頑張ろうと、気合を入れ直して私は図書館へと向かう。
こうして【王立高学院特別部隊】の仲間入りを目指して頑張る日々は、私の人生をキラキラと輝かせ、自分の将来を自分で選ぶことができるかもしれないという希望で、心が満たされていく。
……自分のために生きてみたい。覇王様のお役に立ちたい。父親の呪縛と支配から逃げ出し、自分の居場所を作りたい。・・・いや違う。逃げるんじゃなくて自分で勝ち取るんだ。
今日のテーマは、妖精との意思疎通と、妖精の特性についてだ。
「妖精の持つ魔力量によって、姿を現していられる時間が違ってくる。
普通は2分程度だが、例外として、覇王様のブレーンである王立高学院執行部メンバーの契約妖精たちは、もっと長い時間姿を現すことが可能だ。
覇王様の契約妖精であるエクレア様は、特別な能力をお持ちなので、他の妖精に力を与えることができる。
そして執行部メンバーの妖精は、必要だと思えば呼び出さなくても姿を現すことができる」
リーマス王子がそう説明すると、契約妖精のリリアちゃんがスーッと姿を現し、『私は5分くらい大丈夫だわ』と笑顔を受講者に向ける。
本気で妖精と契約したがっている者は、キラキラした瞳でリリアちゃんを見て熱い息を吐くが、領主や上司から命令されて参加している者は、どこか冷めた視線を向けているので、気合の入れ具合が一目瞭然だ。
「そろそろ契約してもいいと思う受講者を、妖精たちが決め始める頃だろうと覇王様が仰っていた。
試しに、妖精にプレゼントしたい物を用意できた者は、机の上にプレゼントを置いてみて欲しい」
リーマス王子の言葉を聞いて、本気で契約したがっている者の瞳がギラリと輝いた。
カバンやポケットの中からプレゼントを取り出し、期待しながら辺りをキョロキョロと見回していく。
私も見本となるよう、皆より高い位置にある教壇の上に置かれた補助机の上に、自分で作ったハーブの匂い袋を置いた。
私は命の適性(緑)を持っていないが、昔から花や植物が大好きだった。
父親に殴られたり、理不尽なことで叱られた時、私は決まって王宮の裏庭にある温室に行って、誰にも気付かれないよう独りで泣いていた。
初めて一人で温室に入った時、紫色のハーブの花の香りに心が癒された。
それ以来、私は自分で花の苗を小遣いで買い、せっせと植えて花の種類を増やした。
誰からも見向きもされなかった温室は、今では季節ごとに美しい花を咲かせ、王宮で働くメイドたちの憩いの場になっている。
『素敵な香りね。私、この花の香りが大好きなの』
一瞬、何が起こったのか分からなかったが、見たことのない女の子の妖精が、私の作った匂い袋の上をふわりふわりと飛んでいた。
光の黄、火の赤、風の藍、土の橙、そして命の緑の5色の羽根を羽ばたかせ、五色の花が散りばめられた鮮やかな服を着て、頭には5色の花で編み込まれた花冠をしている。
顔は可愛いというより綺麗という方が正しいだろう。
リーマス王子の妖精リリアちゃんと比べたら、とてもお姉さんぽい。
……ああ、でも私には命の適性が無い。せっかくプレゼントを気に入ってくれたのに、私とは友達にもなれない。とても残念だけど、話し掛けられて嬉しい。
受講者全員の視線が、目の前の妖精さんに向けられる。
5色の羽根の色を考えると、領主や領主の子、又は王族くらいしか適応する受講者は居ないだろう。
『この匂い袋、頂いてもいいかしら?』と、目の前の妖精さんに話し掛けられたけど、私には友達になる資格さえない。
「欲しかったらあげるよ。でも、私には命の適性がないんだ」と私は正直に言って、残念な気持ちを隠して作り笑顔を向けた。
『ええ知ってるわ。だから私の適性を分けてあげる。私と契約出来れば、あなたは命の適性を得て、医療魔法を使うことが出来るようになるわ』
「えっ、医療魔法? 本当に? 本当に私と契約してくれるの?」
『ええ、そうよ』
私は目を見開き、こんな奇跡が自分の身に起きたことが信じられず、祈るように手を胸の前で組んでから、自分の名前を言いながら匂い袋を差し出した。
「・・・私はトーブル。よ、良かったら私の好きな花の名前のセルビアと呼んでもいいだろうか」
『いいわよ。私はセルビア、これからずっとよろしくねトーブル』
セルビアはにっこりと微笑み、ふわりと飛び上がって俺の肩に着地する。
そして手に持った匂い袋をシュッと何処かへ収納して、私の肩に手をついた。
すると暖かい何かが、私の体の中に流れ込んできた。
……ああ、これはセルビアの魔力だ。なんて気持ちがいいんだろう。
『これで契約完了だわ。今の私の魔力量は130くらいかしら・・・頑張ってたくさんの人を救いましょうトーブル。リーマス王子と一緒にね』
「ワーッ、おめでとうございます!」
「素晴らしいですわ!」
「ああ、早く私も妖精さんに会いたいわ!」
「適性が同じじゃなくても、本当に契約できることもあるんだ」
「素晴らしい! 私は妖精と契約する瞬間に立ち会うことが出来た!」
シーンと静かに私とセルビアの会話を聞いていた受講者たちから、祝福や驚きの声が上がる。
まさかこんな幸運が、私なんかに本当に訪れるとは・・・
……嬉しい。本当に嬉しい。神様、アコル様、ありがとうございます。
皆が感動と興奮でわいわい騒ぎ始めたところで、今度は男の子の妖精が姿を現した。
火の赤と風の藍と光の黄の3色の羽根を羽ばたかせて、図書館内を元気よく飛び回っていく。
大きさはセルビアの半分くらいで、まだ幼い顔をしている。
男の子の妖精は、王宮警備隊の副隊長の前で動きを止め、机の上に着地して置いてあった短剣に触れた。
短剣の鞘には赤と濃い青の魔石が埋め込まれていて、実際に使う剣ではなく美術品として飾られるような代物だった。
剣で王様を守る王宮警備隊の副隊長らしいプレゼントだと思う。
副隊長は元気いっぱいの男の子の妖精に、ボルケルトと名付けていた。
ボルケルトは、初代覇王時代に剣聖と言われた側近の名前だ。
実際に妖精と契約する場面に立ち会った受講者たちの、やる気が上がったのは言うまでもない。
次は自分が契約するぞと張り切って、適性で分けた班で活動を始めたところ、今日の講義が終了するまでの時間内で、他にも4人が妖精と契約することが出来た。
今日の講座は大興奮で終了し、どうでもいい……という雰囲気だった一部の受講者まで、妙に張り切った顔で課題をこなし始めた姿には笑えた。
◇◇ ワートン公爵屋敷 ◇◇
「それで、自称覇王の様子はどうだった?」
「はいシーブル様、見た目はまだ少年のようですが、あの特殊な能力を見れば、覇王であることを疑う者は少ないでしょう」
王弟シーブル様の問いに答えたのは、私の側近であるロイトだ。
ロイトはワートン領の伯爵で、今回はワートン領の代表としてではなく、国防省の代表として講座に参加させている。
「あの特殊な能力とは、覇気と言われているものか?」
「はいシーブル様。視線を向けられただけで、悪意ある者は倒れ伏し、疑う者は腰を抜かしたように座り込みます。
あれでは、どんなに表情や態度を取り繕っても役に立ちません。
何故悪意が分かるのか不思議ですが、倒れ伏した者を見れば、その殆どがヘイズ侯爵派でした」
ロイトは何故か、ブルリと体を震わせながら答えた。
「それは不味いな。倒れた者に対し不敬罪や受講禁止などは?」
「領主様、私は2つの講座で倒れてしまいましたが、不敬に問われることも罰を与えられることもありませんでした。
他の者も同様ですが、他領の領主や領主の子息たちに、覇王に対し反意有りと知られてしまいました」
申し訳ありませんと深く頭を下げて、ロイトは謝罪する。
ロイトによると、覇王と名乗る学生は殆ど講座に出てくることはないらしく、度々倒れ伏すことにはならないという。
「今朝、王都の掲示板に新しい【覇王便り】が貼り出された。
そこには、3つの講座の成績が書かれていた。
ロイト、国防省は下から3番目だったが、どういうことだ?
覇王を探れと命令したが、私に恥をかかせても良いと言った覚えはないぞ!」
「も、申し訳ありません。まさか成績が公表されるとは思っていませんでした。
以後は上位の成績が取れるよう、必ず力を尽くします」
強く叱咤した私の顔を見て、ロイトは青い顔をして再び深く頭を下げ謝罪した。
マジックバッグを購入しろと財務大臣であるレイム公爵が決めた時、適当に講座を受けながら覇王の様子を探れと私は命じていた。
だからといって、国防省は無能ばかりだと平民に噂されるのは許せない。
せめて真ん中くらいの成績を取るよう命じ直して、ロイトを下がらせた。
「一般軍からは数人しか参加させてないから、デミル領と同じ班になり、成績は最下位だった。
フン、一般軍に残った者は無能ばかりだし、デミル領の役人もクズばかりだ。
ワイコリーム公爵が優秀な上官を引き抜き、王は私を一般軍の大臣に任命した。
無能な王に代わり、レイム公爵が私を潰しにきた可能性がある」
王の弟であるシーブル様は、いつもに増して憎々しそうな顔で、二人の兄と第七王子に対する悪意を隠そうともしない。
この方は、決して自分の手を汚さず、全ての企みを他者に実行させる。
こうして話していても、何処に本心があるのか分からず、全く底が知れない恐ろしさがある。
「まさかデミル公爵を罷免せず、降格するとは思いませんでしたからな。
思っていたより、いや、王にあるまじき弱腰でした。
領民を救済せず、勝手に軍を動かしても罷免さえできないとは、王として無能すぎます。
早くシーブル様が王位に就かねば、この国の将来は危うい」
自分のことしか考えないデミル公爵の爵位を剝奪し、サナへ領の救済活動で活躍したトーマス王子を、次期デミル公爵の座にと、私やシーブル様が総力を挙げて推す作戦だったが、王が無能すぎて上手くいかなかった。
デミル公爵は住民を救済しなかったし、軍を私物化した。
それを何度も注意したが聞き入れられなかったと、シーブル様は王に報告された。
でも、無能な王はデミル公爵を副大臣として残し、領主のまま残した。
トーマス王子を公爵にすれば、次期国王となる敵は居なくなるはずだった。
そんなごたごたした時に現れたのが、あの第七王子だ。
ワイコリーム公爵は国王に、第七王子を覇王だと報告し、自分が後ろ盾になると公言した。しかも自信たっぷりにだ。
「第七王子が生きていて、まさか覇王となる者だったとは、王妃もヘイズ侯爵も本当に役に立たない。
第一王子マロウは、覇王を利用して魔獣を討伐させ、魔獣が減ったら自分の側近にすると言っているらしい。
確かに今殺すより、その方が得策だとは思う。しかし、私なら始末する」
全てが上手くいかず、シーブル様はご立腹だ。
早計にも思われるが、どうやら第七王子を始末するのは決定事項のようだ。
この方が殺すと言うのだから、本当にそれを実行されるだろう。
【邪魔者は始末する】というのが昔からの口癖だし、上手く他者を操られ多くの邪魔者を排除されてきた。
講座の成績発表という方法を使って、我々に攻撃を仕掛けてきた第七王子に対し、私もシーブル様も怒り心頭だが、平民ごときに成績を知られたからとて、政治に大きな影響はない。
平民育ちが考えた人気取りだと思うが、どの王子とも違う異質な考え方には注意が必要だろう。
「国王にもまだ謁見できていないようですし、第一王子マロウの呼び出しは無視しているとか。
レイム公爵は、レイム公爵家の後継として迎えたいと王様に願い出たそうです。
利用できるうちは利用し、王子としてドラゴンを倒せば、英雄として次期レイム公爵に任命してもいいでしょう。
所詮は平民育ちの、貴族の在り方も政治も知らぬ子供です」
敵ではないと思わせておいて、頃合いを見て消えて貰う方がいいのではと、自分なりの意見を言ってみる。
上手く利用して邪魔なレイム公爵を殺害し、政治を知らない第七王子を、レイム公爵にする方法も考えるべきだろう。
新しく国王になるシーブル様が使える駒は多い方がいい。
「いや、災いの種は全て消す。
ただ、その時期が今ではないというだけだ。
先日、ヘイズ侯爵も面会希望を出したらしいが、完全に無視されたと激怒していた。
我々は様子見するくらいでいいだろう。
息子のトーブルが第七王子に近付いているようだから、魔獣討伐の最中に暗殺させることも可能だ。
ようやく自覚を持ち、やる気を出したようだ」
使える者は息子でも使う。その強さが今の国王には無い。
だからこそ私は、この方に惹かれるのだ。
「それは良かった。我が孫トーブルが、王冠を戴く日をこの目で見るまでは死ねませんからな。
隣国から新しい毒でも手に入れておきましょう」
我がワートン公爵家は、もう120年以上も血縁者から国王を輩出していない。
そのため、閑職である国防大臣の地位にしか就けない現状だ。
無能なデミル公爵が軍務大臣に就任できたのは、先代王の母がデミル領の出身だったからだ。
頭に花が咲いているヘイズ侯爵が魔法省の副大臣になれたのは、王妃の兄だからだ。
他国との戦争もないこの時代、国防大臣など飾りに過ぎない。
シーブル様が国王になれば、我が娘は王妃となり、孫トーブルは必ず国王になる。
私としたら役に立ちそうな第七王子よりも、現国王を暗殺する方が先だと思う。
第七王子はいつでも消せるよう、既に密偵を高学院に送ってある。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
更新が遅くなってすみません。
次の更新は、29日(水)にできたらいいな。頑張ろう。




