128 覇王、始動する(3)
翌日の朝、講義を休んで魔法陣をせっせと書いていたら、レイム公爵が、マキアート教授の研究室にやって来た。
珍しく学院長を同伴していないところを見ると、学院長は俺との面会を止めたのかもしれない。
ということは、この人は王族としての叔父の顔か、レイム公爵家の後継として迎えようとしている公爵の顔で俺に会うつもりなのだろう。
「おはようアコル君。
まさか君が兄上の子供だったとは驚きだが、君は七男だし、国王になる気はないと学院長から聞いている。
どうだ、レイム公爵家に来ないか?
その前に、ぜひアコル君に見てもらいたい肖像画があるんだ。
グレーの髪に銀色の髪が混ざり、グレーの瞳を持っていた、500年前に勇者と言われたレイム公爵の肖像画だ。
私はあの肖像画を思い出し、アコル君はレイム公爵家の血族に違いないと確信した」
親族だと分かって嬉しいよというテンションの高さで、レイム公爵はいつも通りの豪胆な振る舞いのまま明るく言う。
研究室の中に居たのは、俺とマキアート教授とカルタック教授の3人だ。
2人の教授は立ち上がり、領主であるレイム公爵に礼をとった。
でも俺は完全無視し、視線を向けることもない。
2人の教授も俺の態度を注意することはないし、礼をとった後は魔法陣製作の作業に戻っていく。
マキアート教授は昨日の会議に出席していたから、俺が王族に対し厳しい態度であることを知っているし、覇王である俺の態度を至極当然だと思っている。
カルタック教授は一緒にアイススネークの討伐に行ったから、魔獣の大氾濫がいかに恐怖なのかを理解している。
だから、現実を見ていない王族や領主を、無責任だと思うよう意識が変わってきていた。
マキアート教授とカルタック教授は、俺のことに関して様々な情報を交換し合っている。
その情報の中には、民を救おうと活動する俺を排除しようとした、王様やレイム公爵のことも含まれている。
「聞こえなかった・・・という訳ではないはずだが、これから王様に謁見してもらいたい。
いろいろ思うところはあるだろうが、王様がお会いになるそうだ。服装は制服のままでよい」
迎えに来てやったぞ、王様に会わせてやろう……という思考が透けて見える。
……もしかして、俺が喜んで国王に会いに行くと本当に思っているのだろうか?
それでも何の反応も示さない俺に、しびれを切らしたのだろう、レイム公爵は俺の直ぐ側まで来て、俺の腕を引っ張るため手を伸ばそうとした。
「不敬が過ぎるぞレイム公爵!」と、呆れたというより怒りの声で注意したのはマキアート教授だ。
「覇王様に対し、礼をとることもせず命令するとは……どうやらレイム公爵は、ご自分の立場を分かっておられないようだ」
厳しい視線を向けながら椅子から立ちあがったカルタック教授は、研究室のドアの前まで歩いていくと、ドアを開けて帰れととばかりに言い放った。
「な、なんだと!」と、驚きと怒りで顔を歪めたレイム公爵が、カルタック教授を睨み付けた。
俺はゆっくり立ち上がると、無言のままレイム公爵の瞳を見て【覇気】を放った。
その瞬間、俺の体は薄く発光し、レイム公爵の体はダンと大きな音をたて床に倒れ伏した。
何が起こったのか分からないまま、レイム公爵は懸命に起き上がろうとするが、頭がどうしても持ち上がらない。
なんとか首の向きだけ変えて、俺を見上げ目が合った途端、ガタガタと全身を震わせ始めた。
「帰って国王に伝えなさい。用があるなら秘書に申し出れば謁見を許すと。
そしてアナタは、先代覇王様が残された【上級魔法と覇王の遺言】の魔術書に書いてある、上級魔法を7つ以上使えるようになるまで、私の前に現れることを禁じます」
俺は抑揚のない声で言い捨て、書き上がった魔法陣の用紙を持って、隣の演習場で実験するため研究室を出た。
研究室の外に出ると、学院長が何とも言えない顔をして跪いていた。
「申し訳ありません。直ぐに連れ出します」と言って学院長は立ち上がり、俺に頭を下げて入れ替わるように研究室の中へと入っていった。
……説得を失敗したんだろうな。こうなると分かっていて会わせたってことか。
……ああ、気が重い。俺が覇王だと知らせる午後のことを考えると、倒れる学生や教師が続出する光景が目に浮かぶ。
昼食時間、俺は執行部のメンバーと食事しながらレイム公爵との一件を話し、午後の学院集会の前に注意事項を事前に言った方がいいだろうかと相談した。
「覇王様に対し、悪意ある者は倒れ伏し恐怖する。疑う者は腰を抜かし頭を上げられない。信じて従う者でさえ跪かずにいられない……でしたよね」
エイトは妖精王様のお言葉を思い出しながら、う~んと考え込む。
昨日、学院長やトーマス王子やルフナ王子が倒れ伏す姿を見ていたメンバーも、どうしたものかとお茶を飲みながら思案する。
「覇王様の入場と同時に全員を跪かせれば、突然倒れてケガをする者が減るのでは?」
リーマス王子は、ケガ人は少ない方がいいでしょうと心配する。
「ここはきっぱりと言いましょう。
どんなに取り繕っても覇王様には、倒れ伏した者には悪意があり、腰を抜かした者は疑っている可能性が高いと分かってしまうのだと。
そして、覇王様に反意があると知られてしまった者は、このまま学院に残っていても大丈夫なのだろうか……と脅しを掛けましょう」
「えっ? ラリエス、それはちょっと脅し過ぎじゃない?」と、俺は優等生ラリエスの意見を聞いてちょっと引いた。
「いいえアコル様、そのくらい言った方がいいです。本当に怖いんです。
昨日のあれを思い出したら、今でも体が震えます。反意も敵意もない俺が怖いくらいだから、敵意のある奴らは、学校を辞めるか休学すると思います」
真面目な顔をしたルフナ王子が、凄く感情を込めて言う。
……そんなに怖いんだ。学院長なんて二度目だったもんな。そうなんだ。
「ちょうどいいのではありません?
寮の部屋も空きますし、【王立高学院特別部隊】の活動を悪く言ったり妨害しようとしていた者が居なくなれば、スッキリいたしますわ。
学院内部に注意を向ける余力なんてありませんし」
エイトの姉であるミレーヌ様は、にっこり笑って辛口の意見を言う。
そう言えば、同じ貴族部3年のシャルミンさん(サーシム侯爵令嬢)に、公爵家の令嬢が救済活動をなさるなんてはしたないと言われたらしいし、デミル公爵家のイスデン(闇討ちの人)の妨害にも腹を立てていたしな。
「これまでアコル様に無礼を働いた学生も教師も、少し怖い思いをさせた方がいいのですわ。
わたくし、あの方たちが倒れ伏すところを見て、溜飲を下げたいと思います」
アコル君応援隊副隊長のエリザーテさんは、凄く嬉しそうに美しい顔で微笑んだ。
……ああぁぁ、貴族部と魔法部の一部?の男子の皆さん、ご愁傷様です。
◇◇ ゲイル(特務部1年) ◇◇
今朝、午後から学院集会を行うと突然告げられた。
俺はクラスメートたちと一緒にワイワイ騒ぎながら、昼食後体育館へと向かう。
学生だけでなく、教師に職員に用務員、学食のおばちゃんに至るまで全員が集められる学院集会は、王都で疫病が流行った60年前以来のことらしい。
昨日、執行部の会話を食堂で盗み聞きしていた者の話によると、【覇王様】が現れたとかなんとか……だから、今日の集会は覇王様関連ではないかと皆は噂し、ちょっとした興奮状態になっている。
凄く不敬だと思うけど、どんな覇王様がいいかって話題で、昼休みに仲間たちと盛り上がった。
現れて欲しいと切実に思うけど、今の王族の中にドラゴンと戦える魔力量を持った者は居ない気がするって、仲間の意見は一致した。
冗談みたいに、アコルのように民を助けたいと頑張る人だったらいいのになって、同じクラスで特務部のアステム(平民)が言った。
でもアコルは生粋の平民だから、ないないって笑いながら皆は否定していたな。
……いや、俺はそうならいいなと本気で思うよ。
アイススネークの変異種を一刀両断した姿は、【魔王】というより、もう【覇王】の方が相応しいって、ヤーロン先輩もドーブ先輩も言ってたし。俺もそう思った。
体育館に集合した学生が騒いでいると、ステージの上に学院長が現れた。
まるで王様に謁見する時に着るような、最上級の式服を着ている。
王族でもある学院長が正装しているということは、余程高位の身分の者が、例えば国王様?……いや、本当に【覇王様】が来られたのかもしれないと、皆が一気に緊張していく。
俺も思わず背筋を伸ばして、アコルは何処だろうかと視線で探してみる。
よく見えないが、執行部のメンバーは別の場所に並んでいるようで姿が見えない。
「王家には、覇王様の遺言書が残っている。その遺言の中には、およそ千年後に魔獣の大氾濫が起こり、その時必ず新しい覇王となる王子が生まれると書いてある。
そして先日、行方不明だったレイム公爵令嬢と国王の間にお生まれになった、第七王子が発見された。
いろいろな調査の結果、第七王子はコルランドル王国が待ち望んでいた、新しい覇王様であると判明した。
本日、覇王様を御迎えしている。御前では、如何なる失態も許されない」
魔術具を使った学院長の声はよく響き、その声はとても緊張しているように感じた。
学院長は、いきなり第七王子の存在を明かし、その王子が覇王様であると説明した。
しかもレイム公爵令嬢と国王様の子? それじゃあ、ルフナ王子と同じだ。
「えぇーっ!」とか「第七王子?」とか「覇王様?!」という声が飛び交い、体育館内は騒然となった。
みんな慌てて身嗜みを整え始める。
学院長がステージ上の少し後方に下がった場所に控えると、次に執行部部長であるノエル様と、ルフナ王子がステージ上に姿を現した。
「皆さん、この度【王立高学院特別部隊】は、覇王様の指揮下に入りました。
そして覇王様は、執行部室の隣の部屋を執務室とされ、王立高学院を活動拠点と決められました。
第七王子である覇王様は、13歳でいらっしゃいます。
覇王様を我が学院にお迎えできましたことは、大変光栄であり名誉なことです。皆さん、跪いてお迎えください」
ノエル様はゆっくりと分かり易く、13歳という部分をやや強調して、跪け!と笑顔で命令された。
訳が分からないという表情の者たちは、軽くパニックになりながら、跪いたり立ったままだったりとバラバラだ。
「大変重要な注意事項を言う。よく聞いてくれ。決して聞き漏らすな!
覇王様はこの国の王子であっても、私を含めた全ての王族……国王さえも礼をとらねばならない尊い存在であられる。
覇王様は覇王たるお力をもって、我々が臣下であるかどうか一目で判断される。
もしも悪意を抱けば、瞬時に倒れ伏し、恐怖のあまり身動きが出来なくなる。
そして覇王であることを疑う者は、腰を抜かし頭を上げられなくなる。
信じて従う者であっても、跪かずにはいられない。
いいか皆、これは決して冗談などではない!
もしも倒れ伏してしまえば、覇王様に反意ありと知られてしまうのだ。
君たちの行いが、自分の家族に大きな影響を与える可能性を考えろ!
あまりに強大なお力をお持ちなので、ご本人でさえ、目覚めた力の加減が難しいと仰っている。
俺は心から願っている。君たちの多くが、明日もこの学院に残っていられるようにと」
ルフナ王子はまるで脅すように言ってから、神に祈るように胸の前で手を組み、心配そうな視線で体育館内の全ての人を見回していく。
そして学院長の隣に立つと、当たり前のように跪いた。
2人の王族が同時に跪くのを見た俺たちも、一斉に跪き頭を下げていく。
「覇王様ご入場です」と、トーマス王子の声が響いた。
シンと静まり返った場内で、全員が跪いている様をステージから見られる覇王様は、どんなお気持ちなのだろう?
アコルと同じ13歳の覇王様は、どんなお姿をされているのだろう。
コツコツと覇王様の靴音が聞こえる。俺はゴクリと唾を飲み込んで、より深く頭を下げた。
「今代の覇王となったアコルだ。皆、顔を上げよ」
えっ! まさかあのアコル? と思ってバッと顔を上げた者は約半数。
信じられないけど、頭を床に打ち付けるようにバタバタ倒れる者が続出していく。
数秒後には、ドスンと腰を抜かすように尻もちをつく者も多数出た。
跪いた姿勢は保っているけど、俺と違って何故か顔を上げられない様子の者もいる。
教師は4分の1が倒れ、もう4分の1は腰を抜かしている。
それってどうなんだろうって、俺は跪いたまま、冷静に辺りを見回してそう思った。
……ルフナ王子が言われていた通り、一目瞭然で悪意ある者が分かるなんて凄いよ。アコルくん、本当に覇王様だったんだね。心から嬉しいよ。
……しかも、なんだか体がぼんやりと輝いてるよ?
俺の隣で倒れている、いけ好かないデミル領の伯爵令息のダメニスと、そのまた隣のフロランタン商会のイバレンは、全く起き上がれそうにない。
腰を抜かした者の内半分は『俺は悪意なんて抱いてないよアコル』って、訴えるように首を小さく横に振りながら、泣きそうな顔で体勢を直して跪いていく。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次の更新は、26日(木)の予定です。




