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130 対立する思考(1)

 ◇◇ 第一王子マロウ ◇◇


「どういうことですか母上!」


久し振りに夕食を共にすることになっていたダイニングの扉をバンと勢いよく開け、私は苛立ちを母上にぶつけた。


 母上はいつものように、宝石を散りばめたお気に入りの扇を右手に持ち、最高位である王妃として相応しい華やかな装いで、優雅に座って食前酒をメイドに注がせていた。


「落ち着きなさいマロウ。この母とて寝耳に水、まさか第七王子が生きていようとは……しかも、身の程を知らない愚か者は、自らを覇王だと名乗っているとか」


ここ数年、国王である父上とは面会することも出来ていない母上は、憎々しそうに口を歪めながら、先程入って来たばかりの情報に激怒している。


 母上に第七王子の情報を伝えたのは新しい侍女長で、偶然ルフナたちを見掛けて様子を窺っていたらしく、ワイコリーム公爵が魔法師や軍の兵士の前で語った話を耳にし、慌てて母上に報告したようだ。


 私にその情報を伝えたのは、伯父であるヘイズ侯爵だった。

 なんでも午後4時頃、ルフナ王子が学友を伴い、魔法省の魔術師や魔法師、軍の指揮官や高学院を卒業している兵士を引き連れて、魔法省の演習場に現れたらしい。


 そして派手な魔法を実演し、覇王が指揮する【魔獣討伐専門部隊】に入らないかと、ワイコリーム公爵が誘ったと言うのだ。

 ヘイズ侯爵も部下から聞いた話で、直接その場に居た訳ではない。


「これが落ち着いていられる事態ですか? ワイコリーム公爵が、第七王子の後ろ盾になったというではありませんか!

 もしもレイム公爵やマギ公爵・・・そして父上までもが、第七王子を覇王だと認めれば、私が国王になるのは絶望的なのですよ!」


「だ、大丈夫です。この母が、そんなことはさせません。

 第七王子を覇王と認めたワイコリーム公爵も同罪です。必ず偽物だと証明し、覇王を名乗った罪を問い断罪します。


 王様が謁見を許されていないことからも、王子であることさえ怪しいのです。

 たかが13歳の子供に何が出来ると言うのです? 心配など要りません。あなたは国王となる王子です。そのように感情を揺らしてはなりません」


母上は暗殺は成功したはずだから、第七王子であること自体が虚偽である可能性が高いのだと言う。


 だから心配せず、一般A級魔法師の資格を取るため魔法陣の勉強をし、皇太子として相応しいのだと皆に認めさせるよう、しっかり励めばいいと笑った。

 

 ……確かに母上なら、たとえ本物の第七王子だったとしても、また誰かに処分するよう命令を下されるだろう。


「どうしてもA級魔法師の資格は必要なのですか母上?」


 どう考えても、私に一般A級魔法師の資格が取れるとは思えない。

 これから必死に勉強するのも魔力量を増やすのも面倒だ。


 冒険者のように魔獣を討伐するなど、そのような野蛮なことなどしたくない。

 だから、くだらない条件など撤廃させればいいのに、母上も他の王族も頭が固い。


「仕方ありません。

 それだけは国王となる者の条件として、初代様から続けられているそうです。

 全ては王様が悪いのです。


 高学院を卒業するまでにB級魔術師の資格を取れ、20歳までにA級魔法師の資格を取れと命令されるだけで、それが国王となる条件だと教えてくださらなかったのですから」


王子以外の全ての王族が知っていたのに、どうして誰も教えてくれなかったのかと、母上は不満顔でブツブツ文句を言う。

 早くから知っていれば、マロウは当然A級魔法師の資格を取っていたのにと、悔しそうに付け加えた。


 先日叔父であるシーブルに訊いたら、当然ご存知だと思っておりましたと惚けられた。

 あの男は、本当に私を国王にする気があるのだろうか?


「王様が皇太子を選定されるのは5年後です。まだ時間はたっぷりあります。優秀なマロウなら、母の期待に応えてくれるでしょう?」


母上はにっこりと微笑んで、当たり前のように私に命令する。



 これまで母上は、私を国王にするため手段を選ばず邪魔者を排除してきた。

 国王である父上さえ例外ではなかった。だからこそ、私はこの王妃(母上)に逆らえない。


 しかし、今は父上やその側近の大臣たちから暗殺を疑われて、王妃であるにも拘らず、父上の側に近付くことさえ出来ない。


 第七王子の情報が足りないので、来月の休みになったら従兄のカルタス(ヘイズ侯爵の次男 留年中)や、イスデン(デミル公爵の六男 闇討ちの主犯)が来るだろうから、高学院の様子や自称第七王子について話を聞けばいい。


 父上が謁見を許可したら、私も顔くらい見に行こう。

 そして、長男であり次期国王である私の威厳と格の違いを思い知らせてやろう。


 仮に本物の第七王子で、本物の覇王だったとしても関係ない。

 この私がドラゴンや魔獣と戦えと命じて、上手く使えばいいのだ。


 ……それに、ドラゴンと戦ってる最中に死ぬかもしれない。


 ハッハッハ、そうだよ、強い魔獣やドラゴンを少しは倒してから殺せばいいじゃないか。

 覇王もどきとして、役に立ってから死んでもらおう。


「母上、その王子が本物でも偽物でも構いません。

 本当にドラゴンや魔獣を倒せるのなら、この国の、いえ、次期国王である私の役に立ってから殺せばいいのです。今は手出しは無用です」


私は食後のお茶を飲みながら、黒く笑って母上に告げた。


「流石わたくしのマロウです。使える者は使ってから殺す……そう致しましょう。

 そう考えれば、ワイコリーム公爵も役に立つ駒だと思えてきました。フフフ」


母上は上機嫌で私を褒めて、お茶に砂糖を足していく。


 ……そうだよ、私は次期国王らしく、第七王子を認めるふりをして利用するのだ。


 国王になる者は、どれだけ多くの臣下を集められるかが重要なのだ。

 トーマスが自分の陣営に入れる前に私が庇護してやると伝えれば、きっと喜ぶだろう。




 ◇◇ マルク人事部長 ◇◇


 いよいよアコル様から命じられた【覇王便り】の印刷を開始する。


 印刷するのはモンブラン商会傘下のエイドリック印刷で、息子のイーサンはアコル様のクラスメートだ。情報が洩れる心配はない。

 印刷内容を見た店主のエイドリックは、息子から聞いていた学友が覇王様だと知り絶句したが、直ぐに光栄なことですと言って喜んだ。


 俺はアコルという少年を、前々から異質で特異な子供だと思っていたけど、まさかの王子で覇王様だ。

 ブラックカード持ちの冒険者だと聞いた時も耳を疑ったが、1年で自分の店をレッドカードにした話には、開いた口が塞がらなかった。


 確かに覇王様が、第一王子のように悪評高く弱かったら絶望的だ。

 他の王子と比べて考えれば、文句の付け様もない程に理想的な覇王様だと思う。


 ただ、10歳の頃から知っているだけに、俺には多少戸惑いもある。


 思い返せば、本店に来るなり事件に巻き込まれ、あっさり自分で解決した。

 妖精と契約したことで旅に出て、帰ってくるなり王立高学院の入試で最高点を取った。


 そして入学後は、平民の身分のまま怒濤の如く高学院改革を開始した。

 救済活動を指揮し、妖精学講座で教鞭を執り、王立高学院特別部隊を立ち上げた。


 ……冷静に考えれば、ただの平民に出来ることじゃないし、どれも普通の貴族の思考からかけ離れていた。全ては覇王として、必要な下準備だったのだ。



 最も驚くのが、覇王の活動資金を自分で調達できることだ。


 そもそもあのマジックバッグは、全属性がないと作れないらしい。

 学院の教授二人が挑戦したが、魔法陣がうまく起動しないばかりか、ごっそり魔力を吸い取られ意識を失いかけたという。恐ろしい話だ。


 国の資金を動かさないから文句も出ないし、勝手に活動できる。

 だが、国金を使わず覇王様個人が全てを負担するのは納得できない。

 

 それだけ国に資金が無いのか、出さないと分かっているのか、どちらにしても他国が聞いたら呆れる話だ。

 下手をしたら、こんな無責任な国に覇王様を置いておけないってことになり兼ねない。


 アコル様は、全てを自分でやろうとするので危ういところがある。

 様々な手配は周囲を巻き込んで協力させていらっしゃるが、肝心な部分で国の重要人物が関わっていないところが心配だ。


 確かに王宮と関われば、大きな顔をされ四の五の言われ、動くのに時間がかかる上に、覇王様の指示に従うかどうかも分からないというデメリットもある。

 だが、トーマス王子や学院長だけでは、王宮内を纏めることは出来ないだろう。


 国務大臣であるワイコリーム公爵が覇王様の側近になられたようだが、ワイコリーム公爵は政治経験がまだ浅い。


 ……下手をすると、覇王様は国と対立してしまうかもしれない。


 ……いや、だからこその民心か・・・

 

 刷り上がった【覇王便り】を確認し、支店の商会員や傘下の商店や商団を使って、上級地区以外の王都中の掲示板や各ギルドに、手分けして貼っていかねばならない。

 俺が担当するのは各ギルドの窓口だ。


 情報操作は俺が得意とする分野であり、俺を指名してくださったアコル様の期待に添えるよう、全力でことにあたり民心を覇王様に向けて見せる。


【 覇 王 便 り 】


 今代の覇王アコル様は、王立高学院の学生である。

 覇王アコル様は、民をドラゴンや魔獣から救うため、初代覇王様の遺言通り、王子として王宮の外でお生まれになり、平民として成長された。


 覇王アコル様は、【王立高学院特別部隊】をつくり、この度新たに【覇王軍】をつくられる。


【王立高学院特別部隊】も【覇王軍】も、民を救う活動をすることが目的であるため、王城や上級地区が魔獣に襲われたとしても、救済活動をすることはない。


 王族や上級貴族は、その身分に相応しい魔力量や資金を持っており、自らを守る魔法攻撃や魔法陣を使うことが出来る。

 よって、救済の必要はないと断言された。


 王都がドラゴンや魔獣に襲撃された時は、【王立高学院特別部隊】の指示に従い退避し、余力のある者は救済活動を手伝って欲しいと望まれている。


 覇王アコル様は生まれて間もなく、悪意ある者によって孤児院に捨てられ、命を狙われた。

 心優しき善意の養父母に引き取られ、平民として育ったが、覇王としての資質を自ら開花させ、Sランク冒険者として何度も魔獣の変異種を討伐されている。


 覇王アコル様は、仲間と力を合わせてドラゴンや魔獣を倒し、多くの民を救いたいと願っておられる。


***** 覇王様を応援する有志の会 *****



 何度読んでも、王族や上位貴族は、自分の身は自分で守れ!という内容だ。

 これから一波乱も二波乱もあるだろう。


 覇王様を応援する有志の会のメンバーは、今のところ商業ギルドと冒険者ギルドの責任者とモンブラン商会だが、この【覇王便り】を見たら、有志の会に入りたがる商会や有力者が、うちの商会や、覇王様の執務室に押し寄せるだろう。

 

 自分が優先的に助かりたい者や、名誉を得たいと考える者、また、利に聡い者は時代の流れに遅れを取らないよう動き始めるはずだ。

 王都民を味方につけ協力させた場合、物資も人も直ぐに集まるし、平民として育ったアコル様の人気は絶大なものになるだろう。


 覇王様が、トップダウンで決定することが出来るメリットは大きい。

 あの整った容姿とカリスマ性をもってすれば、王都民はアコル様を絶対に支持してくれる。

 そのための布石は救済活動で打ってある。



 話は逸れるが、うちの会頭はアコル様と初めて会った時、「私は彼の中に王の気を見た」と仰り、来年高学院を受験したら合格するだろうと、10歳の少年だったアコル様を評価しておられた。


 今にして思えば、さすが【鬼の心眼持ち】と言われる会頭だと納得できる。

 モンブラン商会が得た利益は計り知れない。


 さて、ここからが私の腕の見せ所だ。

【覇王便り】に加えて、様々な噂を王都中にばら撒いていこう。


①今代の覇王様は、父親を魔獣の変異種に殺され、母親や妹を助けるため9歳の時に商団で働き始めた親孝行者である。


②最高得点で入学したけど、高学院では平民として在学されている。


③ミルクナの町でスノーウルフの変異種を討伐し、ドナセ大河に現れた10メートル越えのアイススネークの変異種も討伐した、ブラックカード持ちの冒険者である。


④懸命に働いて貯めた自分のお金を、サナへ領の救済活動で使われた【王立高学院特別部隊】のリーダーでもある。


⑤覇王アコル様は、国王より身分が上の覇王だから、王や王権には全く興味もなく、コルランドル王国以外の国に、魔獣の大氾濫が起こることを懸念されている。


 これくらいの噂をばら撒いておけば、覇王様を国王に!とかって騒ぎそうな下級貴族や中級貴族を、ある程度は牽制できるだろう。


 あの連中は、自分の爵位を上げるためなら、なり振り構わないところがある。

 図々しくも、覇王様にお味方しますとか、覇王様のお力になりますとか言って、面会を求めたり手紙を送ってきたりする姿が目に浮かぶ。


 まあ覇王様の秘書は、うちの商会の庶務課の選り抜きだし、面会希望者を最初に選別するのは、うちの商会の警備隊長だから問題ないだろう。


 ベニエとシャルロットの二人なら、アコル様に害する者や、利を得ようと近付く貴族を蹴散らしてくれるだろう。

 なにせアコル様がうちの商会に来られた時から、可愛い弟認定していたからな。嫁に行くのが一段と遅れそうだが、笑って問題ないですわと言いそうだ。


 よし、今日中に【覇王便り】を貼り終え、噂を拡げた頃合いを見て、高学院に報告に行こう。

 覇王様の執務室で、アコル様にお会いするのが楽しみだ。 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次の更新は、9月1日(水)の予定です。

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