124 金策と独立組織(3)
面倒を回避するため、俺は極上の笑顔を作りながら後ろを振り向いた。
「これはブラックカード持ちの先輩方。今日は駆け出しの後輩のために、武器選びをご教授くださるのでしょうか?」
バカにして見下した顔と、怒りや不快感を露わにした顔が対立しているのを横目に、俺はおっとりとした口調で未成年ぶって訊いてみる。
うちのメンバーは、ブラックカード持ちの冒険者の先輩だと分かってはいるが、リーダーである俺がバカにされたことが許せなくて怖い顔になっている。
それでも俺が余裕の笑顔で振り向いたので、全員が緊張した表情を元に戻した。
「はあ? 武器選びをご教授?」
上品な言い回しにイラッときた様子の黒のハーキムさんが、気に入らないという視線を俺に向け、全身を見まわして睨んできた。
……ああ、今日は私服で、俺を含めて全員が冒険者とは思えない出で立ちだった。
「ほら、僕たちって王立高学院の学生だから、百戦錬磨の先輩方と違って剣を選ぶのも初めてなんですよ。
僕は貰った剣を使っていただけだし、剣の良し悪しなんて考えてこなかったんですよね」
俺はいつもより上品そうに言って、同意を求める視線をトーブル先輩に向け、にっこりと微笑んだ。
「そうだねアコル君。私も王宮に有った剣を適当に貰ったから、良し悪しなんて分からないよ」
生粋の王宮育ちのトーブル先輩は、嫌味なんかではなく素で答えて、自分のマジックバッグの中から、如何にもお高いですという感じの剣を取り出した。
「ああ、俺もそんな感じだな。マギ公爵家に代々伝わるような名剣は父上とか兄上がお持ちだ。俺は武器庫の中から適当に選んで持ってきた剣を使ってる」
エイト君は剣を持って来てなかったけど、材質とか考えたことなかったなぁと、お坊ちゃん振りを隠そうとしない。
「でもこれからは、変異種やドラゴンを倒さなきゃいけないから、高くても良い武器を持つべきなのだろうな」
ボンテンク先輩は金貨3枚(30万)と書かれた値札を付けた槍を手に持って、木の材質は分かるのだがと呟いた。
完全に見下して喧嘩を売る気満々だったブラックカード持ち三人衆は、そう言えば王族や公爵家の子息たちだったと思い出したのか、忌々しそうに舌打ちした。
ボンテンク先輩は普通に金貨3枚の槍を手にしているが、駆け出しからCランクくらいの冒険者は、小金貨3枚(3万)程度の武器を買うのが一般的だ。
だから平民のヤーロン先輩は、金貨1枚を握って幸せそうに盾を買っていた。
「【王立高学院特別部隊】のうち、魔獣討伐を行う者たちが持つ武器は、消費する魔力量に耐えうる武器でないと役に立ちません。
剣聖と名高い赤のダイキリ先輩、魔力量が150を超える攻撃でも消滅したり破損しない剣や槍って、何の素材にしたらいいか教えてください」
いや、本当に教えてよ。
俺は生粋の庶民派だから、高額な剣とか武器を見たことがないん・・・いや、【宵闇の狼】のメンバーが持っているのは、確か特殊な魔鉱石が入っていたな。
「魔力量150を超える攻撃だと!」
最強魔法師と呼び名の有るギレムットさんが、それはそれは怖い顔で睨みながら俺に確認する。
「ええ、150を超える攻撃は主に古代魔法陣攻撃ですが、剣を魔剣に変えると180くらいの魔力量を使います。
なので、ミスリルの剣じゃないと無理かと思っているのですが、間違っていますか? 魔鉱石入り程度でも耐えきれますか?」
「古代魔法陣だと!」とタイガーマントの最強魔法師ギレムットさんが叫ぶ。
「魔剣? 180の魔力量を使う?」と赤のダイキリさんもクワッと目を見開いて叫び、俺の肩をガシッと右手で掴んだ。
……いや、肩が痛いから! その怪力の利き手で掴むのはやめて!
俺が痛そうに顔を歪めるのを見たボンテンク先輩が、直ぐにダイキリさんの腕をバシンとはたいてくれる。さすが出来る従者だ。
「なんだ、王立高学院特別部隊というのは、ほら吹き集団なのか? まさかギルマスまで騙されているのかぁ? はあ?」
ガラも悪いし口も悪い黒のハーキムさんは、俺たちを噓つき呼ばわりする。
『ちょっとアナタ、その汚い口を閉じなさい。今度何か言ったら吹き飛ばすわよ』
俺は面倒臭くなったので、必殺秘密兵器のエクレアを呼び出した。
妖精王様に再びお会いしてから、体全体がキラキラ輝いて何だか神々しい。
『そうだ、王立高学院特別部隊を侮辱するのは許せない!』
『アコル様に謝れ!』
トラジャ君とライム君も、エイト君とボンテンク先輩の肩の上に姿を現し、黒のハーキムさんに向かって文句を言う。
「よ・・・」とだけしか声にならなかったのは最強魔法師ギレムットさんだ。
「よ、妖精が3人」と、腰を抜かし掛けたのは赤のダイキリさん。
「お、お、女の子の妖精・・・」と、キラキラした瞳で俺のエクレアを見る黒のハーキムさんが気持ち悪い。
叱られているのに、恍惚とした表情だ。
ハーキムさんが言葉を発した途端、エクレアはハーキムさんを店の外に容赦なく吹き飛ばした。
呆然としているブラックカード持ち三人衆と、当たり前のように平然としている俺のグループのメンバーの表情が対照的で笑える。
でも、この三人にはこれから先、多大な迷惑……いや、ご協力をお願いすることになるから、最後まで丁寧な対応をしなければならない。
「先輩方、もしも光適性をお持ちでしたら、王立高学院でこれから外部の人たち向けに開講される【妖精学講座Ⅱ】を受講されませんか?
妖精と契約したら、古代魔法陣が使えるようになりますよ。持ってなくても、使える古代魔法攻撃を伝授しましょう」
俺はこれでもかって極上の笑顔を振りまいて、三人衆をこちら側に勧誘する。
もっと強くなりたいと思っている人間にとって、これ以上の誘い文句はないだろう。
「5日後に、王立高学院でお待ちしてます。
受講料として、魔力量が150を超える者が使用できる剣を三振りと、槍を一本、鍛冶工房に注文してくだされば結構です。
もちろん、料金はこちらで払いますが、ブラックカード持ちの特典を使ってくださいね。【王立高学院特別部隊】は貧乏ですから」
俺はブラックカード三人衆に必要なことを伝えて、買い物を続けることにした。
普通の剣も必要だから、皆と同じように金貨1枚のちょっと切れ味の良さそうな剣を購入し、ブラックカードを取り出して支払いをした。
武器屋の店主は、俺たちが【王立高学院特別部隊】の学生だからと、全員分の武器を、ブラックカード持ちと同じ4割引きで売ってくれた。
浮いたお金で剣のホルダーを買うことが出来た。
「値引き、ありがとうございます。今後【王立高学院特別部隊】は、武器の発注をする予定です。
その時は、冒険者ギルドのギルマスと一緒に高学院に来てくださいね。発注責任者はブラックカード持ちである、私アコル・ドバインです」
ブラックカード持ち三人衆との会話を聞いて、妖精まで見せられた店主は、黒のハーキムさんよりもキラキラした瞳で、「承知しました」と了解してくれた。
きっと明日には、今日のことが冒険者たちの間で噂になるだろう。
【王立高学院特別部隊】を率いているのは、妖精と契約しているブラックカード持ちの学生であると。
そして仲間の学生も、妖精と契約していたと。
この時から、アコル・ドバインという名前は、表に出ることになる。
先ずはブラックカード持ちの冒険者として名を広め、次は【覇王】として名を広める。
顔は売らなくても、【覇王】は王立高学院の学生で、【王立高学院特別部隊】を率いているのだと世間に知ってもらえればいい。
高学院に戻った俺たちは、空き教室を借りて他の学生と一緒に魔術師試験に向けて練習をすることにした。
C級魔術師は、魔法陣についての筆記試験を受け、見本の魔法陣を使って魔法を発動させなければならない。
B級作業魔術師の試験は、課題の魔法陣を発動させたり、簡単な魔法陣を自作する必要がある。自身の適性に合った魔法陣を作ることは意外と難しい。
風と火の適性しか持っていない者は、水や土を使う魔法陣は発動できない。
火・水・土の適性を持ちは、風の適性がないと攻撃を遠くに飛ばすことは出来ないが、魔方陣を使えば遠くまで飛ばせる。
ちなみに、Cランク冒険者以上がよく使うエアーカッターは、風適性が無いと使えない。
だから冒険者がパーティーを組む時、自分の持っていない適性の者とパーティーを組む。
「どうして俺には土適性が無いんだー!」と、ボンテンク先輩が叫ぶ。
「あーっ、なんでこんなに記号があるんだよ!」って、ゲイルが愚痴る。
全適性持ちである俺は、欲張りすぎて魔法陣が完成しない。
「アコル様、その魔法陣をB級魔術師の試験で使ったら、魔法省の試験官に叱られますよ」と、隣に座っていたボンテンク先輩が注意してきた。
どれどれと言いながら俺の描いた魔法陣を覗き見したエイト君も、「これはS級の魔法陣だな。B級魔術師らしい魔法陣を作ってくださいアコル様」と呆れる。
時々、ボンテンク先輩とエイト君は俺を呼ぶ時に【アコル様】と無意識に言ってしまう。
周りに居た学生が首を捻るが、きっと俺がSランク冒険者だから、様付けで呼んでいるのだろうと、皆は勝手に解釈してくれる。
……B級らしいか・・・う~ん難しい。特に魔力の加減が・・・
「アコル君、適性の数を2つか3つに絞った方がいいよ」と、アドバイスをくれるのはトーブル先輩だ。
アイススネークの討伐以来、トーブル先輩は俺たちと行動を共にしていることが多い。
まだ正式に【王立高学院特別部隊】には入っていないけど、共に行動することを俺が許可している。
そうしないと、第一王子マロウの命令で、絶対にB級作業魔術師の資格を取れと命令された、留年中の魔法部3年カルタス先輩(ヘイズ侯爵の次男)が、指導しろと強要してくるらしいのだ。
自分で作った魔法陣の発動実験をするため、買い物に行ったメンバーを連れて演習場に向かっていると、俺を探していた様子の学院長秘書のアークスさんが、安堵の表情で話し掛けてきた。
「トーマス王子とサナへ侯爵様がお話があるとのことで、学院長から執務室に来て欲しいと呼び出しがありました」
俺が覇王であると聞いているのかどうか分からないけど、言葉遣いは平民の学生に対するものとは違う。でも、知っているとしたらこれでいいのか?
「申し訳ありませんが、学院長の用件は、商学部1年の学生アコル・ドバインとしての呼び出しでしょうか? それとも俺個人に対する呼び出しでしょうか?」
「はあ? それはどういう意味でしょう?」と、アークスさんは怪訝な顔をして問う。
……ああ、これは俺を覇王だとは知らないようだ。
「やはり分かっておられませんね。あれだけ怖い思いをされたのに、呼び出し?」と、ボンテンク先輩は凍るように冷たい声で言う。体からは少し魔力が漏れている。
「学院長にお伝えください。アコル様に用があるなら、秘書を通して予約して欲しいと。
それから、学院長は覇気を体験したいのでしょうかと」
エイト君は自分の名前をきちんと名乗り、学院長からの呼び出しを俺に代わって断った。
周りに居た学生たちは顔を引きつらせているけど、最初が肝心だと俺が従者の2人に言っていたから、ここは従者としての責務を果たしてくれたのだ。
アークスさんは信じられないという表情のまま、学院長の執務室に帰っていく。
「さあアコル様、執行部のメンバーが戻ってきたら忙しくなりますから、練習する時間を無駄にするのはもったいないですよ」
ボンテンク先輩はにっこりと微笑んで、何事もなかったかのように演習場に向かって歩きだした。
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次の更新は、17日(火)の予定です。




