135 講座の開始(3)
ギルマスの向かい側に座り直し、個人的な金策をすることにした。
ブラックカード三人衆に頼んだミスリルの剣が、予想以上に高かった。
あれは個人的な支出だから、【王立高学院特別部隊】や【覇王軍】の予算からは出せない。
「解体料と乾燥料は無料にしておいたから、今度こそ冒険者ギルドにデカいマジックバッグを売ってくれよ。本部からも頼まれてる」
本部用の金貨300枚は既に預かっているから、【王立高学院特別部隊】のギルドカードに入金しておいたと、ギルマスが報告する。
「了解です。支部には特別に、時間経過が遅くなる大型のモノを金貨250枚でお譲りしましょう。
本部には、領主たちと同じ機能の時間が経過する物を金貨300枚で売ります。それでいいですよね?」
「ああ、悪いな」と、ギルマスが珍しく嬉しそうだ。
「それで、個人的な話になりますが、時間が経過しないマジックバッグ……大きさはこの執務室の倍くらいの物を、ギルマスとダルトンさんと、龍山支部のギルマスに、特別価格の金貨50枚で売ることが可能ですが、どうします?」
「はあ?」とギルマスが聞き直してくる。
「古代魔法陣を使った国宝級のマジックバッグを、金貨50枚で売ります。
討伐した魔獣が、結構入りますよ。時間がほぼ経過しないので、素材を無駄にしません」
「この部屋の倍の広さで金貨50枚?……要る! 買うに決まってる。ダルトンも龍山支部のドアーズも買うだろう。本当にいいのか?」
嘘じゃないだろうなと、疑るような視線を俺に向け、顔を近付けてギルマスが確認してくる。
「これまでお世話になったお礼です。それに、戦いはこれからが本番です。
食用になる魔獣は、ばんばんマジックバッグに詰めてください。救済用の肉や毛皮になりますから」
これからはギルマスやダルトンさんまで、現場に出張る事態になるだろう。
倒した魔獣の回収は、冒険者にとって最も重要な仕事であり、稼ぎは多い方がいいに決まってる。
マジックバッグの素材には余裕があるから、買ってくれると俺も嬉しい。
*****
冒険者ギルドを出た俺は、フード付きのマントを着て【薬種 命の輝き】に向かう。
余程のことがない限り俺だと気付かれることはないだろう。
俺の家族は、少し前に中級地区のモンブラン商会の近くに引っ越したから、今、店の2階にはシフォンさんと兄のタルトさんが暮らしている。
うちの店に就職したシフォンさんに格安で貸そうかと訊いたら、冒険者ギルドに近くて便利だからと、BAランク冒険者のタルトさんが喜んで借りてくれた。うちは部屋が3つあるし結構広かった。
「ちょっとアコル君、覇王様だなんて聞いてないわよ」と、店番をしていたシフォンさんが、店の中に入ってフードをとった俺を見て文句を言う。
……良かった。シフォンさんはいつも通りだ。
「すみません。ほら、平民として育ったから、仰々しいのは苦手なんです」
「あっ、ごめんなさい。つい、いつもの口調で喋っちゃったわ。
パリージアさんは、支店に打ち合わせに行ってるけど急用?」
「いえいえ、今日はお隣に用があって寄ったんです。
そう言えば、面倒な親族を追い払うのに、商業ギルドのギルマスや、学院長に手を回していただき、ありがとうございました」
母さんの実家がお金を要求してくるのを、シフォンさんが解決してくれたのだ。
「私の兄は文部省の高官だし、ギルマスは親戚なのよ。貴族には、貴族の遣り方で対抗するのが一番なの。まあお陰で、久し振りに同期生にも会えたわ」
大したことじゃないわって、シフォンさんは笑って言う。本当に有り難い。
シフォンさんによると、覇王関連で来店した者はまだ居ないらしい。
ご近所さんも目を光らせてくれていて、怪しい人物を寄り付かせないとか。
*****
「こんにちは。店主はいらっしゃいますか?」と、俺は隣の仕立て屋の店に入って声を掛けた。
フードをとった俺を見て、店のお姉さんたちがびっくりして、慌てて階段を駆け上がっていく。
「は、はは、覇王様が来られました!」って声が下まで聴こえてきて、店中の人がバタバタと走り回る足音がする。
「これはようこそアコル様。只者ではないと思っておりましたが、まさかの覇王様とは……顔役全員が腰を抜かしそうになりましたぞ。さあ、奥へどうぞ」
店主であるご老人は、顎髭を触りながら嬉しそうに俺を出迎えてくれる。
「ああ、今日は仕事の依頼に来たんです。
商業ギルドから【王立高学院特別部隊】の隊服の入札の話が出ていると思いますが、こちらの店も参加されますか?」
「勿論ですわ! もう、全力で仕上げにかかっています」
店長である若女将が、お茶を出しながら嬉しそうに答えてくれた。
集まって来たお針子さんたちも、うんうんと力強く頷いてくれる。
「ありがとうございます。実は、隊服とは別に面倒な刺繡を背中に入れたものを注文したいのですが、お願いすることは出来るでしょうか?」
俺はマジックバッグから服のデザイン画を取り出し、背中に入れる予定の刺繡の絵も見せる。
「これはもしかして魔法陣かな?」と、デザイン画を覗き込んだ店主が問う。
「はいそうです。後ろから魔獣に襲われた時、魔力を流せば 防御魔法が発動します。難しいでしょうか?」
「いいえ、出来ます! ねえみんな、出来るわよね?」
「はい! 死ぬ気で、いえ、全力でやればできます店長!」と、お針子リーダーのご婦人が、メラメラと闘志を燃やして即答する。
「これも入札かな?」
「いいえ店主、これは正式な依頼です。
私を含めた【覇王軍】に属する学生の数は13人です。男性が11人で女性が2人、予備として男性用を2人分作っていただきたい。
これから直ぐに使う可能性があるので、暖かい素材でお願いします。
予算として金貨50枚を用意しました。足らなければ遠慮なく言ってください」
俺はギルマスから受け取った金貨50枚を、そのまま店主に手渡して依頼した。
「キャーッ! やったわ!」とか「頑張ります!」と、女性陣の弾んだ声が店内に響いて、皆さんのやる気が伝わって来た。これなら任せても大丈夫そうだ。
納品日が隊服の人気投票日になるので、かなり無理させることになるけど、店主が大丈夫だと請け負ってくれたので、安心して高学院に戻ることにした。
*****
翌日、【妖精学講座】を受講できる合格者の名前が、図書館前の掲示板に貼り出された。合格したのは、313人中の298人だった。
光適性が無かった者が5人、魔力量が50以下だった者が8人、妖精のオペラ君が、覇王や学院長に殺意があると判断した者が2人の、合計15人が不合格となった。
当然、不合格者の名前も貼り出されており、光適性が無かった5人と魔力量が50以下だった8人には、ペナルティーとして3ポイントが課され、推薦部署や領主名、爵位まで曝されていた。
受講申込書に虚偽があるなど、常識では考えられないので3ポイントだ。
殺意ありと思われた2人の不合格の理由は、妖精が拒否したからと書かれており、ペナルティーは無しだった。
殺意ではなく、悪意があると判断された46人は合格させている。
所属部署・出身地・推薦者をしっかり記録しており、要注意人物として、学院長とマキアート教授、顧問になったハシム殿(ノエル様の父)が、目を光らせることになっている。
掲示板には、合格者・不合格者の発表の他に、〖重要なお知らせ〗と朱色で書かれた注意書きが、以下のように書かれババーンと大きく貼り出されていた。
〖 重要なお知らせ 〗
① 覇王様が開講された講座を受講する者は、虚偽報告・暴力行為・不正行為・受講放棄・講師に対する侮辱等が確認された場合、1~3ポイントのペナルティーを課される。
② ポイント合計が5になったら、推薦者である者(大臣や領主)に謝罪料として金貨50枚を払わせる。
③ ペナルティー5になった者は、覇王様への不敬罪とみなされ、受講者の貴族位を剝奪する。
以上のことは、受講申込書の注意事項に明記されているので、領主や大臣、所属部署の責任者は、当然了承の上で部下を覇王講座に参加させている。
自分の行いが、指名してくれた領主や大臣や所属部署の信用を失墜させ、謝罪料を払わせることになる。
そして、自らの爵位を失い平民となることを肝に銘じ、真摯に受講せよ。
【 覇王 アコル 】
「まあ、俺は商学部の学生だし、モンブラン商会で鍛えられているから、こういう注意書きが大事だと分かってた。
だから用意周到、準備万端で、申込書に代表者である領主や大臣のサインをさせている」
掲示板に貼り出されたばかりの内容を見て、顔を引きつらせて俺を見るエイトと、感心したように俺を見るラリエスに向かって、俺は涼しい顔をして言う。
「ちょっと待って、うちの親父は、この注意事項をちゃんと読んでるのか?」
エイトはマギ領は大丈夫かと心配し始める。
「私は読みましたよ。父上もご存じのはず。
そもそも、ペナルティーを与えられるような不心得者を参加させる方が悪いのです。
うちの領地の者がペナルティー5になったら、無能で品性もない貴族など必要ありませんから、謝罪料を払って爵位を奪えるなら、却って好都合です」
真面目なラリエスは、きっと自信を持って自領の貴族を参加させているに違いない。
ワイコリーム領の貴族は真面目な者が多いし、貴族としてのプライドが高い。
それはレイム領の貴族も同じで、真面目で優秀、そしてプライドが高く、領主に対する忠誠心が強い。
朝食後に掲示板を見にきたのは、受講者だけではなく学生や教師や職員の姿も混じっていた。
親兄弟や親族が受講している者が意外に多く、気になっていたのだろう。ガヤガヤと掲示板の前が騒がしい。
「不合格者って、ワートン領の貴族とか、ヘイズ領の人が多いよね」
「それと一般魔法省と一般軍の役人もな」
「マジックバッグを買わなかった領地の貴族も参加してるんだな」
「ああ、アコル様が許可されたらしい。
【王立高学院特別部隊】は派遣しないけど、学ぶ権利は平等だから問題ないって。
でも、受講料が一人金貨10枚らしいぞ」
わいわいと話している学生たちの後方から、多くの受講者たちが試験結果を見にやって来たので、学生たちは教室に向かって走って行く。
学生の方が、講義が始まる時間が早いので、のんびりしてはいられない。
受講者たちは全員、学院の外から通学しており、定刻にならないと学院の中に入れないし、決まった時間までに学院から出なければならない。
*****
「皆さん、おはようございます。
本日は初めての妖精学講座ですので、先ず最初に班分けをします。以後、妖精学講座は班ごとで活動することになります。
今日の講師は、第五王子である私リーマスと、私の契約妖精リリアちゃん、レイム領出身で魔法部3年のボンテンク君と契約妖精のライム君。そして、マギ領出身で貴族部2年のチェルシーさんとミント君です。
助手として、王弟シーブル様のご子息、魔法部2年のトーブル君が手伝ってくれます。
妖精と契約できるよう、しっかり学んでください」
王子としても、薬師としても、すっかり自信をつけてきたリーマス王子は、大勢の受講者を前にしても怯むことなく、堂々と講義開始の挨拶をした。
隣に立っているボンテンク先輩とチェルシー先輩も、落ち着いた感じで微笑んでいる。可愛い妖精の前だから、張り切るのは当然である。
3人の妖精は、図書館の中をふわりふわりと飛んで、受講者たちの熱い視線を浴びている。
いつものように、跪いて祈り始める者の姿もちらほら。
いったい誰が講師をするのだろうと、受講者たちはワクワク又はギラギラしながら、講師が来るのを待っていた。
もしかして覇王様が? と期待していた者はがっかりしたが、全く予想もしていなかった第五王子と魔法部と貴族部の学生だったことに驚いた。
『本当にレイム領やサナへ領の者じゃなくても、妖精と契約できるんだ』と、驚き半分、大きな期待半分で、講師が肩に乗せている可愛い妖精を見て、羨ましそうにキラキラした瞳を向けている。
「これから魔法適性を書いた立て札を机の上に置いていきます。
自分の適性と同じ適性が書いてある札の机に、椅子を持って移動してください。
班分けが済んだら、この学院の教師の中で、最初に妖精と契約した、魔法部のソレイネ講師の経験談を聞いていただきます」
リーマス王子は、ボンテンク先輩、チェルシー先輩、トーブル先輩に目配せし、3人は立て札を机の上に置いていく。
昨夜は遅くまで、4人で講座の準備をしていた。その内容は工夫満載で、確認した俺はとても嬉しくなった。
……うちの指導者は、みんな優秀だ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次の更新は、14日(火)の予定です。




