134 講座の開始(2)
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少し緊張していた様子のマギ公爵とマリード侯爵親子に向かって、俺は座るように促し、いつものように自分でお茶を淹れ始める。
どうやらワイコリーム公爵から、俺の【覇気】について聞かされていたようだ。
倒れ伏したり尻もちをつくことなく挨拶ができて、安堵した表情になっている。
「お元気になられて本当に良かった。体に優しい薬茶なので安心してお飲みください。
マリード侯爵が飲まされた毒は、国内のモノではないでしょう。
犯人の目星は付いていますが、小物のことなど……放っておきましょう。
もしかしたら、ドラゴンが王宮を襲うかもしれませんし」
俺は犯人を知っているが、小物は放っておけばいいとマリード侯爵に言う。それに、いずれ自滅するだろうと黒く微笑む。
マリード侯爵は驚いた顔をして、何故毒を盛られたと知っているのです? という顔で俺をマジマジと見る。
「フフ、王宮に住んでいる妖精たちは、俺に色々な情報を教えてくれるんです。
ノエル様を伴侶に望むなど、身の程知らずもいいところだ。
欲する国王の座も、ノエル様も、決して手に入ることはできないでしょう。
あれに、A級魔法師の資格が取れると思います? 学院を堕落させた怠け者に。
そうだ、あれは魔法省に所属しているそうだから、来週行われる魔術師試験に、魔法省の功労者としてお招きしましょう。
伯父であるヘイズ侯爵もご一緒に、模範となる魔法陣発動を披露させては如何です?」
薬茶で喉を潤し、カップを執務机の上に置いた俺は、マリード侯爵を見て薄っすらと微笑んだ。
王妃かヘイズ侯爵を犯人だと思っていた様子のマリード侯爵に、犯人は第一王子マロウだと教える。
そして、ささやかな報復として、ノエル様や多くの観衆の前で、二人の無能を曝させるのはどうだと提案してみる。
王弟シーブルの息子であるトーブル先輩と契約したがっている妖精は、王宮内の事情にとても詳しかった。
それはもうドロドロの欲にまみれた裏話まで、質問すれば知っていることを全て教えてくれた。
……赤ん坊の俺を殺そうとしたことも、国王に毒を盛った犯人のことも。
……でも俺は、王権に興味もないし、天誅を下したいとも考えていない。
驚愕の表情で俺を見るマリード侯爵親子は、座ったばかりだったのに、再び立ち上がるとその場で跪き頭を下げた。
「・・・全てをご存知でしたか。
分かりました。魔法省大臣として、今は魔獣の大氾濫に集中します。
本当に、孫のノエルから聞いていた通りのお方だ。
これからは、覇王様の手足となり、この命尽きるまでドラゴンと戦いましょう。
仰せに従い、二人を魔術師試験に招きます」
顔を上げたマリード侯爵は、嬉しそうに黒く微笑んだ。
さすが国家認定S級魔法師を持っている領主だ。魔法省大臣に相応しい貫禄である。
「それならば、私も模範となる魔法陣発動に参加しましょう。
今年中に魔法省大臣になると豪語されていたヘイズ侯爵と、副大臣になると吹聴されているマロウ王子の実力を、広く知らしめる良い機会です。
自称A級魔法師の副大臣と、自称B級魔術師の王子が実演した後で、私の魔法陣を披露し、次の魔法省の大臣が誰であるかを、格の違いとともに教えて差し上げましょう」
次期マリード侯爵となる嫡男ハシム殿(ノエル様の父親)も、にっこり笑ってやる気を示してくれた。
次期魔法省大臣となるハシム様は、国家認定AS級作業魔法師の資格を持っていて、頼もしいことにBランク冒険者の資格も持っているらしい。
今回、B級一般魔術師の資格を取り、次の8月の試験までにBAランク冒険者になり、A級一般魔法師の資格を取りたいそうだ。
……まだ国内に、A級一般魔術師の資格を取っている者はいない。次期魔法省大臣には、ぜひ頑張って欲しい。
俺は今回、C級魔術師とB級一般魔術師の資格しか受験できないから、A級一般魔法師の資格が取れるのは、8月の試験になる。
現在Cランク冒険者のトーマス王子が、どれだけ冒険者ランクを上げられるかも楽しみだ。
きっと最強魔法師ギレムットなら、A級作業魔法師を持っているだろうから、ブラックカード持ちだと申請すれば、A級一般魔法師の資格を直ぐに取れるだろう。
でも彼は、そんな資格になど拘ってはいないだろう。
自分の子供の今後の活動が気になっているだろうから、俺は【王立高学院特別部隊】と【覇王軍】の活動予定を教えた。
ノエル様にはそのまま救済活動の責任者として【王立高学院特別部隊】を率いてもらい、エイトやラリエスには、指揮官として【覇王軍】の小隊を任せて、【魔獣討伐専門部隊】を率いてもらう予定だと告げた。
「妖精との契約を急ぎたいなら、【覇王軍】の初出動に参加するといいですよ」と、俺は4人に笑顔を向けた。
俺の側近となったワイコリーム公爵は、即断で参加を承諾する。
マギ公爵とハシム殿も、「腕が鳴る」とか言いながらワイコリーム公爵に同意した。
マリード侯爵も参加したそうだったが、魔法省改革が忙しくて断念した。
ついでに、【覇王軍及び王立高学院特別部隊顧問】にハシム殿を任命した。
仕事内容は、出動に関しての各領主や王宮との折衝・調整である。
今後、救援要請や救済要請を受ける時の窓口になってもらうので、覇王の執務室に机を用意する。
魔法省の大臣を狙うのなら、表舞台に立たねばならない。
……ある意味、彼の果たす役割は大きく、各領主たちにとって機嫌を損ねることができない存在となる。
*****
午後行われた【魔法攻撃講座】には、500人近い受講者が居たけど、魔獣の変異種の強さも、ドラゴンの恐怖も知らない受講者が数多く参加していた。
現実を知っていただくため、俺は特別講師として参加している。
他の講師は、【覇王軍】の魔法指導責任者になった、ルフナ王子・トゥーリス先輩・マサルーノ先輩・シルクーネ先輩の4人と、特務部のヨーグル講師とカルタック教授だった。
的の準備などをしてくれるのは、カルタック教授が率いる魔法部3年の皆さんだ。
今日は5つの演習場で皆さんの実力を見せていただき、実力に応じて班分けをすることになっている。いわゆる実力テストだ。
冒険者ギルドで受ける魔法攻撃試験と同じ的当てと、得意な魔法陣を披露させ、男性講師の5人が採点する。
この班分けテストには、領主や王子も参加しているため、いい加減な態度をとったり、さぼったりすることは出来ないだろう。
俺は、的当てさえ出来ないような受講者(妖精との契約だけが目的の者)が居ても、決して失格にするつもりも、受講を免除したりするつもりもない。
受講したからには、ドラゴンとまではいかなくても、中級魔獣くらいは倒せるようになるまで、ビシバシ容赦なく鍛えるつもりだ。
……フン、妖精は諦めると泣きながら言っても、聞く気なんかないよ。
「覇王アコルです。
皆さんは、軍や、魔法省、王宮警備隊、国防省の代表者であり、各領地の代表として参加した選ばれし戦士たちです。
私は皆さんに期待しています。
弱音を吐かず、逃げ出さず、きっと最後まで根性を見せて、ドラゴンと戦う勇者になってくれると。
ですが、どれだけやる気があっても、敵の強さや怖さを知らなければ、無駄死にすることになります。
そこで、つい最近倒した魔獣の変異種の実物をお見せし、戦う意欲を高めたいと思います」
こんな所で倒れ伏してもらっても困るので、受講者は全員地面に座ってもらい、俺はニコニコと機嫌よさ気に登場し、さらり?と挨拶をした。
最初の講義が始まる前に、講義受講者は体育館に集合し、講義の説明や覇王である俺についての説明を受けていた。当然【覇気】についての説明も。
その時に学院長から、覇王様にお会いして、たとえ倒れ伏すことがあったとしても、罪に問われることもないし、受講を取り消されれることもないから安心しろ言われていた。
まあ、他者からの視線は厳しいだろうが・・・
う~ん、思っていたより倒れる者は少ないかな? でも、頭を上げられない者が半数以上いる。
は~っ、仕方ない、ちょっと距離を取るか。
俺はすたすた歩いて15メートルくらい離れた場所に立ち、受講者の方に向かって、マジックバッグからアイススネークの変異種をドーンと派手に取り出した。
冒険者ギルドで解体してもらうのを、この日のためにずらして貰っていた。
エイトとカルタック教授の提案だけど、思っていたより効果があったようだ。
「な、なんだこのバケモノは!」
「変異種ってこんなにデカいのか? はあ?」
「いや、無理! 絶対に無理だ! こんなものと戦える訳がない!」
アイススネークの変異種を出した途端に、「ギャー!」と叫んだのは10人や20人じゃない。
恐怖で逃げようとしたり、後退った者も多数いた。
信じられないという恐怖に歪んだ顔で絶句しているのは、文官らしき者やバカぼんたちだ。
涙を浮かべている者や、気を失った者までいる。
……どんだけ気が弱いんだよ!
まあ、真っ二つになっているとはいえ、この凶悪なアイススネークの変異種の顔は怖い。
ギラギラと銀色に輝く、馬鹿でかい胴体も不気味だ。
「へえ、一刀両断だ」
「すげえなSランク冒険者って」
「さすが覇王様だ。こんな化け物を倒すことが出来るなんて!」
先日、学生の魔法攻撃練習を見学に来ていた【魔獣討伐専門部隊】のメンバーは、やや顔を引きつらせながらも感心している。
彼らは変異種の恐怖を知っているので、キラキラした視線を俺に向けてくる。
「安心してください。真面目に頑張れば、皆さんも変異種くらいは倒せるようになります。
先ずは努力し、魔力量を増やしたり、妖精と契約しましょう。
選ばれた戦士として、自領の民を守るため、王都の民を守るため、共に戦い魔獣の大氾濫に打ち勝ちましょう!」
あまり恐怖を与えすぎてもいけないので、全員に活を入れてから、アイススネークの変異種をマジックバッグに収納する。
冒険者ギルドに解体をお願いするため、ここらへんで勘弁しておこう。
後のことは信頼できる仲間に任せ、退場しても大丈夫だろう。
*****
冒険者ギルドの解体場でアイススネークの変異種を出し、解体と皮の乾燥を頼んだ。
骨は魔法陣発動の時に役立つ可能性があるので引き取り、肉は半分だけ売ることにした。
牙や歯は、既に買い手が決まっているらしい。
いつものように受け付けのお姉さんに手を振って、ギルマスの執務室に行こうとしたら、職員全員が慌てて俺の前に集合し、跪いて礼をとった。
受付け前や掲示板を見ていた冒険者たちは、何事だと目を丸くする。
……あちゃー、こうなるか・・・
「皆さん、今日の俺は冒険者です。今後も正式な礼など無用です。さあ、仕事に戻ってください」
緊張している皆に、俺はいつも通りで構わないと笑って指示を出した。
執務室をノックすると、ギルマスが難しい顔をして冒険者と思われる4人と話し合いをしていた。
俺に気付いたギルマスは、跪いて礼をとり「覇王様だ、礼をとれ!」と冒険者に命令する。
「ご苦労様です。礼をといていいですよ。もしかしてこの4人は、トーマス王子と龍山に行ってくれるパーティーですかギルマス?」
「はいそうです。王族だと知って腰が引けたようで・・・」と、ギルマスは困った顔して冒険者たちに視線を向ける。
「は、覇王様、俺たち、いえ、私たちはBランク冒険者【朝焼けの風】です。ぜ、全員Bランクですが、とても王子様をお守りできるとは思えません」
リーダーらしき男が申し訳なさそうに頭を下げ、依頼を断ろうとする。
「守る……というより、魔獣と戦う術を教えてくれればいいんです。
敬語も必要ありませんし、王子だと意識する必要もありません。
ただの新人Cランク冒険者と同様に、宿も普通の部屋で構いません。
皆さんは教える側ですから、特別扱いすることを禁止します。
護衛としてブラックカード持ちの赤のダイキリさんが同行してくれるので、皆さんは普通に魔獣討伐し、その様子をトーマス王子に学ばせればいいだけです」
俺は安心させるように、これは護衛任務ではないことを強調する。
「ダイキリが承知したのか?」
「ええギルマス。報酬として剣の技を教えることになっています」
「そ、それなら大丈夫かな……?」と、【朝焼けの風】のメンバーの顔色が少しだけ良くなった。
「では、お願いしますね。帰るまでにCBランクにしてください」
俺はにっこりと微笑み、気の毒な冒険者たちをさり気なく丸め込んだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次の更新は、12日(日)の予定です。