129 覇王、始動する(4)
予想していたとはいえ、意外に倒れ伏している者が多い。
この【覇気】という能力は、自分の意思とは関係なく発動するし、俺が倒れろとか腰を抜かせと命じている訳ではない。
視線を向けただけで、相手が勝手に体勢を崩すので、俺にはどうしようもないのだ。
……ああ、それでも腰を抜かしている者の多くは、元の姿勢に戻せているようだ。ただ驚いただけかもしれない。
さて、覇王としての挨拶をしなくちゃいけない。
ワイコリーム公爵が、最初が肝心ですって念を押したから、ここは覇王らしく、いや、俺らしくいこう。
まあ、元々 【魔王】として君臨してたから、生意気で不敬な態度は変わらないしな。
「そのままの姿勢で構わない。
俺は、自分が今代の覇王であると、入学前から知っていた。
だから入学後は様々な改革を行い、救済活動の必要性を教え、魔獣の大氾濫に備え【妖精学講座】を開いた。
魔法攻撃の重要性を説き、貴族としての在り方を考え直すよう導いた。
執行部を中心に、【王立高学院特別部隊】のメンバーは、救済活動の重要性を知っているし、今後自分は何をすべきかを考え始めている。
残念ながら、貴族として民を守るという最も大切なことを、理解していない学生や教師が居ることは分かっている。
だが、それを恥ずべきことだと気付かないままでは、必ず後悔するだろう」
今度は、意識して【覇気】を放つ。
すると、倒れ伏した者や尻もちをついたままの者が、ガタガタと震え始めた。
俺の体は発光し、七色のオーラみたいなものが体を包んでいく。
……エクレアと一緒だ。これが本当の【覇気】?
……妖精王様の加護を頂き、全適性の魔力を放つと【覇気】になるんだ。
恐怖で顔も上げられず震えている者たちは、俺が覇王だと知っても性根は変わらないだろう。
平民のくせにと見下してきた俺に、従う気にはならないはずだ。
……だが、身分でしか人を判断できない人間には、俺は容赦しない。
身分が大事なら、こちらは覇王として接するまでだ。
学友や仲間や教え子としてではなく、あちらには覇王に対する接し方しか許さない。
「今、倒れ伏している者は、今後俺のことを、アコルの名で呼ぶことを禁じる。
覇王という呼び名以外の選択肢を与えない。
もしも第七王子と呼ぶものがいたら不敬罪に問う。
その者は、覇王である俺を、王子と同等の身分だと侮っているのだから」
これぞ覇王の微笑み……っていうのかどうかは分からないけど、俺は口角をニヤリと上げ、瞳は対抗するなら来いよ!と挑戦的に軽~く睨んでおく。
残念ながら、倒れたり腰を抜かしている者は、頭を上げられないから俺の顔は見れないけど。
「学生の本分は勉学である。しかし、ここは王立高学院だ。
国民の血税で運営され、学ばせてもらっている以上、国難である魔獣の大氾濫が起こった時には、国民に対し勉学以外の責務も果たすことは、至極当然のことだと心得よ!
全教師は、最低でも魔法障壁で己の身を守ることを義務とする。
貴族であるならできて当然、出来なければ出来るまで学べ。
ここは学院だ。言い訳は許さない。
魔獣の大氾濫に備え、魔法部と特務部は、Bランク冒険者と同等の攻撃魔法を2つ以上習得することを卒業の条件に加える。
貴族部と商学部は、C級魔術師の資格取得を卒業の条件とする。
魔力量がどうしても60を超えない学生は、薬草栽培、食料調達、王都民の誘導、ケガ人の救護、瓦礫の撤去、炊き出し等、救済活動を行うことを義務付ける。
やりたくないとか、どうして民を救う必要があるんだ……とか考えている者は、血税を使った学びの権利を放棄したとみなし、王立高学院を去ることを認める。
また、自領が心配で戻りたいという者には、1年間の休学を認める。
学院を去る者は一週間以内に、自主退学届け又は休学届を提出し、10日以内に寮を退去せよ!」
選ばせてやろう。
覇王と共に戦うか、逃げるかを。
王立高学院の卒業資格が欲しければ、誰一人として遊ばせる気はない。
それだけ伝えたところで俺は体育館を出ることにした。俺が出て行かないと、倒れたり腰を抜かしている者が復活できない気がする。
後方に控えている学院長に目配せし、俺と目を合わせられる者に向かって軽く手を上げ、今度は極上の笑顔を向けて退場した。
◇◇ 側近ラリエス ◇◇
アコル様が退出された途端、恐怖で震えていた学生や教師たちが、体を起こせるようになった。顔色は悪いが座ることは出来るようだ。
【覇気】を放たれたアコル様は、お体が虹色に輝いておられ、もう人ならざる存在になってしまわれたと言っても過言ではないだろう。
物心ついた時からの夢が叶って、私は胸がいっぱいだ。
自分が唯一勝てないと認めた友が覇王様だった。
「やはりそうだったんだ!」と、嬉しくて涙が溢れた。
それにしても、倒れていた教師が多すぎる。
当然私は、その教師の名前を全て覚えたし、貴族部と魔法部の学生の名前はメモしておいた。
もしも学院に残るようなら、要注意人物として対処せねばならない。
「全員座れ! 起き上がれない者が居たら誰か起こしてやれ。
今、覇王様が仰られた通り、自主退学や休学を希望する者は、一週間以内に届け出を提出するように。
残念だが、自主退学する者に学費の返還はされない。
また1年間休学する者は、復学する際、寮の個室に入れる保証などないことを承知して欲しい。
学院長として、倒れ伏した者、腰を抜かした者に対し、ペナルティーを課すことはない。覇王様からの処罰もないだろう。
だが、これから学院に残る者は、覇王様と一緒に魔獣やドラゴンと戦うか、民を守るための活動をすることになる。さぼれるとは決して思わないことだ」
今日は倒れることなく跪いていた学院長が、厳しい視線を向けながら、現実を学生や教師に突き付けた。
元々学院長はアコル様に好意的だったし、アコル様の要望を叶えようと動かれていた。誰よりも早くアコル様の特異性を認めておられた。
それなのにアコル様の【覇気】は、学院長を平伏させた。
凄くショックだったと思う。でもきっと、覇王様のブレーンとして、何かが足りなかったのだろう。
「王族としての誇りや矜持なんて、覇王様の思考の前では何の役にも立たなかった」と、つい先程話した時に学院長は仰っていた。
だが、王位継承争いに全く関係ない学院長とは違い、トーマス王子は王族としてのプライドが勝ち過ぎて、自分の何がいけないのか理解できていないと思う。
親友でもあるルフナ王子でさえ、覇王様という存在を理解していなかった。
残念ながらアコル様の思考や決断を、横暴だとか生意気だと思う貴族は多いだろう。
でも、アコル様の原点は、魔獣の大氾濫に打ち勝ち、多くの民を救うことだ。それがブレることなどあり得ない。
救うために戦っている覇王様に不平を言う者は、自らは戦わず、血を流さず、金も出さず、のうのうと助かりたい者だ。
それを卑怯だとも無能だとも思っていない貴族に、私は腹が立って仕方ない。
しかしアコル様は、理解できない者は放っておけばいいと言われた。
上級地区や王宮に住む者は、自分で自分を守ればいいから助けないし、王都民や領民はバカじゃないから、何れ自分の首を絞めることになると言われた。
……それでも、きっと身の程知らずの貴族はいる。覇王様を傷付けようと企む者は現れる。だから私は、側近として障害物を排除しなければならない。
放課後、私はアコル様とノエル様と一緒に、覇王様の執務室で商業ギルドのギルマスと、隊服の件で打ち合わせをすることになった。
覇王の紋章と【王立高学院特別部隊】の紋章を決めなければ、隊服の試作品が作れない。入札の条件や多くの仕立て屋を参加させる方法も考える。
マサルーノ先輩と従者になったボンテンク先輩は、忙がしいアコル様の代わりに、冒険者ギルド王都支部に行っている。
支部でギルマスから最近の魔獣の様子を聞き、ギルマスを連れ冒険者ギルド本部に行って、【覇王様の代理】として、今後の協力体制について要望書を渡す。
ルフナ王子とエイト君と特務部のヤーロン先輩とゲイルの4人は、学院長と一緒に王宮に出掛けた。
目的は、私の父と一緒に、軍と魔法省のやる気のある優秀な人材を【魔獣討伐専門部隊】に引き抜くためだ。
作戦内容は簡単で、優秀な者を50人ばかり王宮の大演習場に連れて行き、覇王様の下で学べば、こんだけ凄い魔法攻撃が使えるようになりますよと、4人が覚えた魔法攻撃や魔法陣攻撃を実演するのだ。
戦え! 行け―! 文句を言わず命令に従えばいいんだ! と、ただ命令し叫ぶだけの無能な上司に辟易し、もう辞めたいと考えている者に、強くなって生き残りたいでしょう? と格の違いを見せつけて、【魔獣討伐専門部隊】に入りなさいと誘うのだ。
ミレーヌ様とエリザーテさんとカイヤさんは、商学部の教授と一緒に【危機管理指導講座】開講の準備をする。
資金に関することは商学部が担当し、救済品の準備、救済活動に関する注意事項、炊き出しの練習から救護活動に至るまで、【王立高学院特別部隊】の経験を、余すところなく教え込む予定だ。
リーマス王子は、アコル様からトーブル先輩を医療班に入れるよう指示されたそうで、今日から新しい薬草栽培を始めるらしい。
私だけアコル様からお聞きしたのだが、トーブル先輩は間もなく力のある妖精と契約できるらしい。
……私は、いつになったら妖精と契約できるのだろう? アコル様は、自力で魔力量を100まで伸ばせば契約できると仰ったが、どうしても焦ってしまう。
トゥーリス先輩とシルクーネ先輩は、マキアート教授の研究室で、アコル様が考え出された新しい形式の魔法陣を数多く生み出すため、作成作業に没頭している。
適性を2つしか持っていない者でも、簡単に魔法陣を発動できる奇跡のような優れモノらしい。
流石アコル様だ。使える者は特務部だろうが軍の兵士だろうが、魔法陣を使わせて魔獣を倒すおつもりだろう。素晴らしい!
チェルシー先輩は、【王立高学院特別部隊】のメンバーの魔力量を上げるため、演習場で魔法攻撃を伝授しつつ、自分の電撃攻撃に磨きをかけている。
マギ領とミルクナの町でスノーウルフの群と戦い、Bランク冒険者になったチェルシー先輩は無敵だ。そこら辺の魔法部の男子学生より強い。
チェルシー先輩は貴族部だった気がするけど、もう魔法部でいいんじゃないか?
商学部のスフレさんは、シルクーネ先輩の弟であるラノーブと一緒に、これから毎日放課後は、覇王様の執務室で秘書のお姉さんの助手をする。
突然覇王様の秘書室任務を与えられたラノーブは、驚き過ぎて口をパクパクさせていた。
サナへ領の救済で【薬種 命の輝き】の店の仕事を任されていたから、執行部メンバーとも打ち解けている。荷馬車で一緒に泊まったりもした。
それにラノーブ姉弟は、ワイコリーム領の伯爵家の者だ。
秘書のお姉さま方にお茶の作法を鍛えられ、高級カップに手を震わせながら、商業ギルドのギルマスにお茶を出している。・・・ラノーブが。
これから覇王様に対して、様々な要望書が届いたり、調子に乗って陳情に来る輩が発生するだろうから、秘書の仕事は多忙を極めるだろう。
ラノーブは少し気が弱くて真面目、スフレさんは気が強くて成績優秀、おまけに逞しそうだから、案外いいコンビになるだろう。
そして遅めの夕食時間、定位置となりつつあるテーブルに座って、執行部メンバーは自分に与えられた任務の報告をアコル様にしていく。
食事時間は、完全無礼講だとアコル様が仰ったので、覇王様ではなく学友であり仲間として、肩の力を抜いてワイワイと食事を楽しむ。
「冒険者ギルド本部の奴ら、覇王様はSランク冒険者だとギルマスから聞いて、何故今まで黙っていたー! とすごい剣幕でギルマスを怒鳴ったから、そりゃ本部に知られて利用されることを、アコル様が望まれなかったからだろうって、俺は言ってやったぞ」
アコル様の冒険者としての経緯を、サナへ領の救済へ行く道中に聞いていたというマサルーノ先輩が、早速覇王様に取り入ろうとしているのが見え見えだったので、軽く釘を刺しておいたと笑って報告した。
「魔獣の動きは、まだ冬眠している魔獣が殆どだから、春が早く来るサーシム領のリドミウムの森が危ないだろうと、ブラックカード三人衆が言ってました。
ああ、そうそう、赤のダイキリさんが、ミスリルの剣を用意できそうだから、近々学院に直接持ってくるそうです」
ボンテンク先輩が、先日会ったという個性的なブラックカード持ちの冒険者の話をしながら、ミスリルの剣のことを報告する。
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